第47話 聖女は恥ずかしいお仕置きの仕返しをする
セーラと名乗る吟遊詩人さんは、その場に立っているだけで人の目を惹きつける不思議な女性でした。
まず服装が、初めて見るタイプのドレスです。
色はワインレッドなのですが、妙に艶々した材質。
デザインも――まあ!
大胆にスリットが入っていて、白い太股が艶めかしく覗いています。
ハッキリ言って、吟遊詩人感はゼロです。
むしろ夜中にお父様と遊んでいた時の、お母様の衣装にちょっと似ています。
確か、ボンデージとかいう。
あれと同じものを着てみたいと言ったら、リュウ様とミランダから猛反対されそうですわ。
セーラ様の髪はわたくしに似て、さらさらの黒髪。
わたくしよりもちょっと短めで、背中ぐらいまでの長さ。
星空の下で爛々と輝く赤い瞳は、妖しくも美しい。
吸い込まれそう――
セーラ様の背中で、何かがバサリとはためきました。
鳥のような翼です。
天翼族――いいえ、違いますわね。
天翼族の翼は白色。
セーラ様の翼は、少し紫がかった黒鳥の羽根ですわ。
そういえば彼女は自分のことを、「セイレーン」だと仰っていましたわね。
おそらく魔族の1種なのでしょうが、初めて聞く種族名です。
セーラ様は入口の松明の間を通り、冒険者ギルド敷地内へと足を踏み入れてきます。
彼女は歩きながら、手に持った楽器をかき鳴らしました。
リュートに似ているけど、明らかに異なる楽器です。
6本の弦と、金属部品でキッチリ仕切られた指板が特徴的です。
再びガラス細工のような澄んだ音色が鳴り響き、パーティ会場にいる人々全ての心を揺さぶります。
「ごめんね。あたしギターは、あんまり上手じゃないんだ。弾き語りより、バンドをバックに歌う方が専門なんだけど……。それでも歌声には、それなりに自信があるよ!」
あんまり上手じゃないという割に、セーラ様は手慣れた仕草でギターとかいう楽器をかき鳴らし始めました。
6本の弦で奏でる力強く勇壮な和音を伴奏に、歌声を披露します。
――なんという声量!
――なんという音圧!
拡声の魔法を使ったわけでもないのに、冒険者ギルドの敷地外まで響き渡りそうな勢いです。
しかもその歌は、火傷しそうなほどに熱い。
聴く者の心を焦がします。
セーラ様が歌い上げるのは、伝説のミスリル級冒険者コンビの英雄譚。
「千言の魔術師」タツミ・ユージーンと、「剣鬼」オーヤン・モテギによるプラアーサ・クラーケン討伐の物語。
アヴィーナ島の冒険者達は、このお話が大好きな方ばかり。
皆が手拍子をしたり、拳を振り上げながらセーラ様の歌に聞き入ります。
曲が終わりに近づき、皆が拍手やおひねりを投げる準備をしていた時でした。
「ついさっきあたしが作った、2番も聴いて!」
聴衆が、戸惑います。
わたくしもこの歌、ここで終わりかと思っていましたのに。
短めの間奏に続き、再び紡がれるメロディ。
そこに、乗せられる詩とは――
海で遊ぶ、楽しそうな恋人達。
女神のごとき美しさの黒髪女性と、赤髪の逞しい男性。
そこへ数十年ぶりに現れる災厄の魔獣、プラアーサ・クラーケン。
恋人達の片割れである黒髪の女性が、魔獣に捕えられてしまいます。
ですが、赤髪の男性は凄腕の魔道士。
しかも彼は、『千言の魔術師』の息子。
父親と同じように魔法を操り、プラアーサ・クラーケンから恋人を解放する。
そして解放された黒髪女性も、並外れた戦士でした。
彼女は手刀で海を割り、逃げるプラアーサ・クラーケンを斬り刻み――
――ってコレ、わたくしとリュウ様のお話ではありませんか!
少し、内容に誤りがありますのよ!?
わたくしとリュウ様は、恋人同士ではありませんのよ!?
それに「女神のごとき美しい女性」など、盛り過ぎではございませんの!?
聴衆は大盛り上がりですが、対照的にわたくしはアワアワしてしまいました。
自分達を題材にした歌が作られるなんて、恥ずかし過ぎます。
リュウ様と一緒に、抗議しなくては。
そう思ってリュウ様の横顔をチラっと見れば、ものすごく満足そうに聴き入っておられます。
ああ、これはダメですわ。
リュウ様は、味方になってくれそうにありません。
勝手にわたくしと恋人同士という設定にされてしまっているのに、いいんですの?
リュウ様は抗議するどころか、セーラ様の演奏をさらに盛り上げます。
魔法で彼女の背後に、何条もの火柱を出現させました。
奏者をびっくりさせてしまうのでは? と心配したのですが、セーラ様は「こういう演出は慣れている」とでも言いたげに平然と歌を続けます。
さらにフクが魔法で強い光の糸を何本も走らせ、周囲を彩っていきます。
パーティ会場の盛り上がりは、最高潮に達しました。
「みんなー!! ありがとー!!」
吟遊詩人らしからぬ、気取らない演奏終了後の挨拶。
そんなセーラ様に、おひねりと称賛が豪雨のように降り注ぎます。
「勝手に歌にしちゃって、ゴメンね~! 新しい時代の若き英雄達に、拍手~!」
セーラ様の言葉に合わせて、フクが光魔法でわたくしとリュウ様を照らします。
光の輪から逃げ出そうとしたわたくしを、リュウ様が捕まえてしまいました。
長い両手の指で、腰をガッチリと。
ちょっとリュウ様! くすぐったいですのよ!
抗議する間もなく、リュウ様はわたくしの体を持ち上げてしまいます。
ご自分の頭上より高く。
周囲からは、「女鰤爵」コールが止まりません。
ええい!
もう、ヤケクソというやつですわ。
わたくしは右拳を、夜空に向かって突き上げました。
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その後もパーティは、大いに盛り上がりました。
皆がクラーケン焼きに舌鼓を打ちながら、セーラ様の歌に聴き惚れています。
彼女が披露した歌は、今までわたくしが聞いたこともないような音楽ばかりでした。
『ロック・ユー・異世界』
『もういちどワナビィ』
曲のタイトルも、意味がよく分かりません。
『あなたは夏の閃光』というタイトルの曲だけは、少し分かるかも?
セーラ様のお話によると、「ロック」という異界の音楽なのだとか。
斬新で、胸が熱くなりますわ。
思わず、踊り出したくなるような曲ばかり。
わたくしだけでなく、会場中の皆が気に入ったようです。
今後は世界中で、流行るかもしれませんわね。「ロック」。
わたくしは音楽で火照った身体と頭を冷やすべく、ギルドのテラスで休んでおりました。
意外なことに、人が全くおらず静かですわ。
わたくしが長めのベンチに腰かけていると、波の音が優しく耳を撫でます。
このギルドは丘の上にありますけど、裏手は崖になっていてすぐ海ですものね。
「よう。聖女さんも、ここにいたか」
「リュウ様。ずいぶん、お楽しみのようでしたわね」
フリードタウンギルドでの宴会時は、周囲を盛り上げることに徹するリュウ様。
しかし今日はお酒も多めに飲み、セーラ様の歌に合わせて激しく踊っておられました。
カッコイイ踊りでしたが、ちょっと意外です。
「少々、はしゃぎすぎちまったぜ……。隣、座ってもいいか?」
「もちろんですわ」
リュウ様は遠慮がちに、わたくしの隣へと腰を下ろします。
汗やお酒の匂いを、気にしていらっしゃるのでしょうか?
お酒はともかく、わたくしリュウ様の汗の匂いは嫌いではありませんのよ?
「今日はその……ありがとうな。自分の危険をかえりみず、俺に『伝説に挑戦しよう』って言ってくれてよ」
「言ったはずですわよ。『危険なんて、ありません』と」
「その信頼がまた、嬉しかったのさ。……俺はよ、親父みたいになりたくて冒険者になった。……いや、違うな。親父の代わりになりたかった」
ポツリポツリと、わたくしに語り始めるリュウ様。
そのお顔は、どこか切なげでした。
「タツミ・ムラサメ……いや。『千言の魔術師』タツミ・ユージーンには、もっと可能性があったはずなんだ。俺の子育てが無事に終わってりゃ、冒険者として復帰して英雄譚の数を増やしていたかもしれねえ。あるいはママみたいにギルマスになって、優秀な後進をたくさん育てていたかもしれねえ……」
――その可能性を、俺が潰した。
数秒間、波の音が途切れたような気がしました。
今の言葉は、どういう意味だったのでしょうか?
リュウ様が、お父上の可能性を潰したとはいったい?
「だから俺は冒険者になり、ミスリル級を目指した。親父の代わりに、親父が果たすはずだった冒険者としての活躍を……」
「それは傲慢ですわ」
ピシャリと言い放ったわたくしに、リュウ様は驚かれたようでした。
「リュウ様は、決してタツミ様にはなれません」
「そう……だよな。親父は今の俺と同い年で、すでにミスリル級だった。俺の才能じゃ、親父みたいには……」
「逆にタツミ様も、決してリュウ様にはなれません」
「聖女さん……」
「思い出して下さい。アナスタシアお母様のように回復魔法が使えなくて悩んでいるわたくしを、いつも『それでいいんだ』と受け入れてくれたのはリュウ様ではありませんか」
「それは……」
「リュウ様が『親父越え』できないとウジウジしていたら、わたくしへの励ましも説得力がなくなってしまいますのよ?」
「……ん。確かにそうだ……。俺は俺。親父は親父……だな」
「そうですわよ。人族であったタツミ様が、ドラゴンに変身することができまして?」
タツミ様がどんなに偉大な魔道士であろうと、わたくしを背に乗せて飛んでくださるのはリュウ様だけなのです。
「それに、わたくしが好きになったのは……愛してしまったのはタツミ様ではなく、リュウ様なのです」
――あら?
わたくし、いま何を?
勢いに任せて、とんでもないことを口走ってしまったような?
間違いなく、リュウ様のお耳に入ってしまいましたわよね?
ドキドキしながら、リュウ様のお顔を覗き込みます。
どんな反応をされてしまうの?
怖い――
それでも、返事を聞かずにはいられない。
しかしリュウ様の口から零れ出たのは、スゥーッという安らかな寝息。
「もう! こんなタイミングで! リュウ様のバカ!」
怒りが半分、安堵が半分。
複雑な感情が、胸の中を駆け巡ります。
「乙女の心をもてあそぶこの男には、何かお仕置きが必要ですね。……そうですわ! いいことを思いつきました」
ベンチの背もたれに寄りかかったまま、眠りこけているリュウ様。
その頭部をわたくしは両手で包み込み、移動させてしまいます。
移動先は、わたくしの膝の上です。
「ふっふっふっ……。これぞ、『衆人環視膝枕の刑』ですわ」
これは昼間の「衆人環視お姫様抱っこの刑」に対する、仕返しでもあります。
さあ、リュウ様!
公共の場で、恥ずかしい思いをするのです。
しかし数秒後、わたくしは気付きました。
このお仕置きには、2つの致命的な欠陥があることに。
リュウ様が眠って意識を手放しているのに、恥ずかしい思いも何もあったものではないという点がひとつ。
そして、もうひとつは――
「誰も、来ませんわね……。これでは、『衆人環視』になりません」




