第4話 聖女は筋肉にうるさい
「皆様~! 頑張って下さ~い!」
大草原の真ん中で、わたくしは力いっぱい声援を送っていました。
ここは、ローラステップ。
聖都ミラディアの東に位置しております。
数多くの魔獣が跋扈する、死の草原地帯。
わたくしヴェリーナ・ノートゥングとリュウ・ムラサメ様率いる討伐隊一同は、その草原で魔獣の群れと戦闘中ですの。
――あっ。
魔獣の1匹が、わたくしの方へと向かってきます。
ローラハウンドという、犬型の魔獣ですわ。
犬型とはいっても、大きさは獅子や虎ぐらいあります。
赤い瞳を爛々と輝かせ、大きな牙の間から涎を撒き散らすその姿。
大抵の人は、腰を抜かしてしまいそうですわね。
ですがわたくしは、怖がる必要など全くございません。
冒険者のお1人が、ローラハウンドとわたくしの間に割り込んできました。
パーティのサブリーダーを務める、大柄な男性です。
彼は巨大なハンマーを軽々と振るい、ローラハウンドを紙切れのように吹き飛ばしました。
「守って下さって、ありがとうございま~す! カッコいいですのよ~!」
本当は相手が魔獣であれ、殴ったり斬ったりといった暴力は苦手です。
しかしそれを態度に出しては、士気も下がるというもの。
ここは、ヨイショしておくのが正解でしょう。
サブリーダーの男性は戦闘中であるにもかかわらず、上腕二頭筋を強調するポーズを取りました。
彼は心臓部を守る胸当てを着けている以外、上半身はほぼ裸。
逞しい筋肉が、丸見えですわ。
ふーむ。
なかなか、良いものをお持ちで。
わたくしはレオンお父様のナイスマッソーを幼少時より見慣れておりましたので、筋肉には一家言ございましてよ?
「おめーら! 聖女様が見てるからって、浮かれてんじゃねーぞ!」
リュウ様が皆に呼びかけ、気を引き締めさせます。
しかし――
「リーダー。あんたが1番、張り切っているんだぜい」
「そうっスよ。分かりやす過ぎ」
「リュウ……。カッコつけるな……」
お仲間の皆様から指摘されて、リュウ様は言葉を詰まらせてしまいました。
あら?
リュウ様も、張り切っていらっしゃるの?
わたくしが応援しているから?
――などと考えるのは、自意識過剰でしょうか?
「うるせー! 報酬の取り分を減らすぞ! 無駄口叩いてねえで、仕事しろ!」
『応っ!!』
凄いですわ――
冒険者の皆様は軽口を叩き合いつつも、的確に魔獣を追い詰めていきます。
魔獣達は巧みに誘導され、1箇所へと集められました。
「みんな! 散れ!」
リュウ様の号令で、皆様は一斉に散開しました。
取り残されたのは、魔獣達だけ。
そこに、リュウ様の大魔法が叩き込まれます。
「凍っちまいな。【プラチナムワールド】!」
バキリ! という音を立てて、魔獣達の足が止まりました。
足だけでなく、心臓の鼓動も――
7体もいた魔獣がすべて、一瞬で氷漬けです。
大気が急激に冷やされたせいで、辺りには氷の結晶がキラキラと舞っていました。
午後の太陽を反射して、とても綺麗――
なのにその綺麗な光景を、リュウ様の長身が覆い隠してしまいました。
わたくしと氷漬けの魔獣達との間に立ち、視線を遮ってしまいます。
ひょっとして、魔獣の死骸が目に入らないように?
氷像と化した死骸ぐらいでしたら、平気ですのに。
「妙に魔獣の数が多かったが、これで討伐完了だな。聖女様、怪我してねえか?」
「ええ。リュウさ……皆様が、守って下さいましたので」
合計で、15体もの魔獣を討伐。
怪我人は、1人も無し。
超危険地帯ローラステップでの討伐任務ということで、言い渡された時は死も覚悟しておりました。
それなのにこの戦果は、大勝利と言っても過言ではないでしょう。
「いい応援だったぜ。気合入ったよ」
「それは何よりです」
わたくしとリュウ様は、拳を軽く打ちつけ合いました。
冒険者の皆様がよくやっているのを見て、わたくしも前々からやってみたいと思っていたのですわ。
聖女らしくないと言われそうなので我慢していましたが、どうせ今日で聖女は廃業なのです。
わたくしを含めて討伐隊の皆は、勝利の喜びに湧いていました。
しかしそんな中、1人だけ浮かない顔をしている方が――
「くそ……。これでは、予定が……」
わたくしの監視役として、教会から派遣された神官さんです。
予定とは、いったいなんのことでしょうか?
「おい、神官さんよぉ。あんたさっきから、変な魔法使ってねえか? 気持ち悪い魔力の波動を感じるぜ?」
リュウ様の指摘に、神官さんが後退りを始めました。
しかしサブリーダーさんが筋肉の壁となって、行く手を遮ってしまいます。
「服を……脱げ……」
サブリーダーさんが神官さんを拘束し、法衣を脱がしにかかりました。
えええっ!?
ま――まさかこれは、教会事務員女性達の間で流行っている「薔薇小説」的な展開では?
男性同士で、あんなことやそんなことを――
「げっ! そりゃあ、【吸魔の魔石】じゃねえか! 神官さん、あんたどういうつもりだ!?」
違いました。
薔薇展開ではありません。
服を剥ぎ取られた神官さんの胸元から、禍々しい波動を放つ黒色の魔石が転がり落ちたのです。
リュウ様が発した【吸魔の魔石】という単語には、聞き覚えがあります。
魔獣を呼び寄せまくる、危険極まりない魔石だったはず。
今日やたらと魔獣の数が多かったのは、この魔石のせいなのですわ。
「ヴェリーナ・ノートゥング。貴様が教皇猊下の御意思に背くから、私がこんな魔石を持たされる羽目に……」
筋肉の檻に囚われて観念したのか、神官さんはあっさり理由を白状しました。
そんな――
わたくしは、猊下の命に逆らったことなど――
愛人になれという誘いを、突っぱねたことぐらいしか――
――ん?
「あの……。まさかとは思いますが……。魔獣を呼び集めてわたくしをピンチに追い込み、そこで『助けて欲しくば猊下の愛人になれ』と迫る手筈だったとか?」
神官さんが、コクリと頷きました。
「……わたくしが拒否したら、そのまま魔獣に食わせる計画だったのでしょうね。ですが愛人になることを了承した場合は、どうやって連れ帰るつもりだったのですか?」
「【吸魔の魔石】を冒険者の荷物に忍ばせて、囮になってもらう。その隙に、2人で逃げ帰るつもりだった」
なんですの?
その杜撰過ぎる計画は?
冒険者の協力もなく、わたくしと神官さんの2人だけでこのローラステップから生還できるわけありませんわ。
ルドランナーを奪えば、なんとかなるとでも思ったのでしょうか?
「なあ、聖女様。俺、横で聞いてて腹立っちまったんだけどよ……。その神官と教皇、丸焼きにしていいか?」
眉間にしわを寄せながら、リュウ様は魔法で手の平に炎を灯しました。
小さな炎ですが、恐ろしく高温なようです。
「わたくし、暴力は嫌いですの」
「聖女様がそう言うんなら、仕方ねえ。命拾いしたな、神官さんよ」
リュウ様が魔法の炎を消し、神官さんが安堵の溜息をついた瞬間でした。
大気が激しく振動し、鼓膜と内臓を揺さぶります。
これは――
魔獣の咆哮?
今まで戦っていた魔獣達のものより、遥かに大きな叫びです。
「ちっ! 【吸魔の魔石】を捨てるのが、少しばかり遅かったようだぜ」
リュウ様が、緊張した面持ちで舌打ちします。
一拍おいて、辺りが暗くなりました。
太陽が、何かに遮られている?
わたくしと神官さんも含め、討伐隊全員で上空を見上げます。
「……ひっ! ひぃいいいい!! ドラゴン! ドラゴンだぁ~!!」
神官さんが、絶望に満ちた悲鳴を上げました。
暗緑色の鱗を纏った巨躯。
その大きさは、2階建ての家くらいあります。
体重も凄まじそうですが、悠々と滞空していました。
大きな翼のはばたきと共に、重力軽減・風操作の魔法を展開しているのですわ。
人族を害する、相容れぬ怪物――魔獣。
その中でも、特に恐れられるのがドラゴン。
今わたくし達が相対しているような巨大ドラゴンは、エルダードラゴンと呼ばれております。
その恐るべき戦闘力は、村や小さな街を一瞬で壊滅させてしまうほど。
エルダードラゴン出現となると、剣聖に出撃命令が下ります。
通常の冒険者パーティで、どうこうできる存在ではないのです。
「もう嫌だ! 私は逃げる! 後は、お前達でなんとかしろ!」
神官さんは【吸魔の魔石】をわたくしに投げつけ、自分は反対方向へと走り出しました。
わたくしは顔に向かって飛んできた魔石を、身を捻って避けようとします。
しかし近くまで飛んできた時点で、光の盾が魔石を弾き飛ばしてくれました。
リュウ様が張って下さった、防御結界の魔法ですわ。
「止せ! 背中を向けるな!」
リュウ様の制止を無視して、神官さんは草原の彼方へと走り続けます。
その声が、最後まで神官さんに聞こえたのかどうか分かりません。
台詞の途中で、彼の生命は途絶えたのだから。
急降下してきたエルダードラゴンの巨体に踏みつぶされて、神官さんの姿は見えなくなります。
ジワリと草原に広がる血を、冒険者の皆様は青白い顔で見つめていました。




