第90話 聖女は密かに「みんな小さくなればいい」と思っている
わたくし達の旅に、ランスロット様とソフィア様が同行すると決まった翌日――
リュウ様の体調も、だいぶ良くなってきました。
これなら竜化して、逆さ鱗を剥がすことも可能だろうとのことです。
わたくし、リュウ様、フク、アーウィン様の4人は、目立たぬようシーナ=ユーズ郊外にある岩山まで来ておりました。
「そんじゃ、いくぜ!」
掛け声と共に、リュウ様は耳のカフスを取り外します。
いつも通り閃光が走り、赤き巨竜へと姿を変えたことにホッとしました。
『よし、上手く竜化できた。あとは、逆さ鱗を剥がすだけだな。……ぬん!』
リュウ様が魔力を込めると、喉元の鱗が白く輝き始めます。
1枚だけ、逆向きに生えている鱗――
これが、逆さ鱗で間違いありませんわ。
『発光している今の状態なら、そんなに力を入れなくても簡単に剥がれるはずだぜ。ヴェリーナさん、取ってもらえるか?』
「痛かったりとかは、しませんの?」
『ああ。大丈夫だって、聞いたことがある』
わたくしが取りやすいよう、リュウ様は顎を地面近くまで下げてくださいました。
キラキラと輝く鱗に両手で触れ、ゆっくりと引き抜きます。
大した手応えもなく、逆さ鱗はスルリと抜けました。
リュウ様の体から取れてなお、鱗は火の粉のような魔力を放出し続けています。
「綺麗……。それに、温かい……」
逆さ鱗の美しさに見惚れ、温かさと手触りを楽しんでいた時でした。
『……うっ! ううっ!』
突然、リュウ様が苦しみ始めたのです。
「ど……どうしたのですか!? リュウ様!? やっぱり鱗を剥がしたのが、痛かったとか!?」
『い……いや。これは、そういう感覚じゃ……。ぐ……ぐあっ!』
断続的に閃光を発して、リュウ様は人型へと戻ってしまいました。
フクが飛んできてリュウ様の肩に乗り、尻尾を当てて診断をします。
「あにゃにゃ~。竜化するには、竜魔核の回復が足りなかったみたいだね~」
「ちくしょう。もう、イケると思ったんだけどな。……これでまたしばらくは、竜化できねえ」
なんということでしょう。
せっかく、負ったダメージが癒えかけていたというのに――
リュウ様は自分の体をペタペタと触ってみたり、魔法で手の平に炎を灯してみたりと色々試しています。
「ふーむ。体内の魔力回路は、ほぼ治ってるみてえだ。魔法は、問題なく使えそうだな」
「無理は禁物ですわよ?」
「ああ、分かってる。こりゃ、火竜領へは陸路で向かうことになりそうだ」
さすがにいつまでも、シーナ=ユーズに留まり続けるわけにはいきませんものね。
竜化したリュウ様の背に乗せていただければ、空路で一瞬なのですが――
歩いて虹色の砂漠を渡り、火竜領ムラサメ本家を目指す必要が出てきました。
わたくしは逆さ鱗を、アーウィン様に差し出します。
彼は額に上げていたゴーグルを目にかけ、赤熱しているかのように輝く鱗を注意深く観察しておられました。
「まあどうせ兄ちゃんに頼まれてるアレを作るのに、3~4日はかかる。その間に、少しでも竜魔核の力を回復させるこったァ」
「アーウィンさん。『例の機能』、バッチリ仕込んでくれよ」
「あたぼうよォ。俺ァ錬金術師にして魔道具職人、アーウィン・フェイルノートだぜェ、任せときなァ。20年前オーディータ夫妻に作ったものより、さらに良くして見せらァ」
ドンと胸を叩き、自信ありげな笑みを見せるアーウィン様は頼もしいですわね。
小屋でお酒を飲んで荒れ狂っていた頃と、全然違います。
逆さ鱗を使えば、妹のイーリス様を探し出す魔道具も完成するはず。
再会できるといいですわね。
「さて。俺ァ今から小屋に帰って、仕事に取り掛かるがよォ……」
アーウィン様は上着の胸ポケットから、小さな紙片を取り出しました。
「ヴェリーナお嬢ちゃん達に、ちょっとした情報があるぜェ」
本当に、情報網の広い方ですわね。
今回は、なんの情報でしょうか?
「雷竜公ミツキ・レッセントの居場所だ」
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ミツキ様は、雷竜領南方の海に浮かぶ無人島にいました。
名目上は、体調不良のため別荘で静養中ということになっているそうです。
海岸沿いに建てられた小さな家のテラスで、彼女は優雅にお茶を飲んでいます。
わたくしに気付き、ティーカップを動かす手が止まりました。
「あら? 珍しいお客さんだこと。あなた1人? どうやって、ここまで来たの?」
「身体強化魔法を発動して、海の上を走ってきたのですわ。リュウ様は竜化して飛べない状態なので、シーナ=ユーズに残ってもらっています」
「そう……」
リュウ様が来ないと聞いたミツキ様は、残念そうで――
それでいて少しホッとしているように見える、複雑な表情をしていました。
もう、彼女の顔右半分を覆う仮面はありません。
ゆるく波打つミディアムボブの金髪が、海風に揺れていました。
ミツキ様はわたくしもテーブルに着くよう促し、お茶を注いでくれます。
「……もう私が、あなた達に手を出すことはないわ。そうするだけの力が、残っていないもの」
そう言ってミツキ様は、服のボタンを外し胸元をはだけさせました。
現れたのは、白く透き通る肌。
彼女を凶悪な機械竜へと変える禍々しい装置――【キマイラソウル】は、もう存在していません。
わたくしの法衣の胸元がモゾモゾと動き、中からフクが飛び出してきました。
フクはミツキ様の周りを飛び回り、彼女の上半身を観察しています。
「うんうん。ちゃんと、治っているみたいだね。上半身がメチャクチャになっててヤバかったけど、オイラの全力回復魔法ならこんなもんさ」
「ありがとう、猫ちゃん。やっと、あの忌々しい装置から解放されたわ」
「お礼なら、ご主人様に言っておくれよ。ご主人様が【神剣リースディア】で【キマイラソウル】を破壊してくれなきゃ、オイラは何もできなかったよ」
「そう……。一応、お礼は言っておくわ。ありがとう、ヴェリーナ・ノートゥング」
「いえ……。わたくしは、そんな……。実際に治したのは、フクですし」
「ひとつ、気になることがあるのだけれども。私の胸、【キマイラソウル】の手術を受ける前より縮んでいる気がするの。これは、後遺症か何かなのかしら?」
「さ……さあ? 縮む分には、良いのではありませんか? わたくしの故郷ミラディア神聖国では、お胸の豊満な女性はモテませんから」
「魔国ヴェントランでは、そうでもないんだけど?」
ミツキ様はジトーっとした目で、わたくしを睨みつけてきます。
べ――別にわたくし、彼女の胸を小さく治すよう指示してなどおりませんのよ?
フクがミツキ様を治療する時、わたくしは気絶しておりましたし。
ただ、そうなったらいいなと思っただけで――
リュウ様は魔国出身ですから、やはりその――大きい方が好みなのかと。
だったらわたくし以外の女性は、みんな小さくなれば安心だなと。
冗談で、フクにそう言ったことがあるだけですわ。
フクの表情が「ちゃんとやったよ、ご主人様」と言いたげな感じですが、たぶん気のせいでしょう。
ふとミツキ様の胸元を見ると、ペンダントがかかっていました。
「ああ、これ? 元々私の竜化キーアイテムは、ペンダントなのよ」
胸元のボタンを留め直したミツキ様は、ペンダントのトップを服の外に引き出します。
金細工で作られた三日月。
シンプルですが、可愛らしいデザインですわ。
「昔はこれじゃなくて、リュウさんから作ってもらった満月モチーフのものを使っていたわ。でも……【キマイラソウル】の手術を受けた時に、『もう不要になるから』とお父様に捨てられてしまった……」
あるいはそれが、先代ツクヨミ・レッセント殺害の決め手になったのかもしれません。
機械竜となった時は攻撃衝動が増すらしいので、どちらが原因とは言い切れませんが。
結局先代雷竜公ツクヨミ・レッセントの死は、実験中の事故ということで処理されるそうですわ。
ミツキ様には、お咎めなし。
その他色々なやらかしも、うやむやになったそうです。
あれだけ色々暴露した挙句、シーナ=ユーズを滅ぼす宣言までしたというのに。
ですが彼女が雷竜領に君臨し続けることは、難しいようです。
「私はもう二度と、竜化できない。……雷の魔王竜、ミツキ・レッセントは死んだわ」
疑似番状態にあった【キマイラソウル】を、わたくしが強引に斬り裂いたのです。
ミツキ様が竜魔核に負ったダメージは、測り知れない。
リュウ様と違い、自己治癒力の限界を超えているそうですわ。
「まず無いとは思うけど、突発的に竜化・暴走しないとも言い切れないからね。一応、ペンダントは着けるようにしているの。もし竜化しちゃったら、番のいない私は暴走状態になっちゃう」
「そうしておいた方が、いいと思いますわ。番ができたら竜魔核が治癒して、再び力を取り戻す可能性もありますし……」
「番ができたら……ね。自分がリュウさんの番だからって、余裕の発言ね」
「申し訳ありません。無神経でした」
「やめて、あやまらないで。……余計、悲しくなっちゃうじゃない」
遠い目で海を見つめながら、ミツキ様はペンダントを服の中へとしまい込もうとします。
「そのペンダントも、素敵ですわね。手作りの魔道具みたいですが、ミツキ様がご自分の手で作られたのですか?」
わたくしが言った途端、彼女の眉がピクリと動きました。
触れてはいけない話題だったのでしょうか?
「リュウさんのお父様……タツミ様の下で修行している時に、魔道具づくりの実習もあったのよ。以前使っていたリュウさん手製のペンダントも、この三日月ペンダントも、その実習の時に作られたものね。……このペンダントの製作者は、あの生意気な眼鏡のガキ!」
突然荒くなったミツキ様の口調に、わたくしは少々驚いてしまいました。
「自分は、タツミ様の弟子でもなかったくせに……。時々水竜領から遊びに来ては、修行の邪魔をする迷惑な奴がいたのよ」
ん?
それってどこかで、聞いたような話ですわね。
「実習に飛び入りで参加して、このペンダントもサラっと作っちゃって……。『いらないから、ミツキにあげる』ですって! 生意気! 私は上手く作れなかったのに……。だいたい私の方が1つ年上なのに、呼び捨てとか生意気すぎるのよ!」
「あの……。それってひょっとして……?」
「そう、シュラ・クサナギよ。聞くところによると、あなたがアヴィーナ島で激しく蹴っ飛ばしてくれたそうじゃない。スカッとしたわ。これであのボンボンの性格も、少しは矯正されるといいわね」




