第78話 聖女は剣聖の身勝手さにキレました
決勝戦進出を決めたわたくしは、控室に戻ってきておりました。
選手用控室の中には、もうわたくししかおりません。
反対側ブロックの選手達は、別の控室ですもの。
わたくしはベンチに腰掛け、フクを膝上に乗せて撫で回します。
視線は、壁に設置されている大型の映像投影魔道具に。
今から、準決勝第2試合が始まるのですわ。
わたくしと反対側のブロックを勝ち上がってきたのは――やはり、剣聖ランスロット様。
彼の対戦相手は、ドワーフと呼ばれる魔族の戦士です。
通常ドワーフは、ずんぐりむっくり体型。
筋肉量は多くても、身長は低い方が多いです。
しかし準決勝まで上がってきていたドワーフ戦士さんは、軽く190cmほどある長身でした。
他種族とのハーフなのでしょうか?
もちろん手足も太く、岩の塊みたいですわ。
試合開始のゴングと同時に、ドワーフ戦士さんは巨大な戦斧を振り上げて突進します。
ランスロット様は【神剣リースディア】で、いとも簡単に斧を受け流しました。
【神剣リースディア】は通常、腰に下げる片手剣の姿をしています。
しかし鞘から抜き放たれると、持つ者の性格や得意分野に合わせて姿を変える神器なのです。
レオンお父様が抜いた時は、幅広く長大な刀身を持つ両手剣の姿に。
歴代剣聖の中には、カタナや二振りの双剣に変化させた者もいたそうです。
「剣聖」という称号を得ながら、得意とする槍に変化させてしまった者も。
ランスロット様の場合はというと、細身のロングソードへと姿を変えます。
飾り気がなく、シャープなデザインですわ。
しかしこんなお祭りイベントで、抜き身の【神剣リースディア】を振るうとは――
なんだか少々、大人げない気もしますが。
まあウチのお父様も修行の素振りで【神剣リースディア】を振るい、大陸を切断してしまった前科があります。
周辺諸国に力を見せつけるのも、剣聖の仕事なのかもしれません。
そんなことを考えながら観戦しているうちに、ドワーフ戦士さんはすっかり息が上がってしまいました。
流水のような動きでひたすら戦斧を受け流され続け、心まで折れてしまったようです。
今のわたくしは頭がプロレスラーモードなので、「数合ぐらい、打ち合ってあげたほうが盛り上がるのに」などと考えてしまいます。
ドワーフ戦士さんは渾身の力で唐竹割りを繰り出しますが、ランスロット様は体捌きだけで回避してしまいました。
振り下ろした勢いで、武舞台にめり込んでしまった戦斧。
鋼鉄製であろうその柄を、【神剣リースディア】の刃が通過します。
相手の武器を、まるでバターのように切断してしまったランスロット様。
彼はドワーフ戦士さんの首筋に、【神剣リースディア】の切先をピタリと突きつけました。
「参った……」
ゼイゼイと息を荒らげながら、降参を宣言するドワーフ戦士さん。
彼の顔は、無念さに歪んでいました。
ランスロット様の勝利に、観客席からは黄色い声援が飛びます。
それらを牽制するように、
『あれがアタクシの婚約者ですのよぉ~!!』
という大声が。
あれは、拡声の魔法?
どうやら聖女ソフィア・クラウ=ソラス様が、観客席にいらっしゃるようです。
魔道具に映る映像を見ながら、フクは不機嫌そうに尻尾をピタンピタンさせました。
「なーんか、イヤミな戦い方をする奴だよね。オイラ、アイツ嫌~い」
わたくしも――
嫌いとまでは言いません。
しかし少年時代の愚直に振るわれていた剣の方が、美しかった。
技量こそ今より劣るものの、鋭く、迷いが無かったように思えます。
とにかくわたくしは、ミラディース教会聖騎士団最強を誇る剣聖と戦わなければならなくなったのです。
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――時刻は夕刻。
準決勝第2試合から30分間の休憩を挟んだ後、いよいよ決勝戦がスタートすることになりました。
ランスロット様は、すでに武舞台上で待っていらっしゃいます。
わたくしはというと――ファンサービスです。
試合会場入りしてすぐに、ガウンを脱ぎ捨て跳躍。
7回宙返りをして、ランスロット様の正面に着地しました。
ポーズは四つん這い。
猫耳と尻尾のアクセサリーに魔力を送り、それぞれピクピクニョロニョロと動かします。
パフォーマンスに、会場中が大盛り上がりです。
にゃんこマスクコールが止まりません。
ああ、盛り上げるこのカ・イ・カ・ン!
わたくし冒険者から、女子プロレスラーに転向しましょうかしら?
あら?
貴賓席を見れば、ミツキ・レッセントもわたくしににゃんこマスクコールを送っています。
ランスロット様をゲスト参加させておいて、それは可哀想なのではありませんの?
山岳地帯で極大雷魔法を放つ前にフクを吹き飛ばしたことといい、ミツキ・レッセントはひょっとして――
わたしの疑念を掻き散らすように、ゴングの音が鳴り響きました。
覆面にゃんこレスラー対ミラディース教会剣聖というのは、前例がない組み合わせでしょう。
とりあえずは、様子見です。
プロレスラーの恰好ですが、拳闘家の戦闘スタイルで行きます。
わたくしは素早いステップで間合いを詰め、左拳でジャブを放ちました。
最短距離を走る通常のジャブとは、ちょっと違います。
下げた手を鞭のようにしならせて放つ、フリッカージャブと呼ばれる種類のパンチです。
軌道が見えにくく、回避されづらいという利点があります。
しかし今回わたくしがフリッカーを選択したのは、別の理由があります。
引っ掻くような動作が、いかにもにゃんこっぽいではありませんか。
立て続けに3発放ったフリッカーを、ランスロット様は剣の腹でガード。
続けて狙ったボディブローは、剣の柄で防がれてしまいました。
わたくしのドラゴングローブは革製ですが、インパクト部分には魔鋼が埋め込まれております。
金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡りました。
ボディブローで、わたくしとランスロット様が密着した時のことです。
「……こんなところで、何をしている? ヴェリーナ・ノートゥング」
苛立ちを押し殺したような口調で、ランスロット様が語りかけてきました。
「な……何をおっしゃりますの? わたくしの名前は、『にゃんこマスク』ですにゃん」
「ふざけた口調をやめろ。その非常識な出力の身体強化魔法……。ヴェリーナ以外に、誰がいるというのだ?」
くっ、困りましたわ。
ここで正体をバラされては、ミツキ・レッセントとの謁見時にリュウ様を奪い返す計画が台無しです。
幸い今のところ、わたくし達の会話は周囲に聞えていないようです。
観客はおろか、審判にも。
「まあいい。今日こそ君を打ち倒し、私の力を証明してみせる」
ランスロット様は力を入れて、わたくしを押し返しました。
それに逆らわず、後方に飛んで間合いを取ります。
すぐにランスロット様は、追撃をかけてきました。
突き出された【神剣リースディア】の切先を、わたくしはギリギリのところでかわします。
うーむ。
剣相手に、体術では分が悪いですわ。
並みの刃なら通さぬ赤竜革のグローブですが、相手が【神剣リースディア】となると話は別でしょう。
インパクト部分に埋め込まれている魔鋼でも、受け止め切れるかは微妙です。
突きで互いが接近した時、再びランスロット様が話しかけてきました。
「いつもそうだった……。血の滲むような修行の果てに、私は剣聖になった。だが誰も、認めようとしない」
何を仰っていますの?
この方は――
剣聖という称号を得たということ。
【神剣リースディア】に選ばれたということ。
それはつまり戦女神リースディース様が、剣才と実力、努力を認めたということ。
「リースディース様に選ばれただけでは、不服だと仰るのですか?」
わたくしのパンチは、ことごとく【神剣リースディア】に防がれてしまいます。
グローブの魔鋼と剣の腹がぶつかり合い、何度も火花が飛び散りました。
「リースディース様が私を選んだのは、仕方なくだろう。師匠が……レオン・ノートゥングが死んだからだ。先代が存命なら、私は剣聖になどなれずに終わっていた」
「そんなことはありません!」
確かにレオンお父様が亡くなったから、【神剣リースディア】はランスロット様に受け継がれたのでしょう。
ですが幼き頃より彼の修行する姿を見てきたわたくしは、確信しておりました。
――いずれお父様が衰えた時、剣聖の称号を継ぐのはランスロット様だと。
「地竜公ブライアン・オーディータに敗北して以来、私が聖騎士団でどのように言われていると思う? 『無能剣聖』、『偽物剣聖』、『顔で戦女神をたらしこんだ男』だ。私の力など、誰も信用していない」
戦いの最中だというのに、わたくしの拳は勢いを失ってしまいました。
ランスロット様の境遇に、過去の自分を重ね合わせてしまったのです。
回復魔法がてんでダメなのに、聖女を務めていたわたくしとは違う。
ランスロット様は、本当に強い。
これからも、まだまだ強くなる。
なのに周囲の心ない言葉ばかり頭にこびりついて、自分を見失っていらっしゃるのです。
「地竜公襲来事件の後、聖騎士団員達の亡骸を前にしてヘンリー騎士団長はこう嘆いた。『レオンが生きていれば……』、『せめてヴェリーナ殿が、聖騎士団に入れていれば……』と」
驚きました。
確かにわたくしは小さい頃、ノートゥング邸へと遊びにきたヘンリー騎士団長にお会いしたことがあります。
その時は目の前で、身体強化魔法や体術を披露しました。
しかし、聖騎士団に欲しいとまで評価してくださっていたとは。
「女子は騎士になれない」という法のせいで、実現不可能だったのでしょうが。
「それは……。ヘンリー騎士団長は純粋に、もっと戦力があればとお考えになったのでしょう? 決して、ランスロット様を軽んじての発言では……」
「どうだかな? 先代も、よく言っていた。『俺とお前は違う。無理に俺になろうとするな』と。私はただひたすらレオン・ノートゥングという英雄に憧れ、剣を振るい続けてきたのに!」
違う!
違う!
そのあといつも続けて、レオンお父様は仰っていたではありませんか。
『ランス。お前の剣には俺にはねえ繊細さと、鮮やかさがある。俺の模倣を目指すな。お前はランスロット・コールブランドという、別の剣聖になれ』
隣で聞いていたわたくしは、理解できました。
お父様が、ランスロット様にかける期待を。
なのになぜ、この方にはそれが伝わらなかったのか――
「英雄レオン・ノートゥングの血を濃く受け継ぎし娘、ヴェリーナ……。いつも心の中では、才能のない私を見下していたのだろう? 男子というだけで剣聖の座に収まった私を、憎んでいたのだろう?」
――そうでしたのね。
だからランスロット様は婚約者であるわたくしに対して、徐々に態度が冷たくなっていったのですわね。
「この試合で君を倒し、戦女神リースディースに証明してみせる。剣聖に相応しいのは、私だと」
ランスロット様は若干間合いを取り、剣を中段に構えながら宣言しました。
その宣言を聞いて、わたくしの胸に湧いたのは怒りです。
なんなんですの?
勝手に嫉妬して、いじけて、怒って、婚約破棄までして――
なぜその葛藤を、婚約者であったわたくしに一言も相談してくださらなかったのですか?
聖騎士団内で無能扱い?
偽物扱い?
それは教会内で、わたくしが聖女として受けてきた扱いではありませんか。
ランスロット様も一緒になって、嘲笑っていたではありませんか。
これは、怒ってもいいでしょう。
わたくしは心の中でランスロット様に、『身勝手剣聖』の称号を贈りつけてやりました。
さあ。
ここからはもう、容赦いたしません。
ファンサービスの時間は終わりです。
一気に決めに行きます。
「【フィジカルブースト】、出力全開」




