第91話 聖女はもういちど、黄金竜の姿を見たい
それから数十分あまり、わたくしとフクはシュラ様に対する文句を聞かされました。
ミツキ様の口からは、とめどなく悪口が溢れてきます。
この方、シュラ様のことをよく見ているのですわね。
わたくしはアヴィーナ島で何度か会っただけなので、シュラ様の人柄については正直印象が薄いのですが。
それとシュラ様の生存について、ミツキ様は微塵も疑っていないようですわ。
「あなた、あいつのことを殺したと思っているの? 賭けてもいいわ。死んでないわよ。粘着質で、しつこいから……あのボンボン眼鏡」
スッパリと言い切られて、なんだか心が軽くなりました。
止むを得ない状況だったとはいえ、リュウ様の弟分である方を手にかけた――
そう思って、後ろめたさを感じてはおりましたもの。
悪口をぶちまけて喉が渇いたのか、ミツキ様はハーブティーに口をつけます。
そして、ふと思い出したかのように質問してきました。
「そういえばあなた達。今日は、どういった用件でこの島に来たの?」
ものすごく今さらな問いに、わたくしは思わず脱力してしまいます。
話し始めてからずいぶんと、お茶もお菓子もおかわりが進んでしまっておりました。
この方、けっこう天然なのですわね。
「用件は……特に、ありません」
今度はミツキ様の方が、ズルリと椅子から滑り落ちそうになってしまいました。
わたくし、そんなに変なことを言ったでしょうか?
「特にない……ですって?」
「ええ。あえて理由を挙げるのなら、『友人の様子が気になったので、見に来た』といったところでしょうか?」
紅い双眸が、パチクリと瞬かれます。
「友人? 誰と? 誰が?」
「わたくしと、ミツキ様が」
しばらくキョトンとした後、ミツキ様は呆れたように笑い始めました。
「友人? よしてよ。私はあなたから、力づくで番を奪おうとした女よ? 今さらお友達にだなんて、なれるわけないでしょ?」
「はあ……。ですが『奉竜大武闘会』の時、確かにミツキ様は『お友達になってくれないかしら?』と……。わたくしはそれに、『よろしくお願いします』と答えてしまいましたし……」
「それは! あなたがヴェリーナ・ノートゥングじゃなくて、にゃんこマスクさんという素敵なプロレスラーだと思って……」
「にゃんこマスクの中身は、わたくしです。もうお友達なので、今さら解消できません」
ニッコリと微笑みかけたのに、ミツキ様は溜息をついてしまいました。
「あなた……変わっているわね」
「そうですか? わたくし達、気が合うと思うのですが……。ミツキ様は、趣味がわたくしと同じですわよね?」
「なに? 男の趣味がという意味?」
「いいえ。わたくしと同じで、にゃんこ大好きですわよね? という意味です」
思えばミツキ様はずっと、フクに配慮して戦っていました。
山岳地帯の戦闘では、【セレスティアルエンヴィー】に巻き込まれないよう吹き飛ばしたり――
【ティアマットアリーナ】でフクが立ち塞がった時も、手で押しのけるだけでしたわ。
にゃんこマスクとなったわたくしのことを、やたら応援してもいましたし。
何よりさっきから、ずっとフクを見てソワソワしているのです。
「撫でてみたくて、仕方ないのでしょう?」
わたくしの囁きに、ミツキ様の肩がピクンと揺れました。
「な……何をそんな……」
「わたくしとお友達なら、フクのことは撫で放題のモフり放題ですのよ?」
「撫で放題……。モフり放題……」
話題に挙げられているフクは毛繕いしながら、挑発的な視線をチラチラとミツキ様に送ります。
ああ、いけませんわね。
雷竜公ともあろうお方が、そんなにハァハァと息を荒げて。
頬は紅潮し、涎までちょっと垂れているではありませんか。
淑女が人前で、していい表情ではありませんわ。
「し……仕方ないわね。そんなに友達になりたいなら、なってあげるわよ。あ……あふぅ~ん! 凄い手触り! 手がとろけちゃいそう!」
膝に乗せたフクを、ミツキ様は夢中で撫で回しました。
「では、あらためて……。わたくしとあなたは、お友達ということでよろしいですわね? ミツキ様?」
「やっぱりダメよ!」
意外と強情な。
わたくしはフクを、彼女の膝から取り上げてしまおうかと思いました。
しかし続く言葉を聞いて、手を止めます。
「友達なら、ミツキ様なんて呼び方はないんじゃない?」
「え……? しかし……」
「ああ。そういえばあなたは、ミラディア貴族なんだっけ? でも私は友達に、様づけなんて嫌よ。堅苦しいのは、好きじゃないの。分かった? ヴェリーナ?」
屈託なく笑いながらウインクしてくる、とっても可愛らしい女の子――
これがきっと、本当のミツキ・レッセント――
「分かりました。よろしくお願いします、ミツキ」
「まだちょっと、堅苦しいわね。私は年の近い女の子同士らしい喋り方が、好みなんだけど?」
「ですがその……。ミツキの方が、お姉さんですし……」
「1歳や2歳の差、そんなに気にしないわよ」
1つ年下のシュラ様が呼び捨てにしてきたことに対しては、かなり憤っておられたようですが。
それにわたくしとミツキの年齢差は、1歳や2歳ではありません。
「……? ヴェリーナ……。ちょっと質問なんだけど……。あなた、歳はいくつ?」
「15ですわ」
それを聞いたミツキは、椅子から勢いよく立ち上がりました。
フクのことはガッチリと、両手で抱えたまま。
「はぁあああっ!? 15!? 私より、6つも下!? それって大丈夫なの!? リュウさんってミラディア神聖国では、犯罪者になっちゃうんじゃない!?」
「ミラディアでも成人は、15歳からですので。わたくしとリュウ様ぐらいの歳の差は、ミラディア貴族の結婚では珍しくありませんわ」
「そうなのね……。でも、その見た目で15って……」
ミツキは割と無遠慮に、わたくしのボディラインを眺め回します。
最近ではこういう視線にも、慣れてしまいましたわ。
神聖国の女性は蔑んだ目で見てきますけど、魔国の女性は羨望が混じった視線なのでだいぶマシです。
「ねえ、ヴェリーナ。あなたとリュウさんの馴れ初めって、どんな感じだったの?」
「ええっ? 突然、何を?」
「いいじゃないの。女友達同士っていったら、やっぱり恋の話でしょう? 聞かせなさいよ。出会った時にどう思ったのかとか、どんな風に関係が進展していったのかとか」
ううっ。
ちょっと恥ずかしいです。
ですがミツキは、許してくれそうにありません。
「全部話すまで帰らせない」と、目で圧力をかけてきます。
仕方なくわたくしはポツリ、ポツリと語り始めました。
まずはランスロット様から婚約破棄され、教会を追放された経緯。
実家を飛び出した話。
聖都東門前で、リュウ様と出会った瞬間のこと。
冒険者になってから、2人で過ごした日々。
ブライアン・オーディータ様を阻止するため、リュウ様が暴走の危険を冒して竜化したこと。
そして、番になったこと。
アヴィーナ島海上で、「スターダストフライヤー」を見ながら告白されたこと――
「リア充爆発しろ」
ひと通り話し終えた時、ミツキはやさぐれた表情で海を眺めながらぼやきました。
「なんですの? リア充って?」
「魔国の若者達の間で使われる、スラングよ。あなた達みたいなカップルを、呪う言葉。ああ、なんて甘ったるい関係なの。聞いてて胸焼けがするわ」
「そんな……。聞いてきたのは、ミツキなのに」
「はいはい、ごちそう様。……やっぱり違うわね、私とリュウさんの関係とは……」
そう言って彼女は、また深く溜息をつきました。
夕日を浴びる横顔は憂いを帯びていて、美しくも切ない。
「私ね……リュウさんに、お兄様の代わりを求めていたのかもしれない。私はお兄様に比べると、落ちこぼれでね……。いつも馬鹿にされていて、優しくされたことなんてなかった……」
「ミツキ……」
「そんな時に兄弟子から優しくされて、コロッといっちゃったのよ。ホント単純! 世間知らず! 頭の中、お花畑!」
自嘲するミツキの瞳には、大粒の涙が浮かんでいました。
「私の火傷はね、ホントは暴走したリュウさんに焼かれたんじゃないの。襲撃してきた、ムラサメ分家の竜人族にやられたのよ。早く、リュウさんに言えば良かった。罪悪感を刻み付け、利用してやろうだなんて考えなければ良かった。そうすれば……」
「そうすれば?」
「……いえ、なんでもないわ。やっぱり何も、変わらなかったかもね」
涙を拭い、フクをそっと抱きしめるミツキは、寂しさを紛らわしているように見えました。
日没の海は夕日を受けて、黄金色に輝いています。
竜化したミツキの鱗と、同じ色。
あの美しき黄金竜の姿を、わたくしはもう二度と見ることができないのでしょうか?
「ヴェリーナ……。私、あなたのおかげで色々とスッキリしたわ。次期雷竜公が決まったら、旅に出る。大陸中を旅して、知見を広めるの」
「ミツキ……」
「それでね、旅の途中で素敵な男性と出会い、恋に落ちるの。リュウさんより、何倍もイイ男よ」
「ふふっ。リュウ様より素敵な男性など、この世に存在しませんわ」
「言ったわね? 絶対あなたに、『早まった』と思わせてやるんだから。悔しがらせてやるんだから」
ミツキの態度は、明らかにカラ元気。
ですが――
「あ~、私も素敵な番が欲しい」
番ができれば彼女の竜魔核が、癒える可能性だって残っているのです。
黄金竜となったミツキの姿を、いつかまた見れる日が来るのかもしれません。
いつかまた、きっと――




