第46話 聖女はグッジョブと伝えたい
水着から私服に着替えたわたくし達は、アヴィーナ島冒険者ギルドへと向かいました。
早くも、日が傾き始めています。
むう。
ものすごく、お腹が減りましたわ。
そういえばプラアーサ・クラーケン討伐のゴタゴタで、お昼ご飯を食べ損ねてしまったのでした。
アヴィーナ島冒険者ギルドの建物は、小高い丘の上にあります。
そこへと続く坂道を上っていく途中、なんとも美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐりました。
海鮮物が焼ける香りに誘われ、自然と歩みが速くなってしまいます。
「うっす! 来たな、英雄達! ワシがここのギルドマスター、カモン・ブーバーンだよ」
陽気でフレンドリーなおじさまが、ギルド建物前でバーベキューをしていました。
カモン様といえば、ご本人の仰った通りアヴィーナ島冒険者ギルドの現ギルドマスター。
広い人脈と高い対話力で冒険者達の間を取り持ち、数々の大規模魔獣討伐を完遂。
その手腕から、「フィクサー」という通り名で呼ばれた頭脳派冒険者だったはず。
そんなお方自ら金網の前に座り、クラーケン焼きを作ってくださるとは――
カモン様は、串とトングを器用に操っていらっしゃいます。
「腹、減ってるでしょ? さあ、まずは食った食った。ワシらは先に、いただいちゃってるのよ。最高だよ、プラアーサ・クラーケン焼き」
相手はギルドマスター。
キチンと挨拶をしなければ――と、思っておりました。
しかしその前にカモン様はお皿にクラーケン焼きを取り、わたくしとリュウ様に薦めてきます。
お皿に乗せられたクラーケン焼きは、目が離せないほどに美味しそうでした。
戦っていた時、プラアーサ・クラーケンの触手は毒々しい紫色をしていたはずです。
しかし今、お皿に乗せられている切り身は神々しい程に純白。
そこに絶妙な焦げ目が付いて、なんとも魅惑的な姿に。
「さあ。冷めないうちに、食べちゃいなさいな。でも、火傷には注意よ」
カモン様に促され、わたくしは串に刺されたクラーケン焼きをパクリ。
瑞々しい弾力が、歯に伝わります。
さらに噛む力を込めると、つぷりという感触。
同時に、旨味たっぷりの熱い汁が口内を満たしてゆきます。
「んんん~! おいしいですわ!」
「女鰤爵ちゃんにそう言ってもらえると、ワシも焼いた甲斐があるってもんよ」
「……ハッ! 失礼しました、ギルドマスター。わたくしフリードタウン冒険者ギルド所属、ゴー……ブリ級冒険者、ヴェリーナ・ノートゥングと申します」
「俺も無作法だったな。すまねえ、ギルマスさん。同じくフリードタウンギルド所属、プラ……ダブルブリ級、リュウ・ムラサメだ」
リュウ様の謝罪と挨拶に対し、
「もう知ってるから、そんなに畏まらなくていいよ~」
と、気さくに応じて下さるカモン様。
そんなカモン様に薦められるがままクラーケン焼きを食べていると、わたくし達の周りには人だかりができていました。
フンドシマッソーズをはじめとする、冒険者の皆様方です。
彼らもクラーケン焼きをムシャムシャ食べながら、わたくし達を質問攻めにしてきます。
プラアーサ・クラーケンと戦った時の話ですとか、ミラディア神聖国内での冒険者実績ですとか。
魔国ヴェントラン地竜領で魔獣の氾濫を退けた時の話も、聞きだされてしまいましたわ。
「なぬぅ!? それではリュウ殿は、『千言の魔術師』タツミ・ユージーン様のご子息なのか!?」
「ああ。親父は結婚して、ムラサメ姓になったんだ」
「そしてヴェリーナ殿は、剣聖レオン・ノートゥングと聖女アナスタシア・ノートゥングのご令嬢と?」
「はい、そうですわ。母のような回復魔法は使えませんが、格闘戦なら父に似て得意ですのよ」
知らない方々ばかりですのに、話は弾みました。
それもこれもギルドマスターのカモン様が、良いタイミングで興味を引く話題を振ってくださるからですわ。
「そういやリュウちゃん、ヴェリーナちゃん。おたくのボス、オーヤンちゃんは元気? 相変わらず、マッスルおねえしてるの?」
ママさんのことを、ちゃん付け――
たぶん本名呼びも、怒られますわよね?
それを平然と行うなんて、親しい間柄なのでしょう。
さすが、「フィクサー」ですわ。
「元気も元気。相変わらず、ムッキムキだぜ。……なあ。カモンさんはウチのギルマスが『剣鬼』から『筋肉おねえ』になっちまった理由について、何か知らねえか?」
リュウ様の質問、わたくしもすごく気になります。
しかし本人がいない場所で、むやみに聞いてよいものなのでしょうか?
「ん? 知らないの? ワシらには堂々と公言してたし、秘密ってわけでもないだろうけどな。『すげえ愛した女に振られた。だからもう、男でいたくない』だってさ」
な! な! な! なんと!?
失恋!?
振られたことがショックで、男をやめてしまったと!?
――よっぽどその女性のことを、深く愛していたのでしょうね。
「しかし、意外ですわね。『剣鬼』時代のママさんは、見目麗しい男性だったのでしょう? おまけに、凄腕の冒険者。若い頃はどうだったか存じませんが、人柄だって素晴らしい。それなのに、振られてしまうなんて……」
「若い頃のオーヤンちゃん、めっちゃ女の子にモテてたんだけどね。ワシにも分けてくれって、いうぐらい。まあ、恋敵が強すぎたってことよ」
そう言ってカモン様は、リュウ様を見つめます。
「……カモンさん。『剣鬼』オーヤンを振った女って、まさか……。恋敵って、まさか……」
リュウ様のこめかみを、汗がツゥーっと流れました。
「女の名は、ルビィ・ムラサメ。ああ、リュウちゃんのお母さんになるのか。当然、恋敵の男はお父さんのタツミちゃんね」
リュウ様にとっては、知りたくはなかった事実のようです。
頭を掻きむしり、うずくまってしまいました。
これは、複雑な気分ですわよね。
両親が愛し合った影響で、1人の男性が自らの性別を捨ててしまったのですから。
そしてリュウ様の存在は、両親が愛し合った証。
自己嫌悪してしまうかもしれません。
しかし、わたくしはこう思うのです。
「リュウ様のご両親が愛し合わなければ、今の可愛くも逞しいママさんは存在していません。振られたママさんには申し訳ありませんが、わたくしはご両親にこう伝えたいですわ。……『グッジョブ』と」
わたくしはリュウ様の肩に手を置き、励ましました。
なのに、ものすごーく複雑な表情になってしまわれたのです。
「ええい! 酒飲んで、忘れるぜ!」
リュウ様は、用意してあった酒瓶を手に取ります。
「ん? なんだ? この、トロリとしたにごり酒は? 美味いな」
「リュウちゃん。それは極東の島国由来のお酒、『ドブイケ』だよ。甘くて栄養価も高いけど、飲み過ぎないようにね」
甘いお酒と聞いて、わたくしもちょっと飲んでみたくなりました。
しかしリュウ様とミランダが、視線で「ダメだ」と言ってきます。
ああん。
わたくし、成人ですのに。
もう、飲み過ぎたりなんかしませんのに。
気が付けばわたくしやミランダ以外、みんなお酒が入っているようです。
ギルド正面の広場や食堂スペースであるテラスには人が増え、大宴会の様相を呈してきています。
どうやら、冒険者ギルド関係者だけではないようです。
昼間の海水浴場で、クラーケン肉を振る舞うと聞いていた人々。
さらにはその噂を聞きつけた人々も、混ざっているようですわ。
なし崩し的に、クラーケン焼きパーティのスタートです。
かなり暗くなってきたので、宴会場各所で魔法灯が点灯されていきます。
ですがギルド敷地入口に準備された照明だけは、魔法灯ではなく松明でした。
メラメラと燃える炎による、雰囲気を重視するみたいですわ。
「点火作業は、俺に任せな」
お酒が入って上機嫌なのか、今夜のリュウ様はサービス精神旺盛です。
パチンと指を鳴らすだけで、松明に火が灯りました。
いえいえリュウ様。
今の火魔法は、明らかに火力オーバーですのよ?
最初だけとはいえ、5mは火柱が上がってしまいましたのよ?
ところが周りも、酔っ払いばかり。
過剰火力を注意するどころか、「いいぞー!」、「もっとやれー!」と囃し立てます。
サービス精神旺盛なのは、リュウ様だけではありませんでした。
七色の光を振り撒きながら、フクがギルド上空を飛び回っています。
夜空に虹が、何条も描かれました。
「きゃ~! 猫ちゃん可愛い!」
「あれってただの猫じゃなくて、精霊様じゃないのか?」
「んんっ? なんか小さな怪我とか痛めてた部分とかが治ってるけど、精霊様が出す光のおかげか?」
みなさん酔っ払っているせいか、「なぜ、精霊様を連れている?」などと質問してくる人はいませんでした。
そういえばフリードタウンに戻ったら、ギルドのみなさまにちゃんとフクを紹介しないと――
わたくしが、そんなことを考えていた時でした。
喧噪の中に、ガラス細工のような音色が響き渡ったのです。
これは――
リュートの音?
でもわたくしの知っているリュートとは、少し音が違うような?
美しい音色に、宴会中の皆様が静まり返ります。
そして、音のした方角――
松明で照らされたギルド敷地入口に、視線が集まりました。
そこに立っていたのは、1人の美しい女性。
「ずいぶんと、賑やかな宴だね。こういう時は、楽しい音楽も必要じゃないかい? あたしはセーラ。旅の吟遊詩人、セイレーンのセーラ。ぜひ、歌わせておくれよ」
彼女は力強い――でも妙に透き通る声で、パーティ会場にいる全員の意識を惹きつけてしまいました。
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「ドブイケ」の由来は、こちらの作品の略称から↓
https://book1.adouzi.eu.org/n7968gf/




