第87話 聖女はどこに落ちたい?
魔法を発動させるためには、様々な手順が存在します。
体内を巡る魔力を循環させ、目的の場所へ導くこと。
術式を構築すること。
呪文を詠唱すること。
「力ある言葉」を唱えること。
慣れないうちは、時間がかかって大変です。
ですが熟練していくうちに魔力循環や術式の構築を高速化したり、途中の呪文詠唱や「力ある言葉」を省略できるようになっていきます。
実戦で魔法を行使するにはスピードが重要になってくるので、無詠唱魔法は重宝されます。
それでも魔法の威力や精度を上げるためにはしっかりと呪文を詠唱した方がいいし、「力ある言葉」も唱えた方が良い。
ミツキ・レッセントは【インビジブルライデン】を発動する際、途中の呪文詠唱は省略します。
そうでないと、相手は間違いなく発動を妨害しようとするでしょうから。
本当は「力ある言葉」も告げず、完全な無詠唱魔法にしてしまうのが理想的です。
実戦慣れしているわたくしやリュウ様なら、それを目指します。
しかしミツキ・レッセントには、そこまではできないのでしょう。
「力ある言葉」を省くと、おそらく今のような超スピードは出ない。
「力ある言葉」によりタイミングが読まれても、並みの相手なら発動の瞬間にカタがつく。
しかし「力ある言葉」を唱えるより前、魔力循環や術式構築がよく見えているわたくしなら話は別です。
さすがは「千言の魔術士」タツミ様のお弟子さん。
さすがはリュウ様の妹弟子。
体内の魔力循環が淀みなく、美しい。
術式構築も速く、無駄がない。
それでもわたくしには、魔法の発動タイミングが遅く見えてしまいます。
『インビジブルら……』
「リュウ様! 今です!」
わたくしの合図で、リュウ様は身を翻しました。
仮想の筒内を這うように横転宙返りする、バレルロール機動。
竜化した竜人族や巨大鳥化した天翼族が空中戦を行う時、相手の攻撃を回避しながら背後に回り込む空戦機動だそうです。
リュウ様は自在に竜化して飛べるようになった直後、このような戦闘機動を熱心に練習されていました。
ブライアン・オーディータ様との戦いで指摘された、飛行経験の少なさを気にしておられたようです。
けっこう、負けず嫌いなところのあるお方ですから。
あの時と今では、飛び方がまるで違います。
空を駆ける様は、自由な風。
まさに、蒼穹の覇者。
まだ魔王ルビィ様の飛行を見たことがないのでなんとも言えませんが、少なくともわたくしはリュウ様以上に美しく飛ぶドラゴンを見たことがありません。
それに比べると、雷の魔王竜ミツキ・レッセントの飛行は速いだけで荒削りに映ります。
動きも直線的で、読みやすい。
わたくしとリュウ様の狙い通りの位置を、見えない電光と化した機械竜が駆け抜けます。
そこはバレルロール機動によって、背面飛行に入ったリュウ様の真下。
斬竜刀を構えたわたくしにとって、絶好の攻撃位置。
ミツキ・レッセントはもう、回避行動が取れません。
身体強化魔法で動体視力を上げられない彼女には、超加速中周りが一切見えていないのですわ。
あまりに速すぎることが、【インビジブルライデン】という魔法最大の欠点。
つまり、カウンターに弱い。
――【フィジカルブースト】、出力全開。
わたくしは、動体視力を極限まで強化しました。
引き伸ばされた時間の中で、機械竜が頭上をゆっくりと通過していきます。
「雷の魔王竜ミツキ・レッセントよ。運命に翻弄され、歪められし憐れな魂よ。戦女神リースディースの刃で、今こそあなたを解き放ちます!」
わたくしは斬竜刀を振るう瞬間、【神剣リースディア】に向かって強く念じました。
――重くなれ!
すでに恐ろしいほど加速していた刀身は重くなり、絶大な威力を伴って機械竜の背面装甲――翼の付け根辺りに食い込んでゆきます。
すれ違う際の相対速度がとてつもないことになっているのも、威力上昇に貢献しました。
「ぐうっ!」
凄まじい手応えでした。
身体強化魔法は出力全開だというのに、衝撃で斬竜刀が弾き飛ばされそう。
踏ん張って、リュウ様の背から振り落とされないようにするのが精いっぱいですわ。
ですがその甲斐あって斬竜刀の巨大な刀身は、機械竜の禍々しい装甲板を完全に斬り裂きました。
すれ違いきったところで【インビジブルライデン】の発動は止まり、ミツキ・レッセントは時間の流れに戻ってきます。
振り返った彼女は、斬撃の痕から激しい黄金の光を噴き出していました。
『あ……あ……ああ……。どんな攻撃でも傷ひとつ付かなかった、私の装甲が……』
「その代わり、あなたの美しさを封じ込めていた忌まわしき鎧でもあります」
雷の魔王竜ミツキ・レッセント――
彼女の全身を覆っていた装甲板が、一斉に弾け飛びます。
機械の殻を破り中から現れたのは、黄金の鱗を持つ巨竜でした。
「やっぱり、とてもきれい……」
【ティアマットアリーナ】で部分竜化した際も一瞬だけ見えましたが、ミツキ・レッセントの鱗は本当に美しい。
雷を自在に操る天空からの使者、黄金竜。
夜空を彩る生きた財宝に、わたくしが感嘆の溜息を漏らした瞬間でした。
「……ダメですわ! ミツキ!」
黄金竜の目から、光が失われたのです。
そして次の瞬間、閃光と共に彼女は人型へと戻ってしまいました。
意識を失ったのです。
人型に戻ってしまった竜人族は、空を飛ぶことなどできません。
シーナ=ユーズの市街地に向けて、彼女は落下を始めてしまいました。
「リュウ様! 彼女を!」
『もちろん分かって……なっ!?』
ミツキ様だけではありませんでした。
リュウ様も短く閃光を放った後、人型へと戻ってしまわれたのです。
竜魔核にダメージを負った状態で、無理にドラゴンの力を使い過ぎたのですわ。
「くっ! ヴェリーナさん、掴まれ!」
幸いにもリュウ様は、意識を失ってはおられませんでした。
空中で離れ離れにならないよう、すぐさまわたくしを抱き寄せて下さいます。
しかし抱き寄せていただいたところで、地上への落下は止まりません。
「こいつは……マズったな。せめて風の魔法とかが使えりゃ、地面に叩きつけられずに済むんだけどよ……」
リュウ様は何度も魔法の行使を試みますが、全く上手くいきません。
よく観察してみれば、体内の魔力循環がめちゃくちゃです。
これでは簡単な魔法でも、発動させることはできないでしょう。
「ヴェリーナさんの方はどうだ? 山岳地帯では空から飛び降りても、平気だっただろ?」
「今回は……ちょっと、無理かもしれませんわね。魔力が、一滴も残っておりません」
そのせいか、かなり気分が悪いです。
頭痛と吐き気、倦怠感があります。
身体強化魔法を発動して着地することは、不可能でしょう。
「くそっ! 【魔力譲渡】が使えてりゃ……」
魔力を上手く操れなくなってしまった今のリュウ様では、わたくしに魔力を受け渡すことも不可能なようです。
「魔力を受け取れたとしても、拒否しますわ。身体強化魔法を発動して着地しても、助かるのはわたくしだけ」
リュウ様の肉体は衝撃に耐えられず、バラバラになってしまいます。
どんなにリュウ様を庇う姿勢で着地してもです。
ならば、せめて――
「リュウ様……最期の瞬間まで、こうやってわたくしを強く抱きしめていてください」
わたくしの懇願に、リュウ様は優しい笑顔を返してくれました。
そして――
「バカ野郎!」
「ぶぎゅっ! 痛い!」
顔を両側から勢いよく、平手で挟まれてしまいました。
「何が『最期』だ。諦めが、早すぎる。俺は後輩冒険者を、そんな風に教育した覚えはねえぞ?」
お――怒られてしまいましたわ。
「ヴェリーナさんは、どこに落ちたい? どこなら、助かる可能性が上がると思う?」
「えっと……。そうですわね……」
単純に考えれば、水の上とかでしょうか?
しかしこの高度と速度からでは、岩盤に叩きつけられるのと大して変わりありません。
「……ミツキの方は、助かりそうだな」
リュウ様に言われてミツキ様の落下していく方向を見れば、黄色いドラゴンが飛行して寄っていきます。
金竜機甲師団の方が、救助に向かったようです。
しかしわたくし達までは、拾ってくれそうにありませんわ。
距離がありすぎます。
――そうですわ!
わたくし達も、誰かに助けてもらえるよう行動すれば――
「【ティアマットアリーナ】!」
「正解だ。よくできました。あの広いアリーナに落ちれるよう、狙っている」
よく見ればリュウ様はただ落下しているだけでなく、風をその身に受ける角度を調整しています。
落下地点を、ずらしているのですわ。
【ティアマットアリーナ】には、フクがいる。
あの凄いにゃんこ精霊なら、なんとかしてくれる可能性が――
わたくしが、希望を胸に抱いた時でした。
視界の端に、大きな影が映ります。
何かがこちらに向かって、飛行してくる!?
大きな金属の四肢。
背中には機械竜ミツキ・レッセントと同じく、炎と風を噴射する大きな翼。
これは――マシンゴーレム!?
雷竜領の最新鋭兵器である、機械の巨人!?
夜空に光る鋭い双眸が、落下中のわたくしとリュウ様の姿を捉えていました。




