第54話 聖女は誰にでも縛られたいわけじゃない
「まさか本当に、1人で来てくれるとは思わなかったよ」
「そうしてくれと仰ったのは、シュラ様ではありませんか」
冒険者としての服装と、ドラゴン革のグローブで武装しているわたくし。
1人で来てはいるものの、警戒しているということは察して欲しいですわ。
「立ち話もなんだね。掛けて」
――どこに?
と問いかける前に、ソファが2脚向かい合わせに出現します。
シュラ様が、水の魔法で作り出したものです。
見た目はなんだかスライムみたいで、嫌な感じですわね。
サレッキーノ防衛戦で溶かされかけて以来、スライム系魔獣には苦手意識ができてしまいました。
ソファになんらかの仕掛けが施されていて、そのまま拘束されてしまう可能性も考えます。
ですが魔力の流れを見る限り、そのような術式は組み込まれていないようです。
わたくしは促されるがまま、水のソファへと腰を下ろしました。
――ブヨブヨして、なんだか落ち着きませんわ。
「さて、何から話したものかな? 女性と話した経験が少ないから、喜ばれるような話題をあんまり持っていないんだ。ごめんね」
「それは、わたくしも同じですわ。殿方が喜ぶお話など、あまり知らなくて……そうですわ。シュラ様がこのアヴィーナ島に来た経緯などを、伺ってもよろしいでしょうか? 確か、お父上から任されたお仕事に来ているとおっしゃっていましたわよね?」
本当は1番気になる話題といえば、「なぜリュウ様は人族を番に選ばないのか?」というものです。
ですがいきなりその話題を切り出すのも、不躾な気がしましたので。
わたくしとしては、当たり障りのない話題を選んだつもりでしたのに――
「僕の仕事? 戦艦カジキンの撃沈と、アヴィーナ島にある軍港を壊滅させることさ」
とんでもないことをサラリと言い放ったシュラ様に、わたくしは絶句してしまいました。
「え……? 撃沈……ですの? あの巨大な戦艦を? そして、軍港を壊滅させる……? クサナギ家の狙いは、いったい……?」
なんとか言葉を絞り出したわたくしに、シュラ様は眼鏡を指で押し上げながら語り始めました。
「僕らクサナギ家が治めている水竜領は、耳長魔族……エルフが多い地域でね」
シュラ様の言葉に、埠頭で出会ったエルフ奴隷の少女を思い出します。
「ウチの領地に住む多くのエルフが、奴隷狩りに襲われた。やったのは、ウ・ミムラー海洋国家連合の連中だよ。そして彼らの行き着いた先は、君も見た通りさ」
戦艦カジキンへ向けて、連行されていく奴隷達。
彼らはカジキンの動力源である、魔力炉に魔力を吸われ続ける燃料役。
その中には、確かにエルフが多く混ざっていました。
「ではクサナギ家は戦艦と軍港への破壊工作に乗じ、自領から拉致された人々を救出しようと? そのために、シュラ様が潜入したのですね?」
「いや。実はソレって、建前でね。……父上は海上戦力を失ったウ・ミムラー海洋国家連合に戦を仕掛け、水竜領に併呑してしまうおつもりなんだ」
あまりに話のスケールが大きくなりすぎて、わたくし頭がクラクラしてしまいました。
「そんな……。魔国ヴェントランの元首である魔王ルビィ様は、この計画をご存知なのですか?」
「いいや、水竜公である父上の独断さ。ウ・ミムラー海洋国家連合は、人族中心の国家。親・人族派のルビィ様が、侵略戦争など許すはずがないだろう?」
「ならば、なぜ? そのような真似をすれば、魔王様だけでなく他の魔王四竜の方々も黙っていないのでは? ……あっ!」
自分の思いつきに、口元を押さえてしまいます。
「ヴェリーナさん、君はとても察しがいいね。……そうさ。今が、魔王選の時期だからさ。魔王ルビィ様の退位は、確定だ。僕がクサナギ家魔王竜の称号を受け継ぎ、そのまま魔王選を勝ち抜いて魔王になる」
そうすれば独断で他国に仕掛けた侵略戦争の責も、うやむやにできると。
それどころか領土を拡大したクサナギ家は、英雄として称えられる可能性が高いと。
「シュラ様は、魔王になる自信がおありなのですね」
「客観的に見て、僕で決まりだろう。脅威となりそうなオーディータおじさんは、君に倒された。雷の魔王竜ツクヨミ・レッセントは、あまり強くない。……そして今代魔王の息子リュウ兄さんには、まだ番がいないから自在に竜化できない。……魔王選に、出られない」
――へ?
リュウ様が、自在に竜化できないですって?
わたくしがブライアン・オーディータ様を倒したという情報は得ているのに、リュウ様が自在に竜化できるようになったというのは知らない?
確かにアヴィーナ島に来てからは、目立たぬように飛んでいました。
シュラ様との会話の中で、リュウ様が竜化できるようになったという話は出ていなかったはず。
それにしても――
情報収集力の高さの割に、そんな情報も得ていないなんて――
――ハッ!
そうですわ!
魔王ルビィ様からのお手紙の中に、「オーディータ夫妻のことに関しては自分が情報操作する」という一文がございました。
だからきっと、クサナギ家の諜報部隊も混乱している。
それでリュウ様の竜化について、シュラ様はご存じないのですわね。
「……わたくしなどに話して、よいのですか? クサナギ家の機密情報なのでしょう?」
「そうだね。部外者には、教えてはいけない情報だよね。だから、身内になって欲しいんだ」
シュラ様は水のソファから立ち上がり、緊張した足取りで目の前まで歩いてきました。
そして跪き、わたくしの手を下から取ります。
「ヴェリーナさん。どうか僕と、結婚して下さい」
カヴァタ山展望所で会った時と、同じ目――
真剣な金色の眼差しが、痛いほどに突き刺さってきます。
答えは最初から、決まっていました。
ですがあまりに即答し過ぎてもシュラ様が傷つくのではないかと思い、少し間を置いてから返答します。
「申し訳ありません。わたくし、心に決めた方がいるので」
「フッ」と短く息を吐いて、シュラ様はわたくしの手を放しました。
そして背を向けて数歩進んで立ち止まり、水晶の洞窟天井を見上げます。
ちょうど、色鮮やかな熱帯魚の群れが通過していくのが見えました。
「君となら、ちゃんと愛し合えそうな気がしたんだけどな……」
「その……今の婚約者の方とは?」
「お互い、愛情はないよ。親同士が、勝手に決めた結婚だ。強い力を秘めた竜人族同士から、強い子供ができるようにとね。僕自身には、興味の欠片もない。彼女が欲しいのは、『魔王の番』という地位だけさ」
それはとても、寂しそうな声でした。
「婚約者だけじゃない。父上も母上も、周囲の皆も、『シュラ・クサナギ』には興味がないんだ。勉学、魔法学、戦闘術……いつだって僕が、魔王候補として力を示した時しか褒めてくれない。優しくしてくれない。興味を持ってくれない」
クリスタルの洞窟内を歩いて来る道中、魔獣の死骸がそのままになっていた理由が分かったような気がしました。
やはりシュラ様は無意識のうちに、力を誇示しようとしていた。
力を見せつけないと、誰も自分を愛してくれないと思い込んでいらっしゃる。
わたくしには、掛ける言葉が見つかりませんでした。
自分は両親からの愛情を受けて育ったと、確信していますもの。
お父様が亡くなった日以来、お母様との関係がギクシャクしてしまってはいます。
それでも確かに両親は、わたくしに愛情を注いでくださった。
期待に応えるだけの力を持ち結果を示しながら、愛されなかったと感じているシュラ様。
どんなに努力しても、期待に応えられなかった――
それなのに愛されてしまったことに、後ろめたさを感じているわたくし。
きっとお互いに、分かり合えない。
分かってあげられない。
「シュラ様。婚約者の方を、大事にしてあげてください。婚約を解消されたり破棄されたりするのは、とても悲しいことです」
わたくしが剣聖ランスロット様から婚約破棄された時、すでに彼への気持ちはありませんでした。
――自分は冷静に、婚約破棄を受け入れられた。
そう思っていた。
思い込んでいた。
しかし婚約破棄されたという事実は、今でも心の中に傷として残っています。
時々、思い出したように胸が痛むのです。
「ヴェリーナさん……。会ったこともない僕の婚約者を気遣ってあげられるなんて、やっぱり君は優しい女性だ。……是が非でも、番にしたくなったよ」
シュラ様の言葉に危険を感じたわたくしは、身体強化魔法を発動。
ソファから飛び上がり、後方宙返りしながら間合いを取ります。
わたくしが半身になり拳を構えたのと、シュラ様が狂気を滲ませた目で振り返ったのは同時でした。
「シュラ様、冷静になってください。そもそもクサナギ家は、反・人族の立場を取っているのでしょう? 人族の嫁など、認められるはずがございません」
「認めようとしない者は、全員僕が排除する。例えそれが、両親でもね」
やはりこの方は、無理ですわ。
両親を簡単に、「排除する」などと言ってしまえる男性なんて――
「僕は、魔王ルビィ様を尊敬している。その強さに、生き方に憧れている。だけどひとつだけ、残念に思っていることがある。……タツミ様を排斥しようとした連中を、速やかに焼き払わなかったことだ」
シュラ様の言葉で、なんとなく察しました。
きっとムラサメ家では昔、とても悲しいことがあったのですわ。
リュウ様が人族を番に選ばないというのも、それが理由なのでしょう。
「ルビィ様は、苛烈に見えて甘い。あの方がもっと早く動いていれば、タツミ様は死ななかった。僕ならば愛する番を害しようとする相手に、容赦なんてしない。必ず君を、守ってみせる。だからクサナギ家に来てくれ、ヴェリーナさん」
シュラ様は片手を胸に当て、余った手をわたくしに伸ばしてきます。
ですがわたくしが、その手を取ることはありません。
無言のまま、首を横に振ります。
「そうか……。こんな真似はしたくなかったけど、仕方ない。力づくでも、僕の番になってもらうよ」
シュラ様は両手から、縄状の水を発生させました。
ウネウネと動く様は、プラアーサ・クラーケンの触手みたいで気味が悪い。
殺傷力の高い【ハイドラファング】と違い、標的を緊縛・拘束することに特化した水魔法でしょう。
「生憎わたくし、縛られる相手は誰でもいいというわけではございませんの」
シュラ様は一瞬、「意味が分からない」といった表情をされます。
しかしすぐに気を取り直し、水でできた縄をわたくしに伸ばしてきました。




