第59話 聖女は青竜の力を見せつけられる
「リュウ様が人族を番に選ばない理由は、それですの? 人族であるタツミ様が、ルビィ様の番になって不幸だったとでも?」
「まさか! 俺は親父がムラサメ家に婿入りして不幸だったなんざ、思っちゃいねえ。オフクロとは、すげえ仲良かったしな。……ただ親父の時みたいに、周りがゴチャゴチャ言わないかって不安はある」
「タツミ様の実績があるとはいえ、人族の嫁は受け入れられにくいと?」
「それに関しちゃ、解決策がある。俺がムラサメ家に戻らずに、一生冒険者として嫁さんを養っていけば済む話だ」
あ――
やっぱりお金を貯めていたのは、結婚資金だったのですわね。
「つまり、リュウ様が人族を番に選ばないというのは……?」
「シュラの勝手な思い込みだな。なんだかんだでアイツはボンボンだし、跡取り意識が強い。家を捨てるなんて発想は、出てこねえ」
――なんてことですの。
勝手な思い込みに振り回されて、わたくし色々悩んでしまいましたのよ。
「ところで、リュウ様にお聞きしたいのですが……。竜人族が未婚なのに相手を番にした場合、どういう扱いになりますの?」
むっ!
リュウ様、いま動揺しましたわね?
背筋の強ばりと、心拍数の増加で分かりますのよ。
「聖女さん……。その話題に関しちゃ、明日の晩まで待ってくれねえか? その時に、大事な話があるんだ」
真剣な声色での返しに、こちらもドキリとしてしまいます。
明日と言えば大きなお祭りである、「星海祭」の開催予定日。
しかも夜には、「スターダストフライヤー」というとても幻想的なイベントが見られます。
もちろん、見に行くつもりでした。
しかしこの嵐では、お祭りが予定通り開催されるかどうか――
リュウ様は、嵐が収まってお祭りが開催されると踏んでいらっしゃるようですわね。
そこで、どんな話を切り出してくるおつもりなのでしょうか?
ドキドキしていたら、リュウ様の足が止まりました。
水晶の洞窟、出口まできたのです。
外の嵐は、さらに激しさを増していました。
わたくしは、そっとリュウ様の背中から下ろされます。
警戒すべき状況だからですわ。
横殴りに降りつける豪雨の中、草色のローブを纏った背中が見えました。
佇んでいるのは、シュラ・クサナギ。
ローブの袖から雫を滴らせながら、荒れ狂う海を見つめています。
「リュウ兄さん。僕はね、誰かに愛されてみたかったんだ……」
四角いレンズの眼鏡を水滴だらけにし、振り返ったシュラ様。
その瞳に、もう狂気は浮かんでおりません。
ただただ悲しく、金色に輝いていました。
「もう、嫌になってしまったんだよ。僕に興味がなく、魔王の番になりたいだけの婚約者も……。優秀な魔王候補が産みたかっただけで、息子に愛情なんかちっとも持っていない母上も……」
「シュラ様……」
「父上だって、魔王になれなかった自分の夢を僕に押し付けているだけさ。最近ではうわ言のように、『人族を滅ぼせ』なんてブツブツ呟くばかり。夢を果たせなくて、おかしくなってしまったのかな?」
シュラ様の顔は、ずぶ濡れです。
ひょっとしたら雨だけでなく、涙が含まれているのかもしれません。
「でも、分かったんだ。本当に嫌いなのは周りじゃなく、僕自身なんだ。愛されたいと欲しがるばかりで、自分から誰かを愛することができない。愛していると思っても、今回みたいに間違えてひとりよがりになってしまう。だから……」
シュラ様は眼鏡の蔓を指で摘まみ、ゆっくりと顔から外してゆきます。
「暴走する気か! よせ! シュラ!」
ええっ!?
シュラ様の場合、竜化のキーアイテムは眼鏡なんですの!?
「シュラ・クサナギ……。こんな男、消えてしまえばいい。そして、こんな世界も無くなってしまえばいいんだ」
リュウ様はシュラ様の竜化阻止を諦め、ご自分も耳のカフスを外して竜化します。
ふたつの閃光が、雨を照らしました。
わたくしは赤竜と化したリュウ様に抱えられ、嵐の空に舞い上がります。
もちろん、フクも一緒に。
早い段階から、わたくしの胸元に潜り込んでいます。
『ちっ! ヤベーことになっちまったぜ。今のシュラを相手にするぐらいなら、プラアーサ・クラーケン百体討伐しろって方がマシだ』
わたくしを背中へと移しながら、リュウ様は眼下に向けて毒づきます。
閃光が収まった後、水晶の洞窟入口を踏み潰すように立っていたのは青き巨竜でした。
その鱗は、太陽の下でなら蒼玉のように輝いていたことでしょう。
今は夜の闇を受けて、暗く輝いています。
そしてリュウ様と同じ、金色の瞳。
暴走して、正気を失っていた時のリュウ様と同じ瞳。
「これが、水竜ブルードラゴン……」
わたくしの呟きに反応するかのように、シュラ様は天に向かって咆哮しました。
それに呼応して、海面から4つの巨大な水の竜巻が発生します。
水竜巻の勢いは凄まじく、周囲に発する風圧だけで吹き飛ばされてしまいそうです。
「水竜ブルードラゴンは、名前の通り水を操るのですわね」
『そうだ。水ってヤツは変幻自在に姿を変えるから、厄介……ん? あれは……』
リュウ様は、首を背後――アヴィーナ島とは、逆方向へ向けます。
わたくしも【フィジカルブースト】の魔法で視力を強化し、同じ方向を見ました。
するとそこには、海面に浮かぶ巨大な影。
金属製の装甲板に覆われた船体と、甲板上に設置された巨大な主砲。
超弩級戦艦カジキンの姿がありました。
ウ・ミムラー海洋国家連合軍の主力艦ですわ。
「シュラ様迎撃にしては、早すぎませんこと? しかも、島とは逆の方向から?」
『カジキンはおそらく、プラアーサ・クラーケンを警戒して巡視航海に出てたんだろうな』
そういえば、冒険者ギルドにも目撃情報が挙がってきたのでしたわね。
それもたぶん、シュラ様が実験で巨大化させていた個体なのでしょう。
闇夜に発砲炎が瞬きました。
46cmもの大口径を誇る、カジキンの主砲です。
爆炎魔法【エクスプロード】の力で、大質量の砲弾を40kmも先まで飛ばせる強力な兵器ですわ。
発砲炎が見えてから、少し遅れて発砲音がお腹に響きました。
『バッカ! やめとけ!』
念話魔法によるリュウ様の警告は、カジキンの乗組員まで届いたのでしょうか?
届いたとしても、無駄だったかもしれません。
ドラゴン系の魔獣か竜化した竜人族かの確認もせずに、発砲してきたぐらいですから。
リュウ様とわたくしも巻き込まれてしまいそうな位置だったので、素早く射線上から離脱します。
絶大な破壊力を誇るはずの46cm砲弾は、シュラ様の青い鱗まで届きませんでした。
海面が盛り上がり、水の壁となってシュラ様を守ったのです。
暴走し、理性を失っているはずのシュラ様。
ですが彼は、発砲してきた戦艦カジキンを敵と認識したようです。
翼を広げ、海面すれすれを滑るように飛行。
巨大な鉄甲艦に、襲い掛かります。
シュラ様は飛びながら、顎を大きく開きました。
口内に集中していく、莫大な魔力。
これは――
息吹ですの?
『おい! 逃げろ! カジキンの艦長!』
やはり念話魔法が、届いていないのか。
あるいは艦の戦闘力に、自信があるのか。
カジキンは回避機動を取らずに、砲撃を続けました。
しかし砲弾はことごとく、シュラ様から逸れていきます。
【フィジカルブースト】の魔法で動体視力を強化しているわたくしには、不自然に曲がる砲弾の軌道が視認できました。
『シュラの奴は大気中の水蒸気を操って、砲弾の軌道を変えているんだ』
リュウ様の言葉に、わたくしは戦慄しました。
大気中の水蒸気まで、シュラ様にとっては武器なのですか!?
シュラ様の口から、白い光が走りました。
リュウ様の熱線息吹に比べると、糸のように細い。
大した威力があるようには、見えません。
白い光は、カジキンの船体をスッとひと撫でします。
爆炎が巻き起こったりだとか、船体が押し潰されたりだとかいった結果にはなりませんでした。
しかし――
『死んでない奴は、艦を捨てて脱出しろ!!』
リュウ様が警告した意味を理解できたのは、数秒後でした。
金属の装甲板に覆われた巨大戦艦は、中央からゆっくりと左右に分かれていきます。
なんということでしょう!
これが、青竜の息吹!
金属の装甲板をバターのように易々と切断する、超高速・超高圧な水のカッター!
あんなものを受けては、竜化したリュウ様でもただでは済みません。
たとえ、防御結界魔法を全力展開していたとしても。
「ああ……そんな……。カジキンには、あのエルフ奴隷の女の子が……」
シュラ様の息吹で切られなかったとしても、嵐の海に投げ出されては助かりません。
「ご主人様! オイラに任せて! 乗組員達は、全員救助してみせるよ!」
法衣の胸元から飛び出してきたフクが、全速力で飛行していきます。
豪雨を突き抜けて飛びゆく先は、沈没しつつある戦艦カジキン。
そういえばフクは、回復魔法以外に防御結界の魔法も使えると言っていました。
乗組員達を結界で包み込み、溺れないようにするつもりなのでしょう。
幸いにもシュラ様は、切断したカジキンにそれ以上追い打ちを仕掛ける気はないようです。
暴走する力と衝動に任せるまま、周囲の無人島を攻撃しています。
青竜が爪や尻尾を振るうと、島は易々と粉砕されていきました。
この状況なら、フクがカジキンの乗組員達を救助する妨げにはならないはず。
そう、胸をなでおろしていた時です。
「……あっ!」
『むっ! これは!』
わたくしとリュウ様の魔力感知能力は、強い魔力の波動を捉えました。
竜化したリュウ様やシュラ様と比べると、ずっと小さい。
けれども見過ごすには大き過ぎる、禍々しい魔力の波動を。
リュウ様は、ヒラリと反転。
アヴィーナ島の方角へ、向き直ります。
「なんてこった……。シュラの奴、俺達が洞窟から出た時にはもうやらかしてたのか」
身体強化魔法で視力を強化して見た先には、嵐の海原をものともせず泳ぐ生物。
今まで見た個体の中でも、最大の体躯を誇る災厄の魔獣――
プラアーサ・クラーケンが、アヴィーナ島へ襲いかかろうとしていました。
――しかもその数、3体。




