第74話 聖女は夜の街を彷徨い歩く
「1日もあればシーナ=ユーズに着く」と、アーウィン・フェイルノート様はおっしゃっていました。
しかし、わたくし達が実際に要した時間は半日。
出発した日の晩には、もう到着することができました。
これには、理由があります。
アーウィン様のシルフボードが、遅すぎたのです。
常人の徒歩や馬よりはだいぶ速いのでしょうが、身体強化魔法を発動したわたくしと旅をするには速度が足りません。
なので、担ぎ上げてしまったのです。
いつかエビルバッファローを担いで草原を爆走した時と同じく、アーウィン様をシルフボードごと。
走行風でアーウィン様が吹き飛んではいけないので、速度は時速300kmぐらいに抑えました。
シルフボードには風よけの魔法がかけられているそうですし、アーウィン様も立ち乗りを諦めてボードにしがみついていたので、これぐらいの速度ならいけると思ったのですが――
アーウィン様は、「速すぎるゥ! 死ぬゥ!」と叫びまくっておられました。
涙と鼻水をハンカチで拭きながら、
「お嬢ちゃんは、死んだバカ弟子と同じ匂いがする」
とも。
シーナ=ユーズは盆地に作られた街で、聖都ミラディアのような都市防壁がありません。
周囲を岩山に囲まれているため、陸路で訪れる者がほとんどいないのです。
物流のメインとなっているのは、空路。
竜化できる竜人族や、巨大な鳥に変身できる天翼族が、空から人や物を運んできます。
そのため、陸路の警備はいい加減なのです。
一応、街に入る者をチェックするためのゲートはあります。
ですが、造りはとても簡素なもの。
光り輝く長い棒が横向きとなり、行く手を阻んでいるだけ。
わたくしが関所の警備員さんに冒険者証を見せると、バーはあっさり跳ね上がりました。
アーウィン様は、技術者としての身分証を見せて通過します。
ちなみにフクは、わたくしの胸元に隠れておりました。
「よう、アーウィンさん。久しぶりじゃねえか? 買い出しか? 後ろの別嬪さんは、誰だい?」
「魔道具作りと錬金術の弟子だよ。冒険者辞めて、手に職を付けてェんだとさ」
アーウィンさんはかなり適当な作り話で、警備員さんの追求をサラリと流します。
警備員さんはそれ以上何も言わず、わたくし達を通してくれました。
プラチナ級冒険者ということで騒がれそうだと心配しておりましたが、杞憂だったようです。
色が似ている、シルバー級冒険者証と見間違えられたのかもしれません。
わたくし達はすんなりと、雷竜領の中心都市シーナ=ユーズへ入ることができました。
ここからはわたくしも、アーウィン様のシルフボードに同乗します。
身体強化魔法を発動して走っては、悪目立ちしてしまいますもの。
一方でアーウィン様のシルフボードは、食料などの買い出しをする際に何度も目撃されています。
今さら見られても、「珍しい魔道具だな」で済んでしまうそうです。
わたくし、アーウィン様、フクの3人は、街の中心に向かう道路を滑走していきます。
道路は石とも土とも言えない特殊な素材で舗装されており、雷竜領の建設技術が高い水準にあることが伺えました。
「アーウィン様、なんですの? あの明かりは? 魔法灯とは、少し違うような……」
「あれは、電灯だ。この雷竜領では、魔力と併用して電力というエネルギーを活用している」
シーナ=ユーズはミラディア神聖国や地竜領より、高層建築物が目立ちました。
その高層建築物を彩る、明かりの多いこと。
夜なのに、光の洪水が街を照らしていました。
お店の看板も光の文字で描かれ、街の各所には映像を投影する魔道具もふんだんに配置されています。
すごい――
まるでこの街だけ、文明が何十年も進んでいるみたいですわ。
街の奥へと進み、人が多くなってきました。
アーウィン様はわたくしに、シルフボードから降りるよう促します。
わたくし達が降りるとアーウィン様はボードを折りたたみ、コンパクトにしてからバックパックに詰め込んでしまいます。
「まずは、宿を取るぜェ。そこを拠点にして、情報収集開始だ」
右も左もわからないわたくしは、アーウィン様の言葉に黙って頷きました。
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「何ィ~!? お嬢ちゃんも、情報収集に出たいだァ~? やめとけやめとけ。俺ァ今から、ちィとばかし治安の悪いエリアに向かうんだ。ついて来るんじゃねえ」
「ならばなおさら、わたくしが必要ではありませんの? 自慢になりませんが、荒事なら多少は腕に覚えがありますのよ?」
宿の一室で、わたくしとアーウィン様は意見を戦わせておりました。
「腕があり過ぎて、ヤバそうだと言ってんだよォ。ヴェリーナお嬢ちゃんが本気で暴れたら、高層ビルの1つや2つ、簡単に倒壊しちまいそうで怖ェんだ」
あの細長い高層建築物は、「ビル」というのですね。
心外ですわ。
あんな巨大なものを倒壊させるには、身体強化魔法の出力を少し上げないといけません。
簡単には、いきませんわ。
「とにかくよォ。俺ァ1人で情報を集めてくっから、お嬢ちゃんは自分の部屋で大人しくしてなァ」
そう告げるとアーウィン様は、さっさと宿を出て行ってしまいました。
出会った時はお酒の飲み過ぎでフラフラしていたのに、今は見違えるようにシャキっとした足取りです。
「ご主人様~。情報収集は、アーウィンのおっちゃんに丸投げして大丈夫じゃない? 若く見えるけど、人生経験豊富な45歳なんだしさ。お酒飲んでない今なら、信頼して任せても……」
「フク……。わたくし、じっとしていられないのです。今もリュウ様が、ミツキ・レッセントに捕まっていると思うと……。『弱らせる』と言っていましたし、酷い扱いを受けているのではないかと思うと……」
不安を吐露すると、フクは法衣の中に潜り込んできました。
「よし! それなら情報収集っていうか、普通にシーナ=ユーズの街を見て歩こうよ。きっと、気が紛れるさ。オイラも見て回りたいしね」
襟元からニョキっと顔を出しながら、フクは楽しそうに提案します。
ふふっ。
フクったら回復魔法で体の傷を癒すだけでなく、心のケアもしてくれるのですわね。
素晴らしいにゃんこですわ。
「分かりました。気晴らしにちょっと、街を出歩いてみましょう。……ありがとう、フク」
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光渦巻く夜の街を、わたくしとフクは彷徨います。
ここら辺りは、シーナ=ユーズの中でも繁華街のようです。
夜中なのに、出歩いている人の多いこと。
時々男性に声を掛けられそうになりますが、身体強化魔法を発動して素早く距離を取ってしまいます。
うーむ。
地竜領でもこんな感じでしたし、やはりわたくし魔国では悪くない顔立ちなのですわね。
なんだか魔国ヴェントランに嫁いでしまった方が、幸せになれる気もします。
ですがそんな話も、リュウ様が無事に戻ってきてからでないとできません。
煌びやかな街並みを眺めていると、リュウ様がいない不安も少しは紛れます。
ですが同時に、2人でこの街を歩きたかったなという思いも湧いてしまいます。
お店が立ち並ぶエリアを進んでいるうちに、ちょっとした広場に出ました。
広場中央には、電灯で装飾された背の高い樹木が植えられています。
アーウィン様がおっしゃっていた、イルミネーションというものなのでしょうね。
幻想的な美しさです。
これはユグドジーナスと呼ばれる種類の木で、世界樹の分身体だともいわれています。
色鮮やかに輝く樹木を眺めていると、世界樹になったオーディータ夫妻を思い出してしまいました。
「カーラ様……。リュウ様がいなくて、わたくし心細いです。番から引き離されるというのは、こんなにも辛いものなのですわね」
ユグドジーナスに、カーラ様の笑顔が重なって見えました。
――そんな時です。
柔らかくも注意を喚起する、ポーンという音が響き渡ります。
わたくしが音に吸い寄せられるように振り返ると、ビルがありました。
その壁には、大型の映像投影魔道具が設置されています。
ウ・ミムラー海洋国家連合にも、この手の映像投影魔道具がありましたわね。
いまの音は、ニュース速報が流れる時の音。
『領民の皆様、今晩は。雷竜公ツクヨミ・レッセントの娘、ミツキ・レッセントです』
画面の中では、1人の女性がにこやかに微笑んでいます。
初めて見る人型のミツキ・レッセントは、とても美しい方でした。
顔の左半分は――
右半分はつるりとした丸い仮面に覆われていて、分かりません。
その下には、火傷の痕があるはずです。
過去にリュウ様の暴走に巻き込まれて負った、酷い火傷の痕が。
髪の毛はゆるやかにウェーブがかかった、鮮烈に輝く金色。
火傷がある側を、隠したいのでしょう。
左右非対称なミディアムボブカットで、右の方が少し長い。
纏うドレスも左右非対称で、片側は黄色。
もう半分は黒を基調に、金色の刺繍が入っていました。
――そして、紅い瞳。
機械竜の兜の隙間から見えた、危険なほどに美しい瞳と同じ。
竜化するところを見なくても、あの機械竜と画面の中の女性が同一人物だと確信できます。
『今日は領民の皆様に、悲しいお知らせをしなければなりません。……長らく闘病生活を送っていた父、ツクヨミ・レッセントが3日前に他界しました』
奇妙な空気でした。
自領の領主が死亡したというニュースなのに、あまりにも周囲の反応が落ち着いている。
おそらく雷竜領の住民達は、薄々気付いていたのでしょう。
ツクヨミ・レッセントが、すでにこの世にいないことを。
雷竜領の実質的支配者は、娘のミツキに代わっているということを。
そしてわたくしは、感じ取ってしまいました。
沈痛な態度を装っていますが、肉親を失った悲しみが全く伝わってこない。
画面越しだから――というだけでもないでしょう。
間違いありません。
雷の魔王竜にして雷竜公であったツクヨミ・レッセントは、娘のミツキに弑逆されたのですわ。




