第42話 聖女は水の抵抗が大きい
わたくしは、ビキニの水着に着替えました。
その上から白のラッシュガードを羽織り、前を留めます。
リュウ様からお借りしたものですわ。
む~。
なんだか、ダボダボですわ。
袖が、余ってしまいます。
仕方ありませんわね。
わたくしは、成人男性並みの身長があります。
しかしリュウ様はそんなわたくしより、さらに頭ひとつ背が高いのです。
サイズが合うはずもありませんわ。
裾も、太股の真ん中ぐらいにきてしまいます。
カッコイイ青のビキニを披露できないのは残念ですが、正直ホッとしてもいます。
わたくしはお母様に似て、過激な(いまいち自覚できませんが)デザインの下着や水着が好みではあります。
ですが、露出狂というわけではございませんもの。
肌を晒すことに対する、恥ずかしさはありました。
ですが水着姿を見せた時、リュウ様がどんな反応をするかは気になるところ。
隠して見せないようにするというのは、ちょっと残念でもあります。
腰まである長い黒髪は、泳ぐなら邪魔になってしまいますわね。
手持ちの紐で結い上げて、ポニーテールにしました。
準備を整えたわたくしは、扉を開けて更衣室の外に出ます。
太陽の強い日差しと同時に、無数の視線が突き刺さってきました。
どうしたのでしょう?
みなさん、呆けてしまって。
わたくしを見た瞬間に立ち止まり、硬直してしまった男性がいました。
飲み物が口の端から零れているのに、そのまま見つめ続けてくる男性も。
恋人らしき女性から肘でツンツンと突かれているのに、意識がどこかへ飛んで行っている男性もいます。
あ――あら?
ひょっとしてわたくし、ものすごく変な格好をしているのでしょうか?
それとも可愛くなさ過ぎて、みんな引いているとか?
おかしいですわ。
ウ・ミムラー海洋国家連合での女性に対する美的感覚は、魔国ヴェントランと同じだと聞いておりましたのに。
聖都ミラディアでは「可愛くない」と言われ続けてきたわたくしですが、この地でならそう捨てたものでも――
そんなことを考えていたら、前方から3人の男性が走ってきました。
全員が小麦色に焼けた肌をお持ちで、なかなか顔立ちの整ったお方達です。
筋肉も――まあ、及第点。
砂煙を巻き上げながら全力疾走してくる様は、まるで身体強化魔法を発動しているかのようでした。
もちろん、そんなことはないのですが。
「お嬢さん! お1人ですくわぁあああぁぁぁ~……」
わたくしに何やら話しかけようとしていたみたいですが、台詞の途中で急に進路が変わります。
海の方向へと、まっしぐらに滑っていってしまいましたわ。
今のは本人達の意志ではなく、足元の砂が動いたような?
魔力の流れも感じましたし、何者かが土魔法を使用したような?
「走ると、滑って転んで危ないぞ~! 気を付けろ~!」
爆走3人組のさらに後ろからきたリュウ様が、海に向かって声を掛けます。
「危ないぞ~」などと言っておりますが、土魔法で3人組を押し流した犯人はリュウ様で間違いなさそうです。
どうせナンパか何かと誤解して、わたくしから殿方を遠ざけようとしたのでしょう。
なんせ、「保護者」ですものね。
「聖女さん、無事か? ……うっ!」
リュウ様まで、わたくしを見て固まってしまいます。
「どうしたんですの? さっきから殿方の……いえ。女性からの視線も、気になるのですが……。わたくしがよっぽど可愛くないか、変な格好をしているんですの?」
固まったかと思ったら、今度は視線を逸らしてしまったリュウ様に不安を覚えます。
リュウ様は一旦深呼吸をすると、わたくしの方へと向き直りました。
ですが視線は若干上にずらし、全身を見ないように努めているのが分かります。
「聖女さん。水着姿、すげえ似合ってるぜ。そのポニーテールも、新鮮だ」
「ちゃんと、わたくしを見ながら言ってください」
「いや、悪い。さすがに無理だ。今の聖女さんは、破壊力がありすぎる」
チラッとわたくしの全身を一瞥したあと、リュウ様は再び視線を逸らしてしまいます。
あら?
少々、お顔が赤いような?
ひょっとして、わたくしの水着姿にドキドキしてしまっているとか?
破壊力とは、そういう意味?
「ラッシュガードは、絶対脱ぐなよ。いやらしい目でジロジロ見られたら、聖女さんも嫌だろ?」
わたくしの考えを先読みし、リュウ様は警告します。
そう言われると、脱いでみたくなるのですわよね。
好奇の視線にさらされるのは嫌ですが、もっとリュウ様をドキドキさせてみたい。
「……つーか俺が、他の野郎共に見せたくないんだけどよ」
え?
何やら、ボソリと聞こえたような?
ちょうど押し寄せた波の音で、リュウ様の呟きはかき消されてしまいました。
身体強化魔法で、聴力を強化しておけば良かったですわ。
ビーチマットやパラソルを用意したミランダが、少し遠くで手を振っていました。
寝る体勢に入っていたフクも起き上がり、飛行してこちらへとやってきます。
――さあ!
ビーチを満喫しますわよ!
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わたくし達は、ビーチで様々な遊びをしました。
まずは波打ち際で、押し寄せる波のほどよい冷たさを味わいます。
足の裏から伝わる砂の動きが、こそばゆくも心地いい。
次は海の浅い場所で、ボール遊びをしました。
魔獣の皮で作られた、中に空気を入れられる構造のボールです。
柔らかくてポンポンと跳ねるので、遊びには最適です。
手で弾き、いかに海に落とさないようにするかという球技をしておりました。
しかし途中からみんな熱くなり、やることが過激化していきます。
リュウ様は風の魔法でボールの進路を変えますし、フクは海に入らず空中を自在に飛び回りますし。
反則的な2人に業を煮やしたわたくしは、身体強化魔法を発動。
海面から5mほど飛び上がって、渾身のスパイクを放ちました。
もちろんボールは、木っ端みじんですわ。
「聖女さんは、力が有り余っているみてえだな。……よーし。それなら俺と、水泳勝負をしねえか?」
「いいんですの? わたくしこれでも、泳ぎには自信がありましてよ?」
「そりゃ、俺も同じさ。あの島の周りを1周して折り返し、早く浜辺に戻ってきた方が勝ちってルールでどうだ?」
リュウ様が指差した沖の方には、こじんまりとした島が見えました。
あれは確か、「水晶の洞窟」がある島。
洞窟の壁や床、天井が、透明度の高い水晶でできているのだとか。
「島までは、約200mといったところですわね。いいでしょう、お受けいたします」
「身体強化魔法を使っても、構わねえからな」
むむっ!
なんという自信。
わたくしの泳力を、甘く見てもらっては困りますわ。
水泳は、先代剣聖レオンお父様仕込みですのよ。
「それじゃ、オイラがスタートの合図をするよ。よーい……ドーン!!」
フクの合図は、声だけにとどまりません。
地面から花火のように、光の柱が噴き上がりました。
光の柱は2列。
砂浜から海に向かって、何本も連続して噴き上がっていきます。
海水浴客の皆様は、光の柱に驚き引いてしまいました。
わたくしとリュウ様の通り道が作られます。
フクは回復魔法だけでなく、このような光の魔法も使えるのですね。
さすが、精霊ですわ。
わたくしとリュウ様は、同時に走り出していました。
リュウ様は魔道士ですが、剣士や格闘家並みに鍛えられた肉体をしています。
足も速い。
「手加減は、いたしませんことよ。【フィジカルブースト】!」
ちょっと反則的な気もしますが、遠慮なく身体強化魔法を発動です。
わたくしは爆発的に加速し、砂嵐を巻き上げ砂浜を疾走。
波打ち際から一気にジャンプして、海の深いところまで飛び込みます。
この時点で、リュウ様を大幅に引き離せたはずですわ。
そして、ここから――
わたくしは自身最速の泳法、バタフライを披露しました。
身体強化魔法を併用した場合、水面から1mは飛び上がってしまいます。
これが、速さの秘訣です。
普通の泳者は左右交互に水を掻き、バタ足で泳ぐクロールの方が速い。
ところがわたくしの場合、水から離れる時間が長いバタフライの方が速いのです。
その――
胸が出っ張っているので、海中だと水の抵抗が大きくて。
トビウオのように海面上を跳ねるわたくしに、リュウ様はついてこられるはずが――
どれだけリードしたか確認するため、わたくしはチラリと後方を振り返ります。
そして、愕然としました。
「よう、聖女さん。綺麗な泳ぎだな」
リュウ様は、全力で泳ぐわたくしのすぐ隣にいました。
水の魔法を操り、水上をスケートのように滑りながら。
「そんな! リュウ様、ず……」
わたくしはズルいと言いかけて、口を閉ざしました。
そうですわ。
わたくしだって、身体強化魔法を使っているんですもの。
魔法禁止などというルールはありません。
「悪いが、先に行かせてもらうぜ」
リュウ様は、さらにスピードを上げました。
水飛沫を上げながら水上を滑走するお姿は、本当にかっこいい――
――などと、感心している場合ではございません。
リュウ様はすでに折り返し地点の島を回り、後半戦に突入しようとしていました。
このままでは、負けてしまう。
ならばこちらも、手段を選んでなどいられませんわ。
「【フィジカルブースト】、出力全開」
わたくしは、奥の手を使うことにしました。




