第64話 聖女は何度も手を振って……
「スターダストフライヤー」の翌朝――
わたくし達が、アヴィーナ島を発つ日がやってきました。
ホテル客室のドアを、コンコンと軽やかにノックする音。
扉を開けるとそこには、チェックアウトの支度を終えたリュウ様が立っておられました。
「聖女さん、帰り支度は済んだか?」
相変わらずのワイルドスマイルで微笑みかけてくるリュウ様に、わたくしはちょっと冷たく言い放ってみます。
「あら? リュウ様? わたくし達、恋人同士になったのではありませんの? なのにまだ聖女呼びとは、他人行儀過ぎません?」
リュウ様は、「ウッ」と返答に詰まってしまいました。
一方でミランダとフクは、『恋人同士~!?』と声をハモらせて驚きます。
「な……名前で呼べってことか? よし……。ヴェ……ヴェリ……ヴェリーナ……」
頬を染めて、照れるリュウ様。
なんだか、新鮮ですわね。
「……さん」
……さん?
ヴェリーナさん?
「……さん付けですの? それでは、シュラ様と同じではありませんか」
「う、うるせー。だったらそっちこそ、俺のことを『リュウ』って呼び捨てにしてみろよ」
い――言いましたわね。
それぐらい、簡単に。
「リ……リュ……リュウ……様! ああーっ! やっぱりなんだか、恥ずかしいですわ!」
危険なまでに、耳が火照ってしまっているのを感じます。
わたくし達はまだ、恋人同士になって1日目という超初心者。
敬称無しで名前を呼び合うなど、あまりに無謀過ぎました。
「わ……分かったぜ。まだ、様付けで構わねえ。お互いに、少しずつ慣れていこうぜ。ヴェリーナ……さん」
「そ……そうしましょう。リュウ……様」
わたくしも、リュウ様の提案に同意します。
名前を呼ぶだけで毎回心臓をバクバクさせていては、身が持ちません。
それにさん付けとはいえ、リュウ様から名前で呼ばれるのは充分に胸がキュンキュンしてしまいます。
わたくしがいつも通り「リュウ様」とお呼びするのも、なんだか今までより幸せを感じてしまうのから不思議です。
「ふふっ、リュウ様」
「どうした? ヴェリーナさん」
「なんでもありません。名前を呼んでみたくなっただけですわ、リュウ様……」
2人の世界に入り込みかけた時、現実に引き戻したのはフクの歓声でした。
「恋人同士! ご主人様とリュウは恋人同士! なんか、ご主人様をリュウに取られた気がして悔しいな! でもおめでとう! ご主人様!」
フクは光の粒子を振り撒きながら、ホテル客室内を勢いよく飛び回ります。
「ありがとう、フク」
もう一方のミランダ・ドーズギールを見れば、彼女は複雑な表情。
嬉しさと悲しさが、入り混じったかのような笑顔です。
「こうなることまでは、分かって……いや。予感はしておりますた。おめでとうございます、ヴェリーナお嬢様。リュウ様」
「あ……ありがとうよ、ミランダさん」
ミランダが自分を「カメムシトカゲ」ではなく、「リュウ様」と呼んだことに戸惑うリュウ様。
わたくしも、ちょっとビックリですわ。
――ハッ!
これではわたくし、リュウ様の呼び方がミランダと同じではありませんの。
なんだかちょっと、面白くありません。
早く慣れて、「リュウ」と呼べるようにならなくては。
「リュウ様。お嬢様のことを、くれぐれもよろしくお願いするんダス。チェス勝負の後、わたすと約束したことは憶えているんダスね?」
「死んでもヴェリーナさんを悲しませるな……ってやつだろ? もちろんだ。ハッキリ憶えているぜ」
「ならばもう、わたすから言うことは何もないんダス。さあ、出発するんダスよ。早く帰って、交際を報告しなくてはならない方々がいっぱいいるんダス」
「ああ、そうだな。だが発つ前に、アヴィーナ島冒険者ギルドに挨拶だ。色々と、世話になっちまったしな」
皆が次々と客室を出て行く中、わたくしは最後に部屋を見渡します。
フカフカのベッドで、丸くなっているフク。
テーブル上に置かれたチェス盤を挟み、思考にふけるリュウ様とミランダ。
思い出が幻影となって、目に浮かびます。
10日ちょっと、滞在しただけなのに――
「ありがとうございました。またいつか、泊めて下さいね」
部屋にお礼を告げて、わたくしはそっと客室のドアを開けました。
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チェックアウトの処理を終え、4人で玄関ロビーを通過しようとしていた時です。
滝に映像を映し出す魔道具には、ニュース映像が流れておりました。
映像には、握手を交わしている男性達の姿。
1人は神聖な雰囲気の法衣を着込んだ、長い白髪の老人でした。
穏やかな笑みを浮かべるこの方は、ミラディア神聖国の元首にしてミラディース教会の新しい教皇――フレデリック・デュランダル猊下。
握手の相手は、「五王」が内の1人。
このウ・ミムラー海洋国家連合を構成する国のひとつ。
そこの王様ですわ。
デュランダル猊下は、他の五王の皆様とも順に握手を交わしてゆきます。
「やっと、『五王会議』が終わったみてえだ。今回は、やけに日数がかかったな」
リュウ様は首を傾げながら、ニュース映像に注目しています。
わたくしも一緒になって見ていると、驚くべき情報がテロップとして流れてきました。
『ウ・ミムラー海洋国家連合とミラディア神聖国は、両国の近海で起こった魔獣出現等の脅威に対し、共同で対処する条約を締結』
これは――
ちょっと、きな臭い予感がします。
両国の「近海」とは、どこまでを指すのでしょうか?
また「脅威」の中には、魔獣だけでなく他国の軍事組織なども含まれるのでしょうか?
例えば魔国ヴェントランの緑竜騎士団や、青竜海軍、金竜機甲師団や、赤竜魔法兵団もでしょうか?
それらが一体となった、魔王軍も?
リュウ様も同じことを危惧したらしく、腕組みして眉間に皺を寄せます。
ですが続いて流れてきたニューステロップは、わたくしを明るい気持ちにさせました。
『デュランダル教皇の説得により、ウ・ミムラー海洋国家連合は奴隷制度の段階的廃止を決定。ミラディア神聖国と連携し、現在奴隷である者への教育・職業訓練・仕事の斡旋・受け入れ児童施設の準備を進めていく方針で……』
わたくしは、小さく拳を握り締めました。
――良かった。
埠頭で会った、エルフの奴隷少女を思い出します。
結局、彼女の安否は分かりません。
真っ二つになった戦艦カジキンから、無事に救出されたのでしょうか?
フクもいっぱいいっぱいだったので、把握できなかったそうです。
もし彼女がもうこの世にいなかったとしても、きっとこのニュースを喜んでくれるはずです。
自分のような目に遭う者が、いなくなるのだから。
「……なあ、ヴェリーナさん。喜ばしいニュースに水を差すようで、悪いんだけどよ……。なーんか、気にならねえか? 『五王』達の首元だよ」
リュウ様に言われて、わたくしは映像をより注意深く見ます。
五王の皆様は、各々が派手な装飾品を身に着けていました。
大きな宝石や、金銀で彩られた豪華絢爛なネックレス。
国威を誇示するために、必要な装飾品ではあるのでしょう。
しかしわたくしには、少々品がないようにも見えます。
オシャレなリュウ様は、その派手過ぎるチョイスに眉をひそめているのかと思いました。
――いえ、違いますわね。
リュウ様が仰りたいのは――
「……似ている? 見た目は全然違うのに、感じる雰囲気が」
「やっぱ、ヴェリーナさんもそう思うか? 映像越しだと魔力を全然感じ取れねえから、断定はできねえ。そもそも外側には、魔力の波動をほとんど発しない代物だしな」
――隷属の首輪。
かつてローラステップでわたくしが討伐した、エルダードラゴンの首に着けられていたもの。
あるいはテラモーリの飼育場にいた、翼竜達の首に嵌められていたもの。
それらと似た印象を、五王達のネックレスから感じるのです。
「新聞で読んだんだけどよ、あのネックレスはデュランダル教皇から友好の証として各王に贈られたらしいぜ」
リュウ様の言葉を聞いて、映像の中の教皇猊下が急に怖くなりました。
穏やかな笑顔の下には、どんな感情を秘めているのでしょうか?
いえいえ。
明確な根拠もなしに、人を疑うのは良くありません。
フレデリック・デュランダル猊下と言えば、枢機卿時代から人格者で知られていた方ではありませんか。
わたくしは首を横に振って嫌な予感を打ち消し、ホテルの玄関に向かって歩き出しました。
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「リュウちゃんとヴェリーナちゃん、もう帰っちゃうの? ずーっとこっちに住んで、アヴィーナ島ギルドに移籍してくれたらいいのに。ワシの人脈で、すぐにトリプルブリ級に昇格させちゃうよ?」
「カモンさん、そいつはありがてえお誘いだがよ……。冒険者ランクの呼び方が、他のギルドと同じになったら考える」
「え~、カッコいいじゃん。ブリ級とか女鰤爵って呼び方。発案者のナマコ・G・タダーノ氏が聞いたら、泣いちゃうよ」
出立の挨拶に訪れたアヴィーナ島冒険者ギルドでは、皆がわたくし達との別れを惜しんでくださいました。
フンドシマッソーズの皆様も、勢ぞろいしていらっしゃいます。
「ここだけの話だけどさ……。リュウちゃんとヴェリーナちゃんが倒した相手って、クサナギ家の魔王竜でしょ?」
「さあな。ただのでっかいエルダードラゴンだと思うぜ?」
「またまた、すっとぼけちゃって。普通のエルダードラゴンだったとしても、キミらは竜殺しの英雄なんだかんね。プラアーサ・クラーケンも4体討伐してるし、オーヤンちゃんとタツミちゃんを超える英雄だよ」
本当は5体なのですが、そのうち1体はリュウ様が水晶の洞窟内で灰にしてしまいました。
なので、討伐証明はできません。
「ほう? それでアヴィーナ島ギルドは、竜殺しの英雄達を使い金儲けをしようと? 本人達の許可なしに?」
リュウ様は、ジト目でカウンターの上を指差します。
そこには、赤髪金目と露出の多い衣装が印象的な男性魔道士の人形が置いてありました。
大きさは20cmほどしかないのに、やたら精巧に作られています。
特に筋肉の造形に、拘りが感じられました。
「これは……。土魔法で作られた、人形ですの? 売り物なら、わたくしも1つ購入したいのですが……」
「おい! ヴェリーナさん! ……っていうか、ヴェリーナさんのもあるんだぞ? いいのか?」
リュウ様が指差すカウンターの隅に、わたくしも視線を向けます。
そこに展示してあったのは、青い法衣を身に纏い赤い革グローブを構えたフィギュア。
長い黒髪を風になびかせた姿で、静止しているその女性は――
ぎゃああああっ!!
わたくし、ヴェリーナ・ノートゥングではありませんの!!
「カ……カモン様! これを販売する気ですの!? 恥ずかしい! やめて下さい! わたくし達が所属している、フリードタウンギルドのマスターも黙っていませんわよ!?」
「オーヤンちゃん? とっくに連絡して、許可は取ったよ。フリードタウンギルドでも、キミ達のフィギュアやグッズを作って売り出すってさ」
なんということでしょう。
ママさんはこういう時、防波堤になって下さる方だと思っていたのに――
「カモンさん、ヴェリーナさんが嫌がってんだろ? 俺も変な野郎がヴェリーナさんのフィギュアを買って、眺め回したりするのを想像するとムカつくぜ。販売を取りやめてくれ」
「まあまあ。落ち着いてよリュウちゃん、ヴェリーナちゃん。実はキミ達2人のグッズ化企画、冒険者ギルド統括本部も乗り気になっちゃってるから、ワシの力だけじゃもう止められんのよね~」
な――なんですって~!?
それはアヴィーナ島ギルドやフリードタウンギルドだけでなく、世界中の冒険者ギルドで売られるということなのでは?
「……売上の一部が、印税としてキミ達の懐に入るよ」
「ジャンジャン売ってくれ!」
「リュウ様!」
ホントにもう、お金が絡むとリュウ様ったら――
だけどリュウ様がお金に拘るのは、将来わたくしと家庭を築くために必要だからですわよね。
仕方ありません。
「ところでさ~オイラのぬいぐるみもあるんだけど? これの売上って、オイラに印税入るの? 精霊のオイラがお金持ってても、意味ないよ~」
フクは3本の尻尾でツンツンと、自分そっくりなぬいぐるみをつつきます。
カモン様のお話によると、フクの分は飼い主(?)であるわたくしに印税が入るとのこと。
「これはいいダスね。お嬢様とリュウ様のフィギュア、そしてフクのぬいぐるみ。3体とも、わたすが買うんダス」
「ミランダ!?」
「旅の良い思い出になるんダス。長屋に、飾っとくんダスよ」
そう言われると、なんだか悪くないような気もしてきました。
結局フィギュアの類は、1体ずつタダで頂いてしまいました。
パーティを開いて、プラアーサ・クラーケンのお肉を振る舞ったお礼だそうですわ。
冷凍庫に保管してもらっていたプラアーサ・クラーケンのお肉を受け取り、わたくし達はギルドを後にします。
これは、ママさん達へのお土産分ですわ。
ギルドの玄関から外に出たわたくし達は、竜化したリュウ様の背に乗り飛び立ちます。
アヴィーナ島冒険者ギルドの皆様が、総出で見送ってくださいました。
嬉しいのですが、「女鰤爵」コールはご遠慮願いたいものです。
はぁ。
フリードタウンギルドに戻って、「プラチナ級」、「ゴールド級」という呼ばれ方に戻りたい。
リュウ様は低空飛行のまま、アヴィーナ島を1周します。
お祭りで、出店巡りをした市街地。
水泳勝負やプラアーサ・クラーケン討伐をした砂浜。
夕日が美しかった、カヴァタ山展望所。
主力艦カジキンを失った軍港。
そして――
「あれは……? あの子は、ひょっとして?」
商業港の埠頭に近づいた時です。
手を振りながら、全力で走ってくる女の子がいます。
長くて尖った耳は、魔道に優れた魔族であるエルフの証。
「お姉ちゃ~ん! 猫ちゃ~ん! 助けてくれて、ありがとう~! 私、見たよ! お姉ちゃんが虹になって、ドラゴンをやっつけたところ! 猫ちゃんが、わたしを海から助けてくれたところ!」
あの笑顔は、間違いありません。
この島に来た初日、戦艦カジキンへと連れていかれていた奴隷少女の子ですわ。
女の子の足に合わせ、リュウ様は失速して墜落するギリギリまで速度を落としてくださいます。
わたくしは、全力で手を振り返しました。
女の子の姿が小さくなり、身体強化魔法で視力を強化しても見えなくなるまで。
何度も――
何度も――
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アヴィーナ島から帰還した、翌日のことです。
お土産を配り、フクを皆さんに紹介して、リュウ様とわたくしがお付き合いすることも公表しました。
わたくしとリュウ様のお付き合いに関しましては、皆さんあまり驚かれませんでした。
むしろ「やっとかよ~。リュウのヘタレ~」という声が多く、リュウ様が愕然としておられました。
そういうわけで、今日から張り切って冒険者業を再開しようとしていた矢先のできごとです。
「ママ、こいつはどういうことだよ?」
「見ての通りよ、リュウ」
フリードタウン冒険者ギルドのカウンターには、依頼書の束が山積みにされていました。
しかもその1枚1枚が、達成困難だったり危険度の高い魔獣の討伐だったりします。
「これを、俺とヴェリーナさんだけでこなせってか?」
「ううん、違うわぁ。リュウ。できるだけ、あなた1人でやるのよぉ」
ギルド中から、どよめきが起こりました。
あまりにも、無謀な要請でしたから。
そもそも冒険者には、指名依頼であっても依頼を拒否する権利があります。
あまりにも指名依頼を断り過ぎると、ランクを降格されたりはしますが。
ママさんの無茶ぶりに、わたくしが抗議の声を上げようとした時です。
「へっ、そういうことかよ。分かったぜ、ママ。気を利かせてくれて、ありがとうな」
リュウ様は口角を吊り上げ、狂暴な笑みを浮かべました。
ええ?
どういうことですの?
まさかリュウ様、ドSからドMへと性癖が変わってしまいましたの?
わたくしは、普段祈るミラディース様とは違う神様にお願いをしました。
この世の全ての痛みを引き受け、喜びへと変える神よ。
ドMな神といわれる、マサキ・マサキよ。
リュウ様を、そっちの世界に連れて行かないで下さい。
「第2章 水竜クサナギ」はこれにて完結です。
次話より「第3章 雷竜レッセント」がスタートします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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