第71話 聖女は白き閃光の中で
わたくしのすぐ隣で、信じられないほどの魔力が燃え上がるのを感じました。
リュウ様が、爆発的に魔力を高めたのです。
周囲の岩山が、溶解していきます。
首元の【イフリータティア】による耐火魔法がなければ、わたくしも火傷してしまいそう。
『ミツキ! どんな技術を使う気なのかは知らねえが、俺の竜魔核とヴェリーナさんの魂の繋がりを断ち切るなんて絶対にさせねえ!』
リュウ様は顎をめいっぱい開き、口内に魔力を集中させました。
息吹の構えです。
それも、全力の――
山岳地一帯が蒸発するほどの一撃が放たれようとしているのに、ミツキ・レッセントの態度は余裕そのものでした。
『さすがは、2人も魔王竜を打ち倒してきたリュウさん。元気いっぱいのままじゃ、繋がりを断ち切る技術は使えないわね。……少し、弱ってもらうわ』
ミツキ・レッセントの全身を覆う装甲板のうち、一部が剥がれて空に舞い上がりました。
『行きなさい! 【ティアマットビット】!』
ミツキ・レッセントの号令に合わせ、めくれ上がった装甲板は一斉に飛行を始めます。
まるでそれぞれが、意志をもった生き物のようです。
末端から炎を吹き出し、その勢いで自在に飛び回っています。
『チッ! 気色悪い武器だぜ!』
リュウ様は【ティアマットビット】と呼ばれた飛翔体を迎撃するべく、熱線息吹を放ちました。
放たれた息吹は、いつものものとは違います。
口のすぐ前で何条もの熱線に分かれ、バラバラの方向に飛びました。
威力を落して手数を増やし、ビット撃墜を最優先したようですわ。
『うおっ!』
しかしそんな熱線の雨を、【ティアマットビット】達は素早い動きで搔い潜りました。
一気にリュウ様へと接近し、首元にまとわりつきます。
『この瞬間を、待ち望んでいたわ! 力づくでも、リュウさんを自分のものにする瞬間を!』
ミツキ・レッセントの声に呼応するかのように、ビット間同士に稲妻が走りました。
赤竜の首を拘束する、雷の首輪が形成されます。
その瞬間、リュウ様の魔力がガクンと落ちるのを感じました。
さらに断続的な光を放ちながら、体がしぼんでゆきます。
「リュウ様!」
『ダメだ、ヴェリーナさん! 近づくな! 巻き込まれるぞ!』
雷の首輪に拘束され、リュウ様は全身の自由が利かないご様子。
おまけに、竜化も解けてしまいました。
人型に戻ったリュウ様はグッタリしていて、意識がないようです。
ミツキ・レッセントは雷を縄のように伸ばし、首輪と繋げてリュウ様を手元へと引き寄せました。
『ふぅむ。これでもまだまだ弱らせないと、忌々しい魂の繋がりは断てそうにないわね。……ヴェリーナ・ノートゥングとか言ったかしら? 首輪を着けられたリュウさんというのも、なかなか嗜虐心をそそられて素敵だとは思わない?』
ミツキ・レッセントの意見に、わたくしは1mmも同意することができませんでした。
「ミツキ様。あなたは、何も分かっておられませんわ。リュウ様は首輪を着けられる側ではなく、着ける側なのです」
紅い視線が、わたくしの首元に突き刺さりました。
フレアハウンドの黒革で作られ、中央に魔石【イフリータティア】があしらわれた首輪に。
わたくしの言葉で、それがリュウ様からの贈り物だと分かったのでしょう。
ミツキ・レッセントの声は、面白くなさそうです。
『ふん。ヴェリーナ・ノートゥング。あなたとは、意見が合わないみたい。お友達には、なれそうにないわね』
「リュウ様を返していただけるのならば、いくらでもお友達になります」
『それは無理。交渉決裂ね。死になさい』
どんな攻撃が来ても叩き落としてやろうと思い、身体強化魔法を全開にしていたわたくし。
しかし狙われたのは、わたくしではありませんでした。
「あにゃにゃにゃあ~!」
「フク!!」
ミツキ・レッセントは魔法で小型の竜巻を作り出し、フクを遥か遠くへと吹き飛ばしてしまったのです。
『可愛い猫ちゃんが巻き添えで黒焦げになるのなんて、見たくないわ。死ぬのはあなた1人だけよ、ヴェリーナ・ノートゥング!』
周囲を固めていた金竜機甲師団が、全速力で離脱を始めました。
ミツキ・レッセント本人も、電光石火の勢いでわたくしから間合いを取ります。
なんなのでしょう?
この、瞬間移動のような超スピードは。
雷魔法の一種なのでしょうか?
しかし今、それを深く考察している暇はありませんでした。
わたくしの頭上――
遥か天空に、理解不能なほどの魔力が集まり始めたのです。
魔力は真っ黒な雲となって、先ほどまで晴れ渡っていた空を覆い隠してしまいます。
逃げなければ――
ブライアン・オーディータ様の【グラビトンマッシャー】や、シュラ・クサナギ様の【ハイドラファング】のような極大魔法の気配を感じます。
――いえ。
それ以上の規模ですわ。
しかし、逃げるとしてもどこへ?
身体強化魔法を全開にして走っても、間に合いそうにありません。
『滅びの雷にその身を焼かれ、チリとなりなさい。……【セレスティアルエンヴィー】!』
かなり遠くからのはずなのに、ミツキ・レッセントの念話はやけにハッキリと聞こえました。
わたくしが空を見上げると、黒雲の中に稲妻で線が引かれてゆきます。
稲妻の線は六芒星を描き、その中心から強い閃光が――
わたくしの視界は白く染まり、意識はそこで途絶えました。
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わたくしはノートゥング邸のテラスで椅子に座り、紅茶を飲みながらのんびり過ごしていました。
膝の上には、1匹の猫ちゃんが座っています。
フクによく似ていますが、フクではない普通の茶トラにゃんこです。
しばらくしていると、リュウ様がこちらに歩いてきました。
はぁ~。
ミラディア貴族に合わせたタキシード姿、やはり惚れ惚れしてしまいますわね。
リュウ様にも紅茶を薦めようと、わたくしは手招きします。
リュウ様は微笑みながら、こちらに歩いてきますが――
なぜか、なかなかテーブルに辿り着きません。
「……リュウ様?」
わたくしは立ち上がり、声をかけます。
しかしリュウ様の姿は、やはり近づいて来ない。
それどころか黒い稲妻がリュウ様の全身に絡みついて、わたくしから引き離そうとします。
離れゆくリュウ様を追いかけようとしたところで、気がつきました。
自分の全身にも、黒い稲妻が絡みついていることに。
「リュウ様!」
わたくしもリュウ様も互いに手を伸ばしますが、距離は遠のいていくばかり。
恐怖と絶望感の中、わたくしは悲鳴に近い声で名前を呼びました。
「リュウーーーー!!!!」
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「リュ……ゴホッ! ゴホッ!」
「ご主人様! まだ喋っちゃダメだよ!」
わたくしは悪夢から覚め、現実世界へと引き戻されました。
同時に何かが喉の奥から込み上げてきて、激しくむせます。
味からして、血の塊みたいです。
わたくしの傍らには、猫型精霊のフクが浮遊していました。
全力で回復魔法をかけ続けて、わたくしの命を繋ぎ止めてくれたのでしょう。
「あなたが助けてくれたのね……。ありがとう、フク……」
「まだ、助け切れたとは言えない。ごめんよ、ご主人様。もう少しの間、大人しくしていて」
フクはわたくしに、回復魔法をかけ続けてくれています。
虹色の光が、周囲を照らしておりました。
しかし周りは岩だらけで、状況が全く分かりません。
体の感覚からして、仰向けに倒れているようでした。
「ここは大地に穿たれた、深くて大きな穴の中さ。あの機械竜が落とした巨大な雷で、山岳地帯の地形が変わっちゃったよ。ご主人様はいま、地中深くに埋まっているんだ。オイラはその気になれば実体を消せるから、岩をすり抜けて救助にきたんだよ」
まだ喋ってはいけないみたいでしたので、わたくしは首だけで小さく頷いてみせます。
「ご主人様は、酷い有様だったよ。全身黒焦げでさ。オイラも吹き飛ばされる直前、ご主人様に防御結界魔法を多重展開しておいたんだけどさ……。その法衣がなければ、即死だったよ」
フクは尻尾で、わたくしの青い法衣を指します。
ところどころ破けてはいますが、まだ服としての体裁を保っています。
お母様からいただいた法衣――
薄々気付いていましたが、普通のものではありませんのね。
「オイラの見立てでは、蜘蛛の魔獣アラクネの糸で編まれているみたいだね。強力な防御術式も、編み込まれているみたいだよ」
わたくしずっと、アナスタシアお母様に守られてきたのですわね。
そのお母様に、リュウ様を紹介できるはずでしたのに――
「わたくし、彼と幸せになります」と、伝えられるはずでしたのに――
「さて。傷の治療は、もう大丈夫。ご主人様、ゆっくり起き上がって」
フクの指示通りに、ゆっくり身を起こします。
天井が低い。
わたくしがいるこの空間は、瓦礫の中で奇跡的に開いた空間なのでしょう。
気を失った状態では、身体強化魔法が発動できない。
崩れた岩に押し潰され、死んでいたかもしれないと思うとゾッとします。
「フク。リュウ様は、どうなったか分かりますか」
「ゴメンよ。南東の方角に連れ去られたことしか、分からない。ご主人様の命を救うので、精一杯だったんだ」
「ありがとう。よく、見ていてくれました。後はわたくしが、何とかします。……ちょっと瓦礫を突き破るので、崩れる岩に潰されないようフクは実体を消していてくださいね」
【フィジカルブースト】、全開。
わたくしは力の限り跳躍して、頭上の岩を突き破りました。
かなり、地中深く埋まっていたのでしょう。
なかなか地上に出ません。
数秒間も土中を上昇し続け、ようやく地上へと飛び出しました。
勢い余って、空高くまで舞い上がってしまいます。
おかげで周囲の状況を、把握することはできました。
ひどい有様ですわね。
ミツキ・レッセントの極大雷魔法【セレスティアルエンヴィー】は、山岳地帯の地形を一変させていました。
クレーターと表現するのも生温い、巨大なカルデラ火山のようなものが形成されてしまっています。
まだ中央部が赤熱しているところが、火山っぽさに拍車をかけている。
なんという強大な力。
あれと再戦したとして、勝つことができるのでしょうか?
勝って、リュウ様を取り戻すことが――
わたくしはカルデラの縁に着地して、途方に暮れておりました。
同時に、自分への怒りも湧いてきます。
暴力が嫌いなくせに、暴力しか取り柄のない女。
その取り柄である暴力を以てしても、リュウ様を守ることができなかった。
こんなわたくしに、存在価値などあるのでしょうか?
不意に、首元が温かく感じました。
リュウ様がくれた【イフリータティア】の首輪――
なんだかそれが、励ましてくれているような気がしたのです。
「落ち込まないで、ご主人様。オイラもついているから。一緒に、リュウを取り戻そう」
いつの間にか地中から出てきていたフクが、わたくしの肩に乗っています。
フクはわたくしの頬に額をこすりつけ、温もりを伝えてきました。
そうですわ。
リュウ様がいないのは心細いですけど、わたくしは1人じゃない。
「行きましょう。ミツキ・レッセントから、リュウ様を取り戻します」
わたくしは踵を返し、南東へと向けて歩き出しました。




