第9話 聖女は暴走メイドと再会する
とっぷりと日が暮れ、星空の下で虫の声が心地よく響く時間帯。
冒険者ギルドで食事――というより宴会を終えた後、わたくしとリュウ様は1軒の長屋へとやってきていました。
木造平屋構造で、ログハウス風の小奇麗な建物です。
リュウ様は、ここの一室に住んでいらっしゃるんだとか。
現在リュウ様は、長屋の大家さんであるという中年男性と話し合い中です。
ですがどうやら、雲行きが怪しいですわね。
「なんだと!? 『部屋は空いてる。入居希望者がいたら、いつでもすぐ連れてこい』って言ってたじゃねえか?」
『空き部屋があり、いつでもすぐに入居できる』
『前家賃も発生せず、敷金も後からで良い』
そういうお話でしたのに、大家さんは首を横に振るばかり。
「すまんな、リュウ。あの空き部屋は今日突然借り手が決まり、そのまま入居してしまったんだよ」
「なんてこった……」
大家さんもリュウ様も、申し訳なさそうな目でわたくしを見つめてきます。
「仕方ねえな。今夜は適当な宿屋に泊まってもらって、明日から別の長屋を探そう。宿代は、俺が持つからよ」
「そんな、リュウ様。そこまで甘えるわけには……」
そこでわたくしは、言葉に詰まってしまいました。
そういえば、現金の持ち合わせがほとんどありませんの。
冒険者の報酬は、即日払い。
明日から登録して働けば、宿代ぐらいはなんとかなりそうです。
しかし、今夜はどうしたものでしょうか。
「リュウ。宿屋は間違いなく、満室だぞ? でっかい商隊が来てる。泊まれなかった連中が、道端で野宿しているって有様だ」
大家さんの言葉に、リュウ様は頭をガシガシと掻きました。
「参ったな……。ギルドの女冒険者連中に、聖女様を泊めてくれって頼めば良かった」
「あの……。わたくし、野宿でも別に……」
「未成年の女の子にそんな真似させたら、俺がギルドマスターにぶっ殺されちまう。……おっ、そうだ。俺の部屋に、泊まるってのはどうだ?」
ええええええっ!?
いえいえ。
それは、さすがにちょっと――
もちろん紳士なリュウ様が、わたくしに変なことをするとは思いません。
ですが同じ部屋でひと晩過ごすなんて、心臓がドキドキして眠れそうにありませんわ。
絶対、野宿より疲れます。
「おっと、誤解しないでくれよ。聖女様が俺の部屋に1人で泊まり、俺は野宿するんだよ。どうだ? いいアイディアだろ?」
そ――それなら、大丈夫かも?
でもリュウ様の部屋ということは、彼の匂いがするんですのよね?
やっぱりなんだか、心臓に悪そうですわ。
何より、リュウ様に野宿させるなんて――
「いやリュウ、それもダメだろ? 夜にお前の部屋に出入りしたってだけで、どんな噂が立つかわからんぞ? お前が『未成年を部屋に連れ込んだ、変態ロリコン野郎』と呼ばれるのは構わんが、聖女さんが気の毒だろう?」
またまた大家さんからの指摘。
リュウ様は「それも構えよ」とぼやきつつ、頭を抱えてしまいました。
はて?
「ロリコン」とは、どういう意味なのでしょうか?
聖都ミラディアでは、聞かない単語ですわ。
その時突然、長屋のドアが開きました。
わたくし達が会話しているのは、大家さんの部屋前。
開いたのは、そこから3つ離れた部屋のドアですわ。
「臭うダス! 臭うダス! お嬢様に近づく、悪い虫の臭いがするダス!」
開いたドアから飛び出して来たのは、メイド服の女性です。
そばかすだらけの顔に、瓶の底みたいな眼鏡。
両サイドに下げたこげ茶色の三つ編みを振り乱しながら、独特の訛りで星空に向かって叫んでいます。
おや?
あの女性は――
「なんだぁ? あの変なメイドは?」
「リュウ。あれが空き部屋を借りたっていう、新しい入居者だ」
たじろぐリュウ様に、大家さんが教えています。
そんなリュウ様の姿を、メイドさんは捉えました。
「お嬢様の半径5m以内に近づく、若い男発見ダス! ターゲット、戦闘レベル確認! 排除開始ダス!」
メイドさんは箒を頭上でクルクルと回転させながら、リュウ様に迫りました。
長いスカートを履いているのに――
そして、ぽっちゃり体型なのに――
メイドさんの動きは、疾風のようです。
空気を切り裂く物騒な音を立てながら、箒がリュウ様に襲い掛かりました。
しかし、さすがはリュウ様。
華麗な足さばきで、箒をかわします。
「大人しく、死んどくんダス! このカメムシ野郎!」
「そんな臭そうなあだ名を付けられたまま、死ねるか!」
メイドさんが繰り出す、怒涛の連続突き。
リュウ様は攻撃をかわし続けていましたが、徐々に追い込まれていきます。
やがて、決定的な隙ができてしまいました。
「チェストォオオオオ!!」
箒の柄を握った右手を、耳の辺りに引き付けた構え。
そこから裂帛の気合と共に振り下ろされた一太刀が、リュウ様を真っ二つにしました。
えっ!?
いくらなんでも、箒で人を真っ二つなんて――
切断されたリュウ様の全身は、ドロリと溶けて空中に消えました。
「おのれ害虫! 妙な術を使ったダスな!?」
「【ミラージュファントム】。水と光の合成魔法で、相手に幻を見せることができるんだ」
リュウ様はいつの間にか、メイドさんの背後に立っていました。
メイドさんは振り返り、再びリュウ様に襲い掛かろうと箒を構えます。
ですがそれを、わたくしが制止しました。
「おやめなさい、ミランダ! リュウ様は、わたくしがお世話になっている方ですのよ!」
すぐにメイドさん――ミランダ・ドーズギールは構えを解き、わたくしに平謝りしてきました。
「し……失礼しますた、ヴェリーナお嬢様! 奴がお嬢様の傍に近づき、そのかぐわしい体臭をクンカクンカと嗅いでいたのでつい……」
「嗅いでねえよ! ……聖女様。この、危ないふくよかメイドは知り合いか?」
「ええ。ミランダ、リュウ様に自己紹介を」
ミランダは再び頭上で箒を回転させた後、柄の先端でドガッ! と地面を打ちました。
そのまま胸を張り、余った片手は腰に当てて自己紹介をします。
「わたすの名前は、ミランダ・ドーズギール。ノートゥング家に仕える、メイドなんダス。お嬢様に近づく悪い虫を、皆殺しにするのが仕事なんダス」
「いや。メイドなら皆殺しより、家事をしろよ」
ふんす! と鼻息を荒げるミランダに、リュウ様のごもっともなツッコミが飛びます。
大家さんだけが置いてけぼりな感じで、所在無げに佇んでおられました。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
長屋の前でドタバタと騒動した後、わたくしはミランダの部屋に招き入れられました。
まだ最低限の家具しか用意されていないせいか、室内はかなり広く感じます。
魔力で光る石を光源とした魔法灯が、壁や天井の木目を優しく照らしていました。
わたくしはミランダの淹れてくれたハーブティーを飲みながら、ノートゥング邸にいるはずの彼女がここで部屋を借りている事情を聞いていました。
「えっ? それでは全て、アナスタシアお母様の指示なのですか?」
「そうなんダス。お嬢様が婚約破棄されて実家からも飛び出した晩、奥様から仰せつかったんダス。この街に来て住居を借り、お嬢様をお迎えするようにと」
ちょっと待ってください。
それってまだ、昨晩の話ですわよね?
しかもわたくしの行動が、完全に読まれていることに驚きました。
無謀と思える魔獣討伐任務から、無事に生還することも――
その後リュウ様達と一緒に、フリードタウンにやってくることも――
アナスタシアお母様には、全部想定内だったと?
「わたすやノートゥング家の情報収集能力を、甘く見ないで欲しいダス。お嬢様が組む冒険者達の情報や、教皇ジジイのおイタに関しても下調べ済なんダス」
なるほど。
それで正確な状況予測ができ、ミランダが先回りして部屋を借りるなどという離れ業ができたと。
「わたすと奥様は、あのクソザコ剣聖と幼児体型泥棒猫が通じ合ってる情報も得ていますた。本当はそれをネタに、ノートゥング家側から婚約破棄してやる予定だったんダス」
そこまで言ってから、ミランダはわたくしに頭を下げました。
「申すわけございません。もっと早く動いていれば、お嬢様が公衆の面前で婚約破棄を突きつけられるような事態には……」
「ミランダ……。もう、いいのです」
傷つきはしましたけど、どこか冷めた目でこの婚約破棄を見ている自分がいます。
元から、家同士が決めた婚約。
当人達の愛情など、存在しなかった。
貴族社会では、それが普通。
ノートゥングは聖伯家。
剣聖や聖女に与えられる、1代限りの特殊な爵位。
領地を持たない法服貴族。
それでも貴族の慣習に則って、娘のわたくしは婚約者を定める必要があった。
ただ、それだけの話。
「お母様は、わたくしのことを気にかけて下さっていたのですね。それが分かっただけで、もう充分ですわ」
「お嬢様……。ノートゥング家には、お戻りにはならないダスか? 教皇のスケベジジイからは、奥様とわたすが必ずお守りしますだ」
一瞬、迷いが生まれます。
お母様と、もっとしっかり話をしたい。
新しくできた、義弟とも。
ですが――
「ミランダ……。わたくしはしばらく、実家には戻りません。冒険者になって、自分を見つめ直したいのです」
わたくしは、自分の手の平を見つめます。
聖女時代は、誰も救えなかったと思っていた手。
リュウ様は、
「気付いていないだけで、多くの人を救って来たはずだ」
と、仰ってくださいました。
それでも、聖女として人々を癒すことはできなかった。
お母様のようには、なれませんでした。
ならば――
「亡くなったレオンお父様のように、誰かを守れる強い大人になれたら……。その時は胸を張って、お母様にお会いできると思うのです」
「お嬢様ぁ……」
瓶底眼鏡に隠れたミランダの瞳から、滝のような涙が流れ落ちていました。
そんなに泣いたら干からびて、ミイラになってしまいますわよ?
「分かりますた! 実は奥様も、お嬢様がそう言いだすのではないかとお考えになっていたんダス」
そうでしょうね。
だからミランダに部屋を借りるよう、指示して下さったのですわね。
わたくしの行動は、どこまでお母様に見透かされているんでしょうか?
「わたすはここに残り、冒険者として働くお嬢様のお世話をしますだ。……それと奥様から、これをお嬢様にお渡しするように言われてるんダス」
ミランダは大きな荷物袋をごそごそと漁り、あるものを取り出しました。
「これは……。ありがとう、お母様……」
わたくしはミランダから手渡されたものを、胸に強く抱きしめました。




