第60話 聖女は絞り尽くす宣言をする
プラアーサ・クラーケンはその巨体を砂浜へと上陸させ、周囲を窺っていました。
タコともイカともつかぬ触手だらけの不気味で巨大な下半身と、アンバランスな小ささである人型の上半身。
その上半身を巡らせて、周囲を見渡す災厄の魔獣。
どうやら、獲物を探しているようです。
自分と世界の破滅を望むシュラ様のこと。
プラアーサ・クラーケンに下した命令は、出会う生物全ての皆殺しでしょう。
殺戮対象を見逃してなるものかと、災厄の魔獣は前後左右への警戒を怠りません。
ですが――
「頭上への警戒は、お粗末ですのよ」
人型の頭部が、嵐の夜空を見上げます。
リュウ様の背から飛び降りて急降下中だったわたくしを、見つけたようです。
しかし、もう遅い。
身体強化魔法を発動させたわたくしは、プラアーサ・クラーケンの上半身――人型の部分に、組み付きました。
相手の頭部を、自分の両足――ふくらはぎ部分で、挟み込んでしまいます。
そのまま後方へと、宙返り。
わたくしの両足に挟まれていたプラアーサ・クラーケンは、前のめりに地面から引き剥がされます。
ふむ?
下半身が巨大で、頭部は小さいプラアーサ・クラーケンのこと。
頭がもげる可能性を考えていたのですが、意外なことに巨体全てが宙に浮きます。
まあ、いいでしょう。
元からこの技は、相手を地面へと叩きつける投げ技。
異界から来た覆面の勇者が広めしプロレス技がひとつ、「フランケンシュタイナー」。
頭から砂浜に叩きつけられたプラアーサ・クラーケンは、上半身どころか下半身の付け根までバラバラに吹き飛びます。
衝撃派で波が押しやられると共に、ビーチに巨大なクレーターが穿たれてしまいました。
ま――まあ波が何度か打ち寄せるうちに、元のなだらかな砂浜に戻ってくれることでしょう。
「災厄の魔獣」などと呼ばれているのに、意外と脆いですわね。
防御力に関しては、エルダードラゴンより劣るかもしれません。
ピクピクと痙攣するだけで再生を始める予兆のない触手の残骸を見ながら、わたくしがそんな感想を抱いていた時です。
背後の海から、新たに2体のプラアーサ・クラーケンが上陸してくる気配を感じ取ります。
すかさず迎撃しようと身構えたわたくしですが、その必要はありませんでした。
嵐の夜空を、紅玉色の旋風が駆け抜けます。
低空飛行するリュウ様です。
リュウ様は、プラアーサ・クラーケンのうち1体を爪でバラバラに。
もう1体を牙で噛みちぎり、大部分を消失させてしまいます。
『うげっ! 踊り食いは不味い! プラアーサ・クラーケンは刺身にしても美味いって聞いてたが、ちゃんと魔力を抜く下処理をしねえとダメなんだな』
リュウ様は食いちぎった災厄の魔獣を、ペッと海に吐き捨ててしまいました。
以前にギルドで食べたプラアーサ・クラーケン焼きの美味しさを思い出し、なんだか勿体ないような気持ちになります。
わたくしとリュウ様が下した判断は、
『暴走するシュラ・クサナギは放っといて、プラアーサ・クラーケンがアヴィーナ島へ上陸することを阻止しよう』
というものでした。
不幸中の幸いと言うべきか、現在シュラ様が暴れている周辺は無人島ばかり。
一方でアヴィーナ島には、多数の住民や観光客がいますもの。
人命最優先ですわ。
今頃フクは、沈没したカジキンの周辺で乗組員の救助を行っているはずです。
これも幸運なことに、暴れているシュラ様からは距離があります。
『さて、どうしたものかな?』
「水を自在に操るシュラ様相手に、接近戦は危険ですわね」
リュウ様から聞くところによると、シュラ様は人型の時にも恐るべき水魔法を使えたそうです。
それは相手の血液・体液を操り、体内から殺傷するというもの。
莫大な魔力を消費することと、射程距離が極端に短いこと。
発動に時間がかかり、対象が抵抗して打ち消しやすいという欠点はあるそうです。
しかし、竜化して劇的に力を増大させた今ならどうでしょうか?
近づいて試す気には、なれませんわ。
「暴走して、理性や思考力がないのが救いですわね。アヴィーナ島へは、しばらく注意が向きそうにありません」
『俺が心配してるのは、沈没したカジキンに再び襲いかかるんじゃねえかってことさ。あれの動力源は、魔力炉だったろ? もう、稼働停止中だとは思うけどよ……。その、残存魔力に反応して……お?』
狂ったように暴れていたシュラ様でしたが、突然何かに気付いたように動きを止めました。
そしてゆっくりと振り向き、鎌首をもたげます。
その方向は、沈没したカジキンの魔力炉ではなく――
「こちらに……。アヴィーナ島に、注意を向けている!? いったいなぜ!?」
『しまった! シュラの奴、俺と聖女さんの魔力に反応してやがる!』
なんということでしょう!
アヴィーナ島の人々を守るどころか、わたくし達のせいで危険にさらしてしまう。
ですが、判断ミスを呪っている暇などありません。
早く、対処法を考えなければ。
シュラ様は海面に着水し、足先を水に沈めました。
その状態で、爆発的に魔力を高めていきます。
海が盛り上がり、そこから流水が蛇のように飛び出しました。
蛇と表現するには、あまりに巨大。
それに頭部は、シュラ様そっくり。
水成る竜とでも表現するのが、適切でしょう。
水成る竜はシュラ様にピタリと寄り添い、アヴィーナ島に襲い掛からんと狙いを定めます。
これはシュラ様の必殺魔法、【ハイドラファング】!
人型の時とは、規模が違い過ぎます!
まだ、終わりではありませんでした。
海面からは2体、3体と水成る竜が生み出されていき、シュラ様の周りを囲んでいきます。
その光景を見て――莫大な魔力の波動を感じて、確信しました。
あれが放たれれば、わたくしとリュウ様が命を落とすだけでは済みません。
アヴィーナ島が、丸ごと消滅してしまう。
『そんな危ねえ魔法、撃たせるもんかよ!』
リュウ様は顎を大きく開き、魔力を口内に集中させ始めました。
「リュウ様! 息吹はダメですわ! 水蒸気爆発が起こってしまいます!」
魔王竜クラスの赤竜、リュウ様が放つ熱線ブレスの威力は絶大。
しかしその超高温ゆえに、海上に向けて放てば水蒸気爆発を起こしてしまうことでしょう。
下手をすれば、アヴィーナ島が半分ぐらい抉られてしまうかもしれません。
『へへへ……。心配すんな、聖女さん。俺も、そこまで考え無しじゃねえさ』
そう言ってリュウ様は、魔力の集中を続けます。
あら?
いつもの熱線ブレスとは、魔力の質が違います。
これは、まるで――
『俺の背中に、隠れてな』
リュウ様に勧められた通り、わたくしは大きな体の後ろに隠れてしまいます。
事の成り行きを見守るために、視線だけはちょっと覗かせたまま。
シュラ様の様子を見れば、7体目の水成る竜を出現させたところでした。
シュラ様ご自身も含めると、頭は8つ。
まるで極東の島国の神話に登場する、ヤマタノオロチですわね。
8つの顎が、大きく開かれました。
シュラ様ご自身も、水の息吹を放つつもりのようです。
『どんなに威力がある大技でもな……発動が遅けりゃ、実戦では使えねえんだよ!』
シュラ様の【ハイドラファング】が放たれる前に、リュウ様の息吹が放たれました。
全てを焼き尽くす、いつもの熱線ではありません。
刹那、輝く息と共に大海原が白く染まります。
わたくしはリュウ様の背後に隠れ、防御結界の魔法で守られていました。
――にもかかわらず、急激な気温低下で全身がブルっと震えてしまいます。
「冷気の息吹……」
そうでした。
火竜、火竜と言われるので火や高熱を操るイメージが強いですが、リュウ様達ムラサメ一族が得意とするのは「熱」を操る魔法。
冷気の魔法や息吹だって、得意中の得意なのですわ。
『ヤマタノオロチの氷像、一丁あがりだ』
得意気に仰るリュウ様の言葉通り、シュラ様は水成る竜達と共に氷漬けとなっていました。
シュラ様の氷像も白く染まった海面も、時が止まったかのように動きません。
ですが――
『シュラの奴、死んでねえな。気絶させれば竜化も暴走も収まるが、そこまでも至ってねえ』
わたくしにも感じます。
シュラ様は大魔法を発動させようとして、かなりの魔力を消費したようではあります。
しかしまだ、戦うには充分な力を残している。
どうしましょう?
氷漬けにするだけでは、時間稼ぎにしかならない。
何か――
何かシュラ様の意識を刈り取るような一撃を、繰り出さなければ。
そうですわ!
凍りついている今なら、接近しても大丈夫かもしれません。
ならば――
「リュウ様……。わたくしがやります」
リュウ様が、ギョッと目を見開きます。
「【聖女ちゃんキック】か? オーディータのオッサンを吹き飛ばしたアレなら、確かにダメージは通るかもしれねえ。だがよ……オッサンの時も、気絶させるほどの威力は出せなかったろ?」
リュウ様の意見は、ごもっとも。
それにローラステップでの戦いでブライアン・オーディータ様に放った時より、遥かに間合いが遠い。
威力だって、軽減してしまうことでしょう。
――ならばあの時より、威力を高めるまで。
「リュウ様……覚悟して下さい。絞り尽くさせていただきますわ」
わたくしはリュウ様に向け、ペロリと舌なめずりをしました。




