第80話 聖女はやらかしました(自覚あり)
■□ヴェリーナ・ノートゥング■□
わたくしの見ている前で、ランスロット様が担架に乗せられ運ばれて行きました。
ミラディア神聖国では、絶世の美男子と言われるランスロット様。
ですが口から泡を噴いて白目を剥く様は、色々と台無しですわね。
これから医務室で、回復術士達から治療を受けるのでしょう。
聖女であるソフィア様もいらっしゃることですし、大丈夫――
――などと、思っておりました。
ですがソフィア様は観客席で、何やらバタバタしているご様子。
ああ。
飛んで行った【神剣リースディア】が、スカートに刺さってしまったようですわね。
わたくしが行けば簡単に抜いて差し上げられるのですが、優勝者がこの場を離れるのも不味いでしょう。
雷竜公から、お褒めの言葉を頂く流れになっていたはずですし。
刺さった神剣を抜くのは、係員さんにお任せしましょう。
『大丈夫、ご主人様。オイラが、あのイヤミ剣聖を治療してくるよ。死なない程度にね』
指向性のある念話魔法で、フクがこっそりと話しかけてきました。
「死なない程度に」ということは、このままではけっこう危ないのでしょう。
わたくし、やらかしてしまいましたわね。
『ご主人様、1人で無茶しないでね』
脱ぎ捨てたガウンの中に隠れていた、フクの気配が消えました。
どうやら実体を消して、医務室へと向かったようです。
さて。
観客や大会関係者の皆様は、「戦いが終わった」と思っているのでしょう。
しかし、わたくしの戦いはこれからなのです。
「にゃんこマスクさん、素晴らしい戦いぶりでした。それに、とってもキュート。会場中が、あなたにメロメロですよ。もちろん、私もです」
ミツキ・レッセントが、にこやかな微笑を浮かべながら近づいてきます。
紅い瞳はキラキラと輝いていて、とても純粋そう。
機械竜やニュース映像で見た雷竜公と、本当に同一人物なのでしょうか?
相手は領主様なので、わたくしは片膝をついて頭を垂れます。
「恐れ入りますにゃん。レッセント閣下からそのようなお褒めの言葉を賜り、身に余る光栄ですにゃん」
なんということでしょう。
真面目に喋ろうと思っていたのに、語尾に「にゃん」が付いてしまいます。
わたくしが、「にゃんこマスク」というプロレスラーになりきっているせいなのでしょうか?
はたまたこのにゃんこ覆面が、装着者の語尾に無理矢理「にゃん」を付ける呪いの魔道具になっていたりとか?
「ねえ、にゃんこマスクさん。もし、あなたが良かったらでいいんだけど……。金竜機甲師団に入って、私の近衛にならない?」
拡声魔道具のスイッチがオンになっていたため、アリーナ中にその申し出が聞こえてしまいました。
当然、どよめきが巻き起こります。
正体不明の覆面レスラーを近衛に抜擢するなど、この方は何を考えておりますの?
「大変ありがたいお言葉ですにゃん。ですがわたくしは、プロレスラーですにゃん」
本当はレスラーではなく、冒険者だったりするのですが――
雷竜公直々の仕官話をお断りするなど、怒りを買うかと思いました。
しかしミツキ・レッセントは、シュンとした表情になります。
「そっか……そうよね……。さすがにその衣装のまま、警護してもらうわけにもいかないし……。ごめんね、いまの話は忘れて」
わたくしの脳内にあった、ミツキ・レッセントのイメージが崩れていきます。
美しくも、冷酷で残忍。
逆らう者には、容赦しない。
そんな印象を、抱いておりましたのに――
まるで、普通の若い女の子ですわ。
顔の右半分を隠す、仮面の異様さすら忘れてしまいそうです。
「ねえ、にゃんこマスクさん。それなら私と、お友達になってくれないかしら? ……プライベートで会うと、素顔が分かっちゃうからダメかな?」
そう言いながら、ミツキ・レッセントは右手を差し出してきました。
ダメに決まっております。
ミツキ・レッセントは、リュウ様を連れ去った敵ですのよ?
わたくしを、殺しかけた女ですのよ?
そもそもこの態度は、全て演技なのでは?
ミツキ・レッセントは山岳地帯での戦闘時、わたくしの身体強化魔法を感知したはずです。
出力や魔力の質から、同一人物だと気付くのが自然ではないでしょうか?
リュウ様の魔力にばかり注意が行って、わたくしの魔力をよく憶えていないのだとしたらアホの子過ぎます。
「よろしくお願いしますにゃん」
どうやらわたくしも、アホの子みたいですわ。
差し出されたミツキ・レッセントの手を、取ってしまいました。
これからリュウ様を巡って、血みどろの戦いをする相手ですのに――
機械のドラゴンへと姿を変える、恐るべき雷の魔王竜。
雷竜公ミツキ・レッセント。
その指は白く、ほっそりとしています。
あまりにも普通な――人の手でした。
彼女は手を取ったまま、立ち上がるようわたくしに促します。
「ふふふ……。これで私とにゃんこマスクさんは、お友達ね。ねえ、にゃんこマスクさん。お友達であるあなたに、紹介したい人がいるの」
――来た。
そう思いましたが、態度には出しません。
1mmも、気取られてはいけない。
にゃんこマスクの正体が、ヴェリーナ・ノートゥングであることを。
アリーナ奥の入場口から、2つの人影が出てきます。
1人は、クリームイエローの軍服に身を包んだ長身の男性。
おそらく、金竜機甲師団の方でしょう。
その男性が押しているのは、車椅子。
乗せられている人物を見て、わたくしは喉まで言葉が出掛かりました。
――リュウ様!!
リュウ様の首には、魔力を抑え込む【雷の首輪】が嵌められたままになっていました。
服装は、いつもと全く違っています。
雷竜領の人々が愛用している、未来的なデザインの礼服。
赤色に、金の刺繍――
一見リュウ様の髪と瞳の色に合わせたように思えますが、これは違いますわね。
赤い礼服は、ミツキ・レッセントの瞳の色。
金の刺繍は、ミツキ・レッセントの髪の色。
礼服の意図に気づいた瞬間、わたくしの心は激しくざわつきました。
それに、リュウ様の表情――
どこを見つめているのか分からない、虚ろな目。
半開きになったままの口。
そこから漏れるのは、「ああ……。うう……」という意味の分からない呻き声。
これは――
「にゃんこマスクさん。彼が私の婚約者、リュウ・ムラサメよ。今はちょっと病気で体調を崩しているけど、すぐに良くなるから」
何が病気なものですか!
竜魔核の力を弱らせるため、薬漬けにしましたわね。
思わず身体強化魔法を全開にして、大暴れしてやりたくなります。
ですがわたくしの中の冷静な部分が、ミツキ・レッセントの言葉後半に反応しました。
「すぐに良くなるご病気なのですにゃん?」
「ええ。今のリュウさんは、竜人族の魂である竜魔核という部分が弱っている。だけど番が側にいれば、竜魔核は自然かつ速やかに力を取り戻してゆくの。彼はもうすぐ、わたしの番になるから」
なるほど。
番同士の結びつきには、そんな効果が。
ならばわたくしが近くにいれば、リュウ様は短期間で元通りになるのですわね。
「それを聞いて、安心しましたにゃん」
わたくしは、隠し持っていたペンチの位置を確認します。
これはただの工具に見えますが、アーウィン・フェイルノート様手製の魔道具。
リュウ様の首にある【雷の首輪】を、切断することができます。
隙ができた瞬間に、身体強化魔法を全開にしてリュウ様に急接近。
ペンチ型魔道具でリュウ様の首輪を切断するという作戦です。
そうすれば、リュウ様の意識を取り戻せるはず。
意識さえ戻れば、魔法も少しは行使できるはず。
ここまで弱っていると、竜化できるかはちょっと怪しいですわね。
とにかく、逃走の突破口が開けます。
わたくしはコスチュームの隠しポケットに手を入れ、ペンチの柄を握り締めました。
――まだですわ。
タイミングは、今ではない。
打ち合わせ通りなら、そろそろ観客席でアーウィン様が――
まるで、思考を読まれたかのようなタイミングでした。
観客席手前で、派手な閃光と爆音が炸裂します。
アーウィン様お手製、閃光発音筒魔道具ですわ。
ミツキ・レッセントも車椅子を押していた金竜機甲師団の男性も、観客達でさえ驚いています。
完璧な目くらましと、完璧なタイミングでした。
音と閃光に惑わされなかったのは、背を向けリュウ様へと走り始めたわたくしだけ。
武舞台上から車椅子までの距離は、約30m。
身体強化魔法を使えば、一瞬で詰められる距離。
――行ける!
そう確信していたわたくしの前に、影が差しました。
何かが上から、落下してくる?
勢いに任せ、殴り砕く選択肢も考えました。
しかしそれでは、後ろにいるリュウ様も巻き込まれてしまう可能性が高い。
わたくしが地面を抉りながら急制動をかけるのと、黒い影が大地を揺るがしながら着地するのは同時でした。
――失敗です。
リュウ様の首輪を切断する前に、何者かが割り込んできてしまいました。
これは――
ゴーレム?
人型のシルエットは背が高く、4mはあるでしょうか?
鎧で武装した騎士に、見えなくもない。
しかしこの体躯は、人族や魔族ではありません。
大きすぎますし、何より動きに生命が感じられない。
全身機械仕掛けのようです。
鎧というよりは、装甲板を纏ったゴーレムといった印象でしょうか。
魔獣の中には、「アルモジロ」という体中を甲羅で覆った種が存在します。
このゴーレムはまるで、アルモジロの甲羅を背負った人間のような姿をしていました。
そうですか――
これがアーウィン様のおっしゃっていた、雷竜領の最新鋭兵器――マシンゴーレム〈アーマーアルモジロ〉。
『……敵性魔力を感知。防衛対象保護のため、戦闘モードへと自動移行シマシタ』
機械仕掛けのゴーレムは、人ならざる声で淡々と喋ります。
いったいどこから、声が出てるのでしょうか?
「〈アーマーアルモジロ〉……? ……どうして? 敵性魔力って……? いつの間ににゃんこマスクさんは、そんなところまで移動して……」
ミツキ・レッセントの顔は、蒼白でした。
唇を震わせるその姿に、わたくしの方が後ろめたさを感じてしまいます。
リュウ様を、こんな目に遭わせた相手なのに――
彼女は本当に、正体不明の覆面レスラーと友人になったつもりだったのでしょうか?
〈アーマーアルモジロ〉の赤い単眼が動き、わたくしを観察してきます。
『データベースと照合……一致する人物アリ。竜殺しの英雄、ヴェリーナ・ノートゥング。魔力の出力・性質から、同一人物の可能性98.85%……』
「もういい! 黙りなさい! 〈アーマーアルモジロ〉!」
悲鳴じみたミツキ・レッセントの声が、アリーナ内に反響しました。
快く敵ロボとしての登場を了承して下さった、〈アーマーアルモジロ〉さんのマイページはこちら↓
https://mypage.syosetu.com/1989947/




