第6話 聖女は○○○が過激
怯えていたエルダードラゴンの瞳に、戦意が戻りました。
さすがは魔獣達の王、ドラゴン。
殺らなければ殺られると、瞬時に本能で理解したようです。
ドラゴンの鋭い爪が閃き、わたくしの全身はズタズタに引き裂かれました。
「でも、残念でしたわね。それは、残像ですの」
「グワアアッ!?」
側面に回り込んだわたくしからの呼びかけに、ドラゴンは驚きの叫び声を上げました。
あれで仕留められたと思うなど、楽観的過ぎましてよ?
手応えも、全然なかったでしょうに。
次に振るわれたのは、尻尾です。
凄腕冒険者3人を、軽く一掃してしまった尾撃。
パワー。
スピード。
重量。
どれもが凄まじい一撃です。
聖都ミラディアの頑強な都市防壁でさえ、直撃すれば大穴が空いたことでしょう。
尻尾がわたくしに命中した衝撃で、大気が激しく震えます。
しかし、それだけです。
大気を震わすことはできても、魔法で強化されたわたくしの体を揺るがすことはできませんでした。
片手で受け止めてしまいましたの。
「尻尾癖が、悪いですわね」
これ以上尾撃を繰り出せないよう、わたくしはドラゴンの尻尾を両手で抱えてしまいます。
太すぎて、抱えにくいですわね。
そのまま自分の体を、独楽のように回転させていきます。
当然ドラゴンの巨体も、激しく振り回されました。
ジャイアントスイングという名前の技らしいです。
小さい頃、お父様がこうやって遊んで下さいました。
空気が渦巻き、ちょっとした竜巻状態ですわ。
あら、いけない。
かなり距離があるにもかかわらず、風圧でリュウ様達が吹き飛びそうです。
ドラゴンを振り回すのは、そろそろ終わりにしなくては。
充分に遠心力をつけ、わたくしは巨竜を空中へと放り投げます。
ゴウッ! という風切音を響かせながら、巨体が宙を舞いました。
きりもみ状態で飛ばされていたドラゴンでしたが、空中で体勢を立て直します。
大きな翼をはためかせて滞空し、遥か眼下のわたくしを睨みつけてきました。
ふむ。
空中に逃げて、優位を得たと思っているのですわね。
撤退するか戦闘を続行するか、迷いが生まれたようです。
エルダードラゴン――
あなたは一目散に、逃げ出すべきでした。
たかが数十mの高度で、わたくしの攻撃が届かないと思っていますの?
射程内に留まり続けている以上、逃がすわけにはいきません。
もし人里にやってしまえば、多くの人々が犠牲となることでしょう。
「【フィジカルブースト】、出力全開」
魔力が激流となって、わたくしの全身を駆け巡ります。
今ならドラゴンどころか、星でも墜とせそうな気がする。
「魔獣達の王と呼ばれしエルダードラゴンよ、あなたに安らかな眠りを。慈愛と安息の女神、ミラディースの祝福があらんことを」
上空で、エルダードラゴンは大きく息を吸い込みました。
再び、火炎の吐息を放とうとします。
その瞬間、わたくしは大地を蹴って跳躍しました。
攻撃が届かないのなら、ジャンプすればいいだけの話。
わたくしの踏み切りを受け止め切れず、草原には大きなクレーターができてしまいました。
地面さん、ゴメンなさい。
大気の壁を、突き抜けて――
蒼穹の距離を無かったことにして、わたくしはエルダードラゴンの目前まで迫り――
そのまま飛び蹴りで、巨竜の体を貫きました。
衝撃で、エルダードラゴンはバラバラに弾け飛びます。
首から上しか残りません。
わたくしは飛び蹴りの勢いで、そのまま天高く上昇してしまいました。
雲と、ほぼ同じ高度。
眼下に小さく、リュウ様や倒れている冒険者の方々が見えます。
彼らとの距離が、物理的にも心理的にも大きく開いてしまった気がして寂しい。
長い長い落下時間の後、わたくしはローラステップの草原へと着地します。
着地の衝撃で、全身を濡らしていたドラゴンの血がビチャリと飛び散りました。
ああ――
白かった聖女の法衣が、返り血で真っ赤ですわ。
これが、命を奪うということ――
「おい! 聖女様!」
呼びかけられて、わたくしは我に返りました。
リュウ様が、表情を強ばらせて駆けてきます。
お願い――
今のわたくしを、見ないで――
巨竜を素手で屠る女など、さぞ恐ろしいのでしょう?
おぞましいのでしょう?
その硬い表情は、そういうことなのでしょう?
「すげえ血じゃねえか! じっとしてろ! すぐに治療してやる!」
「え?」
リュウ様はわたくしに、回復魔法をかけて下さったのです。
ご自分の火傷だってまだ治療中だったのに、それを中断して。
「ああ。これは、全部返り血か? 良かった……。怪我はしてねえんだな?」
「ええ。わたくしは、全くの無傷ですわ。あの……リュウ様は、わたくしが怖くありませんの?」
わたくしは知っています。
英雄と呼ばれたレオンお父様も、その圧倒的な力故に、敵からは悪魔のように恐れられていたことを。
忌み嫌われていたことを。
敵だけではありません。
味方の中にもいたのです。
お父様に怯え、疎み、気味悪がっていた人々が――
そんなお父様と同じ力を、わたくしは振るってしまいました。
エルダードラゴンを素手で殴殺するなど、それはもはや人では――同族ではない存在なのです。
きっとリュウ様も、わたくしのことを――
「あ? なに言ってるんだ? 命を救ってくれた恩人を、怖がるなんて意味分かんねえよ」
「救った……?」
わたくしが?
無能聖女と呼ばれ続けてきた、このわたくしが?
誰かの命を――
人生を、救うことができたと?
視界が歪み、涙が零れ落ちました。
「聖女様? どこか痛いのか?」
問いかけを無視して、わたくしはリュウ様の胸に抱きついてしまいます。
涙と一緒に今まで押さえつけていた感情も、溢れて止まりませんでした。
「うああああっ! ずっと……ずっと一生懸命、頑張ってきたのに! わたくしは今までなんの役にも、誰の役にも立てなくて! いつもお母様に、恥をかかせて! お父様だってきっと、あの世でガッカリして……」
「違えよ」
それはとてもとても、優しい否定でした。
「俺は今日、聖女様と出会ったばかりだがよ……それでも分かるぜ。あんたが今までどんな風に、他人と接してきたか」
血塗れのわたくしを胸に抱いたまま、リュウ様は続けます。
「戦いなんて、好きじゃねえんだろ? それなのに、俺達のために力を振るってくれた」
「もっと……もっと早く決心していたら、力で助けられた人だっていたはずですわ! リュウ様や冒険者の皆様だって、ケガをせずに済みました! あの神官さんだって、死なせずに……」
「自分を害しようとした相手まで、気遣って……。ほら。あんた、やっぱりいい奴だ。そんないい奴が、誰の役にも立たないはずがねえだろ?」
わたくしを抱いたまま、リュウ様は魔法を発動させました。
体に付着した血を落とす浄化の魔法、【フェアリィピュリファイ】です。
「あんたは自分で気づいていないだけで、多くの人を助け、救い、支えになってきたはずだ。そんな娘を、親父さんやお袋さんも誇りに思っているに違いねえ」
「でも……でも……」
「俺が認めるだけじゃ、不満か? ヴェリーナ・ノートゥング。あんたはまぎれもなく、『聖女』様だよ」
わたくしの体と法衣を紅く染めていた血が、消えてゆく。
血は淡い光と化して舞い上がり、空に溶けていきます。
頬を伝っていた涙も、一緒に。
淡い光の粒子は、わたくしが今まで溜め込んでいた葛藤が具現化されたもののように思えました。
リュウ様は「救われた」なんておっしゃっていましたけど、救われたのはわたくしの方ですわ。
「そうだ、聖女様。戦闘のプロである冒険者として、ひとつ忠告しておきたいことがある」
「なんでございましょう?」
リュウ様は言いづらそうな表情をし、咳払いを入れてから切り出しました。
「スカートで、飛び蹴りはやめろ。パンツ見えたぞ」
まあ!
わたくしったら、はしたない。
「それに……その……ああいう過激なやつは、清楚でおっとりした聖女様とギャップがあり過ぎるというか何というか……」
過激?
わたくし下着は、アナスタシアお母様と同じようなデザインのものしか身に着けないのですが――
「つまり、リュウ様の好みではなかったと?」
「そういう問題じゃねえよ。もう少し、慎みを持ってだな……。気絶していなかったら、他の連中にも見られていたかもしれねえんだぞ?」
言われて周囲を見渡せば、他の冒険者3名は気を失っておられます。
はて?
エルダードラゴンの尻尾で弾き飛ばされた直後は、意識があったようですが――
まさかわたくしがジャイアントスイングで巻き起こした旋風に巻き込まれ、ダウンしてしまったとか?
「そうですか……。リュウ様だけ……。ならばリュウ様には、わたくしの下着を見た責任を取っていただきましょうかしら?」
リュウ様の腕の中からお顔を見上げながら、わたくしはニッコリ微笑みかけました。




