第62話 聖女は何かやっちゃいました? (2)
翌朝――
魔力を回復させたわたくしとリュウ様は、何度も海に潜っておりました。
ギルドの冒険者達や、ウ・ミムラー海洋国家連合軍の皆様も一緒です。
行われたのは、「主力艦カジキンを沈めた青竜」の捜索。
しかしどれだけ潜ってみても、青い鱗1枚発見できません。
『カジキンの乗組員達が見た巨竜は、幻だったのではないのか?』
そんな声も聞こえてきます。
現にカジキンが真っ二つにされている以上、幻なわけがないのですが。
一方の赤き巨竜――リュウ様のお姿も、目撃されてしまっております。
軍部の方々は、リュウ様を拘束しようとしました。
そこで間に入って下さったのが、アヴィーナ島冒険者ギルドのマスターであるカモン・ブーバーン様。
さすがは「フィクサー」。
軍部にまで、人脈を持っておられるのですね。
おかげでリュウ様は、穏便で短い事情聴取を受けるだけで済みました。
もちろんリュウ様は青い巨竜の正体について、明かしたりはしませんでした。
「ちょっとデカくて強い、青竜種のエルダードラゴンと遭遇した。だから冒険者として、魔獣討伐を試みた」
その一点張りです。
正直に話して、ウ・ミムラー海洋国家連合と魔国ヴェントランの外交問題に発展したら大変ですもの。
もっとも、軍上層部やカモン様はクサナギ家魔王竜の関与を疑っているのでしょうね。
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シュラ様の捜索が午前中で打ち切られた後、わたくし、リュウ様、フク、ミランダは、全員でお祭りに来ておりました。
島を挙げて行われる、年にいちどの大祭。
アヴィーナ島名物、「星海祭」ですわ。
嵐が過ぎ去った直後、あっという間にお祭り会場を設営していく住民たちの元気には圧倒されました。
今日は島中の至るところに出店が立ち並び、威勢のいい店員さんの声と楽しげな観光客のやりとりが飛び交っています。
そんな、賑やかなお祭りなのに――
ずっと、楽しみにしていたのに――
「どうした聖女さん? 浮かない顔だな?」
目の前には心配そうにのぞき込んでくる、リュウ様のお顔がありました。
「リュウ様……。いえ、なんでもありませんわ」
「シュラやカジキン乗組員のことを、気にしてんのか?」
「……はい」
結局シュラ様は、行方不明のまま。
彼は水魔法の達人。
とはいえ瀕死の状態で嵐の海に飲み込まれては、まず助からないでしょう。
戦艦カジキンの乗組員達は、フクによって大半が救助されました。
防御結界の魔法で包み込み、溺死しないよう近くの無人島に運んでくれたそうです。
ですが最初にシュラ様の息吹が直撃した時、艦と一緒に切断された方々は助からなかった――
「俺達は自分にできることを、精一杯やった。拾える命は、全部拾った。これが今の俺達が出せる、最善の結果だったんだ」
「ですが……」
「特に聖女さんは、よく頑張ったと思うぜ。頑張り屋さんな後輩に、先輩冒険者からのご褒美だ」
リュウ様が、背後に隠していたものを差し出してきます。
鼻孔をくすぐる、バニラの甘い香り。
芸術的にねじられた、白いつやつやの渦巻き。
そして顔に近づけられただけで、ひんやりと漂ってくる冷気。
「まあ! これがアヴィーナ島名物、ソフトクリームなのですわね」
わたくしは食べ方が分からず、周囲をキョロキョロと見渡します。
そのままガブリと、かじりついている方。
舌を出し、ペロペロと舐め上げている方。
みなさん、大胆な食べ方をされるのですわね――
わたくし元聖伯令嬢として、ちょっとためらってしまいます。
お肉の串焼きなどは、ガブガブ食べるのにも慣れてきたのですが。
わたくしがためらっていることに気づいたのか、リュウ様が率先して食べ方を見せてくださいました。
ちょっとだけ長めの舌が、ツゥーっとソフトクリームを舐め取っていきます。
色気たっぷりな流し目に、その舌使い。
なんだかとっても淫靡な雰囲気だと思うのは、気のせいでしょうか?
現に周りの女性観光客が、「きゃあ~」と黄色い声を上げながらリュウ様の舌使いに注目していますし。
「コラァ! カメムシエロトカゲ! なんというお手本を、ヴェリーナお嬢様に見せてるんダスか!? お嬢様が真似したら、どうするつもりなんダスか!?」
「そりゃ、嬉し……いや。清楚な聖女さんが、こんな冗談真に受けるわけねえだろ?」
――えっ?
リュウ様とミランダが、こちらを振り向きます。
なるべくリュウ様と似たような表情を作り、舌使いも真似してソフトクリームを舐め上げようとしているところでした。
周囲の男性観光客が、目を血走らせてわたくしの口元に注目しております。
――わたくし、何かやっちゃいました?
「俺が悪かった!」
リュウ様が素早く、木製のスプーンをわたくしのソフトクリームに刺してくださいます。
ああ。
ちゃんと、スプーンもあるのですわね。
感謝の言葉を述べようとしたら、いきなりリュウ様は飛び退いてしまいます。
そこに危険な風切り音を響かせて、刀が振り下ろされました。
剣鬼オーヤン・モテギの愛刀、逆鬼丸照護ですわ。
――お土産用のレプリカ木剣ですが。
「そこになおれ! カメムシエロトカゲ! そんな大人、修正してやるんダス!」
「木剣で頭かち割られちゃあ、修正も何もあったもんじゃねえよ! 今回は、ホント悪かったって! 勘弁してくれよ!」
ああこれは、いつかも見た光景ですわね。
フリードタウンに来て再出発を図った時も、リュウ様とミランダが側にいてくれた。
今回ちょっと違うのは、フクもいること。
リュウ様とミランダに向かい、「やっちゃえミランダ様~」と物騒な野次を飛ばしています。
あまりにもミランダの剣閃が鋭く、リュウ様の体捌きが見事だったからでしょう。
お祭りの出し物と誤解されたらしく、周囲の野次馬からは歓声が巻き起こります。
「ミランダ~! ほどほどにしておきなさいな~!」
わたくしはその光景を眺めながら、スプーンでソフトクリームをすくいます。
パクリと口に含むと、甘くて冷たい感触がジワリ。
昨晩から続いていた重苦しい気持ちは、ほとんど吹き飛んでいました。
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楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいます。
お祭り会場を巡っていたら、いつの間にか日没が近づいておりました。
ただこの「星海祭」、最大のイベントが起こるのは夜だったりするのです。
「聖女さん。水晶の洞窟で俺が言ったこと、憶えてるか?」
「ええ。今夜、大事なお話を聞かせていただけるのですわね」
「ああ。海の上で、『スターダストフライヤー』を見ながら話そうぜ」
夕暮れの海水浴場で、リュウ様は予約していた小型のボートを借り受けました。
「この大きさじゃ、わたすが乗れないんダス! まさか、2人きりで行くとか言い出すんじゃないダスな?」
「その、まさかだ。頼む、ミランダさん。聖女さんと、2人きりで行かせてくれ」
真剣に深々と頭を下げるリュウ様に、ミランダは戸惑っているようです。
「え~。2人きりってことは、オイラもお留守番なのか~い?」
フクは不満そうに、わたくしの周りをクルクルと飛行します。
「ごめんなさいフク、ミランダ。でも、大事なお話なのです。2人きりで行かせて」
「シュラ・クサナギの時は、それで危険な目にあったんダス! もう、同じことには……」
「相手がリュウ様だから、大丈夫です。お願い、ミランダ……」
わたくしもリュウ様と同じく、深く頭を下げます。
「お……お嬢様! 頭を上げてくださいなんダス! 貴族令嬢が、軽々しく使用人に頭を下げてはいけないんダス!」
「わたくしもう、聖伯令嬢ではありませんもの。ゴールド級冒険者、ヴェリーナ・ノートゥングですわ」
「家を出たといっても、別に勘当されたわけじゃないんダス。アナスタシア奥様が聖伯の爵位を持ち続けている以上、お嬢様の御身分はまだ聖伯令嬢なんダス」
――あら?
そうでしたの?
養子にジルも来てくれたことですし、わたくし身分的には勘当されたものとばかり――
「分かったんダス! 仕えるお嬢様に頭を下げさせるなど、メイドの名折れ。……カメムシエロトカゲをブッ叩く道具を用意して、待っているんダス」
「死なねえ道具で頼むぜ。ありがとうよ、ミランダさん」
ミランダは寂しそうに背を向けて、海水浴場を立ち去ります。
フクもそれを追い、飛んで行こうとしたのですが、何かを思い出したかのように戻ってきました。
わたくしの肩に乗り、リュウ様に聞えぬようヒソヒソと話しかけてきます。
「オイラはさ、ご主人様の願いを叶えるために生まれた精霊なんだ。リュウにご主人様を取られたら、ムカつくけどさ……。幸せになってよね」
猫型の精霊はそう告げると、勢いよく飛び上がりました。
キラキラと虹色の燐光を振り撒きながら、先を歩くミランダに追いつきます。
「さて……。2人きり……だな……」
「そう……ですわ……ね……」
正確に言うと、まだ2人きりではありません。
レンタルボート屋の店員さんが、こちらを見ています。
周囲では同じようにボートを借りたカップルが、ワイワイ話しながら船を引きずっていきます。
――これから海の上で、2人きり。
それを考えると、やけに心臓の音が大きく聞こえます。
落ち着きなさい、わたくし。
2人きりの場面など、冒険者としての仕事中は何度もあったではありませんの。
「それじゃ……行こうか?」
珍しく、緊張を滲ませながら言うリュウ様。
同じく緊張しているわたくしも、首を縦に振ることしかできませんでした。




