第76話 聖女は猫の化身へと姿を変える
わたくしは宿の部屋で、「奉竜大武闘会」に出場するための衣装をフクとアーウィン様に披露しました。
「なんだァ!? その衣装はァ!? 本当にそんな恰好で、人前に出る気なのかァ!?」
アーウィン様の反応は、芳しくありません。
フクは「ご主人様、可愛い~!」と、絶賛してくれたのに。
「肌を見せすぎだろォ? 水着みてェじゃねえか!?」
「水着ではありません。レオタードという衣装を、ベースにしております。女子プロレスラーは、これぐらい華やかな格好で試合するのですよ?」
異界より来た覆面の勇者が広めし格闘技、プロレス。
プロレスには女子部門もございまして、華麗な技の応酬が人気です。
仕立て屋の女性はプロレスの大ファンで、わたくしの衣装もノリノリで作ってくださったのですわ。
衣装のメインカラーは、茶トラ柄。
フクと同じ色ですわね。
モチーフは、猫にしていただきました。
各所にはモコモコとした毛を生やしていただきましたし、編み上げブーツの裏には肉球模様を入れる徹底ぶり。
尻尾も生やしていただいております。
驚くことにこの尻尾、わたくしの魔力に反応してニョロニョロと動くのです。
いったい、なんの素材を使っているのでしょうか?
本物のにゃんこか、獣人魔族になった気分ですわ。
覆面も被ってみます。
こちらもにゃんこモチーフで、猫耳がついておりました。
髪はアップにして、覆面の中に入れてしまいます。
「うわぁ~すごいなぁ。猫耳もご主人様の魔力に反応して、ピコピコ動いているよ」
「こりゃあ、手間と金が掛かってんぞォ。お嬢ちゃん、仕立て屋にだいぶ支払ったろ?」
「いえ、そんなには……。『価格はサービスするから、私の理想を全部詰め込ませて欲しい』と」
「あの、趣味人め。……とにかく、そんな恰好で外に出るんじゃねェ。ガウンを羽織って行け」
この衣装、そんなに過激でしょうか?
カッコいいと思うのですが。
アナスタシアお母様も好きそうですから、ぜひお見せしたかった。
リュウ様は――
やめろと言うでしょうね。
肌を晒すなと。
ですが、最近思います。
あれは、「自分以外の男が見ている場所では」という意味ではないでしょうか?
独占欲かと思うと、ちょっと微笑ましい。
ああ、リュウ様に会いたいですわね。
「そんな過激な格好しやがって」と、お説教されたい。
――必ずミツキ・レッセントの手から、助け出してみせます。
わたくしは編み上げブーツと覆面の紐を締め、自分の気持ちも引き締めました。
そして、宿のドアを開けようとした時――
「だから、ガウン着て行けっつってるだろうがァ!」
アーウィン様から、茶トラ柄のガウンを投げつけられました。
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宿から試合会場までは、「電車」と呼ばれる乗り物で移動しました。
馬車より大きな客室と、速い移動速度を誇る乗り物です。
この電車などで用いられる電力は、魔力より安定した供給ができるので雷竜領では活用されているのだそうですわ。
ガウンに覆面という恰好はそれなりに目立ちましたが、わたくしだけに視線が集中しているわけではございません。
周囲には半裸のでっぷりとした戦士さんやら、過激なビキニアーマー姿の女性剣士さん。
全身包帯だらけの魔道士さんといった、個性的な格好の乗客でいっぱいです。
「『奉竜大武闘会』は優勝狙いのガチ勢だけじゃなく、仮装パーティみたいに楽しむエンジョイ勢も多いんだよ」
アーウィン様の解説に、納得です。
わたくしも、そんなエンジョイ勢の1人だと思われているのでしょう。
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15分ほど電車に揺られていると、目的地の試合会場へと到着しました。
恐ろしく巨大な、ドーム状の建造物です。
広さでいったら、ミラディア大聖堂の3倍はありそう。
名前は、【ティアマットアリーナ】というそうですわ。
アリーナ周辺には、人々が洪水のように押し寄せていました。
これ、みんな選手や観客なのですね。
わたくしは、参加希望者用のゲートに並びます。
アーウィン様は選手ではないので、ここで一旦お別れです。
アーウィン様は観客席から様子を見守り、リュウ様奪還のチャンスが来たら魔道具で援護して下さるのですわ。
フクはひっそりと、わたくしのガウンに隠れております。
武器使用ありの武闘会となれば、重傷者が出てしまう可能性も高いでしょう。
救護班には多くの回復術士が配置されているはずですが、いざという時はフクが手伝ってくれたら安心ですわ。
「ご主人様が、やり過ぎちゃうかもしれないからね~」
と、心配するフク。
実のところわたくしも、普通の人族や魔族に対しての手加減には自信がなくて――
今までわたくしが拳を振るってきた相手は、凶悪な魔獣や強大な魔王竜ばかりでしたもの。
列が進み、受付で参加者名を聞かれました。
もちろん、偽名を使います。
リングネームは、「にゃんこマスク」ですわ。
受付を終わらせると、まずは控室に案内されました。
あまり広くない部屋に大人数が押し込められているので、ちょっと窮屈ですわ。
しばらく控室で時間を潰していると、音声が流れてきます。
部屋の天井に設置されている、魔道具とも機械とも判別がつかない拡声器からでした。
開会式が始まるようです。
突然控室の壁に、映像が映し出されました。
ただの壁だと思っていたら、魔道具になっていたようですわね。
映し出されているのは、アリーナ内部の映像です。
とんでもない数の観客席ですわね。
2階席まであります。
ただ試合が行われると思わしき武舞台は、そんなに広くありませんでした。
25m四方といったところでしょうか?
高さは、地上より少し高い。
石板が敷き詰められた、四角形の舞台です。
周囲には、柔らかそうな芝生が植えられています。
これは、場外に落下した選手を守るためでしょう。
武舞台中央には、雷竜公ミツキ・レッセントが立っていました。
リュウ様は――
いない。
まだ、近くに連れてきていないようですわ。
ミツキ・レッセントは拡声の魔道具を口元へと近づけ、声高らかに宣言します。
『皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ただいまより第39回、「奉竜大武闘会」を開催いたします』
雷竜公の宣言に、会場が湧き立ちます。
リュウ様の話から計算すると、ミツキ・レッセントはまだ21歳。
若いのに、じつに堂々とした立ち振る舞いですわ。
幼い頃より、次の領主となるべく教育を受けてきたのでしょうか?
――いえ、違いますわね。
こないだのニュースで、彼女は言ってました。
本来後継者となるはずだった、兄がいたと。
そうでなければ、家出同然で火竜領へ行き、魔法修行をするなど許してもらえないでしょうし。
『今大会の参加者は、479名。戦士達の、鍛え上げられた技と力の応酬に期待します。……さて。ここで、サプライズゲストをご紹介させていただきます』
一瞬リュウ様のことかと思いましたが、違いました。
サーチライトの明かりに照らされて、1人の剣士が入場してきます。
菫色をした、長めの髪。
同色の美しい瞳。
装いは、ミラディース教会聖騎士団の制服。
純白のマントをひるがえし、その剣士は武舞台へ飛び上がりました。
腰には、標準的な長さの片手剣を帯びています。
剣をことさら見せつけるような姿勢で、彼は佇んでいました。
黒い鉄鞘に細かい金細工の施されたそれは、【神剣リースディア】。
そう――
彼は、わたくしがよく知っている人物でした。
『本大会には、ミラディア神聖国が誇る剣聖ランスロット様が特別参加して下さいます』
会場内では、女性客の黄色い悲鳴が。
控室では、「なんでそんな化け物が参加してくるんだよ!」という嘆きの声がこだましていました。
わたくしは、アーウィン様から聞いた話を思い出していました。
雷竜領の新型兵器――機械仕掛けの人形である、マシンゴーレム。
その開発には、ミラディース教会も絡んでいるんだとか。
先代ツクヨミ・レッセントが実際に亡くなったのは、約1年前という説が濃厚なようです。
ですが、それ以前――
反・人族派であるはずのツクヨミ・レッセントが領主であった頃から、裏では密かな技術協力が行われていたのだとか。
ゴーレムの制御・操縦術式や、竜化竜人族を番なしで暴走させない技術。
それらについて興味深々な者が、教会上層部にいたという噂です。
親・人族派であるミツキの代になってからは、大っぴらに技術交流が行われるようになりました。
人型機動兵器マシンゴーレムも、操縦者が乗り込む兵器から自動で動く兵器へと開発方針が変更されました。
そこでマシンゴーレムの動作の元となる、優れた戦士の戦闘データが必要となったのです。
ランスロット様は幾度となく雷竜領を訪れ、マシンゴーレム完成のために戦闘データを提供したのだとか。
今回のゲスト参加は、その繋がりからくるものでしょう。
「困りましたわね、フク……」
ガウンの中に隠れているフクに向かい、わたくしは話しかけます。
「え~? あんなナヨっとした剣聖より、ご主人様の方が断然強いと思うんだけどな~」
ガウンの袖からひょっこり顔を出し、フクは率直な意見を述べました。
いいえ、そういう心配ではなく――
「わたくしリュウ様を攫われてムシャクシャしていますし、ランスロット様には婚約破棄された恨みもあります。つい、やり過ぎてしまわないかと心配で……」
わたくしは穏やかな口調で言いましたのに、フクはガウンの中でブルっと震えてしまいました。




