第43話 聖女は忍者かエリマキトカゲか?
華麗に水の魔法で波乗りし、わたくしの前方を滑走していたリュウ様が振り返ります。
「なっ!? 聖女さん、いくらなんでもそりゃ反そ……」
「反則」と言いかけ、やめてしまうリュウ様。
当然ですわよね。
ご自分が先に、魔法で水の上をスケートするという水泳らしくない手段を使ったのですから。
現在わたくしは、海面上を疾走中。
やり方は簡単ですわ。
片足で水面を踏んだら、その足が沈む前にもう片方の足を踏み出せばよいのです。
身体強化魔法を全開にしたわたくしのスピードとパワーなら、このぐらい造作もないこと。
――とはいえ、さすがに陸上ほどの速度は出ませんわね。
それでもバタフライ泳法よりは、断然速い。
「ここまできて、負けてたまるかよ!」
リュウ様はさらに魔力を込め、海面を滑る速度を上げます。
くっ!
おまけに風の魔法を背中から受け、加速していますわね。
水と風。
2つの魔法を同時行使しながら、バランスを取って海面を滑るとは。
本当に、器用なお方です。
わたくしとリュウ様の差は、詰まっています。
現在は、ほとんど並走状態。
しかしこのままでは、ゴールまでに追い抜くことはできそうにありません。
――しかし、勝つのはわたくしですわ。
「リュウ様! 見て下さい!」
わたくしは、並走中のリュウ様に向かって叫びました。
そしてラッシュガード胸元の金具に、指をかけます。
これはファスナーと呼ばれる、雷竜領の技術で作られた留め具。
金具を引き下ろすだけで、一気に前を開くことができます。
「聖女さん! ばっか! やめ……」
ラッシュガードを脱ぎ捨てる素振りを見せたわたくしに、リュウ様は集中力を乱しました。
魔法の制御が一瞬乱れ、バランスを崩します。
並の魔道士なら即転倒してしまうところを、立て直したのはさすがですわ。
しかし――
「ゴォオオオーーーール!! 勝者、ヴェリーナ・ノートゥング! さっすがご主人様!」
フクから、勝者コールが宣言されました。
嬉しそうに空中を飛び回り、光の粒子をキラキラ振り撒きながら祝福してくれます。
わたくしは空中を飛び回る猫精霊に向かい、人差し指と中指を立てます。
勝利のサインですわ。
「くっそ……。最後のアレは、反則だろ?」
赤髪から海水を滴らせながら、リュウ様は本気で悔しそうなお顔をしています。
「あら? わたくしラッシュガードのファスナーに、指をかけただけですのよ?」
「……悪い子だ」
「ふふふ……。リュウ様こそ、いけませんわね。わたくしのような小娘が上着を脱ごうとしたぐらいで、動揺するなんて。プラチナ級冒険者の名が泣きますわよ?」
水泳勝負に勝ったことより、リュウ様を動揺させたことがちょっと嬉しかったりします。
これってわたくしを「保護対象」ではなく、「女性」として意識してしまったということですわよね?
「ねえねえ、リュウ。勝ったご主人様に、賞品とかご褒美とかはないのかい?」
「う~む。何も、考えてなかったな。それじゃ、かき氷でも奢って……」
氷菓を賞品にと、提案するリュウ様。
ですがわたくしはそれより良いご褒美を思いつき、おねだりしました。
「今はかき氷より、魔力が欲しいですわ。海上を走るという力技を使ったせいで、そこそこ消費してしまったのです。サレッキーノ防衛戦でやったアレを、またしてくださいませ」
「ん? 【魔力譲渡】か? いいぜ」
リュウ様は大きな手の平を、わたくしの頭にポンと乗せてきました。
おお。
これは、一石二鳥ですわね。
わたくし、リュウ様の大きな手で触れられるの好きなんですの。
すごく安心する。
「そんじゃ、いくぜ」
サレッキーノ防衛線の時と同じように、リュウ様は余った手で大気中から魔力を掻き集めます。
温かくて心地よい魔力が、今日は頭から流れ込んできました。
なんだか、心も体もポカポカします。
「はぁ~。リュウ様の【魔力譲渡】は、癖になりますわね」
「うっ! ……相変わらず、聖女さんが魔力を吸う力はとんでもねえな。最大保有量も、底なしだ」
わたくしの最大魔力保有量――どれだけ魔力を体内に貯め込んでおけるかの容量は、人族離れしているという自覚はあります。
大陸トップクラス魔道士であるリュウ様より、容量だけなら多いでしょう。
ただそれは、リュウ様が人型である時の話。
竜化して、巨大な赤竜となった時のリュウ様。
あるいは、魔王竜姿のオーディータ様には敵いません。
今のリュウ様は人型ですが、大気中からも魔力を掻き集めているのでわたくしが吸い尽くしてしまう心配はなさそうです。
うふふふ。
魔力を吸われている時のリュウ様は、なんだか色っぽいお顔をされていますわね。
いつもデコピンのお仕置きをされたりとか、ウニ丼「あーん」で辱められたりとか、責められてばかりのわたくしですが、たまにはこうやって責める側に回るのも――
(お姉ちゃんと猫ちゃんが、治してくれたんだよね? ありがとう! もう、全然足が痛くないよ!)
突如脳裏に浮かんだのは、昨日埠頭で出会ったエルフ奴隷の少女です。
あの子はこれから、戦艦の動力源である魔力炉に魔力を吸われて――
「……っ! リュウ様! もういいのです」
わたくしは頭から、リュウ様の手を振りほどいてしまいました。
「どうした? 聖女さん? 心配しなくても、俺の魔力はまだまだ……」
それは、分かっています。
しかしこれ以上リュウ様から魔力をいただくことに、ためらいを感じてしまったのです。
あのエルフ少女が死なないギリギリまで魔力を吸われ、苦しみ続ける光景が脳裏に浮かんでしまって――
「大丈夫ですわ。もうわたくしの魔力は、ほぼ全回復しました」
「そうだね。ご主人様の最大魔力保有量が大きいからって、貯め込み過ぎは良くないよ~。薬や【魔力譲渡】でムリヤリ魔力をねじ込んだ場合、体調不良を起こすんだ」
フクが、わたくしとリュウ様に注意します。
その話は聞いたことがありますが、もっと吸い上げたとしても体調不良を起こすまでには至らないでしょう。
それこそ、竜化したリュウ様から【魔力譲渡】でも受けない限りは。
「さーて。遊びもひと段落ついたところで、昼飯でも食いに……」
リュウ様の言葉が、途切れます。
わたくしとフクも含め、3人が同時に沖の方角を見ました。
――なにか来る!
『魔獣だ!! デカいのが来るぞ! みんな逃げろ!』
リュウ様が拡声の魔法を使い、海水浴場全体に注意を促しました。
少し遅れて海水浴場監視員の方々も、拡声の魔法で海から上がるように指示を出します。
警鐘も、打ち鳴らされ始めました。
「ミランダ!」
「はいダス!」
荷物番をしてくれていたミランダ。
彼女に声を掛けると、用件を言う前にわたくしの欲しい物を投げ渡してくれました。
レオンお父様の形見、レッドドラゴン革のグローブですわ。
グローブを装着しながら手の感触を確かめていると、遠方で巨大な水柱が上がりました。
中から、大きな影が出現します。
「マジかよ……。親父とママが倒したヤツの子孫か? ……プラアーサ・クラーケン!」
触手だらけの、禍々しい巨大な下半身。
その上に小さく生えた、美しくも邪悪な笑みを浮かべる人型の上半身。
絵画で見た災厄級の魔獣、プラアーサ・クラーケンで間違いありません。
迎撃のため海に飛び込もうとしたわたくしを、リュウ様は制止します。
「ダメだ! 聖女さん! 水中戦じゃ、海の魔獣には絶対勝てねえ!」
「水中戦ではなく、水上戦をやればいいのですわ」
リュウ様との水泳勝負で見せたように、海上を走り回って戦う。
わたくしの身体強化魔法ならば、それが可能です。
「それでも海じゃ、分が悪い。なんとか、陸に上げるんだ」
「その間に泳いでいる人々が逃げ遅れ、犠牲になってしまいますわ」
「そんなことは、させねーよ。【アイシクルショット】!」
リュウ様は氷の魔法で、遥か遠くにいるプラアーサ・クラーケンを攻撃しました。
【アイシクルショット】は、鋭い氷柱を飛ばし標的を貫く魔法です。
相当な距離があるのに命中させた、リュウ様のコントロールはさすがです。
しかし氷柱は、プラアーサ・クラーケンに大したダメージを与えておりません。
巨大すぎて、浅くしか刺さらないのです。
しかも刺さった傷は、みるみると再生を始めてしまいます。
それでもリュウ様は、次から次へと氷柱を連射しました。
「どうだ? ウザってえだろう? いい子だ。このまま、俺達の方へと来い」
なるほど。
決定打にならないのは承知の上で、【アイシクルショット】を放ち続けていたのですわね。
プラアーサ・クラーケンの注意を、他の海水浴客達から自分へと向けるために。
リュウ様の思惑通り、プラアーサ・クラーケンは一目散にわたくし達の方へと迫ってきます。
「よーし。もうすぐ、浜に上がってくるぞ。そしたら、俺と聖女さんのコンビネーションで……うおっ!」
海面の浅い部分から、いきなり触手が突き出てきました。
そんな!
本体が上陸するまで、まだ距離があると思っていたのに。
プラアーサ・クラーケンの触手というものは、こんなに長く伸びるものなのですか!?
完全に、想定外の攻撃でした。
リュウ様は複数本の触手に絡めとられ、動きを拘束されてしまいます。
「くっ……油断した! 悪い、聖女さん。この触手を、手刀でぶった切ってくれ」
確かにリュウ様の仰る通り、わたくしの手刀や足刀なら触手をバッサリ切断することも可能でしょうが――
「ダメですわ! このまま一緒に斬っては、リュウ様を傷つけてしまいます」
「ん? いや、根元の方から斬ってくれたら、俺がケガするなんてことは……」
「わたくしとしましては、一刻も早くリュウ様をお助けしたいのです。しかし……しかし……くっ! もう少し楽しんで……いえ。プラアーサ・クラーケンに、隙ができてから……」
「おーい? 聖女さん?」
触手というリボンでデコレートされ、粘液で淫靡に輝くリュウ様の筋肉!
これは、刺激的な光景ですわ!
プラアーサ・クラーケンには、妙な性質があるそうです。
触手に捕えた獲物を粘液まみれにし、撫でまわし、感触を楽しんでから食べるらしいのですわ。
つまりもう少しだけ、触手責めされるリュウ様を楽しむ時間的余裕があると。
「聖女さん、あとでお仕置だからな。覚悟しとけよ」
宣告が、右耳から左耳へと素通りしてしまいます。
わたくしはリュウ様のあられもないお姿に、鼻息を荒くしておりました。




