第7話 聖女はネーミングセンスがない
「責任を取るって、俺はいったい何をすればいいんだ?」
「実はわたくし、本日付けで聖女をクビになりますの。ですからリュウ様に、今後の面倒をみていただこうかと思いまして」
おや?
わたくしに対しては常に余裕あり気だったリュウ様が、何やらドギマギされています。
「出会ったばかりで、そんな……。いくらなんでも、早過ぎるだろ……」
はて?
そんなに、動揺するようなことなのでしょうか?
――冒険者登録の方法と、仕事のやり方を教えていただくというのは。
教会にも実家にも戻れないわたくしは、自力で食い扶持を稼ぐしかありませんものね。
身体強化魔法を生かして働くには、魔獣と戦闘する機会が多い冒険者が1番良さそうですわ。
戦うことには、まだ抵抗があります。
しかし魔獣を野放しにしておいては、多くの人々が食われてしまうというのもまた事実。
冒険者は危険な魔獣を狩り、人々を守る職業でもあるのです。
生活の安定を考えるなら、傭兵から成り上がって聖騎士にというルートが理想的でしょう。
亡くなったレオンお父様が、そうしたように。
しかし女子は騎士になれないと、ミラディア国法で定められているのです。
「あっ。そういえば、エルダードラゴンの亡骸……。申し訳ございません、木っ端みじんですわね。これでは、素材が取れませんわ」
魔獣の牙や鱗、内臓は、高性能な武具の素材になったり、希少な薬の原料になったりします。
冒険者は有益な部位を持ち帰り、それを売って報酬の足しにするのです。
エルダードラゴンは高価な素材が取り放題な魔獣ですが、この惨状では――
牙と鱗が、ちょっぴり採れるかどうかというところでしょうか。
「気にすんな。命あっての物種だ。……にしても、スゲエ威力だな。流星みてーな蹴りだった」
「恐れ入ります。わたくしの必殺技、【聖女ちゃんキック】ですわ」
リュウ様の膝が、カクンと折れました。
カッコ良過ぎる必殺技名に、衝撃を受けたのでしょうか?
「……む? なんだ?」
「……あら? この音は?」
細いのに、しなやかで強靭な筋肉に覆われたリュウ様の胸板と腕。
その感触を堪能していましたのに、離れて警戒態勢に入らざるを得なくなりました。
大きな足音を響かせながら、謎の集団が近づいてきたのです。
馬やルドランナーよりも、重い音。
あれは――
ドラゴン?
大きさは、馬やルドランナーと同じぐらいですわ。
2足歩行するドラゴンの背に、人が乗っています。
お隣の魔国ヴェントランで移動手段として運用される、騎竜というものでしょうか?
数は――5騎。
地面の振動と走行音に、倒れていた冒険者の皆様も起き上がりました。
各々武器を構え、迎撃の体勢を取ります。
やがて騎竜の集団は、二手に分かれました。
3騎がエルダードラゴンの亡骸を取り囲み、2騎がわたくし達へと近づいてきます。
「このエルダードラゴンを倒したのは、お主達か?」
騎竜の鞍上から、男性が話しかけてきます。
ダークブラウンの髪をオールバックに整えた、精悍な顔立ちです。
歳は、40代半ばぐらいでしょうか?
整えられた口ひげが、ダンディですわ。
先程倒したエルダードラゴンの鱗と同じ、暗緑色の鎧を身につけておられます。
「そうだ……って、なんだ。オーディータのオッサンじゃねえか」
「ぬ……。その赤髪と、黄金の瞳……。リュウ・ムラサメか?」
どうやらリュウ様と、お知り合いのようです。
「お主と会うのは、何年ぶりだ? ずいぶんと目付きが悪くなったものだな、ムラサメ家の放蕩息子よ。母君も、嘆いておられることだろう」
「るせー。世間の荒波に揉まれりゃ、誰だって目付きぐらい悪くなるもんだぜ。それよか、分かってんのか? ここは、ミラディア神聖国の領土内だぜ? 魔国の地竜公が、うろついてちゃまずいだろ?」
小さい頃、お父様から話を聞いたことがあります。
地竜公ブライアン・オーディータ。
我がミラディアに面した、国境沿いの地竜領を治める領主。
地竜公とは、ミラディア神聖国で言えば公爵相当の地位だとか。
「外交問題になりそうな事態を収拾するために、私が自らやってきたのだ」
「ひょっとしてあのエルダードラゴン、魔国ヴェントランから国境を跨いで飛んで来たのか? まさか、おっさんのペットとか言うんじゃねえだろうな?」
「当たらずとも遠からず……といったところか」
「マジかよ? あんたが今乗ってる騎竜……ラプタラスとは、わけが違うぞ? エルダードラゴンみてえな危険過ぎる魔獣は、魔国でも飼育が禁止されていたはずだ」
「お主が魔国にいた頃とは、色々事情が変わってきたのだ。……すまぬが今は、これ以上のことを話せぬ」
「そうかよ。あんたにも、立場ってものがあるだろうからな。仕方ねえ」
「詮索しないでくれて、助かる。ついでと言ってはなんだが、このエルダードラゴンの死骸を我々に引き取らせてはくれぬか? もちろん、牙や鱗などの素材に見合う代金を支払う」
オーディータ様の提案に、リュウ様は少し考え込みました。
そしてわたくしと冒険者仲間の皆様を見渡し、呼びかけます。
「みんな、どうするよ? 素材持ち帰る手間が省けるし、悪い提案じゃねえと思う。……それに、口止め料も上乗せしてくれるそうだしな」
意地悪そうに口角を吊り上げるリュウ様に対し、オーディータ様は渋い表情。
冒険者のお仲間達は、リーダーに同意のようです。
なるほどなるほど。
これが、冒険者の交渉術なのですわね。
わたくしも、見習わなくては。
「いいだろう。口止め料も、約束しよう。酒場で酔っ払って、『俺達は竜殺しの英雄』だなどとのたまうではないぞ?」
「分かってるって」
「……リュウ・ムラサメ。お主、『力』を使ったのか?」
左手薬指に嵌めていた指輪を撫でながら、問いかけたオーディータ様。
問われたリュウ様は、耳のカフスを弄りながら「違えよ」と答えました。
「ほう? ならばどうやって、エルダードラゴンを仕留めたのだ?」
「あの……それは、わたくしが」
差し出がましいかとは思いましたが、つい名乗り出てしまいました。
だってリュウ様が、「力」とやらの話をしたくなさそうだったものですから。
「なんと……。その服装は、ミラディース教会の聖女殿。強力な光魔法でも使ったのか?」
「いえ。身体強化魔法を使い、素手で……」
落ち着きと貫禄を漂わせていたオーディータ様でしたが、緑色の瞳を大きく見開いて驚かれました。
「そんな……まさか……。いや。そなたの言葉を、疑うわけではないが……。素手でエルダードラゴンを倒すなど……。先代剣聖、レオンではあるまいし……。む? そなたの透き通る青い瞳、もしや?」
オーディータ様は騎竜から降り、わたくしに近づいてきました。
「はい。自己紹介が遅れて申し訳ありません。先代剣聖レオン・ノートゥングの娘、ヴェリーナと申します」
わたくしはスカートを摘まみ、淑女の礼でご挨拶をします。
家を出たとはいえ、元聖伯令嬢ですもの。
貴族の娘として、これくらいの作法は――
「そうか……レオンの娘か……。懐かしい……。拳で大地を割り、剣を振るえば天をも斬り裂く。そんなレオンの娘なら、素手で巨竜を倒したというのも頷ける」
オーディータ様は感慨深げに、わたくしの瞳を覗きこみます。
まるでわたくしの中に、お父様の姿を見ているかのように。
「私の名は、地竜公ブライアン・オーディータ。英雄レオンの娘、ヴェリーナよ。いつかそなたとは、レオンの思い出話がしたい。地竜領に立ち寄る機会があれば、ぜひ私の屋敷を訪ねて欲しい」
そう言ってオーディータ様は、身軽に騎竜へと飛び乗りました。
そして、エルダードラゴンの亡骸近くに移動します。
戦っている最中には気にしていませんでしたが、巨竜の首には金属製の首輪が嵌められていました。
光を失った、エルダードラゴンの瞳。
それを見つめるオーディータ様の表情は、とても悲しそうです。
「リュウ様の仰る通り、オーディータ様が飼われていたのでしょうか? だとしたら、わたくし……」
「聖女様が、気に病む必要はねえよ。……見な」
リュウ様に言われて見渡すと、冒険者のお三方が駆け寄ってきました。
「あんがとなんだぜい! 聖女さん! あんたがいなかったら、俺達は死んでたぜい!」
「ホント、凄かったっスよ! あの圧倒的なパワーとスピード! 鳥肌が立ったっス」
「……助かった。……感謝している」
そうでした。
わたくしがあのエルダードラゴンを倒していなかったら、この方たちは全員命を落としていた可能性が高いのです。
「胸を張れよ、聖女様。あんたは無能なんかじゃない。竜殺しの英雄だ」
わたくしがなりたかったのは、アナスタシアお母様のような誰かを癒せる聖女。
何かを打ち倒す存在に、なりたかったわけではありません。
なのに、不思議。
リュウ様に言われると、誇らしい気持ちで胸がいっぱいになります。
「……はい!」
とても自然で素直な返事が、わたくしの口から飛び出していきました。




