第67話 聖女は脳が爆発しそう
弓使いの少年が、手の上に乗せた【慈愛石】。
その輝き量は、女性剣士さんと同じぐらいのものでした。
「あ~あ。魔道士のオジサンと比べたら、僕の癒しの力はあんまし強くないのか~」
「アタシも同じくらいの光だったんだから、露骨にガッカリしないでくれる?」
肩を落として凹む弓使いの少年に、女性剣士さんは眉根を寄せました。
「まあ2人とも、落ち込むな。初心者は、癒しの力が強すぎない方がいい。これは、強過ぎる力を持っていないかの下調べ。そういうことだろ? ヴェリーナ先生」
さすがは魔道士のオジサマ。
わたくしは彼の言葉に、深く頷きます。
「その通りですわ。回復魔法とは、とても繊細なもの。制御を誤り、過剰な癒しの力を注ぎ込んでしまったら大変です。対象の細胞を癌化させ、死に至らしめてしまうことだってあるのです」
フクやアナスタシアお母様の【デスヒーリング】みたいに。
「相手を死なせるかもしれない」という言葉に、少年と女性剣士さんはゴクリと唾を飲み込みました。
魔道士のオジサマも、真剣な顔をしてわたくしの話を聞いて下さいます。
この方達ならきっと、回復魔法を教えても大丈夫。
後輩聖女だったソフィア様は、この話を真面目に聞いて下さらなかった。
彼女の持つ癒しの力は非常に強いので、いつか失敗して細胞癌化を起こさないかと心配です。
「皆さんの持つ癒しの力は、標準的なものです。誤って、対象を死に至らしめるほどの力はありません。安心して、回復魔法の訓練をしましょう」
わたくしの言葉に、3人はホッとしたようでした。
「あ、ちなみにヴェリーナ先生が【慈愛石】に魔力を込めると、どれぐらい光るんですか?」
質問した弓使いの少年を、背後から女性剣士さんが「バカ!」と小突きました。
弓使いの少年の方も、露骨に「しまった!」という表情をします。
「そんなに気にしていないから、平気ですよ。……わたくしが【慈愛石】を使った場合、光りもせずに石が砕けてしまうのです」
「なんだって!? それってひょっとして、ヴェリーナ先生の内に秘めた癒しの力が強すぎるんじゃないのか? 【ミラディースの宝玉】はメチャクチャ光ったって、噂で聞いたぞ?」
オジサマの推測を、わたくしは首を横に振って否定します。
実はそうなのではないかと、自分自身期待していた時期もあるのです。
しかし――
「いいえ。潜在的に強い癒しの力を秘めているなら、どれだけ修行しても回復魔法の効果が低い説明がつきません」
そんな力が眠っているのなら、あの時とっくに目覚めていないとおかしいのです。
レオンお父様の命を救えなかった、あの時に――
「さあ。わたくしの話をしていても、仕方ありません。具体的な訓練に、入っていきますよ? 弓使いさんと剣士さんは、体内で魔力を循環させる練習から。魔道士のオジサマには、さっそく術式の説明から入らせていただきます」
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講習時間は、あっという間に過ぎてしまいました。
契約していた1時間が、本当に短く感じられます。
「え~、もう終わり? 僕はもう少し、講習を受けていたかったな」
「アタシもだよ。追加料金払うから、もうちょっとだけ補講をしてくれない?」
弓使いの少年と、女性剣士さんは名残惜しそう。
ちょうどいい感じに、魔力が練れるようになってきたところですもの。
面白くて仕方ないのでしょう。
しかしわたくしは、補講の依頼を断りました。
「ただ詰め込めば、習得が早まるというものでもありません。『もうちょっとやりたかった』というところで次回へ続くのが、学習意欲を保つためには大切なのですわ」
「え!? それじゃあこれからも、回復魔法の講習を続けてくれるんですか!?」
弓使いの少年は、目を輝かせて喜んでくれます。
他のお2人も、嬉しそう。
これはわたくし、次回も張り切ってしまいますわね。
明日も同じ時間、同じ場所で回復魔法講習を行うと約束してから、わたくしは3人と別れました。
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「へえ、そいつは有意義な時間を過ごしたな」
「ええ、とっても楽しかったですわ。最初は上手く指導できるのか、不安だったのですが……」
家に帰ったわたくしは、晩御飯を食べながらリュウ様に今日起こった出来事を報告していました。
今夜はわたくしの部屋に、リュウ様がご飯を食べに来て下さっています。
心配していたリュウ様の死威茸狩りですが、ビックリするぐらい簡単に終わったそうです。
毒の胞子の間合いに入る前に、火魔法でピンポイント焼却。
死威茸は「けつだいなまいと~!」と特徴的な断末魔を上げながら、全滅したのだとか。
フクの出番は、全くなかったそうです。
「だから、いつも言ってるだろ? 『ヴェリーナさんの回復魔法は、最高だ』ってな。技術だけなら、大陸一じゃねえか?」
「そんなことはありません。アナスタシアお母様がいますし……。それに技術ばかり高くても、癒しの力が弱くて傷を治せないようでは……」
「誰かの傷を治す役割は、教え子達に任せちゃどうだ? あ~。俺も、ヴェリーナ先生の講習受けてえな」
「リュウ様ほどの魔道士に、教えるなんて無理です」
「そうか? 俺は攻撃魔法が専門だから、回復魔法は技術的に甘いところがあるぜ。……ま、しばらくは忙しいから無理だな」
明日もリュウ様には、危険な魔獣狩りの依頼が待ち受けているのです。
それもやはり、単独での討伐。
リュウ様の力を信じていますが、心配していないわけではありません。
「無茶な依頼ばかりで、疲れちまうぜ。……そうだ、ヴェリーナ先生。いま俺に、回復魔法をかけてくれねえか? 講習でやるみたいに、説明しながらよ」
「ええ、構いませんわ。……リュウ様、ありがとうございます」
「回復魔法かけてもらうのも説明してもらうのも、俺の方だぜ?」
「ふふふ……。分かっておりますのよ?」
リュウ様は、練習台になると仰っているのです。
講習の時、わたくしが上手に説明できるように。
「今回使用する、【リカバリーライト】の術式についてご説明させていただきます。まずは……」
わたくしの説明の背景音楽みたいに、ミランダが食器を洗う音が流れます。
フクはソファで丸くなり、眠っております。
フリードタウンの夜は、静かに優しく更けてゆきました。
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「こ……これはいったい、どういうことなんですの?」
翌朝、冒険者ギルドに行って驚きました。
カウンターの前には、昨日と同じ3人が並んでおります。
3人とも、講習を楽しみにしていてくれたようです。
わたくしの顔を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってきてくれます。
それはいいのですが――
彼らの後ろから駆け寄ってくる、冒険者4人。
あれは、ひょっとして――
「聖女ちゃん、ゴメンなさぁい。回復魔法講習の評判が広まっちゃって、受講希望者が増えちゃったの。4人追加で、計7人。どう? イケる? 報酬は、1人辺りの単価も上乗せするからぁ」
ママさんが手の平を組み、瞳をウルウルさせながらお願いしてきます。
ううっ。
可愛らしいマッチョさんにお願いされると、嫌とは言えません。
それに身体強化魔法で動体視力を強化すれば、7人全員に目を届かせることも可能でしょう。
「分かりました。お引き受けさせていただきます」
わたくしの返答に、喝采が巻き起こりました。
これは、責任重大ですわね。
7人もの生徒を受け持つことになって、身が引き締まる思いです。
――ですが、嬉しい。
教会にいた頃は回復魔法の脆弱さゆえ、「無能聖女」、「偽物聖女」と蔑まれていたわたくし。
そんなわたくしの回復魔法が求められているという状況が、嬉しくてたまらないのです。
大変だった魔法修行の日々は、決して無駄ではなかった。
きっとこのフリードタウンギルドで回復魔法を広めるために、あの修行の日々はあったのですわ。
わたくしは倍以上に増えた受講者のみなさまを引き連れて、ギルド裏手の広場へと出ました。
意気揚々と、軽い足取りで。
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回復魔法講習開始から、1ケ月後。
「どうして……どうしてこんなことになってしまったのでしょう……」
目の前に広がる光景を見ながら、わたくしは嘆きました。
ギルド裏手の広場には、人、人、人――
あ、魔族の方も多いですわね。
人数は40名近く。
これはフリードタウンギルドに所属する冒険者の、ほぼ全員ではありませんの?
みなさん、仕事はどうされましたの?
これらは全部、わたくしの回復魔法講習の受講希望者。
「クリス様。なぜ、受講希望者の中にいらっしゃるのですか? あなたは、当ギルド最高の回復術士でしょう?」
わたくしが白い目を向けると、一見不愛想な青年は相好を崩しました。
無愛想そうに見えて笑顔が魅力的なこの方は、僧侶戦士クリス・ギュンター様。
冒険者のランクは、わたくしと同じゴールド級。
槍の腕前も一流ですが、最大の売りは回復魔法。
魔法は回復魔法しか使えないそうですが、それに関してはリュウ様より凄い使い手なのです。
そんな方が脆弱な回復魔法しか使えないわたくしの講習を受けにくるなど、冷やかしとしか思えません。
「ヴェリーナ先生。僕の回復魔法なんて、まだまだだよ。発動スピードや術式の正確さが、君には及ばない。呪文無詠唱や短縮詠唱のコツを、教わりたいなと思って」
「勝手に先生呼びしないで下さい。あなたは教える側に決まっています。はい。あちらの初心者3人を、担当して下さい」
わたくしはクリス様の背中を押し、生徒3人を強引に押し付けました。
もちろん、身体強化魔法を発動して押してやりましたとも。
それでもたたらを踏むぐらいで済んでしまうのは、さすがです。
ふふふ――
講師1人ゲットですわ。
最初に教えた3人の生徒達が非常に飲み込みが早く、最近では初心者を教える側に回ってくれているのも助かります。
わたくしは身体強化魔法で動体視力を限界まで強化しているのですが、それでも目が届かない生徒というのは出てきてしまいますもの。
報酬の取り分は減ってしまいますが、この人数は1人で捌ききれるものではありません。
クリス様にも、頑張っていただきましょう。
講師が増えたとはいえ――講習時間も2時間に増やしたとはいえ、やはりこれだけの人数に教えるのは大変です。
身体強化魔法は、常に全開。
動体視力を限界まで強化して、受講生達の動向に注意します。
魔力の練り方や術式の編み方、危険な魔法展開のやり方をしていないか。
気を配らなければならないことは、山ほどあります。
これは、観察力が鍛えられそうですわね。
それに講習中はいくつも同時に物事を考えたり、処理したりしないといけません。
脳が爆発しそうです。
でも、泣きごとは言ってられません。
わたくしがこうしている間にも、リュウ様はたった1人で危険な魔獣討伐依頼に挑んでいるのですから。
「リュウ様……。わたくし、頑張りますから」
講習が落ち着いた隙を見て、わたくしは空を見上げました。
爽やかな秋の空が、どこまでも続いております。
同じ空の下に、リュウ様がいる。
彼もどこかで、頑張っている。
そう考えると、元気が湧いてきます。
「さあ! 中級者のみなさまは、新しい課題に入りますのよ~!」
わたくしは大きな声で、大勢の受講者達に呼びかけました。
クリス・ギュンター氏は、こちらの主人公のオマージュ↓
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