第89話 聖女は黄金の腕輪を恨めし気に見つめる
翌日、わたくしとリュウ様は病院を退院しました。
わたくしの方は怪我ひとつなく、健康そのものです。
問題はリュウ様の方で、竜人族の魂である竜魔核にダメージを負っているそうですわ。
2、3日は、竜化できない状態が続きます。
こればかりはすぐに回復できる手段がなく、自己治癒に任せるしかないのだそうです。
回復力を高める手段として、なるべく番の近くにいるという方法があります。
なのでリュウ様は、ずーっとわたくしにくっついた状態です。
出歩く時は手を繋ぎ、宿にいる時は抱きかかえられた姿勢。
かなり恥ずかしいのですが、リュウ様に「治療だから」と言い切られると逆らえません。
早く竜化できる状態に戻って、アーウィン様に逆さ鱗をお渡ししなければならないのです。
結局リュウ様は色々と条件を付けて、逆さ鱗を譲渡することを快く了承してしまいました。
アーウィン様と話していくうちに、リュウ様とアーウィン様の目的は両立できることが分かったようです。
お2人とも嬉しそうで、何よりですわ。
わたくし達は火竜領に降りる時に入国手続きをする予定だったので、まだ魔国への入国手続きを済ませておりませんでした。
なので雷竜領の冒険者ギルドを通じ、事故で緊急着陸したという体で入国の手続きを済ませます。
これで普通に観光客として、シーナ=ユーズを見て回ることができますわ。
今日も「治療」という名目で、リュウ様と手を繋いで街中を巡っておりました。
「それにしても雷竜領は、文明が発達しておりますのね……」
シーナ=ユーズの道路はアスファルトと呼ばれる特殊な素材で舗装されており、その上を電力で動く車両が行き来しています。
スピードは、馬車より速い。
「雷竜領は昔から、電力や機械の技術に力を入れていた土地だからな。だからって単純に、文明全体が発達しているとも言い切れねえんだが……」
リュウ様のお話によると、魔法文明はミラディア神聖国や魔国ヴェントラン他領の方が進んでいる部分もあるのだとか。
「例えばここから北にある水竜領は海と島、そして深い森ばかりで、文明が発達しているようには全然見えねえけどよ……」
しかし魔道に長けた魔族のエルフが、数多く森の中に隠れ住んでいる。
彼らは水竜公も知らぬ、独自の魔法技術を隠匿しているとの噂です。
そしてリュウ様の故郷である火竜領は、領民に優れた魔道士が多い。
なので機械文明の発達はさっぱりですが、魔法文明は極めて発達しているのだとか。
魔国ヴェントランは、地域によって特色がバラバラなのですわね。
わたくし達はお洒落なビル街のお店を見て回った後、ちょっと疲れたのでオープンテラスカフェで一息つくことにしました。
シーナ=ユーズの街は、コンクリートやアスファルト、ガラス等の無機質な人工物ばかり。
ですがこのカフェテラスは木製の椅子やテーブル、観葉植物の緑が目立ちます。
ほろ苦いコーヒーの香りも、わたくしの心を穏やかにさせてくれます。
「なんか、こうしていると落ち着くよな」
リュウ様も、わたくしと同じことを考えていたみたいです。
それがなんだか嬉しくて、表情が緩んでしまいますわ。
「ええ。シーナ=ユーズのお洒落な街並みも素敵ですけど、こういう自然を感じさせてくれるカフェはやはり落ち着きますわね。ミラディア神聖国を、思い出しますし」
「ん? カフェの雰囲気だけじゃなくてよ……。俺はヴェリーナさんと一緒にいると、心が落ち着くなって……」
ニコニコと微笑みかけてくるリュウ様に、わたくしの落ち着きは吹き飛びました。
もう! ズルい!
そんなことを言われては、ドキドキしてしまうではありませんの!
わたくしは動揺を隠すため、コーヒーカップを口へと運びました。
その途中、右手首で金色の腕輪がキラリと光ります。
カップをソーサーに戻した後、あらためて腕輪を見つめました。
特には装飾の施されていない、つるりとした細い腕輪です。
わたくしの手首にピッタリ合ったサイズで、正拳突きを放とうが手刀を振るおうが邪魔になることはございません。
ですがひとつ、気になる問題が――
「この腕輪……いつの間に、わたくしの腕に着いたのでしょうか? 全く記憶にございません」
「それ、アーウィンさんのマシンゴーレムに拾われた時にはもう着いてたぜ」
そんなに前から?
魔力切れで体調不良だったので、気付きませんでしたわ。
この腕輪の正体に関して、わたくしはひとつの仮説を立てておりました。
どうも、アレと似た気配を感じるのです。
ちょうど、行方不明になっておりますし――
わたくしが腕輪を眺めていると、カフェの外からキンキンと甲高い罵声を浴びせられました。
「見つけましたわぁ! 不届きな神剣泥棒!」
金色のふわふわとした髪をなびかせながら、小柄な女性がパタパタと走り寄ってきます。
クリクリとした薄緑色の瞳は、怒りのためか吊り上がり気味です。
「あら? 聖女ソフィア様。お久しぶりですね」
「『おひさしぶりですね』じゃありませんわぁ! ヴェリーナ・ノートゥング! その右手にある【神剣リースディア】を、今すぐランスロット様に返しなさぁい!」
ソフィア様は両手でテーブルをバンバンと叩きながら、まくし立てます。
――やっぱり。
右手にあるこの腕輪は、姿を変えた【神剣リースディア】なのですわ。
ソフィア様がワアワアと騒いでおられるうちに、白い装束を纏った騎士もやってきました。
剣聖ランスロット様ですわ。
こちらもアメジスト色の瞳に、焦りと苛立ちを滲ませております。
「ヴェリーナ・ノートゥング。【神剣リースディア】は、教会の所有物。そして当代剣聖である、私が管理しなければならないものだ。ソフィアの言う通り、返して欲しい」
意外でした。
心中穏やかではないご様子ですが、ランスロット様は腰の低い態度で頭を下げてきます。
最近の彼はもっとこう――
わたくしに対しては冷たく、高圧的な接し方だと思っていたのですが。
「奉竜大武闘会」決勝戦でのジャーマン・スープレックスで、変なところを打ってしまったのでしょうか?
気のせいか、わたくしへの怯えのようなものが感じられます。
「おい、てめえら。戦女神様の方からヴェリーナさんの元に、『使え』って飛んで来たんだぜ? それを勝手に盗んで行ったみてえに言うのは、どうなんだ?」
あ。
リュウ様、怒っていらっしゃいますわね。
口調は冷静。
ですが焼けつくような殺気を、ソフィア様とランスロット様に向けています。
カップの中で、コーヒーが沸騰してしまいそう。
リュウ様に凄まれて、ソフィア様は震え上がってしまいました。
ランスロット様の方も、剣幕に少々気圧されているようですわ。
「リュウ様。非常時とはいえ、わたくしが無断で【神剣リースディア】をお借りしたのは事実なのです。……ランスロット様、申し訳ございませんでした。すぐにお返しいたします」
今は冒険者の身ですが、これでも元ミラディース教会聖女。教会神官。
【神剣リースディア】の重要性は、重々承知しております。
わたくしは、急いで金色の腕輪を外そうとしました。
ですが――
ぬ――抜けない!
「あ……あの……リースディース様。わたくしはもう、充分過ぎる程のお力添えをいただきました。剣の姿に戻って、剣聖の元へお帰りになられた方が……」
(断る)
わたくし、リュウ様、ランスロット様、ソフィア様の4人にだけ、その声は聞こえたようでした。
凛とした強い意志を感じさせるこれは、戦女神リースディース様のお声です。
かなり大きな声でしたが、カフェにいる他のお客さん達には聞こえていないようですわ。
(剣聖ランスロット……そなたは最近、浮気をしておるな?)
リースディース様の指摘に、現婚約者であるソフィア様の眉が吊り上がります。
「ち……違うソフィア! 私は断じて、浮気など!」
(そう。女性ではなく、剣の話だ。最近は教皇から貸し与えられているその剣が、ずいぶんお気に入りのようではないか? ……【神剣リースディア】というものがありながら)
確かにランスロット様の腰には、別の剣が下げられていました。
深紫色の鞘に複雑な魔術文字が刻まれた、怪しげな剣です。
おそらくは何か特殊な効果を秘めた、魔剣なのでしょう。
戦女神リースディース様は、それが面白くないと。
そういえばリースディース様は、大変嫉妬深い女神様だと言い伝えられております。
夫である自由神フリードが浮気した時など、異界より使徒を召喚。
その使徒に大陸を焼き尽くすような大戦争を代行させたと、神話になっています。
(それに最近のそなたは、見ていてイマイチ面白くない。剣聖として相応しい姿を取り戻すまで、リースディアはレオンの娘に預けておく)
え!?
リースディース様、それは困ります!
わたくしはただの冒険者で、もう教会関係者ですらありませんのよ?
「「そんな! リースディース様! ご再考を!」」
わたくしとランスロット様は声をハモらせて抗議しましたが、金色の腕輪はそれっきり沈黙してしまいました。
必死に腕輪に話しかける様子を見て、カフェのウェイトレスさんが不審者を見るような視線を向けてきます。
これ以上この話題について、人前で話し合うのはやめておいた方が良さそうですわ。
わたくしは咳払いをひとつ入れると、ランスロット様とソフィア様に提案しました。
「と……とりあえず現状について、フレデリック・デュランダル教皇猊下にご報告してみてはどうでしょうか? 何か、良い提案をいただけるかもしれませんし。……ランスロット様もソフィア様も、あの魔道具はお持ちでしょう?」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ふむ、それは困ったことになりましたね」
ランスロット様が持つ手鏡の向こうで、穏やかそうな表情の老人が考え込んでおられました。
わたくし達4人はカフェから場所移し、宿泊しているホテルの1室に集まっています。
ちなみに、リュウ様の借りているお部屋ですわ。
皆で覗き込んでいる手鏡は、ミラディース教会が誇る遠距離通信魔道具「遠見の聖鏡」の小型版。
国外や遠隔地での任務の際、剣聖や聖女はこれを携帯するのですわ。
「教皇猊下。このような事態になってしまい、申し訳ございません」
「剣聖ランスロット。あなたが責任を感じる必要はありませんよ。神々とは、気まぐれなもの。むしろリースディース様を嫉妬させるような聖剣を渡した、私のミスと言えるでしょう。ヴェリーナ殿にもご迷惑をおかけしてしまうことになり、申し訳ありません」
鏡越しに教会のトップから頭を下げられて、恐縮してしまいます。
それにしてもランスロット様が、腰に下げている怪しげな紫色の剣――
魔剣ではなく、聖剣なのですわね。
全然聖剣っぽく見えませんが。
デュランダル教皇とお話するのは、初めてではありません。
枢機卿時代に、何度か会話したことはあります。
相変わらず、物腰の柔らかいお方ですわ。
「ヴェリーナ殿。ご迷惑ついでにしばらくの間、【神剣リースディア】を預かっていただけないでしょうか? 先代剣聖レオン殿の息女であり、先代聖女でもあるあなたなら、安心してお任せできます」
「良いのですか? 教皇猊下。わたくしはもう、教会関係者ではございませんわ。教会所有の大切な神器を、一介の冒険者が預かるなど……」
「ふむ。確かに、一理ありますな。……なので、提案です。あなたの旅に、剣聖ランスロットと聖女ソフィアを同行させていただけないでしょうか? リースディアが外れ次第、彼らに返却していただくということで」
なるべく教皇猊下の視界に入らぬよう部屋の隅で聞いていたリュウ様が、露骨に嫌そうな顔をされます。
猊下の手前、ランスロット様とソフィア様は表情を変えておりません。
ですが、「イヤだ!」という雰囲気はビシバシ伝わってきます。
正直、わたくしもちょっと――
しかし【神剣リースディア】を外せないのですから、どうしようもありません。
「わかり……ました……」
わたくしは仕方なく、デュランダル教皇猊下からの提案を受け入れました。
右手の【神剣リースディア】を、恨めしく見つめながら。




