第8話 聖女は○○歳
エルダードラゴンの亡骸を見分する、オーディータ様達。
彼らに背を向けて、わたくしは冒険者の皆様と共にローラステップを去りました。
帰りもやっぱりリュウ様にお姫様抱っこされて、ルドランナーに騎乗します。
先ほどは勢いで抱きついてしまいましたが、冷静になった今は抱えられていると妙に心臓がドキドキします。
身体強化魔法を発動させて、自力で走るという手も考えました。
ですがルドランナーの速度に合わせて走ると、スカートが捲れ上がってしまいそうなので断念したのです。
わたくし達が帰還する先は、ミラディア大聖堂やノートゥングの実家がある聖都ミラディアではありません。
魔国ヴェントランとの国境近くにある、草原の街。
リュウ様達が本拠地にしている、フリードタウン。
今日からそこが、わたくしの住む場所。
教皇猊下のお膝元である聖都からは、離れた方が安全でしょう。
教会を追放されたことや、婚約破棄されたこと。
実家を出てきてしまったこと。
そして冒険者になりたいという希望を伝えると、リュウ様は「俺に任せろ」と快諾して下さったのです。
冒険者ギルドへの紹介も、住む長屋の手配もして下さるとのこと。
何から何まで甘えてしまい、ちょっと申し訳ないです。
日が暮れかけた頃、わたくし達一行はフリードタウンの入り口まで辿り着きました。
超危険地帯であるローラステップからは少し離れた、草原の真ん中にある街。
聖都のように、石造りの防壁には覆われていません。
街の外周は木製の柵が囲い、魔獣や野盗から守られています。
建物は、木造の平屋が多いみたいですわね。
リュウ様達は衛兵さんに冒険者証を見せ、門を通過しようとします。
わたくしは通行証として、ミラディース様を象った護符をお見せしました。
これは、教会神官の証でもあります。
この護符、聖女と神官をクビになる明日からは使えませんわよね。
「ひゅう~。お前ら、魔獣討伐に行ってたんじゃないのか? 冒険者って、人さらいもやるんだな」
衛兵さんは口笛を吹き鳴らしながら、リュウ様をからかいます。
わたくし、誘拐されてきたように見えるのでしょうか?
「るせー。この人は、ミラディース教会の聖女様だぞ? 変なこと言うと、女神様の天罰が下るぜ」
聖女でいられるのは今夜までなのですが、衛兵さんに説明するのは冒険者に転職してからでも良いでしょう。
街に入ったリュウ様が、最初に向かった先は――酒場?
「あの……。わたくし、お酒はちょっと……」
「ああ、いや。ここは酒場と食堂も兼ねているが、フリードタウンの冒険者ギルドなんだ」
リュウ様が振り返り、説明して下さいました。
「もう窓口が、閉まってるからな。聖女様の冒険者登録や、俺達の報酬受け取りは明日以降になっちまう。だけど生還報告だけでもしとかねえと、みんな心配するからな」
両開きのスイングドアを開け、リュウ様がギルド内へと入ります。
わたくしもそれに続き、入り口をくぐりました。
「おお~っ! リュウ、帰ったか。お疲れさ~ん」
「教会から依頼された、ヤベエ依頼だったんだろ? 全員無傷たぁ、さすがだな」
「なんか、1人増えてんぞ~? 誰だ? その別嬪さんはよ」
建物内に入るなり、リュウ様は次から次に声を掛けられます。
ギルドは食堂を兼ねているというお話でしたが、スペースのほとんどは食堂として活用されていました。
冒険者の方々が和気あいあいと夕食を取りながら、お酒を楽しんでいます。
わたくしが別嬪さんに見えるあたり、かなり酔いが回っている方もいらっしゃるようです。
魔国ヴェントランとの国境が近いためか、人族の方と魔族の方の割合が半々ぐらいでした。
「今、帰ったぜ~。全員無事。魔獣は、依頼された数の倍以上狩ってやった。そんでもってさらに、期待の新人を連れてきたぜ」
リュウ様がこちらを振り返ったので、わたくしは1歩前に出て皆様にご挨拶をします。
明日からこの方達は、冒険者の先輩ですものね。
「初めまして。冒険者志望のヴェリーナ・ノートゥングと申します。こんな格好をしていますが、回復魔法はあまり得意ではありません。無手の格闘戦には、少しだけ自信があります」
回復役としての役割を期待されても困りますので、得手不得手に関しては最初から打ち明けてしまいます。
背後ではリュウ様のお仲間達が、
「少しだけなんて、詐欺だ」
と、呟いておられました。
聖都ミラディアでは「女性は魔道士や神官などの後衛職」という固定観念が強く、前衛で格闘戦を行うタイプの女性冒険者はほとんどいませんでした。
しかしこのフリードタウン冒険者ギルドでは、少々違うようです。
猫の耳を頭上に生やした女性剣士や、大きな戦斧を担いだ耳の長い女性もいらっしゃいます。
そういった方々が、
「後輩ができる~!」
「女戦士仲間~!」
と、歓迎して下さいました。
男性冒険者の方々も、
「姉ちゃん、カッコイイぞぉ~!」
と仰って下さいます。
「オメーら! この人は、教会の聖女様なんだからな! 失礼なこと、するんじゃねーぞ」
ですからリュウ様、それは今日までの話です。
明日以降、聖女と呼ばれては困るのですが――
ギルド食堂内は聖女コールが巻き起こってしまい、収拾がつきません。
「リュウも聖女ちゃんも、取りあえずテーブルに着きなさぁい。アタシが晩御飯、奢ってあげるからぁ」
そう声を掛けて下さった方は、筋肉の要塞でした。
今日ご一緒した討伐隊サブリーダーさんもかなりのすてきん(素敵な筋肉の略)だったのですが、この方はさらに凄いのです。
ファンシーで、可愛らしいドレスを着ていらっしゃいます。
しかしドレスは筋肉でパツンパツンになり、今にも弾け飛んでしまいそうですわ。
そこがまた、素敵。
気になるのはこの方、男性でしょうか?
女性でしょうか?
「ギルドマスター。俺と聖女様はこの後すぐ、長屋の大家に会わないといけねえ。でないと聖女様が、今夜寝る場所を……」
「ああ!? リュウてめえ! 俺のことはギルドマスターじゃなくて、『ママ』って呼べっつっただろうが? 今度言ったら、すりつぶすぞ!」
このおねえな方、フリードタウン冒険者ギルドのギルドマスターさんだったのですね。
豹変したファンシー筋肉さんから男性らしい野太い声で凄まれて、リュウ様は黙ってしまいました。
その沈黙は、正しいと思いますわ。
わたくしもギルドマスター――いえ。
ママさんに、逆らってはいけない気がします。
ママさんの圧力に押されて大人しく席に着くと、次から次に料理が運ばれてきました。
ハーブの香りが効いた、ローストチキン。
素材の新鮮さが伺える、プリプリした白身魚のマリネ。
そして、ふんわりともっちりの食感バランスが絶妙なパン。
ああ、どれも美味しい。
頬が落ちるどころか、全身溶けて落っこちてしまいそうですわ。
こんなに素晴らしい料理は、久しぶり。
教会では、薬草料理ばかり食べていましたものね。
魔力向上に、効果があるというお話でしたので。
あれ、あまりおいしくないのですよね。
本当に魔力向上の効果があるのかどうか、ちょっと怪しいですし。
「ねえねえ。聖女ちゃんはどういう経緯で冒険者になろうと思ったのか、聞いてもいいかしらぁ?」
お腹がだいぶ膨らんできた頃、ママさんがわたくしに訊ねてきました。
周囲の皆様も、興味津々といったご様子で注目してきます。
「おい、みんな。聖女様は、疲れてるんだ。ほどほどに……」
リュウ様はわたくしを気遣い、集まった皆様を解散させようとして下さいます。
ですが別に、隠すようなことでもないと思いました。
正直ちょっと鬱憤が溜まっていたので、吐き出してしまいたかったのです。
リュウ様達に話したように、これまでの経緯をママさんやギルドの皆様に全部話してしまいました。
「うっ、うっ、うっ……。辛かったわよねぇ、聖女ちゃん……。もう、大丈夫よ。このフリードタウン冒険者ギルドの皆が、あなたを守るから」
話し終わった時、ママさんはすすり泣いておられました。
周りの方々もです。
すすり泣いておられたママさんでしたが急に泣き止み、ドスの効いた声で告げます。
「野郎共、戦争の準備はいいか? 教皇と剣聖のタマをすりつぶし、聖女ちゃんを陥れた小娘に地獄を見せてやるぞ!」
無茶な発言だったのに、なぜかギルド中が盛り上がっています。
あちこちから、ママさんに賛同する雄叫びが聞こえました。
「ちょっと待ってください。わたくしはもう、教会にかかわりたくありませんの。気持ちを切り替えて、冒険者として再スタートしたいのです」
「そうなの? 聖女ちゃんは、立派ねぇ。それじゃ教会への落とし前は、こっちでひっそりとつけるわね」
怖い台詞が聞こえたような気がしますが、もうスルーしてしまった方が良いでしょう。
「そういう経緯で、冒険者にねぇ……。立派だけど、他の職業を視野に入れてもいいかもよぉ?」
「他の職業? ママさん、それはいったいなんですの?」
「永・久・就・職! つまりは素敵な男性のお嫁さんになって、養ってもらうのよぉ」
なぜか、周囲が色めき立ちました。
「例えば~、リュウなんかどう? 歳も聖女ちゃんに近そうだし、色男だし、ウチのエースだから稼ぎもいいし、細身だけどいい筋肉してるしぃ」
確かに色男であることと、いい筋肉という点に関しては完全同意です。
しかし――
「それは無理です」
わたくしが答えると同時に、グラスが割れる音が聞こえました。
2つ離れた席で、リュウ様が飲み物を床に落としてしまったようです。
「あっ、いえ。リュウ様が嫌だとか、そういう意味ではなくて……。わたくし、結婚はできないのですわ」
「えー? ミラディース教会の神官や聖女って、結婚禁止だったかしらぁ? どちらにせよ、明日から神官じゃなくなるのよねぇ?」
「ええ。神官や聖女だからという理由ではなくて、わたくしまだ未成年なので」
急に食堂中が、シーンと静まり返りました。
「……え? この国では成人って、20歳ぐらいからだったっけか? 俺の故郷である魔国ヴェントランでは、15歳からなんだけどよ」
リュウ様が、わたくしの顔をまじまじと見つめながら訊ねてきます。
「このミラディア神聖国でも、15歳からですわ」
「じゃ……じゃあ、聖女様って……」
皆が信じられないものを見るような目で、わたくしを見つめてきます。
特に女性陣は、ご自分の胸元とわたくしの胸元を見比べながら唖然とされていました。
「14歳ですわ」
誰もがひと言も発さない空間に、わたくしの声だけが響き渡りました。




