第68話 聖女は新たなる旅立ちを迎える
わたくしが回復魔法講習で40名近い生徒を抱えるようになってから、1ケ月が過ぎました。
毎日、2時間の講習を3回もやっております。
皆、ビックリするような上達ぶりです。
最初に教えた魔道士のオジサマは、「フリードタウンの賢者」という二つ名で呼ばれるほどになりました。
女性剣士さんと弓使いの少年は――なんと、2人でパーティを組み始めたそうです。
単独討伐に拘っていた方と、入れてくれるパーティがないと嘆いていたお2人だったのに――
武器と回復魔法で互いをフォローし合う、素晴らしいコンビなのだとか。
どの生徒もすぐに、わたくしなどよりずっと強力な回復魔法を身につけてしまいます。
そのことに嫉妬心は、全く湧いてきません。
自分の方が強い回復魔法を使えるようになったからといって、わたくしを侮る方が出てこないというのが理由にあるでしょう。
これは当ギルド最高の回復術士であるクリス・ギュンター様が、
「技術だけならヴェリーナ先生の方が、僕よりずっと上だよ」
と、持ち上げてくださるおかげでもあります。
おかげでわたくしにあるのは、教え子がどんどん成長していくのを見守る楽しさと誇らしさばかり。
毎日とても大変でしたが、すごく楽しい日々でした。
しかしそんな日々も、永遠には続きません。
ものごとには必ず、終わりというものがやってくるのです。
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ギルドの建物内は緊、張感に包まれていました。
1人、カウンター前に佇むリュウ様。
周りで、大勢の冒険者が見守っています。
ミランダやフクも、その中におりました。
わたくしがゴールド級に昇格した時も同じような雰囲気でしたが、今回はさらに人数が多い。
仕事を入れずに、このイベントを見にきている方が多いようです。
やがてママさんがカウンターの奥から、高価そうな布に包まれた何かを持ってきました。
両手で大事に抱えながら。
いつもの気安いおねえ口調ではなく、厳かなおねえ口調でママさんは告げました。
「プラチナ級冒険者、リュウ・ムラサメ。本日よりあなたを、冒険者最高位であるミスリル級へと昇格させます。今後も冒険者として、益々のご活躍を期待します」
布の梱包が解かれ、幻想的な虹色の輝きを放つカードが露わになりました。
受け取るリュウ様の手が、震えている。
お父上である、タツミ様と同じ。
ギルドマスターであるママさん――剣鬼オーヤン様と同じ、ミスリル級。
冒険者ギルドの歴史上、数えるほどしか存在しない伝説の存在。
そして、ミラディア貴族やその令嬢・令息とも結婚できる身分。
いやですわ。
わたくし、泣いてしまいそう。
ずっと、頑張っているリュウ様の背中を見続けていたんですもの。
感動で、胸がいっぱいになります。
受け取ったリュウ様の答えも、普段とは違う畏まったものでした。
「ご期待に沿えるよう、精進いたします」
ワアッ! と歓声が巻き起こり、ギルド内は喧騒に包まれます。
拍手、称賛、誰が用意したのやら紙吹雪の嵐。
ギルドの建物が、倒壊しそうな勢いです。
わたくしも夢中になって、リュウ様の名前を連呼しておりました。
「みんな、リュウばっかり持ち上げちゃってさ~。オイラの手助けもあったんだってことを、忘れないでおくれよ~」
猫型精霊のフクがフヨフヨと空を舞い、自分も一緒に褒めろと言わんばかりにリュウ様の肩に乗ります。
ええ。
もちろん、あなたのことも忘れておりませんとも。
わたくしが同行できない状況で、代わりにリュウ様を守ってくれてありがとう。
「はぁ~い! みんな~! 話はまだ、終わってないのよぉ~!」
大きな手をパンパンと叩き、ママさんは大騒ぎを一旦止めます。
え? なんでしょう?
他にもお知らせが?
何か、業務連絡でしょうか?
「聖女ちゃ~ん。こっちへ来なさぁ~い」
ママさんに手招きされて、わたくしは戸惑いながら前に出ます。
ひょっとして、回復魔法講習に関することでしょうか?
何か講習に至らない点があって、それを注意されるとか?
ハラハラしているわたくしに、信じられないものが差し出されました。
白金色に輝く、美しいこのカード。
これは、まさか――
「ゴールド級冒険者、ヴェリーナ・ノートゥング。本日よりあなたを、プラチナ級へと昇格させます」
「そ……そんな。わたくし最近、依頼を全く受けていないのにどうして……?」
戸惑うわたくしに、ママさんは優しい声で説明してくださいました。
「アヴィーナ島における、プラアーサ・クラーケンの複数討伐。これだけでも、昇格の理由には充分だわぁ。それにね……」
周りに聞えぬよう、こっそり耳打ちされます。
知っている方も多いのですが、無かったことにされている事件に関することでしたので。
「非公式だけど、ブライアン・オーディータ様やシュラ・クサナギを阻止した件もギルド本部は把握している。リュウとあなたの昇格には、それも加味されているわぁ」
そうだったのですね。
オーディータ夫妻の事件が無かったことにされている件について、個人的にはモヤっとしています。
しかし国家間の戦争に繋がるかもしれないので、伏せられるのは仕方のないことなのでしょう。
「でもね。こんなに短期間でプラチナ級へ昇格できた最大の理由は、戦いや討伐の功績じゃないの。分かる?」
――分かりません。
戦うことでしか、周囲に認められない女だと思っておりましたから。
「あなたが回復魔法講習を始めてからの3か月間、当ギルド所属冒険者の死亡者数はおろか、重傷者数もゼロよ。魔獣討伐の数や依頼達成の数は、増えているにも関わらずね。これは紛れもなく、あなたの功績よぉ」
ママさんの言葉に、わたくしは周囲を見渡しました。
言われてみれば――
いつも冒険者の方々は、治しきれていない傷に包帯を巻いていたり、塞がっても痕が残る傷を抱えている方が多い。
なのに皆様には、そういった痕跡が見当たりません。
わたくしの回復魔法が、役に立った?
自分自身は他人の傷を癒すことができなくても、間接的に多くの人々を救うことができた?
最初に教えた3人が――
クリス様が――
講習を受けにきて下さった皆様が、わたくしと目を合わせて頷きます。
「お嬢様。良かったダスね」
ミランダに祝福された瞬間、何かが頬を伝っていくのが分かりました。
ダメ――
もう、堪え切れない。
皆様の見てる前だというのに、わたくしはすすり泣いてしまいました。
リュウ様の時の派手な喝采とは違い、優しくて温かな拍手がまた嬉しい。
「さぁて。ミスリル級冒険者リュウ・ムラサメ。プラチナ級冒険者ヴェリーナ・ノートゥング。本日をもってあなた達2人の所属を、このギルドから外すわぁ」
これは、わたくし達の方から言い出したこと。
実家ノートゥング家と魔国ヴェントラン火竜領にあるムラサメ家に挨拶に行くのですが、いつ戻ってこられるか分かりませんもの。
自分達で言い出したことなのに、寂しくなってしまいます。
ママさんの腰に抱きつき、わんわん泣いてしまいました。
「いつこのギルドに戻ってきてもいいし、聖都ミラディアや火竜領で冒険者をやってもいい。全く別の仕事に、挑戦するのもいいでしょう」
頭を優しく撫でながら、ママさんはわたくし達を送り出す言葉を下さいます。
そしてリュウ様を見据え、男性口調になり告げました。
ここから語られるのは、ギルドマスターママさんとしての言葉ではない。
剣鬼オーヤン・モテギとしての言葉。
「リュウ! お前は俺の親友と、かつて愛した女の間に生まれた息子。だから、幸せになって欲しいと思っている。いや、幸せになれ!」
リュウ様は無言でママさんの手を取り、強い握手を交わしました。
金色の瞳が潤んで見えるのは、きっと気のせいではないのでしょう。
ママさんは、再びおねえ口調に戻りました。
「さあ、行きなさぁい。ここはフリードタウン。自由と解放を司る神の名が、冠されし街。そこに住まうなら、自由に。旅立つ時も、心のままに」
事前に伝えてあった通り、わたくし達はこのまま聖都ミラディアへと旅立ちます。
新たな門出を祝ってくださる皆様の間を抜けながら、ギルドの外へと出ました。
「竜化するぞ! みんな、離れてくれ!」
冒険者の皆様は手慣れたもので、リュウ様がドラゴンの姿へと変身する前に離れていました。
閃光が収まり、赤竜と化したリュウ様。
わたくし、ミランダ、フクの3人は、その背中へと飛び乗ります。
『そんじゃ! 行くぜ!』
いつもは騎乗するわたくし達を気遣って、ふんわり上昇してくださるリュウ様。
しかし今日の飛び立ち方は、かなりの急上昇です。
まるで、何かを――
そう、寂しさを振り切るかのような速度で、雲の上に出ました。
「お嬢様……。いい街だったダスね」
ミランダが、しみじみと呟きました。
「ええ。またいつか、住みたいものです」
わたくしもリュウ様も、長屋の部屋を引き払ってきてしまいました。
今度戻って来る時は、家を建てるか買うかするつもりでしたので。
「ありがとう、フリードタウン」
雲に隠れて見えなくなった街に向け、わたくしは心からの感謝を述べました。
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聖都ミラディアに着いたわたくし達ですが、いきなりノートゥング邸に直行したりはしません。
まずはミランダが予約を取っておいてくれた宿へ行き、準備を整えます。
主に、リュウ様の身支度ですわ。
異国情緒あふれる、露出度の高い火竜領ファッションも素敵です。
しかしリュウ様は今回、ミラディア貴族の正装をなさると仰るのです。
「どうだい? ヴェリーナさん? ちょっと、窮屈に感じるけどよ……。それなりに、似合ってるんじゃねえか?」
着替えを終えて部屋から出てきたリュウ様の装いを見て、わたくしは絶句しました。
「えっと……。似合ってねえかな?」
わたくしは千切れそうな勢いで、首を横に振りました。
なんなんですの!?
タキシードが、似合い過ぎではありませんの?
整髪料で撫でつけた髪も、セクシー過ぎて――
リュウ様のこの姿は、あまり人前に晒したくありません。
道行く全ての女性から、求婚されてしまうのではないかと怖くなります。
「まあ、合格点なんダス。リュウ様は魔国の名家の出ダスから、お行儀よく振る舞おうと思えばやれるんダス。ミラディア貴族の作法との違いは、頭に叩き込んできたダスね?」
「もちろんですよ、ミランダさん。ヴェリーナ嬢に、恥をかかせるわけには参りませんから」
紳士の礼を取るリュウ様は、なんとも様になっておられます。
ううっ。
わたくしの方が貴族の娘らしく振る舞えるか、不安になってきました。
そんな不安に気付かれてしまったようで、リュウ様はお茶目にウインクしながら微笑みかけてくれます。
「まあヴェリーナさんは実家なんだし、気楽に構えとけばいいんじゃねえか? 品定めされるのは、俺の方なんだからな。……さて、そろそろ行こうぜ。アナスタシアさんに、『娘さんと婚約させて下さい』って言いによ」
婚約という言葉を聞いて、わたくし耳が火照ってしまいました。
ああ。
ついにこの方と、婚約者同士になるのですわね。
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わたくし達は宿を出て、ノートゥング邸へと向かい始めます。
ずいぶん前から手紙を出して、訪問は伝えておりました。
「婚約したい相手がいる」とも。
アナスタシアお母様からの返事は、「わかりました」とだけ。
ジルが養子にきてくれたことによって、跡継ぎ問題は片付きました。
元々「聖伯」の爵位は1代限りのものですから、ノートゥングの家名が残るかどうかだけが焦点だったのです。
わたくしが異国の魔族であるリュウ様と結婚しても、支障は全くないはず。
大丈夫だと自分に言い聞かせ、ノートゥング邸のドアをノックします。
ミランダの代わりに、屋敷のことを取り仕切っていたメイドが出てきました。
「あ……あの、ヴェリーナお嬢様、ミランダ様。ちょっと、困ったことが……」
言いにくそうにしていたメイドさんでしたが、やがて意を決したように話を続けました。
「アナスタシア奥様が、お屋敷を出て行ってしまいました。ジル坊ちゃまも連れて」




