第77話 聖女はあざと過ぎるにゃん
映像投影魔道具の中で、大武闘会の予選が進んでゆきます。
予選はバトルロイヤル方式。
30名が一斉に武舞台の上で戦い、最後まで生き残った1名だけが決勝トーナメントに勝ち進めます。
場外に落ちるか、降参、気絶で敗退ですわ。
参加選手の皆様は、かなり頭を使っておられますわね。
背中からの攻撃を避けるために、武舞台の端で戦う選手が多いです。
それをまた逆手に取り、押し出して場外勝ちを狙う方も。
即席チームを作り、複数人で1人を狙う方々もいらっしゃいます。
「ご主人様なら、どう戦うんだい?」
ガウンの胸元から首を出して、フクが訊ねてきます。
「そうですね。わたくしなら……」
返答しかけた時、控室内にチャイムと放送が鳴り響きました。
『予選第4試合に参加する皆様。まもなく、試合が始まります。試合会場へと入場し、武舞台に上がってください』
いよいよ、わたくしの出番ですわ。
「フク。『どう戦うのか』、説明する時間がなくなってしまいました。なので、実際の試合を観ていてください」
わたくしはフクをガウンの中に入れたまま、控室を出て廊下を進みます。
やがて、アリーナ内の試合会場へと出ました。
割れんばかりの大歓声と、太陽のように眩しい照明。
――なんでしょう?
気分が高揚してしまいます。
わたくしは空手の型稽古やシャドーボクシングはけっこう好きなのですが、人相手の殴り合いには抵抗があったはずです。
それなのに、いま感じている昂りはなんなのでしょうか?
プロレスラーの恰好をしていることにも、関係があるのかもしれません。
プロレス技を教えて下さったレオンお父様は、
「格闘技であると同時に興行なんだ」
とおっしゃっていました。
プロレスファンである仕立て屋の女性も、
「プロレスは、強ければいいってもんじゃないのよ! エンターテインメントなのよ!」
と力説しておられました。
今から行われるのは、プロレスではありません。
武器使用ありの武闘会なのですが、プロレスラーの恰好をしていると妙な使命感を感じてしまいます。
――試合会場を、盛り上げなければと。
「フク、ちょっと派手に登場します。空中でガウンを脱ぎ捨てますが、あなたは予定通り中に隠れていてください」
わたくしはフクに囁き、入場手順の変更を告げました。
「え? 空中でってご主人様、何を? ……うわっぷ!」
わたくしは身体強化魔法を発動して、大ジャンプしました。
アリーナの天井スレスレの高さです。
高度はざっと、50mといったところでしょうか。
そこで、素早くガウンを脱ぎ捨てます。
キュートなにゃんこマスクの衣装を、観客の皆様に披露ですわ。
ガウンは飛行できるフクが、武舞台の脇に運んでくれる手筈になっています。
わたくしは6回転+2回ひねりを加え、足から武舞台に着地しました。
位置は、ど真ん中。
全ての予選参加選手から狙われるであろう、超危険スポット。
『おーっと! 天空から降ってきたように見えた、あの選手は何者だーっ!? 可憐過ぎる女子プロレスラー風衣装。顔は覆面で見えないが、かなり美人の予感がするぞー!』
実況の男性は、拡声の魔道具で興奮気味にまくし立てました。
派手な登場パフォーマンスは大当たりで、会場中が沸き立ちます。
『……えー。手元の資料によりますと、彼女は参加番号285番「にゃんこマスク」選手! 今の大ジャンプから察するに、超人的な身体能力の持ち主のようです! しかし、本当にその位置から試合を開始するつもりなのか~!?』
実況さんの心配は、ごもっとも。
武舞台の真ん中ということは、敵にグルっと包囲されているということです。
周囲の予選参加者達が、ヒソヒソと囁き合っているのが聞こえます。
最も狙いやすい位置にいるわたくしを、試合開始と同時に皆で攻撃する算段のようですわね。
わたくしは腕を組んで仁王立ちし、武舞台中央から動きません。
やがて、試合開始を告げるゴングの音が鳴り響きました。
真っ先に襲い掛かってきたのは、全身鎧に身を包んだ大柄な剣士。
「ぬおおおおっ!!」
顔は兜に隠れて見えませんが、野太いこの声は男性ですわね。
ちょうどいい得物に、なってくれそうですわ。
肩口を狙って振り下ろされた剣を、わたくしは手で掴み取りました。
「なあっ! はあうっ!」
フルプレートの剣士さんが、大げさに驚いておられます。
剣士さんの攻撃に乗じて追撃を加えようとしていた他の選手達も、一斉に立ち止まってしまいました。
わたくしの手に嵌められているのは、赤竜革のグローブですもの。
そこいらのなまくらソードでは、傷ひとつ付けられませんわ。
身体強化魔法も発動しているので、素手で受け止めてもダメージはなかったでしょうが。
わたくしはそのまま、剣士さんのなまくらソードをへし折ってしまいました。
剣士さんとその光景を間近で見た数人から、「ひっ!」という悲鳴が聞こえてきます。
「剣士さん。ちょっと、お体をお借りしますわね」
軽く足払いをかけると、フルプレート剣士さんはあっさり宙を舞いました。
わたくしはその足を掴み取り、周りに向かってブンブンと振り回します。
ふむ。
やはり、思った通り。
手ごろな重さと大きさ。
加えて剣士さん自身は重装備なので、大ケガをしてしまう可能性は低いでしょう。
わたくしは人間ハンマーを振り回し、予選参加者達を次々と場外に弾き出していきました。
最後に剣士さんを場外にフワっと投げ落とし、フィニッシュです。
『強い! にゃんこマスク選手! 圧倒的な強さだぁーーーー!!』
わたくしは武舞台の中央でジャンプし、後方宙返りをします。
着地と同時に四つん這いになり、獲物を狙うネコ科動物のポーズを決めました。
いいですわね、コレ。
次回からも、これを勝利のポーズにしましょう。
『にゃんこマスク選手、無敵の勝利でしたね! 観客の皆様に、何か一言いただけますか?』
アナウンサーの女性が駆け寄り、マイクと呼ばれる収音・拡声の魔道具を突きつけてきます。
頭であれこれコメントを考える前に、自然と声が出てしまいました。
『次の試合も頑張るにゃん。応援して欲しいにゃん』
ああ。
なんだか人格や語尾まで、いつもと違ってしまっているようですわ。
これが、覆面レスラーの心理というものでしょうか?
わたくしは武舞台から降りて、ガウンを羽織ります。
ガウンの中には、フクが隠れたままになっていました。
試合の様子も、ガウンの中から観戦していたようです。
「ご主人様、あざとすぎ~。まだまだだね。にゃんこ道を、甘く見てもらっちゃあ、困るよ」
あらあら。
フクから、ダメ出しをされてしまいました。
にゃんこ道とは、奥が深いのですわね。
とにかくこれで、予選突破です。
決勝トーナメントは、16名で争われます。
あと4試合勝てば、優勝です。
わたくしの本当の戦いは、そこから。
待っていて下さいね、リュウ様。
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決勝トーナメント1回戦。
わたくしの相手は、二刀流のナイフ使いでした。
やけに、手足が長い相手ですわね。
顔に鱗がありますし、蛇の獣人でしょうか?
「くひひひっ……。俺はこう見えて、裏社会じゃちっとは名の知れた使い手なんだぜ」
そういうことを、大勢の前で公言しない方がいいと思うのですが――
捕まったり、今後のお仕事に差し支えますわよ?
「俺のナイフで、あんたの可愛らしい衣装を切り裂いてやる。大勢の前でひん剥かれても、戦えるかな~?」
男はそう言うと、ナイフをペロリと舐めました。
手足だけでなく、舌まで長いですわね。
唾液で濡れたナイフは気持ち悪いですし、お気に入りの衣装を切られるのも御免ですわ。
わたくしは余裕を持って、二刀のナイフをかわしていきます。
確かになかなか素早い連撃でしたが、男はすぐに息が上がってしまいました。
ちょっと、スタミナ不足ではありませんの?
今度はわたくしが手刀を閃かせ、男の衣服を切り裂いていきます。
すると、ガリガリな肉体が露わになりました。
無駄な肉は一切ついておりませんが、これは――
「筋肉量不足ですわね。もっと鍛えないと」
わたくしが指摘した瞬間、男は「きゃあー!」と悲鳴を上げてへたり込んでしまいました。
なんですの?
その、乙女みたいな反応は?
ナイフ使いの男はそのまま降参し、わたくしは2回戦に進出しました。
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決勝トーナメント2回戦の相手は、男性プロレスラー。
魔国ヴェントランで最強かつ最高の人気を誇る、善玉レスラーさんですわ。
爽やかな顔立ちに、恵まれた長身。
ほれぼれするほど美しい筋肉です。ぐふふ――
なんとこの方、素手でここまで勝ち上がってきたのですわ。
わたくしも拳で戦ってはおりますが、赤竜革のグローブを着けておりますからね。
善玉レスラーさんの方が、より完全な素手と言えるでしょう。
もちろんわたくしと同じく、身体強化魔法の使い手です。
ゴングと同時に、手の平を合わせての力比べからスタートしました。
「ぐぐぐ……。お嬢さん、やるねえ。ウチの団体に、入らないか?」
「わたくしに勝てたら、考えますにゃん」
身体強化魔法の出力をアップ。
わたくしは善玉レスラーさんを、持ち上げてしまいます。
そのままスタスタと武舞台の端まで歩き、投げ捨てようとしました。
善玉レスラーさんは、慌ててわたくしの手を振りほどきます。
「おおっとぉ! お嬢さん! そんなにあっさり決めるなんて、ファンサービス精神がなってないぞ! 俺がこの試合を通じて、プロレスラー魂ってもんを教えてやる!」
ハッ! そうでした!
プロレスラーたるもの、観客を楽しませなくては。
今の力比べで、善玉レスラーさんは自分に勝ち目がないことを悟ったのでしょう。
それでも派手な技を連発して、観客を沸かせます。
わたくしはそれらの技を全部、避けずに受け止めました。
いえ。
わたくしの性癖がどうとかいう問題ではなく、これがプロレスというものなのです。
もちろんわたくしが放った技も、 善玉レスラーさんはノーガードで受け止めてくれます。
さすがですわ。
――即死させてしまわないよう、身体強化魔法の出力をかなり絞っていることは黙っておきましょう。
プライドを、傷つけてしまうでしょうから。
ラストは善玉レスラーさん渾身のドロップキックをわたくしが受け止め、ジャイアントスイングで場外に投げ飛ばして終了。
つい力が入り過ぎて、善玉レスラーさんは芝生を飛び越え観客席に突き刺さってしまいました。
いちどは上半身を起こした善玉レスラーさんでしたが、ニッコリ微笑み親指を立てると、そのまま失神してしまいました。
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3回戦。
もう、準決勝です。
驚いたことに、相手は女性選手でした。
背が高い、キリッとした顔立ちの美人さんです。
実況によると、極東の島国から旅をしてきた武芸者さんとのこと。
白い道着と紺色の袴が、よく似合っています。
彼女の得物は薙刀という、槍の先端にカタナが着けられたような武器。
凄まじい使い手でした。
遠距離から繰り出される、嵐のような連続突き。
時折混ぜられる足元への斬撃のせいで、迂闊には飛び込めません。
それでもなんとか掻い潜り、わたくしは間合いを詰めました。
相手の武器は長物なので、近づけばこちらが有利と思ったのです。
ところが薙刀使いさんは持ち方を変え、穂先と石突の両方を使ってきました。
近距離もまた、彼女の間合いだったのです。
驚いてバックステップしたところに繰り出された、電光石火の突き。
「……参りました」
降参したのはわたくしではなく、薙刀使いさんの方でした。
突き出した穂先の上に、片足立ち。
もう片方の足は、自分の側頭部ギリギリで寸止めされている。
そんな状況を見て、負けを認めざるを得なかったのでしょう。
ふぅ~、危なかった。
思わず、身体強化魔法を全開にしてしまいましたわ。
試合後に控室で、ちょっと世間話をしてみました。
聞けば薙刀使いさんは剣鬼オーヤン・モテギに憧れて祖国を飛び出し、修行の旅をしているそうです。
えーと。
剣鬼オーヤンって、ママさんのことですわよね?
どうしましょう?
薙刀使いさんは、今のオネエ化したママさんを受け入れられるのでしょうか?
とりあえず、ミラディア神聖国のフリードタウン冒険者ギルドでギルドマスターをやっているということだけは伝えました。
憧れの人物の行方が掴めたことをすごく喜んでおられましたが、本人に会った時どんな反応をするかは分かりません。
さて。
次はいよいよ、決勝戦ですわね。
わたくしの相手はもちろん――




