第51話 聖女は番に選ばれることはない?
「プラアーサ・クラーケンとの戦いの後、シュラ様はどこに行っていらっしゃったのですか?」
「僕はクサナギ家の当主である父から、仕事を命じられてこの島に来ているんだ。色々と、忙しく動き回っているんだよ」
そう言いながらシュラ様は、黒いミディアムヘアを掻き上げました。
眼鏡のレンズが夕日を反射しているせいで、どんな目をしているのか見えません。
ですが表情からは、不本意さが伺えます。
「プラアーサ・クラーケンの件は……すまなかった。危険な目に遭わせてしまって」
「なぜ、シュラ様が謝るのです? 救出しようとしてくださったシュラ様の魔法を、『待って欲しい』と止めたのはわたくしですのよ?」
「そういう意味じゃないんだけどね」
シュラ様はフッと短く息を吐き出して、水平線に沈みゆく太陽を眺めます。
「本当に、綺麗な光景ですわよね」
「ヴェリーナさん。君の方が、綺麗だよ。燃える夕日や黄金に輝く海より、ずっと……ずっとだ」
そう言い切られてわたくしは驚き、シュラ様に視線を向けました。
先ほどは太陽の反射で見えませんでしたが、今はハッキリと見えます。
真剣な光を放つ、金色の瞳が。
「……婚約者のいらっしゃる方が、他の女性にそのようなことを言ってはいけません」
「まだ、結婚したわけじゃない。まだ、番になったわけじゃない。まだ、間に合う」
「シュラ様……」
恋愛ごとに疎いわたくしでも、さすがにここまで言われたら分かります。
シュラ様は、わたくしのことを――
「ヴェリーナさん。君のことを、色々と調べさせてもらったよ。剣聖と聖女の娘であること。ミラディース教会の聖女だったこと。冒険者としての活躍。そして地の魔王竜……ブライアンおじさんを、倒したことも知っている」
ブライアン・オーディータ様の件は、まだ魔王様とフリードタウン冒険者ギルドの皆さんぐらいしか知らないと思っていましたのに――
「僕は知りたい……。もっともっと、君のことが知りたいんだ」
「シュラ様……。どうして、わたくしなんかに……」
「それは君が、とびきり魅力的だからさ。自覚してないのかい?」
「可愛くない女」だと、言われ続けて――
「無能聖女」だと、蔑まれ続けて――
自分を魅力的な女などと、思えるわけがありません。
冒険者として拳を振るうようになってからは、周囲からそれなりに評価されるようになりました。
しかしそれは、冒険者としての戦闘力を期待されてのこと。
女としての魅力とは、関係ありませんわ。
リュウ様はわたくしの性格や容姿を褒めて下さりますが、あの方はお優しいから話半分に聞かなければ。
「リュウ兄さんが、人族を番に選ぶことはないよ。絶対にだ」
「え……?」
足元の地面が、ガラガラと崩れ落ちたかのようでした。
衝撃に、膝が震えます。
馬鹿ですわね、わたくし。
なんでショックを受けていますの?
元からわたくしはただの「保護対象」であり、「パートナー冒険者」なのです。
それにリュウ様は、「意中の女性がいる」と仰っていたではありませんの。
心のどこかで、期待していましたの?
長く一緒に過ごしていれば、いつかは女性として意識されるようになるかもしれないと。
最近わたくしを見てドギマギしているような気がしていたから、ひょっとしたらもう? などと――
「なぜ……。なぜリュウ様が人族を番に選ばないと、言い切れるのです? リュウ様のお父上であり、魔王ルビィ様の番であるタツミ様は人族でしょう?」
「だからさ……。色々あったんだよ。詳しく聞きたいかい?」
聞きたい――
聞かずには、いられない――
ですが――
「リュウ様に直接聞くので、いいです」
「ふーん。リュウ兄さんが、素直に話してくれるとは思えないけどね」
リュウ様は、教えてくださらない?
それはわたくしのことを、信頼していないから?
嫌な思考ばかりがグルグルと、頭の中を巡ります。
「……3日後だ。3日後の夜に、『水晶の洞窟』まで来て欲しい。ヴェリーナさん1人でね」
シュラ様は眼鏡のブリッジを、中指で押し上げました。
柔和そうな瞳だったのに、今は激しい感情を内に秘めているのが見て取れます。
「そこで君にハッキリと、伝えたいことがあるんだ。リュウ兄さんが人族を番にしない理由についても、その時に話そう」
「シュラ様……」
「おっと。そろそろリュウ兄さん達が、戻ってきてしまうね。僕はこれで、失礼するよ」
そう言ってシュラ様は、展望所の手すりの上に飛び乗りました。
手すりの向こう側は、崖。
そしてその下には、海が広がっています。
「ヴェリーナさん。僕は君が来てくれると、信じているよ」
シュラ様はわたくしと視線を合わせたまま、背中から崖下へと身を投げます。
「シュラ様!」
わたくしは慌てて手すりから身を乗り出し、崖下の海を見ます。
――何もない。
ただ波が、打ち寄せているだけ。
シュラ様が飛び込んだ時に生じるはずの、水柱さえ上がっていません。
まあ、命を落とした可能性はまずないでしょう。
シュラ・クサナギ様は、水魔法の達人。
海面に叩きつけられる衝撃をなんらかの方法で打ち消し、水中を自在に泳いでどこかへ行ってしまわれたと思われます。
シュラ様が言っていた、「水晶の洞窟」――
リュウ様と水泳勝負をした時に、折り返し地点として使った島にあったはずです。
島の大きさと、洞窟の入り口は小さい。
ですが、中はそこそこの広さと深さがあると聞きます。
水棲系魔獣の住処になってしまうことが多く、月に1回は冒険者ギルドによる掃討が行われているそうですわ。
危険な場所ゆえに、人は寄り付かない。
わたくしとシュラ様、完全に2人だけでの対話――
「聖女さん。そんなに手すりから身を乗り出していると、危ねえぞ」
言葉と同時に、わたくしの腰へと腕が回されます。
タピオカドリンクを買って戻ってきたリュウ様に、上半身を引き戻されました。
「あら、リュウ様。お戻りになりましたのね」
「おう、ただいま。これは、聖女さんの分な」
わたくしの手に、よく冷えたタピオカミルクティーが渡されました。
フクもちゃんと、買ってもらったみたいです。
植物の茎から作られたストローを肉球で挟み込み、器用に飲んでいます。
「どうしてあんなに身を乗り出して、海を覗き込んでいたんだ?」
「いえ、ちょっと……。魚が跳ねたような気がして」
リュウ様に対して嘘をついたことに、胸がチクリと痛みました。
「ふーん、魚……か。少しだけ魔力の流れを感じたから、魚型の魔獣かもしれねえな。とにかく危ないから、覗き込むのは禁止」
リュウ様は相変わらず、過保護ですわね。
夜に魔獣がいるかもしれない洞窟で、シュラ様と2人っきりで話をすると言ったら――
どんな手段を使ってでも、わたくしを止めようとするでしょう。
それこそ、縛り上げてでも。
――あら?
これはリュウ様のロープワークを味わう、チャンスなのでは?
いえいえ、何を考えていますの?
レオンお父様の霊よ、今はお帰り下さい。
ホテルで同室のミランダとフクには、隠し通せそうにありませんわね。
説得しなければ――
「聖女さん。やっぱりまだ、気が晴れねえか?」
いけない。
シュラ様とのことを考え過ぎて、ちょっと表情が曇っていたようですわ。
せっかく気分転換のために、このカヴァタ山展望所まで連れてきていただいたのに。
ここは得意の「聖女ちゃんスマイル」に、頼ることにしましょう。
「いいえ。かなり気分が、スッキリしましたわ。タピオカドリンクは美味しいですし、景色は綺麗ですし」
もうすぐ太陽が、水平線へ隠れてしまいそう。
海は黄金から、黄昏色へと変化しつつありました。
「本当に、世界って綺麗だよな。俺は冒険者になってから、色んな地域を転々としてきた。それぞれの場所で素晴らしい景色や、そこに住まう人々を見てきた」
夕日が完全に沈んでしまった瞬間、リュウ様はボソリと仰いました。
「……好きなんだ」
不意の言葉に、ドクリと心臓が跳ねます。
え――?
嘘――?
だって人族は番に選ばないって、シュラ様が――
「俺は、この世界が……。この世界に生きる人々が、好きなんだ。魔族も、人族もひっくるめてな。もちろん仲良くできそうにねえ敵もいるけど、基本的には大好きだ」
――紛らわしい!
この男、全部分かっていてワザとわたくしを弄んでいるのではありませんの?
段々、腹が立ってきました。
先ほど嘘をついた罪悪感など、水平線の彼方に吹き飛んでしまいましたわ。
ああ、そうですのね。
みんなみんな、大好きと。
わたくしも、そんなみんなのうちの1人に過ぎないと。
素晴らしい博愛精神だと思いますわ。
でもわたくしは、あなたの「特別」になりたいのです。
自分でも、強欲な女だとは思います。
やはりわたくしには、聖女としての適性などなかった。
回復魔法の資質だけでなく、精神面でもです。
聖女には、広く平等に皆を愛する博愛精神が求められますもの。
わたくしにとって、リュウ様は「特別」。
そして自分も、リュウ様の「特別」になりたい。
片思いだとしても、胸を焦がすこの想いは止められない。
――やはりシュラ様には、キッパリとお伝えしなければ。
わたくしが愛しているのは、リュウ・ムラサメ様だと。
だからあなたの気持ちには、お応えできないと。




