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第53話 聖女は女神に導かれて……

 わたくしはホテルの玄関にある魔力感知式の自動ドアをくぐり、建物の外へと足を踏み出しました。




 強烈な突風が、全身を襲います。


 とっさに身体強化魔法を弱めに発動し、踏みとどまりました。


 すでに、嵐は上陸直前。


 暗黒の雲が、恐ろしいほどの速度で上空を流れていきます。


 まだ、雨こそ降り始めていません。


 ですが湿度が異様に高く、大気は冷たくて重い。


 降り始めるのは、時間の問題でしょう。



 いつもなら夜でも、観光客やそれを相手にするお店の人々で賑わうアヴィーナ島市街地。


 しかし今夜は、人っ子ひとり出歩いていません。


 皆が息を潜めて、嵐が過ぎ去るのを待っています。


 そんなゴーストタウン状態の市街地を、わたくしはただひたすら歩いてゆきます。


 目指すは、海水浴場のビーチ。




 たどり着いてみると、遊んでいた時とは全く違う光景が広がっていました。


 激しく打ち寄せる黒い波が、ビーチの半分以上を飲み込んでしまっています。




 わたくしは残されていた砂浜の端に立ち、荒れ狂う海を眺めました。




 さて――

 シュラ様と会うためには、この海を越えて「水晶(クリスタル)の洞窟」がある島まで行かなければ。


 ミランダもフクも、「どうやって島まで渡る気か?」とは訊ねてきませんでした。


 2人とも、わたくしがこう答えるのが分かっていたからでしょう。


「身体強化魔法を全開にして、海面上を走り抜けるだけですわ」


 と――




 しかし、少々問題があります。


 リュウ様との水泳勝負で海の上を走った時は、波は穏やかで走りやすかった。


 今の海は大きく波打っているので、走りにくそう。


 なんとか沈まずに、島まで走り切れないことはなさそうですが――




「こんなに荒れた海の上を走ったら、全身ずぶ濡れになってしまうよ」




 強風と大波の轟音が、(いっ)(しゅん)止まったかのようでした。


 代わりにわたくしの耳に届く、鈴の音のような声。


 


「ミラディース様……」




 首を横に向けると、そこには慈愛と安息の女神――わたくし達が(あが)める、ミラディース様のお姿がありました。


 砂浜に着いてしまっている長い銀髪は、驚くことに全く揺れておりません。


 わたくしの黒髪は強風に(あお)られ、ほぼ水平になびいているというのに――


 身に着けていらっしゃる黒い衣も、揺れていませんでした。


 やはりこの方は、わたくし達人間と全く異なる(ことわり)の中に生きる神様なのですわ。




 ミラディース教徒であるわたくしですが、(ひざまず)いて祈ったりはしませんでした。


 なんとなく、ミラディース様がそれを望んでいないような雰囲気を感じたのです。




「竜滅の巫女。キミはシュラ・クサナギの(つがい)には、ならないんだね?」


「わたくし他に、心に決めた方がいるので」




 ミラディース様は、わたくしと視線を合わせません。


 虹色の瞳は、暗い海を見つめたままでした。


 それは、とても(もの)()げな視線――




「人と魔が相容れない存在だという話は、以前にもしたよね? 魔の中でも特に竜は、人との相性が最悪だ。相手がシュラ・クサナギでも、リュウ・ムラサメでも、悲劇しか起こらないだろう」


「まるで、結末が見えているかのように(おっしゃ)るのですわね。やはり神々には、世界の行く末が分かってしまわれるのですか?」


「大体のところはね。完全に……というわけではないけど。……竜と人が引き起こす悲劇については、未来予測というより経験則からくるものだよ」


「リュウ様のご両親……魔王ルビィ様と『千言の魔術師』タツミ様も、悲劇に見舞われましたの?」


「どうだろうね。悲劇だったのか、幸せだったのか……。あの2人については、シュラ・クサナギかリュウ・ムラサメに聞くといいい」




 遥かな昔に想いを馳せるように、ミラディース様は流れゆく黒雲を見上げました。




「ボクが知っている最古の悲劇は、魔国ヴェントランやミラディア神聖国が生まれるよりずっとずっと昔……。古代竜エンシェントドラゴンが存命で、『神竜』と呼ばれていた頃の話さ」


 ――エンシェントドラゴン?


 魔境奥地で(なき)(がら)となって横たわり、時々蘇っては魔王交代の時期を告げるというあの?




「あの件以来、ボクはどうしても人族を愛せない。(こっ)(けい)だろう? 慈愛と安息の女神として信仰されているボクが、実は人族を愛していないなんてさ」


 元ミラディース教会の神官――

 元教会聖女――

 そして今でもミラディース教徒であるわたくしにとって、それは衝撃の事実でした。


 ですが同時にミラディース様の言動の端々から、こうも感じます。




 このお方本当は、人族を愛したいのではないか? ――と。




「ミラディース様はわたくしに、何をさせたいのですか?」




 二度もただの人族であるわたくしの前に現れ、こうして言葉を交わして下さるのです。


 それは何か、意図があってのことなのでしょう。


 しかし、ミラディース様の口から返ってきたお言葉は――




「分からない……。ボク自身にも、よく分からないんだ」


 悩み、悲しげに(かぶり)を振るミラディース様のお姿。


 不信心かもしれませんが、わたくしはまるで人間のようだと思ってしまいました。




「ただ……ボクにはもう、休ませてあげたい子がいるんだ。『女神のゆりかご』で眠りにつかせ、魂を(いや)してあげたい子が……」




 ミラディース様は両の拳を握り、体の前に突き出しました。


 水平に構えた拳同士をくっつけた瞬間、虹色の光が渦巻きます。


 ゆっくりと、拳を左右に引き離してゆくミラディース様。


 拳と拳の間には、銀色に輝く棒状の何かが現れてきました。




 ――これは!


 神話の中に登場する、【導きの杖】!


 世界中の魔力を操ることができるといわれている、神器ですわ!




 ミラディース様は空中に現出した【導きの杖】を、片手で掴みました。


 そのまま海へと向かって、無造作にひと振り。




 続く光景に、わたくしは開いた口が塞がりませんでした。


 海がゆっくりと、左右に分かたれてゆきます。




 わたくしや「剣鬼」時代のママさんも、海を切断することには成功しました。


 しかしミラディース様のそれは、(いっ)(しゅん)切り裂くだけではありません。


 そうなるのが当然かとでもいうように海水が逆流し、海が裂けてゆくのです。


 いえ――

 裂けるというよりは、海が意志をもって通り道を開けてくれているみたいでした。




 海底が(あら)わになりましたが、魚などは取り残されておりません。


 水壁の間に、広く、長い道が出現しました。


 暗くて目視しづらいですが、道の奥には「水晶(クリスタル)の洞窟」がある島の影が見えます。




「キミが島に渡りきるまで、海はこのまま固定しておくよ。魔力と体力を温存して、ゆっくり歩いていくといい」


「ありがとうございます。ミラディース様」


「お礼を言われるようなことじゃないさ。むしろボクはキミにとって、とても残酷なことをさせようとしているのかもしれない……」


 ミラディース様は、虹色の瞳をそっと伏せました。




「残酷な……こと?」


「そうさ。でもあるいはキミならそれを乗り越えて、ボクに希望を見せてくれるかもしれないと思っているんだ。だから……」


 ミラディース様は【導きの杖】で、島を指し示します。


 そして徐々に虹色に輝く光の粒子となり、嵐の夜空に散っていきました。




『行きなさい、竜滅の巫女ヴェリーナ・ノートゥング。ボクはいつも、キミを見守っているよ』


 最後に聞こえたのは普通の声ではなく、念話魔法のようなものでした。


 直接頭の中に響いたそれは脳裏に染み込み、心強さを湧き上がらせてくれます。




「行ってきます。ミラディース様」




 少し前まで慈愛と安息の女神が立っていた場所に、深々と頭を下げます。


 そしてわたくしは、目的地へと歩き始めました。


 「体力と魔力を温存するように」というミラディース様のお言葉に従い、焦らず、ゆっくりと、気持ちを落ち着けながら。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□






 水晶(クリスタル)の洞窟内部には、(いっ)(てい)距離ごとに光の玉が浮かんでいました。


 これはおそらく、先に来たシュラ様が照明として置いていった光魔法でしょう。




 水晶(クリスタル)の洞窟はその名の通り、ガラスのような水晶で壁や床が構成されています。


 非常に透明度が高いため、場所によっては外側にある海を見ることもできました。


 浅いところでは嵐で海が荒れているため、魚などはほとんどいません。


 しかし洞窟の深いところまで下りていくと、海中を泳ぐ魚の姿が確認できました。


 これだけ深度があると、嵐の影響も少ないのでしょう。




 そして洞窟内には、無数の魔獣が死体となって転がっていました。


 巨大な、タコやイカ型の魔獣。


 半魚人サハギン。


 海中と空中を両方泳ぐことができるエアーフィッシュなど、種類は様々。


 みんな、バラバラに斬り裂かれておりました。


 死因はおそらく、水魔法【ハイドラファング】。




 シュラ様はわたくしの安全を考えて、掃討して下さったのでしょう。


 ですが死骸をそのままにしていることが、気になります。


 ご自分の強さを誇示しているように感じるのは、考え過ぎでしょうか?




 魔獣達の魂が安らかに眠ることを祈りつつ、わたくしは洞窟の最深部へと到着しました。




 そこは、50(メータル)四方の広い空間。


 床や壁の透明度が、ひときわ高い。


 シュラ様が多くの照明魔法を配置しているため、海中の様子がよく見えます。




 広い空間の真ん中には、シュラ様がおひとりでポツンと(たたず)んでおられました。


 いったい、どれくらい前から立ちっぱなしで待っていたのでしょうか?




「シュラ様、お待たせいたしました」


「ヴェリーナさん、来てくれたんだね。待っていたよ。ずっと、ずっとね……」






 相変わらず、優しそうな顔立ちです。


 しかしわたくしは、シュラ様の言葉と(まな)()しに(かす)かな恐怖を感じておりました。






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本作に頂いた、イラストやファンアートの置き場
【聖ドラ】イラスト大聖堂

本作には、1000文字の短編版もございます
【聖女はドラゴンスレイヤー】身体強化しか使えない偽物聖女、ブラック企業の傭兵魔道士と共に、素手で巨竜をボコり伝説へ。「俺はパンツなんて見ていない」と言われても今さらもう遅いですわ。必殺技でミンチですの

本作のスピンオフ。19話回想シーンで処刑されたリスコル公爵には、娘がいた。彼女が巻き起こす、ドタバタメイド奮闘記。ノートゥング家の面々も出ます
【処刑されたはずの公爵令嬢、ドジっ子メイドへの華麗なる転身】頼もしいイケメンマッチョ騎士団長に溺愛されるのはいいのですが、そそっかしいので毎日失敗してはお仕置きされます。「さあ、私の膝の上に来なさい」

ミラディース様の妹神や、樹神レナード、世界樹ユグドラシルなど、本作と若干のリンクがある異世界転生自動車レースもの
ユグドラシルが呼んでいる~転生レーサーのリスタート~

神剣リースディアと同じ名前の帝国、世界樹が出て来たり、ミラディース様の妹神がラスボスの上司だったりするロボットもの
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

― 新着の感想 ―
[一言] えー 不穏! ミラディースさまもシュラさまも不穏! んもう!
[一言] 何故とは言いませんが、アニメ化した際、ミラディース役の声優さんには相当な演技力が求められますね( ˘ω˘ )
[良い点] さぁ、山場でございましょうか。 [気になる点] 神は何をわかっていて何をさせたいのでしょう…… [一言] 熱を含む、熱を持つ、熱を帯びる、熱を孕むとは言っても温度を持つ言わないように、湿度…
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