第75話 聖女は月を叩き割りたい
『レッセント家魔王竜の称号と雷竜公の役職は、娘の私が引き継がせていただきます。本来後継者となるはずだった亡き兄も、それを望んでいることでしょう。領民の皆様の暮らしが少しでも良くなるよう尽力いたしますので、ご協力をお願いいたします』
穏やかな口調でしたが、ミツキ・レッセントの台詞には有無を言わせぬ圧がありました。
『協力をしない者は、力でねじ伏せる』
暗に、そう言っているようにも聞こえます。
『さて。父ツクヨミは雷竜領を精強な領地にすべく、技術の研究や開発に力を注いできました。人型機動兵器マシンゴーレムや、竜人族が番なしで竜化する技術などが代表例です』
「番なしで竜化する技術」と口にした瞬間、ミツキ・レッセントの表情がほんの少しだけ歪みました。
瞬きするほどの一瞬だったので、ニュース視聴者達は誰も気付かなかったことでしょう。
少しでも情報を見落とさぬよう、身体強化魔法で動体視力を強化していたわたくし以外は。
その話をした瞬間、ミツキ・レッセントが自分の胸をさすった動作も妙に気になりました。
『晩年まで強さへの憧憬を抱き続けた父の魂を慰めるために、「奉竜大武闘会」は例年通り決行いたします。私も観客として、現場で観戦させていただきます』
領主が亡くなったのに、喪に服したりはしないのですわね。
ですがそれに対して、領民の皆様も不満を持っている方はいらっしゃらないようですわ。
わたくしの周囲では、ニュースを聞いて喜びの声を上げている方もいらっしゃいます。
よっぽどその「奉竜大武闘会」が、楽しみだったのでしょうね。
それとツクヨミ・レッセントは亡くなって悲しがられるほど、領主としての人望は無かったのでしょう。
これは――
チャンスですわ。
大武闘会の会場には、ミツキ・レッセントがやってくる。
接触し、リュウ様を取り戻す足がかりになるかもしれない。
拳を握り、ちょっと興奮していたわたくし。
しかし続いたミツキ・レッセントの言葉に、冷水を浴びせられたかのような気分になりました。
「大武闘会の決勝戦後、会場で私の婚約者も披露させていただきます。また、その場で番の儀式も行う予定です。少し恥ずかしいですが、領民の皆様に見守っていただけたら幸いです」
目の前が、真っ暗になりました。
ショックのあまり、足元がおぼつかなくなります。
婚約者?
婚約者ですって?
誰のことを言っているのかは、明白です。
「違う……。リュウ様は、あなたの婚約者なんかじゃない……。わたくしの……わたくしの番……」
「ちょ……ちょっとご主人様、大丈夫? 顔色真っ青だよ? それに人前でそんなことを呟いたら、マズいって」
胸元から顔を出したフクが、心配そうに見上げてきます。
わたくしは堪え切れなくなって、広場から走り出しました。
身体強化魔法を発動して、めちゃくちゃなスピードで。
激情が激しく胸を焼き、じっとしてなんかいられませんでした。
隣り合ったビルの壁を交互に蹴り、三角飛びの要領で屋上まで駆け上ってしまいます。
屋上からは、綺麗な満月が見えました。
なんだかそれが、ミツキ・レッセントの姿とだぶって見えます。
叩き割ってやりたい。
認めたくありませんが、わたくしの全身に渦巻くこの感情は憎悪。嫉妬。怒り。
「ああああーーーーっ!!!!」
満月に向かい、力の限り咆哮します。
わたくし、暴力は嫌いですの。
ですが今、荒れ狂う心のままに暴力を振るいたいという衝動に負けそうでした。
何度も何度も咆哮したせいで、喉が擦り切れて痛みます。
それでも激情は、おさまりそうにありません。
「ご主人様……」
フクが法衣の中から、しゅるりと抜け出してきます。
そして、満月に向かって叫びました。
「リュウのバカー!」
「は?」
愚かに荒ぶるわたくしか、ミツキ・レッセントに対する悪口なら理解できます。
しかしフクの口から吐き出されたのは、リュウ様への悪口です。
「あっさりご主人様の元から連れ去られるなんて、何考えてるんだよー! お前は物語のお姫様かー! 少なくとも、ヒーロー役は失格だー! ご主人様を悲しませるなんて、ミランダ様との約束を全然守れていないぞー!」
フクの物言いに、わたくし思わず噴き出してしまいましたわ。
「……ぷっ! 確かに、フクの言う通りですわ。攫われたヒロインをヒーローが助けに来るのが、物語の定番ですわよね。これでは、立場が逆ですわ」
「そうだろ? 救出に成功したら、散々そのネタで弄ってやるんだ。ミランダ様にも、手紙で密告ってやる」
「まあまあ、大変。ミランダのことですから、怒って雷竜領まで飛んでくるかもしれませんわね」
また、フクに癒されてしまいました。
心だけではありません。
擦り切れた喉も、いつの間にか痛みが消えています。
フクが、回復魔法で治癒してくれたのでしょう。
喉元に手を伸ばすと、指先に温かい感触が走りました。
フレアハウンド革の首輪に取り付けられた魔石、【イフリータティア】。
リュウ様の魔力が込められた、わたくしの大切なお守り。
「ふふふっ、仕方ありませんわね。雷竜領での物語は、大幅な配役変更です。ヒロインはリュウ様。助け出すヒーローはわたくし。カッコ良く、演じてみせますのよ」
わたくしは満月に向かい、拳を突き出します。
空気を切り裂く鋭い音が、夜空にこだましました。
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宿に戻り、わたくしは早速準備に取り掛かります。
まずは街で配布されていた「奉竜大武闘会」のチラシに、目を通しました。
概要は、武器あり、魔法あり、変身可能な種族はそれもありという格闘試合。
参加受付は、大会当日。
まだ、間に合いますわね。
わたくしがチラシを眺めていると、ノックの音が聞こえました。
アーウィン様が、情報収集を終えて帰ってきたのですわ。
「お嬢ちゃん。恋人を救出するのに、いい方法があるぜェ。『奉竜大武闘会』に出場……って、すでに参加する気満々みてェだな」
わたくしの手元にあるチラシを見て、アーウィン様はちょっとガッカリしたような反応でした。
ご自分のアイディアで、わたくしをビックリさせたかったのでしょう。
「ええ。ミツキ・レッセントに接近するには、この方法がベストでしょう」
「『奉竜大武闘会』優勝者は、雷竜公と近距離で謁見してお褒めの言葉をいただくのが慣習になっている。その瞬間が、チャンスだなァ。こいつを懐に忍ばせておけ」
アーウィン様が、コトリとテーブルの上に置いたのは工具。
ものを挟んだり切断したりする、「ペンチ」と呼ばれるものですわ。
「ミツキ・レッセントの傍には、婚約者とやら……捕まっている、お嬢ちゃんの恋人がいるはずだ。そいつの魔力を封印している【雷の首輪】を、こいつで切断しちまいなァ。雷を通さない、安心の絶縁素材でできてるんだぜェ」
「【雷の首輪】を形成する、【ティアマットビット】……。こんな小さな工具で、あんなに強力な魔道具を切断することが可能なのでしょうか? 確かにリュウ様が人型に戻った時、ビットも小さく縮んだようですが……」
「安心しろ、保証するぜェ。【ティアマットビット】は、俺が作った魔道具だからなァ」
アーウィン様の発言に、わたしもフクもガックリきてしまいました。
「アーウィン様……。まさかミツキ・レッセントの機械竜姿も、あなたが生み出したものでは……」
「いいや。あれにゃ俺ァ、関わっちゃいねェ。別チームの仕事だが、同じ技術者として胸クソ悪くなるような話だったぜェ」
「そうですか……。あとで、詳しく聞かせて下さい。今は『奉竜大武闘会』参加に向けて、急いで用意しなければいけないものがあります」
「へェ……。そいつァなんだい? 大武闘会で使う、武器とかかァ?」
「いいえ。武器はいつも通り、扱い慣れたドラゴン革のグローブのみで挑みます」
「まあヴェリーナお嬢ちゃんは、全身が凶器みてェなもんだからなァ……。それで、急いで用意しなきゃいけねェモンってのは?」
わたくしは、椅子から立ち上がりました。
腰に手を当て、胸を張りながら答えます。
「大武闘会で着る、素敵で可愛い衣装ですわ」
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衣装を用意しなければというわたくしの発言を聞き、最初は盛大にコケていたアーウィン様。
しかし理由を説明すると、「なるほどな」と納得して下さいました。
わたくしはミツキ・レッセントに、いちど顔を見られているのです。
覆面などで顔を隠さなければ、正体がバレて近づけなくなるでしょう。
覆面をしていても違和感がないよう、それに合わせた衣装も用意できれば言うことなしですわ。
わたくしはアーウィン様の知り合いがやっているという服の仕立て屋さんに行き、衣装一式を大急ぎで作って欲しいと頼みます。
仕立て屋さんの女性は、わたくしの提案した衣装製作を二つ返事で引き受けて下さいました。
突然の仕事で嫌がられるかと思ったのですが、大変な喜びようです。
ある格闘技の衣装なのですが、それの大ファンなのだとか。
「奉竜大武闘会」の観戦チケットも、入手済なのだそうですわ。
当日は現場で応援すると、約束して下さいました。
これは活躍して、お店の宣伝に協力しなければ。
大武闘会までの3日間、衣装づくりに関わらない時間はストレッチと瞑想をして過ごしました。
街中では、激しい動きを伴う修行は行えませんものね。
ひたすらに体を解し、魔力が円滑に流れるよう練る稽古を繰り返します。
フクは猫のフリをして街中を歩き周り、情報収集をしてくれました。
すると色々と、レッセント家のお家事情に関する噂も聞こえてきます。
アーウィン様は、以前一緒に働いていた技術者仲間の方々と接触を図っているようです。
金竜機甲師団や、機械竜ミツキ・レッセントの武装。
次期主力兵器マシンゴーレムの情報。
わたくしが気になっている、番同士のつながりを断ち切る技術についても調べているとのこと。
そんな風に各々ができることを淡々とこなしていると、あっという間に3日間が過ぎました。
――『奉竜大武闘会』の朝です。




