第39話 聖女はウニを冒涜する者を許さない
「こ……これがウニ丼……。想像していたのとは、全然違いますわ」
わたくしの手には、お箸という極東の島国由来の食器が握られています。
そのお箸の先端には、なんとも美味しそうな物体が挟まれておりました。
黄土色ともオレンジ色々とも言えない深い色合いは、旨味を予感させます。
これがあのトゲトゲして痛そうな、ウニの中身――
そして白く輝き、ホクホクと湯気を上げるお米。
この両者が絡み合いながら、
「ほら、私は美味しいのよ。早くお食べなさい」
と、誘惑してくるのです。
空腹なわたくしが、誘惑に抗う術などございません。
見えない力に操られるかのように手が動き、ウニとお米を口の中にパクリ。
うーん!
なんて、トロットロなんですの!
濃厚な甘みと旨味に、舌を蹂躙されます。
これは人間をダメにしてしまう美味しさですわ。
ウニ――
恐ろしい子。
「この甘味……。キャベツとかを、いっぱい食べさせて養殖したやつダスね」
「加工に使うミョウバンの匂いが、全然しねえ。いい腕してやがる」
ミランダとリュウ様は、なんだかグルメっぽいですわね。
冷静にレポートしながら、味わっています。
わたくしはダメです。
ウニ丼に理性を砕かれ、狂戦士と化してしまいましたの。
本能が訴えるままに、お箸をつき動かそうとして――
「あっ……」
失敗しました。
お箸で掴もうとしたウニとお米が、ポロリと落下してしまったのです。
幸いにも丼の中に落ち、テーブルを汚すことはありませんでした。
しかし元貴族令嬢として、これは恥ずかしい。
「しょうがねえさ。箸なんて、極東の島国ぐらいでしか使わねえ食器だからな」
そう言いながらもリュウ様とミランダは、自然かつ鮮やかな箸使いでウニ丼を口へと運びます。
「なぜお2人は、そんなにお箸の扱いがお上手なのですか?」
「俺の親父は極東の島国出身だ。だからそこの料理もちょくちょく作ってくれたし、箸の使い方も小さい頃から教わった」
「わたすの場合は、単なるメイドの嗜みなんダス」
なんだか、悔しいですわね。
目の前にとてつもなく美味しい料理があるのに、お箸の扱いに気を取られて満足に楽しめないとは。
かといって、下品な食べ方をしてしまうわけにはいきません。
特に、リュウ様の前では絶対嫌。
「聖女さん。箸が上手く扱えないなら、俺にいい考えがあるぜ」
金色の双眸が、キラリと輝きました。
あっ。
何だかリュウ様が、嗜虐的な笑みを浮かべています。
実はわたくし、この笑みを向けられるとゾクゾクしてしまうのですが。
リュウ様はご自分の丼から、ウニとお米の塊を箸で器用に摘まみ上げました。
そして――
「俺が食べさせてやるよ。はい、あーん」
こ、こ、こ、こ、この男!
小さな子供相手にやるみたいに、自分の食器からご飯を食べさせる気ですの!?
成人である、わたくしに対して!?
しかも、公衆の面前で!?
恥ずかしい!
それは、とてつもなく恥ずかしいことですわ!
間接キスにも、なってしまいます。
お行儀だって、良くないのではありませんの?
ああ。
でもその恥ずかしさが、ちょっぴり楽しく思えてきたり――
ハッ! いけませんわ!
また、レオンお父様の霊が降臨しています。
「ほーら、美味しそうなウニだぞ~。口の中で、とろけるぞ~」
ああ――
だめ――
ウニ丼の誘惑には、逆らえない。
刻み海苔の香ばしさまで利用し、リュウ様はわたくしを堕落させようとしてきます。
頭がボーッとしてきました。
誘われるがままに、差し出された箸へ口を近づけようとして――
――バクン! と、勢いよく箸にかじり付いた者がおりました。
わたくしではありません。
「モグモグ……このカメムシトカゲ野郎! お嬢様に、なんて卑猥な行為をさせるんダスか! モグモグ……お嬢様もお嬢様なんダス! 今の表情は、淑女が公衆の面前で絶対にしてはいけないお顔だったんダス! ……ゴックン」
あ――あらぁ?
わたくし、そんなに恥ずかしい顔をしていましたの?
それにしても、ひどいですわミランダ。
わたくしのお口に収まる予定だった、ウニ丼を――
他人のご飯まで食べていたら、ますますぽっちゃりに磨きがかかってしまいますわよ?
「あ~あ。ウニ丼と一緒に、箸の先まで食いちぎっちまってよ~。っていうかミランダさん、大丈夫なのか? 箸までかみ砕いて、飲み込んだよな?」
「心配無用なんダス。メイドという生き物は、箸を食べたぐらいでお腹を壊すほどヤワじゃないんダス。それより、周りを見るんダス!」
ミランダに言われて周囲を見渡せば、他のお客さん達から注目を集めてしまっています。
男性からも女性からも、熱い眼差しが向けられていました。
はわわわ――
やっぱりわたくし、人前でとんでもないことを――
――あら?
わたくし達に注目しているお客さん達の中に、見知った顔があります。
「ひどいな、リュウ兄さんは。ヴェリーナさんに、恥ずかしい思いをさせてさ」
四角レンズの眼鏡越しに覗く、少しばかり非難を滲ませた金色の瞳。
だけどその表情は、怒っているというよりは呆れ顔です。
黒色の髪をかき上げながら、2つ隣のテーブルから話しかけてきたその男性は――
「シュラ……。シュラ・クサナギか? 久しぶりだな」
「リュウ兄さんがミラディア神聖国に行ってしまってからは、全然会えていなかったよね」
シュラ様は、こちらのテーブルへと移ってきます。
そしてわたくしに向かって柔和な笑みを浮かべたあと、暴露しました。
「ヴェリーナさん。このお店では箸に不慣れな客のために、スプーンも用意してあるんだよ。リュウ兄さんは、知っててわざとやったんだ」
ま――まあ!
リュウ様ったらそこまでして、わたくしに「あーん」で食べさせようと――
やはりこの男、ドSという人種なのですわ。
「なんだ? 聖女さんは、シュラと知り合いなのか?」
「ええ。先ほど、入国管理事務所前の埠頭でお会いしまして……」
「リュウ兄さんがほったらかしにしてどこかへ行ってる間に、僕と楽しくおしゃべりしてたのさ」
突然、店内の気温が数度下がったような気配がしました。
刃物のように鋭い魔力の波動が、リュウ様からシュラ様に向けて発せられます。
しかしシュラ様は、魔力の波動を流水のように受け流してしまいました。
「シュラ……。お前とは、小さい頃から何度も一緒に遊んだ仲だ。実の弟のように思っている。だが俺のパートナー冒険者に変なちょっかいをかけるなら、容赦はしねえ」
「ふうん……。パートナー冒険者ねえ……。恋人や番でもないなら、とやかく口を出す問題じゃないと思うけど?」
な――何が起こっていますの?
再会した瞬間は、仲の良い幼馴染といった雰囲気でしたのに。
「シュラ。お前はもうすぐ許嫁と結婚して、クサナギ家魔王竜の称号を継ぐって聞いたぜ。そんな立場の奴が、若い女性をナンパなんかしてんじゃねえよ」
「女性に話しかけたら、全部ナンパなのかい? リュウ兄さんの脳内は、けっこうピンク色なんだね。もう少し、硬派な男かと思っていたよ」
「てめえ!」
「やるのかい?」
竜人族お2人は椅子から立ち上がり、今にも戦闘を始めそうな雰囲気でした。
なので――
「おやめなさい!」
身体強化魔法を発動させたわたくしは、瞬時に両者の間へと割り込みました。
手の平をそれぞれのお顔近くに突き付け、強い口調で静止します。
「お2人とも、ここをどこだと思っているのですか? ウニ丼を味わい、堪能するという聖なる地ですわよ? ここで喧嘩をするなど、ウニ様に対する冒涜!」
なぜか周りから、パチパチという拍手が飛んできました。
厨房の奥から覗いていた料理人の方々も、腕を組んで満足げにウンウンと頷いていらっしゃいます。
「あ~、その……。悪かったよ、聖女さん。シュラも、すまねえな。せっかく、久しぶりに会ったのによ」
「僕の方こそ、ゴメンよ。確かに、リュウ兄さんの言う通りだ。結婚を間近に控えた身としては、軽率な行動だったよね」
リュウ様はシュラ様を、すぐ隣の席へと座りなおさせました。
そして、お酒を注文します。
「仲直りの証に、飲もうぜ。俺の奢りだ」
「銀髪美少年の姿をした仙人が、こよなく愛したという名酒『津孤讃々』か。気前いいね。高いんでしょ? コレ」
「弟分への、結婚祝いさ」
「シュラ様は、もうすぐご結婚なさるのですね。おめでとうございます」
わたくしは祝福の言葉を贈ったのに、なぜかシュラ様は傷ついたようなお顔をされました。
「結婚……か……。正直、自分の番は自分で決めたかったよ。リュウ兄さんの御両親が、羨ましい。あのお2人みたいな恋愛結婚に、僕は憧れていた」
シュラ様はそう言って、レストラン店内の壁に飾ってある大きな絵画を見つめます。
それは2人組の冒険者が、禍々しい海の魔獣と戦っている絵でした。
シュラ様の目は、冒険者コンビの片割れ――丸眼鏡をかけた男性に向いています。
「ヴェリーナさんも、聞いたことないかい? この絵に描かれている眼鏡の魔道士は、タツミ・ユージーン。数多の呪文を自在に操り、『千言の魔術師』と呼ばれたミスリル級冒険者さ」
少し、茶色っぽい癖っ毛。
端正で、知的なお顔。
凶悪な魔獣と戦闘中だというのに、その表情は冷静で落ち着き払っています。
「ユージーンは、旧姓だろ? 結婚して、嫁さんの姓に変わったんだ」
背後から、リュウ様の声がかかります。
髪や目の色、顔つきは全然違うのに、わたくしにはすぐ分かりました。
骨格や羽織っているローブが、リュウ様とそっくりだったのですもの。
「この絵画に描かれている、魔道士様……。『千言の魔術師』タツミ・ムラサメが、リュウ様のお父様なのですわね」
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「タツミ・ユージーンは、瀬川さんところのあの人に似ている?」
気のせいですw↓
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