第92話 聖女は胸がムカムカする
いよいよ火竜領に向けて、出発する日がやってきました。
わたくし達はシーナ=ユーズ郊外で、アーウィン様とお別れの挨拶をします。
「よお、兄ちゃん。約束のブツだ。『例の機能』も、問題無く実装できた。完璧な仕上がりだぜェ」
リュウ様はアーウィン様から、怪しげな小箱を受け取っておりました。
わたくしに背を向け、見えないように小箱の中にあるアイテムについての説明を受けています。
ものすごーく気になりますが、今は無理に見ないようにしましょう。
リュウ様のことですから、1番いいタイミングで小箱の中のアイテムについて教えてくれるはずですわ。
「ありがとうよ、アーウィンさん。それで代金は……本当にいいのか? 逆さ鱗の使わなかった分で、支払うってことで」
「おうよォ。兄ちゃんが思っているより、注文の品に使った逆さ鱗は少ねェからなァ。俺ァ、だいぶ儲けさせてもらったぜ。おかげで必要な魔道具も、無事に完成したしなァ」
どうやらリュウ様はご自分の求める品物を作るために、逆さ鱗を全部使わないといけないとお考えになっていたようですわ。
それで最初、アーウィン様に逆さ鱗を譲ることを躊躇してしまったのでしょう。
実際には、かなり少量で完成したようですわね。
アーウィン様の目的であった人探しの魔道具強化も、わずかな逆さ鱗で大丈夫だったようです。
「さァて。そろそろ、強化したコイツを使ってみるぜェ」
そう言ってアーウィン様が取り出したのは、懐中時計のような魔道具。
名を、【探魔羅針盤】というらしいです。
これの探索範囲を強化するために、強い竜人族の逆さ鱗が必要だったのですわ。
「こいつに、捜索対象の一部を入れてやるとよォ……。現場に残った遺髪を取っておいて、よかったぜェ」
アーウィン様と同じ、翡翠色。
それでいて癖のないストレートな髪の毛が、【探魔羅針盤】の中へと挿入されてゆきます。
すると魔道具全体が、強い緑色の光を放ち始めました。
「きたきたァ! 生きてる! イーリスは本当に、生きてるぞォ!」
緑色の光は一条に伸びて、北方を指し示します。
「ふぅ~む。この方角は、水竜領……。いや、その先にあるウ・ミムラー海洋国家連合かァ? どちらにせよ、俺のマシンゴーレム〈アースドラゴン〉ならひとっ飛びだぜェ」
現在わたくし達の背後には、機械の巨人マシンゴーレムが片膝を突いて駐機しております。
飛行可能なこの機体に乗って、アーウィン様は妹イーリス様の捜索に出かけるようですわ。
「期待しちゃいけねェ。期待しちゃいけねェのは、分かってるんだけどよォ……」
そう言ってアーウィン様は、もう2本髪の毛を【探魔羅針盤】に追加しました。
何か反応があるのかと思いきや、今度は何も起こりません。
「やっぱ、両親はダメかァ……。ま、遺体の一部が残ってたからなァ……」
無念そうに空を見上げ、ふぅ~と大きく息を吐くアーウィン様。
わたくしには、かける言葉が思い浮かびません。
「おおっとォ、そうだったァ。そういやアイツの髪の毛も、実験サンプルとして保存していたんだよなァ。両親以上に絶望的だがよォ、一応確認だ。確認」
――?
アーウィン様がガラス容器から取り出したのは、金色の髪の毛です。
誰のものでしょう?
金髪とはいえ、まさかミツキのではないでしょうし。
色も若干、違うような気がします。
テキパキと事務的な手つきで、金髪が【探魔羅針盤】に入れられました。
次の瞬間、金色の光が生まれます。
金色の光は、緑色の光とは別方向――
ミラディア神聖国の方角を、指し示しておりました。
「う……嘘だろォ!? オイ!? まさかアイツが、生きてるっていうのかァ!?」
アーウィン様の唇が、震えています。
驚きと、歓喜によるものでしょう。
頬が紅潮し、うっすら涙も浮かんでおりました。
「アーウィン様。今の金髪は、どなたのものですの?」
「ヴェリーナお嬢ちゃん……。今のはな、死んだはずの馬鹿弟子の髪の毛だよ」
えっ?
アーウィン様のお弟子さんと言えば、リスコル公爵のご令嬢?
反逆者の一族として、処刑されたはずの?
どういうことですの?
処刑されたのは、別人?
「はァ~っはっはっはァ! こいつァ面白くなってきたぜェ! イーリス見つけたら、次は馬鹿弟子をとっ捕まえる! マシンゴーレムのテストパイロットとして、こき使ってやらァ!」
アーウィン様はいても立ってもいられないといったご様子で、マシンゴーレムの足元へと駆け寄って行きました。
そして何かを思い出したかのように踵を返して、わたくし達の方へと戻ってきます。
「こいつはサービスだァ。持っていきな!」
アーウィン様がリュウ様に投げ渡したのは、コンパクトに折り畳まれたボード。
浮遊して低空飛行できる、シルフボードですわ。
「アーウィン様、よろしいんですの? こんなに貴重な魔道具を、いただいてしまって……」
「いいんだよォ。シルフボードは、そろそろ新型を作ってみようかと思っていたところだ。それによォ、お嬢ちゃんと兄ちゃんに受けた恩とくらべりゃァ全然対価が足りてねェ。これでもまだ、全然なァ」
リュウ様がシルフボードを開き、地面に浮かべて乗り方の説明を受けます。
こういう乗り物の扱いは得意中の得意なので、数分もせずに操縦を覚えてしまいました。
後でわたくしも、教えていただきましょう。
身体強化魔法を発動して走った方が速いのですが、いざという時扱えた方が便利でしょうから。
「よォ~し。シルフボードの乗り方は、大丈夫だなァ。……それじゃ俺ァ、もう行くぜ。世話になったな、ヴェリーナお嬢ちゃん! 兄ちゃん! にゃんこ!」
「こちらこそ。無事にイーリス様やお弟子さんと再会できるよう、祈っておりますわ。慈愛と安息の女神、ミラディース様の導きがあらんことを」
そういえば――
今回はミラディース様と、お会いしておりませんわね。
地の魔王竜ブライアン・オーディータ様と戦う前。
そして水の魔王竜後継者、シュラ・クサナギ様と戦う前。
魔王竜と事を構える前には、過去2回ともミラディース様が姿を見せてくださったのです。
ところが雷の魔王竜ミツキ・レッセントとの戦いになった今回、ミラディース様は現れませんでした。
代わりに妹神のリースディース様から、【神剣リースディア】をお借りすることができたのですが。
なぜ今回、ミラディース様は――
「ヴェリーナさん、何を考え込んでいるんだ? 何か、気になることでもあるのか?」
アーウィン様の飛び去った空を眺めながら、ミラディース様のことを考えていたわたくし。
そんなわたくしを気遣って、リュウ様は言葉をかけてくださいます。
「いえ、大したことではありませんわ」
本当に、考え込んでも仕方のないことです。
神々のお考えになっていることなど、わたくしのような人族には理解が及ばない領域でしょう。
「さあリュウ様、フク、わたくし達も、出発しましょう。……火竜領に向けて」
これからわたくし達は、陸路で火竜領を目指します。
まずはシーナ=ユーズ東にある岩山を越え、オーロラリリィの高原へ。
そこを突っ切り、虹色の砂漠に入ればもう火竜領ですわ。
まずはリュウ様がシルフボードに乗り、わたくしはその後ろに。
バランスを崩さぬよう、リュウ様が肩を抱いて下さいます。
フクは飛びながらついてくるつもりのようで、わたくしの頭上をクルクルと旋回していました。
「よーし、出発だ!」
リュウ様の合図と共に、シルフボードが発進しようとした時です。
「……お待ちなさぁ~い」
はて?
遠くから微かに、声が聞こえたような?
シーナ=ユーズの方角を振り返れば、走ってくる2つの人影が見えました。
再び、叫び声が聞こえます。
「お待ちなさいと、言ってるでしょお~! 【神剣リースディア】を持ったままトンズラなど、許しませんわぁ~!」
聖女ソフィア様!
その後ろから走ってくる男性は、剣聖ランスロット様ですわ。
――すっかり忘れておりました。
あのお2人も、わたくし達の旅に同行することになっていたのですわ。
「チッ! 置いていってやろうと、思ってたんだがな」
わたくしは素で忘れていたのですが、リュウ様は憶えていたのに置いていくつもりだったご様子。
なかなかヒドイですわ。
正直なところわたくしも同行は嫌なので、お気持ちは分かりますが。
「なんですのぉ? その乗り物は? アタクシ達も、乗せなさいな!」
「そんなに何人も、乗せられるかよ。俺とヴェリーナさんだけで、満員だ」
シルフボードは、2人乗りまでが限界でしょう。
身体強化魔法を使えないリュウ様とソフィア様が乗り、わたくしとランスロット様は走るという手もあります。
ですがリュウ様とソフィア様が密着して、シルフボードに乗るというのは――
考えただけで、胸がムカムカします。
ソフィア様の婚約者であるランスロット様だって、いい気分ではないでしょう。
「……考えてみればよ、俺達の旅にあんたらが同行するっていっても、道中ずっと一緒にいる必要はねえんだよな? 要所要所で、合流さえしていれば」
リュウ様は犬歯を剥き出しにして、ニヤリと微笑みます。
わたくしは何が起こるのかを察し、リュウ様の腰にしがみつきました。
次の瞬間シルフボードは急発進し、ソフィア様とランスロット様を置き去りにします。
「先に行ってるぜ! オーロラリリィの高原で待っていてやるから、追いかけてきな!」
後方に向かってそう叫ぶと、リュウ様はさらにシルフボードの速度を上げます。
ソフィア様は何やら喚いておられましたが、その声はどんどん小さくなっていきました。




