第36話 聖女は46cm砲を受け止められないか考察してみる
わたくしとミランダはお言葉に甘えて、リュウ様の背に乗ったままお昼ご飯をいただくことにしました。
旅立ち直前に商店街で買い込んできた、サンドウィッチのセットですわ。
わたくしは野菜サンドを手に取り、口へと運びます。
シャキシャキしたレタスの食感と、程よいトマトの酸味。
それらがドレッシングにより引き立てられていて、とても美味しい。
大空という絶景の中で食べていると、さらに美味しさが増している気がします。
「そういえば、フクは何を食べますの? 普通の猫ちゃんと、同じ食事でいいんですの?」
わたくしの問いかけに、にゃんこ精霊は周囲をクルクル飛び回りながら答えました。
「オイラに食事は、必要ないよ~。ご主人様の魔力を、たまに吸わせてもらえれば充分さ。……こんな風にね」
わたくしの体からパッと虹色の粒子が飛び出し、フクの中へと吸い込まれていきます。
これが、精霊様の食事――
不思議な光景ですわ。
「オイラが吸えるのは、ご主人様の魔力だけだからね。だからオイラを置いてどっかに行っちゃったり、死んじゃったりしたらダメだよ」
これは、責任重大ですわね。
わたくしに何かあれば、フクも生きてはいられない――と。
「フク……。わたくし、頑張って長生きしますわ」
「うん。よろしく頼むよ、ご主人様」
フクのフカフカな頭をひと撫でした時、リュウ様から念話が届きました。
『そろそろ、アヴィーナ島近海のはずだ。高度を下げるぜ』
風の流れに乗って空を滑り、赤き巨竜は海面へと近づいていきます。
「まあ! 素敵……」
「海の色が、宝石みたいなんダス」
ミラディア神聖国北端の海とは、全然色が違いました。
鮮やかなのに、透き通るようなエメラルドグリーン。
海中に見えるあれは、本で読んだサンゴ礁というものでしょうか?
低空飛行に入ったリュウ様に寄り添うみたいに、イルカの群れが泳いでいます。
何度もジャンプして海面から飛び上がり、わたくし達を歓迎してくれているかのようですわ。
なんて綺麗な風景――
まるで、自然が生み出す宝石箱ですわ。
景色の中に、リュウ様の赤い鱗も映えます。
これがウ・ミムラー海洋国家連合――
素晴らしい国ですわ。
わたくし達は全員で、美しい海をキョロキョロと見渡します。
正面に、少し大きめな島が見えてきました。
島の中心は、小高い山になっています。
その斜面に沿うよう、無数の建物が建てられていました。
白い建物が多いですわね。
景観を引き立たせるために、そのような建築基準が定められているのかもしれません。
太陽の光を受けて輝く街並みは、海と空にとてもよく合う。
さらに島へと接近すると、広いビーチが視界に入ります。
エメラルドグリーンの海と混ざり合う、白い砂浜。
色とりどりの華やかな水着を纏った男女が見えました。
みんな楽し気に水遊びをしたり、砂浜を歩いていたり――
「ここが、アヴィーナ島……。素敵な場所ですわ……」
わたくしがハフゥと息を吐き出していると、突然頭の中に念話魔法が届きました。
『こちらはウ・ミムラー海洋国家連合、入国管理局。飛行中の赤い竜人族、念話魔法による通信は可能ですか?』
この念話は、リュウ様のものではありません。
事務的な口調の女性です。
念話によると、外国からの観光客は北側にある商業港へ向かえとのこと。
そこにある事務所で、まずは入国手続きを済ませろと。
指示に従い、リュウ様は島の外周に沿うよう旋回。
島の北側を目指します。
「島の北側は、港ばかりなのですわね」
山の陰に回り込んでいくと、大きな港が3つもありました。
周辺諸国最大の水揚げ量を誇る、漁港。
様々な国の商船が停泊している、貿易港。
そして――
「物々しい船ですわね……」
『あれは軍艦だ。アヴィーナ島が持つもうひとつの顔は、ウ・ミムラー海洋国家連合の重要軍事拠点』
軍港――
巨大な軍艦が何隻も停泊している、巨大な軍港ですわ。
木造の船体側面から砲門が覗いている戦列艦がほとんどですが、1隻だけ異様な風体の艦があります。
金属の装甲板に覆われた船体。
船体側面ではなく、甲板上に設置された超大型の大砲。
発する威圧感が、他の軍艦とは大違い。
『超弩級戦艦、カジキンか。あれの主砲は、46cmもある大口径だったはず。竜化した俺でも、食らったら痛えな』
「『痛い』で済むんですの?」
戦艦に対してその言い草に、わたくしは思わずクスリと笑ってしまいました。
『ああ。全力で防御魔法を展開すれば、耐えられると思うぜ。さすがに何発も食らったら、ヤベーかもしれねえけどよ』
リュウ様に軽い口調で言われ、気付きました。
戦艦カジキンの発する威圧感は、確かに小さくはありません。
しかし魔王竜姿になったブライアン・オーディータ様の方が、ずっと恐ろしい圧力を撒き散らしておられました。
それと互角に戦えてしまうリュウ様は、本当に頼もしいですわ。
そんなことを考えながら、わたくし達は高度を下げて着陸態勢に入ります。
目指すは多くの船、コンテナ、海運業関係者が行き来する商業港。
その隅に位置する建物が、入国管理事務所なのでしょう。
係員さんが魔法灯を手で振り、誘導して下さっています。
「こんにちは! よろしくお願いいたします!」
大きな声で、わたくしは係員さんにご挨拶をしました。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「リュウ様、遅いですわね……」
「あのカメムシトカゲ、何をモタモタしているんダスか」
わたくしとミランダに対しての入国手続きは、あっという間に終わりました。
ミランダはただの観光客だということで、いくつかの書類にサインをして税金を払っただけ。
わたくしなんて、冒険者証を見せるだけでフリーパスです。
ちなみにフクは変幻自在に身体を変化させられるので、隠れていてもらいました。
精霊様を連れているとなると、色々と面倒ごとになってしまいそうですもの。
ところが、フクよりも面倒ごとになってしまったのがリュウ様。
以前に魔国ヴェントランとの国境を越えた時は、冒険者証を見せただけで簡単に入国・出国できたのに――
どうやら竜化できる竜人族かつムラサメの家名を持つ者として、魔王四竜の1人ではないかと疑われているようですわ。
魔王四竜は、「むやみに人前で、ドラゴン姿を晒してはいけない」とまでいわれている強大な存在ですもの。
ウ・ミムラー海洋国家連合の入国管理局や軍部を、警戒させてしまっているようです。
そんなわけでリュウ様は入国手続きに時間がかかり、待っているわたくし達はボンヤリと埠頭から海を眺めているという場面なのですわ。
商業港の正面には、湾を挟んで軍港があります。
先ほどの戦艦カジキンの姿が、よく見えました。
「君のようなお嬢さんが、戦艦に興味をお持ちかな?」
背後から掛けられた声に、わたくしは振り向きます。
そこに立っていたのは、20歳ぐらいの若い男性でした。
草色のローブを纏った姿から察するに、魔道士さんか研究者さんなのでしょう。
漆黒のミディアムヘアが、海風にサラサラと揺れていました。
知的な四角い眼鏡の奥から覗く瞳は、金色。
リュウ様に似ていますが、リュウ様みたいに鋭い目つきではありません。
柔和そうな瞳です。
「いえ、特には。ただ、大きな船だな……と……」
本当のことを言いますと、
「身体強化魔法を全開にすれば、カジキンの46cm砲を受け止められるでしょうか?」
などと考察をしていたのです。
しかしそれを初対面の方に言ってしまえば、笑い飛ばされるか変人扱いされることでしょう。
「僕はさ、あの戦艦が嫌いなんだ」
黒髪の青年は眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷めた瞳で対岸のカジキンを見つめます。
意外ですわね。
殿方はああいう武器とか兵器とかが好きな方が、多いと思っておりましたのに。
ちょうどその時、わたくし達の隣を人の集団が1列になって歩いてゆきました。
先導している男以外、全員がボロボロの貫頭衣を身に着けています。
手首には枷が嵌められ、それが先導する男が手に持つ縄へと繋がれています。
逃げられないように、するためでしょう。
これは――
この人達は、ひょっとして――
「奴隷……なのですか……?」
その存在は、本で読んだだけ。
知識としてしか、理解していませんでした。
ミラディア神聖国や魔国ヴェントランに、奴隷制度はありませんもの。
しかしこのウ・ミムラー海洋国家連合には、奴隷制度が存在しているのです。
初めて見る奴隷という存在に、わたくしは衝撃を受けます。
思わず口元を、手で覆ってしまいました。
戦艦カジキンの元ネタとなった、カジキさんこと魚類さんのマイページはこちら↓
https://mypage.syosetu.com/258230/




