第84話 聖女はいつでも火竜のそばにいる
わたくしの問いに、ミツキ・レッセントから帰ってきたのは沈黙でした。
「もはや【キマイラソウル】は、閣下の体の一部となっているのでしょう? 取り外すことは、不可能。……ということは今わたくしとリュウ様に施しているような術式を、自分自身に施術しなければならない」
どうやら図星のようで、彼女は返事どころか身動きひとつしませんでした。
「それは自分自身に、外科手術を施すような神技。いかに雷の魔王竜でも、そんな真似が可能なのですか?」
雷の魔王竜ミツキ・レッセントは、間違いなく当代最強の魔王竜でしょう。
地の魔王竜ブライアン・オーディータ。
水の魔王竜候補だったシュラ・クサナギ。
両者と戦い、倒してきたわたくしだから分かります。
圧倒的な魔力量。
生体鎧で機械竜化することによる、身体能力の劇的強化。
瞬間移動のような、未知なる魔法も編み出している様子。
ひょっとしたら、当代魔王ルビィ・ムラサメ様を超えているかもしれません。
そんなミツキ・レッセントでも、疑似番の関係にある【キマイラソウル】を切り離すなど不可能な話に思えてくるのです。
先程フクも、言っていたではありませんか。
「神様の力でも借りないと、どうしようもない」と。
「……うるさいわね! 分かっているわよ! 失敗する可能性が……自分が死ぬ可能性が、高いことぐらい!」
わたくしの方を振り向きざま、ミツキ・レッセントの紅い瞳から、涙が飛び散りました。
「分かっているわよ! これが、ただの八つ当たりだってことぐらい! ただのワガママだってことぐらい! 全部! 全部! 分かっててやっているのよ!」
悲痛な叫びを上げながら、雷の魔王竜は再び爪を振り上げます。
2本目のほつれた魔力糸に向け、その手を振り下ろそうとした時でした。
「ああああああああっ!!」
車椅子上で痺れ、突っ伏していたはずのリュウ様が、叫び声を上げたのです。
思わず糸の切断を中止して、リュウ様の方を振り返るミツキ・レッセント。
わたくしも、驚いてしまいました。
「うそ……。今のリュウさんに、意識はないはずよ? 私の【パラライズフィールド】を、解析・抵抗しているというの?」
ゆっくりと、リュウ様の上半身が起き上がっていきます。
麻痺の魔法【パラライズフィールド】に、抵抗しているのは間違いありません。
「ヴェ……リー……ナ……」
焦点の定まらない金色の瞳で、リュウ様がわたくしを探しています。
――わたくしはここです。リュウ様。
痺れが増し声が出なくなった代わりに、わたくしは魂で呼びかけます。
すると魔力の糸のうち1本が、ひときわ眩しく輝きました。
それだけで、わたくしがすぐ側にいると伝わったようです。
「ヴェ……リー……ナぁ!!」
再びリュウ様が叫んだ瞬間、彼の両腕は輝きに包まれました。
ああ――
あの美しい紅玉色の鱗。
リュウ様もミツキ・レッセントと同じく、部分竜化ができるようになったのですわね。
竜化した鋭い爪で、リュウ様は【雷の首輪】を掴みます。
「ダメ! リュウさん! 【雷の首輪】を、強引に外そうとしては……」
すぐさま凄まじい雷光が、車椅子ごとリュウ様を包み込みました。
肉の焦げる異臭が、わたくしの鼻孔まで届きます。
しかしリュウ様の爪は怯むどころか、さらなる力で【雷の首輪】を引きちぎろうとしました。
「がぁああああああっ!!」
ただ力任せに、首輪を引きちぎろうとしているわけではありません。
リュウ様は何重にも、電撃耐性の防御結界魔法を発動している。
でなければ、即死していたことでしょう。
それぐらいの電撃が、リュウ様の体を焼いていきます。
信じられません。
【雷の首輪】で、魔力のほとんどを抑え込まれた状態なはずなのに――
そこでふと、気づきました。
わたくしとリュウ様を繋ぐ、魔力の糸――
わたくしの側からリュウ様の側へ、光の粒子が高速で流れ込んでゆく?
これは、魔力?
わたくしの魔力が、リュウ様の魔法発動を手伝っているのでしょうか?
「ヴェリーナぁああああ!!」
「リュウ!! わたくしはここです!! 側にいます」
――声が出ました。
動揺したせいか、ミツキ・レッセントの魔法制御に綻びが生じたようです。
【パラライズフィールド】の効力は、確実に弱まっている。
這いずってリュウ様に近づこうとしていたわたくしより先に、彼の元へと飛んで行った存在がありました。
地面でピクピクしていた状態から、復活したフクです。
「リュウ! 回復魔法だ! そんな首輪、一気に引きちぎっちゃえ~!」
フクは螺旋を描きながら、リュウ様の周りを急上昇してゆきます。
虹色の燐光を、たっぷり振りかけながら。
「おおおおおっ!!」
フクの回復魔法を受け、虚ろだった金色の瞳にハッキリとした光が戻りました。
そして【雷の首輪】を構成する部品――【ティアマットビット】に、亀裂が走ります。
「やはりリュウ様に、首輪は似合いませんわ」
わたくしが言い終わったのと、同時でした。
パァン! という破裂音と共に、【雷の首輪】が弾け飛んで消滅します。
さらに、閃光が走ります。
よく知っている、見慣れた光。
リュウ様が巨大な赤竜へと、竜化する際の光。
わたくしは、閃光の中心へと駆け出します。
愛しいドラゴンの体に、わたくしは全身で抱きつきました。
すべすべして温かい、鱗の感触。
まだ1週間ほどしか離れていないはずなのに、ひどく懐かしい。
よく考えれば、当然ですわ。
出会ってから、こんなに長く離れ離れになっていたのは初めてなのですから。
『よう、ヴェリーナさん。なんだか俺は、とんでもねえ状況で目を覚ましちまったみてぇだな』
ドラゴンの首をぐるりと巡らせて、アリーナの観客を一望するリュウ様。
観客席から、「ルビィ様?」、「あれって魔王様じゃね?」というどよめきが聞こえてきます。
『悪いが俺は、オフクロじゃねえ。魔王ルビィ・ムラサメの息子、リュウ・ムラサメだ。ミスリル級冒険者でもあるからよ、依頼のあるヤツは冒険者ギルドまで頼むぜ!』
リュウ様はアリーナ中に向かい念話魔法で、自己紹介だけでなく営業までしてしまいます。
そして尻尾を器用に使い、わたくしを背中へと乗せました。
『そして、彼女が俺の番。「竜殺しの英雄」、「聖女様」の二つ名で知られるプラチナ級冒険者、ヴェリーナ・ノートゥングだ。よろしく頼む』
観客の皆様は戸惑い、どよめきました。
リュウ様――
大勢の前で、はっきりわたくしを番だと公言して下さったことは嬉しいです。
でもそれはミツキ・レッセントにとって、とてもよろしくありません。
結局はただの横恋慕だったと、大勢の前で暴露されてしまったようなもの。
大恥もいいところでしょう。
それだけではありません。
先ほど行われた行為が、番同士の繋がりを断ち切るものだと気付いた観客もいるはずです。
横恋慕の挙句、愛し合う番同士をむりやり引き裂こうとした領主。
そんな悪評が立ってしまいます。
気になってミツキ・レッセントの方を見れば、意外なことに静かでした。
ただ俯いて、黙りこくっています。
『ミツキ……。お前は、俺の大事な妹弟子だ。その怪しげな装置を取っ払うことには、全力で協力する。だから……』
――だからもう、俺のことは諦めろ。
それは、明確な拒絶でした。
しかしそれこそが、わたくしと妹弟子に対する最大限の誠意の見せ方だったのでしょう。
「クッ……クックックックッ……」
突然笑い始めたミツキ・レッセント。
わたくしは猛烈に、嫌な予感を覚えました。
「もう何もかも、嫌になっちゃった……」
顔を上げた彼女の双眸には、狂気の色が浮かんでいました。
「リュウさんが一緒になってくれるのなら……側にいて支えてくれるのなら、なんだってできるような気がしていたの。雷竜公として領地を治めるだけでなく、次の魔王になって国全体を統治することだって……」
『ミツキ……』
「でも、分かったの。どれだけ力を付けても、私は心の弱いただの小娘。竜化実験でお父様を死なせてしまって以来ね、頭の中で変な声が聞こえるの。『人族を滅ぼせ』って……。きっともう、どこかおかしくなっているのね」
なんですって!?
確かシュラ様のお父上――セス・クサナギも、同じようなことを言っていたと。
「リュウさんが、人族を番にしたという噂は知っていた。……でもそれを認めたくないという思いが、幻聴となって私に聞えているんでしょう」
――本当に、そうなのでしょうか?
「人族を滅ぼせ」という謎の声については、もっと調べてみる必要があるのでは?
ひょっとしたらリュウ様のお母上、魔王ルビィ様にも同じ声が聞こえている可能性が――
「どうせ滅ぼすなら、人族だけじゃない。みんな……みんな無くなってしまえばいいのよ。私を孤独にして、歪んだ姿に変えて、それでも統治しろと迫ってくるこの雷竜領が大嫌い!」
『やめろ! ミツキ!』
リュウ様の制止を振り切って、ミツキ・レッセントは竜化を始めました。
通常竜人族の竜化は、ドラゴンの力を抑え込んでいるキーアイテムを外すことで開始されます。
リュウ様の場合は耳のカフス。
シュラ様の場合は眼鏡。
竜化の瞬間を直接見たことはありませんが、オーディータ夫妻は左手薬指の指輪。
魔王ルビィ様は、イヤリングがキーアイテムなのだそうです。
ところが【キマイラソウル】を体内に埋め込まれているミツキ・レッセントの場合、キーアイテムを必要としない。
念じるだけで、竜化が始まってしまうようです。
激しい閃光と共に、雷竜公は禍々しい機械竜へと姿を変えました。
リュウ様もミツキ・レッセントも、全力戦闘形態ではありません。
アリーナの中には収まりきらないので、少々控え目のサイズで竜化しています。
『ねえ、リュウさん。子供の頃みたいに、鬼ごっこをしましょう。リュウさんが鬼ね』
金属製の翼から、炎と風を吹き出し始める機械竜。
攻撃ではなく、高速飛行のための推進器になっているのですわ。
もちろんそれだけではなく、重力魔法や風の魔法も併用して飛行するようです。
そこはリュウ様や、ブライアン・オーディータ様達と同じ。
『時間は無制限。でも、力尽きて私を追いかけることができなくなったら……』
機械竜はチラリとこちらを見て、次の瞬間には急上昇しました。
天井に大穴を開けながら、アリーナの外へと消えていきます。
念話魔法で、恐ろしいことを言い放ちながら。
『滅びの雷が、このシーナ=ユーズを消滅させるわ』




