第50話 聖女は変な期待を抱いてしまう
■□ヴェリーナ・ノートゥング■□
「もう! リュウ様ったら、可哀想なことをして!」
「聖女さんだって、気付いたろ? あの性悪聖女、俺の水魔法を妨害して転倒させようとしてきやがったんだぜ」
サーフボードを浜に向かって加速させながら、リュウ様はわたくしの抗議に反論します。
もちろん、気付きましたとも。
自分自身が使う魔法の効果は脆弱でも、魔力の流れには敏感なのがわたくし。
ソフィア様が悪意を持って、【ディスペルマジック】を放ってきたのは明らかです。
それでも――
「ずぶ濡れにしてしまうのは、もはや暴力。わたくし、暴力は嫌いですの」
「やり返さないと、どこまでもやりたい放題やってくるアホが世の中にはいるんだよ。あの性悪聖女は、そういうタイプだろ?」
「それは……」
残念ながら、ソフィア様はそういうお方でしょう。
わたくしがきっちり反撃する人間だったら、教会を追放されるよう仕組んだり、婚約者であったランスロット様を略奪したりしてこなかったはず。
――相手に舐められたらやられる。食い物にされる。
冒険者になって、魔獣との戦いの中で学んだ真実。
これは人間社会においても、同じことが言えるでしょう。
「それでも、ずぶ濡れはやり過ぎだと思うのです。もっとこう、穏便な報復というか……。風の魔法で、スカートをめくってしまうとか」
聖女時代に教会の更衣室で一緒に着替えた時、ソフィア様はウサギさんや熊さんなどの絵が刺繍された可愛らしい下着を愛用していたはずです。
わたくしとは趣味が合わず、
「ヴェリーナ様は、エグいのを穿いていらっしゃるのですわねぇ」
と言われたことを思い出しました。
「スカートめくりぃ? そっちの方が、犯罪だろ? 俺は、痴漢になりたくねえ。……ったく。聖女さんの基準は、よく分からねえな」
「よく分からねえな」と言いつつも、リュウ様は振り返って笑顔を見せてくださいました。
「まあ、聖女さんらしくていいんじゃねえか? フクに頼んだ、アレも含めてな。……お? フクが戻ってきたぞ」
リュウ様に言われて後方を振り返ると、猫型精霊のフクが飛行しながらサーフボードに追いついてきました。
「ご主人様のお願い通り、あの豪華客船に乗ってた人達全員の体調不良を治してきたよ」
ソフィア様が酷い船酔いなのは、顔色を見れば一目瞭然。
もどしていらっしゃるところも、見えてしまいましたし。
「ありがとう、フク。疲れたでしょう?」
フクはわたくしが着ているラッシュガードのフードにスッポリと収まり、背後から答えてきます。
「いやぁ。船酔いの人達が何人かいたぐらいで、怪我人や重病人はいなかったから簡単だったよ。客室でグッタリしていた、菫色の髪の剣士が1番酷い船酔いだったね」
「おそらく、ランスロット様ですわね。新聞で読んだ通りですわ。『ミラディース教会の新教皇が、聖女と剣聖を伴ってアヴィーナ島入りする』と……」
ソフィア様の隣にいたのは、新教皇フレデリック・デュランダル猊下。
まだ枢機卿だった頃に、何度かお会いしたことがあります。
「……3日後に開かれる、『五王会議』に合わせての入島だな」
ウ・ミムラー海洋国家連合は、5カ国の海洋国家からなる連合。
各国の代表者が集まり、合議の上で連合全体の政治方針を決める。
その重要会議の名が、「五王会議」なのです。
「そこでミラディア神聖国とウ・ミムラー海洋国家連合との間に、何か重要な条約でも締結されるに違いねえ」
わたくしも、リュウ様と同じ予想をしておりました。
しかし、どのような政治的話し合いが行われるかは全く見当がつきません。
個人的には、ウ・ミムラー海洋国家連合に残っている奴隷制度の段階的廃止をデュランダル教皇猊下に呼びかけていただきたいところですが――
――難しいでしょうね。
ウ・ミムラー海洋国家連合の母体となったのは、周辺諸島を根城にしていた海賊団。
力ある者を尊び、弱き者は奪われても仕方がない。
この国では、そういう風潮を感じます。
だからいまだに、奴隷制度が残っているのでしょう。
美しい国なのに――残念です。
「どうした? 聖女さん。元気ないように見えるぜ」
岸が近づいたのでサーフボードのスピードを緩めながら、リュウ様は振り返りわたくしを気遣ってくださいます。
「ええ……ちょっと……。この前会った、奴隷少女の子を思い出してしまって……」
「入国管理事務所近くの埠頭で見たっていう、女の子エルフの話か……。確かに、気が重くなる話だよな。……よし! 聖女さんの気分が、晴れそうな場所に行こうぜ!」
わたくしが降りると同時に、リュウ様は足でサーフボードを蹴って跳ね上げ、器用にキャッチします。
そのままレンタルボード屋へと歩いていき、返却手続きを済ませました。
「ミランダさんは調べものがあるとかで、夜まで帰ってこねえんだよな?」
「ええ、そうですわ。でもそろそろ日も傾きかけてきましたし、今から遠出するのは……」
「そんなに遠くじゃねえさ。竜化して飛んで行くほどの距離もねえ。風景を楽しみながら、のんびり歩いて行こうぜ」
リュウ様はこういう時、ちょっと強引な気もします。
でも――
わたくしはそういうところが、嫌いではありません。
水着から私服に着替えた後、わたくしはリュウ様に手を引かれ歩き始めました
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市街地から少し離れ、わたくし達がやってきた場所――
それは小さな山の上にある、展望所でした。
海と夕日が、よく見える。
ガイドブックにも載っていた、有名な絶景スポットですわ。
名前は確か、「カヴァタ山展望所」。
わたくし達が着いた時にはもう、落ちる夕日が水平線に触れようかとしていました。
「まあ……。エメラルドグリーンの海が、今は黄金の海に……。本当に、素敵」
昼間とは別の顔を見せる海に、思わず吐息が漏れました。
さきほど奴隷少女のことを思い出して沈んでいた気分が、晴れていきます。
ごめんなさい。
今のわたくしには、あなたを助けることができません。
美しい風景を見て、現実逃避することを許して。
「どうだい? 聖女さん。綺麗な場所だろ?」
リュウ様は得意気に、わたくしの瞳を覗き込んできます。
確かにこの展望所から見える黄金の海は、息を呑むほどに美しい光景です。
でもわたくし、もっと綺麗なものを見つけてしまいました。
夕日を受けて輝く、リュウ様の双眸です。
金色の瞳は、いつもより少し赤みを帯びていました。
「ええ、とっても綺麗ですわ」
海の話ではありません。
リュウ様の瞳について、言ってしまいました。
でも、どうせ分かりはしないでしょう。
「本当に……綺麗……だよな……」
――やめて。
海ではなく、わたくしの瞳を覗き込みながら言わないで。
変な期待を、抱いてしまいますわ。
「あ~! リュウ! まるで、ご主人様を口説いてるみたいじゃないか! ミランダ様に、言いつけるよ~」
わたくしの胸元からひょっこり首を出し、フクがリュウ様を牽制します。
正直、助かった気分です。
あのまま瞳を覗き込まれていたら、心臓が破裂してしまうところでした。
「だいたいさぁ、ここって有名なデートスポットだろ? ご主人様、周りを見なよ」
フクに促されて周囲を見渡せば、カップルばかり。
皆が腕を組んだり、抱き合ったり――まあ!
人目もはばからず、キスをしているカップルまで!
わたくし、頭に血が上ってクラクラしてしまいました。
真っ赤に火照っているであろう耳を見られないよう、手の平で押さえてしまいます。
「こ~んな場所にご主人様を連れてくるなんて、リュウには下心があったと思われても仕方ないよね」
「ミランダさんが知ったら、面倒臭そうだな。フク、黙っといてくれよ」
「ふふ~ん、そうだね。口止め料として、タピオカドリンク買ってくれたら黙っといてあげるよ。向こうに、移動販売の屋台が来てた」
「お前は聖女さんの魔力を吸うだけで、食事の必要はないって言ってたじゃねえか」
「必要はないけど、摂ることはできるよ。タピオカは、食感が好きなんだ」
「なんだか、すげえ無駄遣い感があるな。いいぜ。奢ってやるから、ミランダさんには黙っとけよ。……聖女さんも、飲むだろ? タピオカドリンク。屋台に行こうぜ」
リュウ様はそう誘ってきましたが、わたくしは首を横に振ります。
「えっと……。わたくしこのまま、海を見ていてはいけません? 山を登ってきたから、体が熱いのです。風に当たりたくて」
「じゃあオイラがご主人様の側に残って、護衛するよ。リュウ、買ってきて」
「俺はパシリかよ? まあこんな場所で、聖女さんを1人にしたくはねえ。フク、頼んだぜ」
「いえ、2人で行ってきて下さいませ。ちょっと、1人になりたくて」
リュウ様とフクが、顔を見合わせました。
どうしたものかと、決めかねているようです。
「エルダードラゴンやプラアーサ・クラーケンを倒せるわたくしが、悪漢や暴漢に後れを取ると思いまして?」
「いや。そりゃ、思わねえが……」
「でしょう? この場所と風景があまりに素敵なので、少しでも長く沈みゆく夕日を見ていたいのです」
――嘘です。
本当は1人になって、頭を冷やしたいのです。
リュウ様に瞳を覗き込まれ、「綺麗だと」言われた場面。
それが脳裏に焼き付き、胸を焦がし続けています。
近くにいられたら、フクにだって気付かれてしまいそう。
「分かったよ。何かあったら、大声で叫ぶんだぞ?」
「ご主人様、すぐ帰ってくるからね」
リュウ様とフクはわたくしの気持ちを汲んで、2人だけでタピオカドリンクの屋台へと向かいます。
わたくしは再び、黄金の海と夕日を見つめました。
展望所の手すりに腕を乗せ、深呼吸をします。
少しでも、心を落ち着けなくては。
そう思いながら、3回目の深呼吸を終えた時でした。
「隣、空いてるかな? ヴェリーナさん」
穏やかな声がかけられると同時に、視界の端で草色のローブが揺れます。
視線を向けると、そこには見知った青年の顔がありました。
「シュラ様……」
眼鏡のレンズを夕焼け色に染めて、シュラ・クサナギ様がわたくしの隣に佇んでおられました。
山がついているという理由だけで登場させて、申し訳ないです↓
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