第88話 聖女は筋肉の触れ合いで目の保養をする
「なんだあ? この鉄巨人は? コイツが雷竜領の最新鋭兵器っていう、噂のマシンゴーレムか?」
「ええ、リュウ様。先程、わたくしも戦いました。まさか、飛行可能なタイプまであったとは……。あら?」
落下中のわたくしとリュウ様に迫ってくるマシンゴーレムは、先ほど撃破した〈アーマーアルモジロ〉と全くの別物に見えます。
まず、機体色が違いました。
〈アーマーアルモジロ〉は、機械竜ミツキ・レッセントの装甲板と同じ鉛色。
しかしこの空飛ぶマシンゴーレムは、鮮やかな緑色をしています。
よく観察してみれば、大きさもひと回り大きい。
それなのに四肢は細く、スマートな姿になっています。
別の機種――なのでしょうか?
それにしても、このマシンゴーレムは何をするつもりなのでしょう?
わたくし達の捕獲?
いえいえ。
アリーナで見た〈アーマーアルモジロ〉の自立行動から考えて、そういうデリケートな命令を遂行するのは難しいでしょう。
握り潰されてしまいそうです。
身体強化魔法を発動していないわたくしや、人型のリュウ様ではひとたまりもない。
捕獲でないのなら、抹殺が目的でしょうか?
墜落死を待つより確実に、1秒でも早く空中で仕留めるために?
わたくしが想像し、リュウ様に抱きついて身を固くした時でした。
マシンゴーレムから、拡声魔道具越しの声が聞こえたのです。
それは〈アーマーアルモジロ〉が発する機械じみた音声と違い、はっきりと意志を持った魔族の声。
しかも、聞き覚えがある声でした。
『よう! 待たせたなァ! ヴェリーナお嬢ちゃんと、その彼氏さんよォ!』
魔道具職人にして錬金術師。
エルフの技術者アーウィン・フェイルノート様!
そういえば彼は以前、マシンゴーレムを開発するお仕事をしていたと仰っていました。
空飛ぶこの機体は、その頃の試作機なのでしょう。
当時のマシンゴーレムは、操縦者搭乗型。
アーウィン様ご自身が乗り込んで、操縦しているはずです。
その証拠に緑色のマシンゴーレムは、動きが〈アーマーアルモジロ〉とは全然違いました。
しなやかな腕の動きで、フワリとわたくし達をキャッチします。
そして背中の翼から勢いよく炎と風を吹き出し、地面に激突しないよう減速を始めました。
急制動の重圧がかかって全身が重くなりましたが、心は逆に安堵感で軽くなってゆきます。
「味方かよ……。命拾いしたぜ……」
リュウ様からも、力が抜けます。
わたくし達、助かったのですわね。
「あっ、おい。ヴェリーナさん」
どうやら緊張の糸が、切れてしまったようです。
元々魔力枯渇で、フラフラでしたものね。
アーウィン様が駆る、マシンゴーレムの手の平の上。
そしてリュウ様の腕の中で、わたくしは意識を手放してしまいました。
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意識を取り戻したとき最初に目に入ったのは、清潔感のある真っ白な天井でした。
どうやらわたくし、ベッドの上に寝かされていたようです。
「……ここは?」
わたくしが呟くと、すぐ隣から声が返ってきました。
「シーナ=ユーズにある、病院さ」
わたくしが寝返りをうつと、そこにはベッドに横たわったリュウ様のお姿が。
いつもの火竜領ファッションではなく、雷竜領の礼服でもなく、白い患者着に身を包んでいらっしゃいました。
ニヤリと唇の端を吊り上げるいつもの笑みに、なんだか涙が滲んできてしまいます。
山岳地帯でミツキ様に攫われた時は、もう会えないかもしれないと思っていましたのに――
リュウ様はベッドから起き上がり、わたくしの顔へと手を伸ばしてきます。
そして大きな手の平で優しく額を覆い、そっと撫でて下さいました。
ああ、リュウ様のこれ。
とても、心が落ち着きます。
「心配……かけちまったな……。すまねえ」
「ええ。本当に、心配しましたわ。これは一生をかけて、返していただかないといけませんわね」
額を撫でる長い指から、「もちろんだ」という意思を感じます。
うふふ――
頑張った甲斐がありましたわ。
病室の窓際に視線を移せば、フクが日向ぼっこしながら眠っています。
よかった。
フクも無事だったのですわね。
窓から差し込む陽光から察するに、時刻は正午を少し回ったあたりでしょうか。
リュウ様に額を撫でられる心地よさにウットリしていると、ゴホンと咳払いの音が聞こえました。
あ――あら?
わたくし達以外に、誰かいましたの?
もういちど寝返りをうって病室の反対側を見れば、そこには椅子に腰かけたアーウィン様がいらっしゃいました。
「いや……その……すまねェな。俺みてェなオッサンが、若けェ恋人同士の再会に水を差しちまってよォ」
ご自分のことをオッサンとおっしゃりますが、エルフのアーウィン様はどう見ても20代前半ぐらいにしか見えません。
同じぐらいに見えるリュウ様を「若い」と表現するのは、違和感がありますわね。
「まァ……何はともあれ、状況説明だ。竜人族の兄ちゃんも、まだ起きたばっかでなァ。俺ァ自分の名前と、協力者だってことぐれェしか話してねェ」
アーウィン様のお話によりますと、まだ「奉竜大武闘会」の翌日だそうです。
わたくしが意識を失った直後、リュウ様も倒れてしまったのだとか。
この病院にはツテがあるということで、急いで運び込んで下さったとのこと。
「あれだけの騒ぎを起こしたのに、わたくし達を拘束しようとする方々はいらっしゃいませんの? 例えば、金竜機甲師団とか……」
天下の雷竜公と、都市上空で派手にやり合ってしまったのです。
逮捕されても、おかしくないはずですが――
「一応、監視はついてるがよォ……。今の金竜機甲師団や雷竜領行政府は、お嬢ちゃん達に構ってる場合じゃねェんだ」
大勢の前で公言されてしまった、ミツキ様の先代殺害。
そのせいで雷竜領は、現在パニックなのだとか。
多くの領民が薄々気付いていたことなのでしょうが、当代雷竜公本人が認めたとあっては事情が変わってきます。
リュウ様をむりやり番にしようとしていた件もあり、雷竜領全体が魔王ルビィ様からの粛清を受けるのではないかと戦々恐々しているのだそうです。
それを聞いたリュウ様は、呆れ顔で言い放ちます。
「オフクロが、そんな面倒くせえ干渉するかよ。『自分の娘に殺られる弱者に、雷竜領は任せられぬ』ぐらいは言うぞ、あの魔王様は。俺が攫われた件だって、『お主の力不足じゃ! バカ息子!』で終わりだろ」
なんとまあ。
魔国ヴェントランは、本当に力を尊ぶ国なのですわね。
ルビィ様も過激というか、乱暴というか――
「ミツキ様は……どうなったのでしょうか?」
「分からねェな。生きちゃいるはずだが、今後の処遇がどうなるかはよォ」
アーウィン様の言葉に、リュウ様は押し黙ってしまいました。
わたくしも、気持ちが沈んでしまいます。
「お前さん方2人が落ち込んでるとこ、悪ィんだがよォ……。俺も、落ち込みそうだぜェ。なんせそこの魔王竜兄ちゃんから、逆さ鱗もらう話を断られちまってよォ」
「アーウィンさん。俺は、ムラサメ家の魔王竜じゃねえ」
あら?
わたくしが起きる前に、もうその話はしてしまいましたの?
――無理もありませんわね。
アーウィン様は一刻も早く、妹のイーリス様を探す旅に出たい。
イーリス様を見つけるためには、人探しの魔道具を強化する必要があった。
その強化のために、強い竜人族の逆さ鱗を欲していたのですわ。
「リュウ様。わたくしからも、お願いします。アーウィン様には、逆さ鱗が必要なのです。貴重なものだというのは分かっておりますが、ここはひとつ……」
竜人族やドラゴン型魔獣の逆さ鱗は、一生に一度、一枚しか生えてきません。
強大な魔力を秘めており、魔道具に加工すれば様々な効果を発揮します。
それゆえ市場では、莫大な価格で取引されるのです。
救出に協力していただいた対価としても大きすぎると、リュウ様はお考えなのでしょうか?
「ダメだ。ヴェリーナさんからの口添えがあっても、これだけは他人に譲れねえ」
「ふーむ。なら、タダとは言わねェ。俺ァこれでも魔道具作りや、マシンゴーレム開発チームにいた頃の報酬で、それなりの資産があるんだ。言い値で買わせてもらうぜェ」
「金の問題じゃねえんだよ」
リュウ様が、「お金の問題じゃない」ですって?
一瞬、聞き間違いかと思いました。
「……すまねえ、アーウィンさん。助けてもらったことに関しちゃ、恩を感じてる。だがよ、俺の逆さ鱗は使い道がもう決まっちまってるんだ」
申し訳なさそうに頭を下げるリュウ様を見ると、これ以上の説得は無理そうだと感じます。
「妹さんの捜索には、他の方法で全面的に強力させてもらう。だから、逆さ鱗だけは……」
「……わーったよォ。そんな、シケた面すんなァ。俺もちょっと、虫の良過ぎる頼みたァ思ってたんだよォ」
リュウ様の背中を、アーウィン様はバシバシとやや乱暴に叩いて元気づけます。
ふふっ、絵になりますわね。
細マッチョ同士のスキンシップ。
「兄ちゃんよォ。その逆さ鱗の使い道って、聞いてもいいかァ? 興味あるんだよォ」
「それも、すまねえ。ヴェリーナさんの聞いているところでは、ちょっと……。まだ、秘密にしときてえんだ。後でアーウィンさんにだけ、こっそり話す」
そう言ってリュウ様は、照れくさそうに頬をポリポリと掻きます。
まあ!
なんでしょう?
もうすぐ婚約するわたくしに、まだ秘密だなんて。
でもなんだか、わたくしのために何やら考えてくれている気がします。
それは嬉しいかも?
わたくしの視線から逃げるように、リュウ様は窓際に歩いて行きました。
そして窓を開け、外の風景を眺めます。
ちょうどアーウィン様が昨日乗っていた緑色のマシンゴーレムが、膝を突いて駐機してありました。
「アーウィンさんのマシンゴーレム、カッコいいよなぁ……」
「お? 兄ちゃんは、男のロマンってやつが分かっているねェ」
逆さ鱗の交渉については決裂してしまいましたが、リュウ様とアーウィン様はとても気が合うようです。
女のわたくしには、よく分からない世界ですわ。
「試作型マシンゴーレム、〈アースドラゴン〉。まだ俺が若かった頃、地の魔王竜ブライアン・オーディータ様の姿を見てインスピレーションを受けたんだ。あんな風に、空を自由に駆けるマシンを作りてェってな」
「へえ。アーウィンさんは、オーディータのオッサンと会ったことがあるのかい?」
「おお。ある魔道具作成を、頼まれてなァ。まだエルフの里にいる頃だったが、わざわざカーラ夫人と一緒に訪ねてきてくれてよォ」
突然、リュウ様の目の色が変わりました。
「『ある魔道具』だって? おいおい、アーウィンさん。それって、ひょっとして……?」
「ああ、2人のけっ……むぐゥ!」
リュウ様は喋りかけたアーウィン様の口を、手の平で塞いでしまいます。
ああ。
なんだか男同士で、ベタベタしている感がありますわね。
恋人であるはずの、わたくしを差し置いて。
ちょっぴり、嫉妬してしまいますわ。
「そうか……。アーウィン・フェイルノート……。どっかで聞いたことある名前だとは、思ってたんだがよ……。こいつは探す手間が省けたぜ」
リュウ様は鋭い犬歯をニヤリと剥き出しにすると、アーウィン様の長い耳に囁きかけました。
「アーウィンさん。さっきの逆さ鱗の話、もう少し掘り下げてみたい。条件次第では、譲るぜ?」




