第48話 聖女は異界の歌姫と語らう
リュウ様はわたくしの膝上で、すうすうと安らかな寝息を立てておられます。
普段の鋭く、ちょっと意地悪そうなお顔はどこへ行ったのやら。
寝顔は無垢な少年のようです。
母性本能をくすぐられ、わたくしは思わず彼の赤い髪をなでてしまいました。
「うふふふ……。可愛らしい」
「本当だね」
突然声を掛けられて、視線を上げました。
そこに居たのは背中にギターを背負った、ワインレッドのドレスを纏った美女。
自称吟遊詩人、自称セイレーンという謎魔族のセーラ様ですわ。
「いい雰囲気のところ、邪魔しちゃった? 悪いね。だけどヴェリーナちゃん、あんたと話してみたくってさ」
「わたくしと?」
「そうそう。本当はそこのお兄さんとも話してみたかったんだけど、寝ちゃってるなら起こすのはかわいそうだよね」
テーブルを挟んで向かい側にある椅子へと、セーラ様は腰を下ろします。
「ほら、あたしがあんた達のこと、勝手に歌にしちゃっただろ? だから『ゴメンね、だけどこれからも世界各地で歌わせてもらうから覚悟してね』って宣言。それとイメージしてた歌詞の中の英雄像と、実物のすり合わせ」
こ……これからもわたくし達の歌を、歌い続けるんですの?
それも世界中で?
恥ずかしい。
ですがセーラ様の強気な笑顔を見ていると、嫌とは言わせてもらえそうにありません。
「あ~、世界中っていうのは正しくないかな? よその世界に行っても歌うから」
「よその……世界?」
「そそ。あたし達のバンド……楽団は、色んな世界を旅してるのさ」
「別の大陸から来た……という意味でしょうか?」
「違うよ。別の星……って言い方も、本当は正しくないんだよね。異世界ってやつ? 地球の日本武道館ってところからスタートして、カーガイルだとかラウネスだとか、色んな世界をツアーして回っている最中さ」
セーラ様のお話は、いまいち意味が分かりません。
違う星よりも、さらに遠いところから来たということでしょうか?
「ふ~ん。歌の中では勝手に恋人同士ってことにしちゃったけどさ、間違ってはなかったみたいだね」
リュウ様を膝枕するわたくしを、セーラ様はニヨニヨとした笑顔で見つめてきます。
「違います。これは……その……お仕置き中なのです。膝枕されている恥ずかしいお姿を、みんなに見られてしまえばいいのですわ」
「お仕置き……ねえ……。それ、どう考えてもご褒美になっちゃうと思うけど?」
え?
そうなのですか?
人前で膝枕は、辱めにならないと?
くっ!
わたくし男性心理というものを、よく分かっておりませんでしたわ。
「あっはっはっ……。あんたのおっとりとしていて、ちょっと世間ズレしたところ、あたしは好きだね。気に入ったよ」
そう言ってセーラ様は、背負っていたギターを胸の前に持ち替えます。
「1曲贈らせておくれよ。大丈夫、そこのお兄さんを起こさず、もっと安らかに眠れるような、静かで優しい曲さ」
ポロンと繊細にギターの弦をかき鳴らしてから、セーラ様は歌い始めます。
それは伝承にある世界樹、ユグドラシルを題材にしたものでした。
雲を突き抜けるほどに高く伸びた世界樹は、何千、何万年と地上を見守り続ける。
その麓では、数多くの命が生まれました。
草花や虫、動物、そして人――
彼らは世界樹が見守る中、全力で生き、成長し、そして老い、死んでゆく。
その屍は新たな生命の糧となり、命は巡り続ける。
世界樹は、ただ静かに見守り続けるだけ。
儚くも美しく、希望に満ちた生命の連鎖を。
「――命の灯火よ。魂の煌めきよ。何度でも燃え上がり、闇を照らせ」
歌い終えたセーラ様は、最後に祝詞のようなものを唱え締めくくります。
ここでようやくわたくしは、現実世界へと引き戻されました。
すごい……まるで本当に自分が大樹となって、世界を長いあいだ見守り続けていたかのような錯覚。
ローラステップで大樹へとその身を変えたオーディータ夫妻、そしてお腹にいたお子さんを思い出しました。
彼らもきっとこんな風に、わたくしやリュウ様を見守り続けてくださる。
そう思うと胸が、目頭が熱くなります。
涙が頬を伝っていくのが分かりました。
「これは異世界の神様から教わった曲、『世界樹の歌』さ」
「まあ! セーラ様は、神様にお会いになったことがありますの?」
ホラ話とは思えませんでした。
だってわたくし自身、慈愛と安息の女神ミラディース様とお会いしたことがあるんですもの。
「おお、あるよ。生命と再生を司る神、樹神レナード。ま、あたしから言わせりゃ自動車レース狂いの趣味全開な神様だったけどね」
自動車レース?
またしても、意味のわからない単語です。
とにかく樹神レナード様は、趣味に生きる神様だったということで。
それより気になったのが――
「樹神レナード様は、生命と再生を司る神様なのですね」
「そうさ。こっちの世界でも、名前は知られているね。だけどどういう神様なのかってことまでは、伝わっていないみたいだね」
そう。伝承に残っている樹神レナード様の情報と言えば、世界樹ユグドラシルと呼ばれる大樹に宿るということぐらい。
生命と再生を司るというのは初耳です。
「え……? ちょっと待ってください。『生命と再生を司る神』……、『世界樹の歌』……そして歌の最後を締めくくった祝詞」
「ん……? ヴェリーナちゃんどうしたんだい?」
わたくしは荷物から手帳と万年筆を取り出しました。
そして「世界樹の歌」の歌詞と、最後の祝詞を書き出していきます。
「これはひょっとしたらひょっとして、あの魔法が完成に近づくのかも……? 歌詞の内容を元に術式を組み立て、祝詞を呪文詠唱に組み込めば……」
「何の魔法なんだい? あたし魔法はさっぱりでさ」
「この世界で、まだ誰も成功させていない魔法ですわ。おとぎ話の中にしか存在しない……ですが実現を夢見て、世界中の神官や魔道士が長年研究し続けててきた魔法……」
――死者蘇生魔法、「リザレクション」。
「へえ、死んだ人を生き返らせる魔法か。あたしが渡り歩いてきた世界の中には、魔法文明が発達した世界っていくつもあったよ。だけど死人を生き返らせる魔法ってのは、聞いたことがないね」
「でしょうね。命を蘇らせるなど、神の御業にも等しい行為。生命への冒涜であると、考える方もいらっしゃいますし」
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実際ミラディース教会内でも、死者蘇生魔法の研究については意見の分かれるところです。
ミラディース教の教義は精いっぱい人としての生を全うした後、「女神のゆりかご」と呼ばれる安息の地で眠りにつくこと。
『それを死者蘇生魔法でこの世に引き止めるのは、慈愛と安息の女神ミラディース様の御心に背くことになるのでは?』
という考え方。
もうひとつは
『死者蘇生魔法など、ありとあらゆる生存への可能性を検討してこそ、「精いっぱい生きた」と認められるのではないか?』
という考え方。
わたくしやアナスタシアお母様は後者でした。
レオンお父様が亡くなった直後、お母様は取り憑かれたように「リザレクション」の研究に没頭しましたわ。
研究中は幽鬼のような形相をして魔道書を睨み、狂ったようにペンを走らせる聖女アナスタシアの姿がありました。
わたくしも未熟な聖女見習いとしてですが、できる限り研究のお手伝いをさせていただきました。
ですが1年後――
「もう、間に合わないのは分かってる。お墓の中で、あのひと土に還っちゃったわよね……」
静かに呟きながら、ポタポタと魔道書の上に涙の雫を落とすお母様。
わたくしはそんなお母様の姿を見ることに耐えられず、そっと研究室を出ていきました。
――お父様はわたくしのせいで死んだ。
――お母様を泣かせているのはわたくし。
ノートゥングの実家を出て、教会へ住み込み始めたのはその頃からですわ。
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「もう、お父様は戻って来ない……。でも死者蘇生魔法が完成すれば、わたくしやお母様のような思いをする人を、減らすことができるはず」
「ふうん……あんたも色々あったんだね。いいんじゃない? 不可能を可能に変えようと足掻く、その生き方はロックだよ。しびれるね」
そう、色々ありました。
お父様のことだけではありません。
ブライアン・オーディータ様や奥方のカーラ様。
お腹の中にいたお子さん。
「リザレクション」があれば、違う未来もあったはず。
死者蘇生魔法の研究は、少しずつでもいいから続けましょう。
実際の魔法行使は、わたくしのように回復魔法の適性がない者には不可能でしょう。
しかし研究を重ね、そのデータをお母様のような強い回復魔法の使い手に渡すことは可能です。
間接的ではあれ、多くの人々の命を救うことに繋がるはず。
わたくしは聖女から冒険者に転職しました。
回復役の道を諦め、拳を振るい魔獣を打ち倒していく決断もしました。
それでも結局やりたいことは、「誰かを助けたい、癒したい」なのです。
「ヴェリーナちゃん……か……。あんたはどうやらあたし達歌い手のネタを、まだまだたくさん提供してくれそうだね。またどこかで会ったら、話を聞かせておくれよ」
「セーラ様、もう行ってしまわれるのですか?」
「この世界に来た時、バラバラになっちまったバンドのメンバーを探さないとね。特にウチの本職ギタリストは弱っちいから、魔獣に食われてないか心配だ」
「心配だ」などとおっしゃっていますが、セーラ様はその本職ギタリストと呼ばれる方の無事を信じて疑っていない表情です。
わたくしにとってのリュウ様がそうであるように、セーラ様にとっては絶対の信頼がおける方なのでしょう。
黒鳥の翼をバサリと畳み込み、その上からギターを背負うセーラ様。
遠くから聞こえるクラーケン焼きパーティの喧噪に背を向けて、自称吟遊詩人は冒険者ギルドを後にしました。
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