第33話 聖女は猫吸いを敢行する
■□ヴェリーナ・ノートゥング■□
オーディータ様との戦いの翌日――
場所は、フリードタウン冒険者ギルドの食堂スペース。
わたくしはテーブルに着き、人型に戻ったリュウ様から回復魔法をかけていただいておりました。
両手の骨折を、治療中ですの。
その最中、リュウ様から聞かされた話にわたくしは驚きました。
「グーン・グニルが……死んだ……?」
「ああ。俺のオフクロ……魔王ルビィから、シミズバードで手紙が届いた」
シミズバードというのは魔国ヴェントランの雷竜領で開発された、鳥型のゴーレム。
空気抵抗低減や風操作の魔法を展開しつつ、速度に応じて翼の形状を変化させて飛行します。
それにより、飛行速度は時速400kmにも達するのだとか。
伝書鳩より遥かに速いので、魔国ヴェントランでは緊急性の高い情報をやり取りする時にこのシミズバードを使用するのです。
魔王ルビィ様から、届いた手紙によると――
1.オーディータ様やカーラ様の一件について、自分はおおよそ把握している。リュウ様の周辺を含め、ミラディア神聖国内には多数の諜報員が配置されている
2.カーラ様を殺された落とし前として、グーン・グニルを殺害し教皇の顔を焼いた。コーダホーヤの研究所以外にいた関係者も、自分が皆殺しにする
3.地竜領は臨時的に、自分が直接統治する
4.カーラ様の事件が明るみになると、緑竜騎士団や領民達は蜂起してミラディア神聖国に攻め入りかねない。自分が情報操作するから、くれぐれも秘密にするように
5.リュウ様が竜化できるようになったことについても、情報を得ている。魔王選に出るかどうかは、任せる
――とのこと。
「なんだか……拍子抜けしてしまいますわね」
わたくしは、カーラ様の敵討ちをしたかった――
とは言っても、グーン・グニルを殺害しようとまでは考えておりませんでした。
わたくし、暴力は嫌いですもの。
ただグニルが行っていた非人道的な研究の全てを暴き、法の裁きを受けさせたいとは考えておりましたわ。
残りの人生全てをかけて償わなければならないような、厳しい裁きを。
それなのに――
「グーン・グニルの研究に関する資料は、魔国ヴェントランの諜報部隊が回収したらしい。重要な資料は、研究者達が自ら処分済みだったっぽいがな。俺達にできることは、もうねえな……」
リュウ様も怒りの矛先を失って、釈然としないご様子。
わたくしがもうひとつ気になるのは、グーン・グニルが本当に首謀者だったのかということ。
グニルは確かに、残忍な人物だったとは思います。
ですが地竜領を陰から支配しようと企てるほど、大それたことを考える性格だったでしょうか?
わたくしとリュウ様の様子を心配して、エプロンドレス姿のママさんが果実ジュースを持ってきてくださいました。
いつもはドレスを盛り上げるママさんの筋肉で、目の保養ができます。
なのに今日は、食指が動きません。
「あ~ら。聖女ちゃんもリュウも、浮かない顔ねえ」
「ママさん……。わたくし、なんだか悔しくて。オーディータ様やカーラ様の無念を、自分の手で晴らすことができないなんて……」
「いいじゃない。元々は聖女ちゃんじゃなくて、魔王様がなんとかしないといけない問題よぉ。被害に遭ったオーディータ夫妻は、自国民なんだからぁ」
「それは、そうなのかもしれませんが……」
やっぱりお2人を失った喪失感で、身体が重い。
ブライアン・オーディータ様は、父の友人。
カーラ様とはお話しした時間こそ短かったものの、不思議な親近感を強く感じておりました。
亡きお2人と、そのお子さんのためにできることは何もない。
そう思うと、喪失感に加えて無力感にも苛まれてしまいます。
隣でリュウ様も、気だるげに溜息を吐いておられました。
「……リュウ・ムラサメ! ヴェリーナ・ノートゥング! なんだ!? その態度は!? 冒険者として、やる気があるのか!?」
突然おねぇモードから男性モードへと切り替わったママさんに、わたくしもリュウ様もビックリしてしまいました。
「だいたいギルドの依頼とは全く関係ない件で、大怪我してくるとは何事だ!? 上級冒険者としての、自覚が足りん!」
えええっ!?
わたくし達、なんで突然怒られていますの!?
昨日は帰還するなり、「よくやったわぁ~」と褒めて下さったではありませんか。
――あら?
一緒に怒られているはずのリュウ様が、呆れたような笑顔をママさんに向けています。
「貴様らには2週間、当ギルドへの立入禁止を言い渡す! その間に観光地であるアヴィーナ島にでも行って、自分を見つめ直してこい!」
ああ。
ようやくわたくしにも、ママさんの意図が分かりました。
ミラディア神聖国の北東、魔国ヴェントランの北西に位置するウ・ミムラー海洋国家連合。
アヴィーナ島は、そのウ・ミムラーに属するリゾート地ですわ。
美しい砂浜の海水浴場。
周辺諸国で、最大の水揚げ量を誇る漁港。
豊富な海の幸を、ふんだんに使った海鮮料理の数々。
それらを提供してくれる、腕利き料理人達が集まるレストラン街。
そういえば暴走したリュウ様を宥める時、わたくしはこう言ったのでした。
「全部終わったら、海を見に行きましょう」
――と。
ママさんはそれを聞いて、憶えていて下さったのです。
つまり今のこの状況は、長期休暇を取って羽を伸ばしてこいと言われているのですわ。
「はい! ギルドマスター! ゴールド級ヴェリーナ・ノートゥングとプラチナ級リュウ・ムラサメは、アヴィーナ島で反省してまいりますわ!」
――あら?
キリリとした男性モードだったママさんの表情が、おねぇスマイルに。
でも、目が笑っていません。
隣ではリュウ様が、「あちゃ~」と言いたげに額を押さえていらっしゃいます。
「せ・い・じょ・ちゃ~ん。アタシのことは、なんて呼ぶんだったのかしらぁ~?」
やってしまいましたわ!
ノリでママさんのことを、ギルマス呼びしてしまいました。
「ごめんなふぁ~い」
お仕置きで両方の頬っぺたを摘ままれ、ビローンと伸ばされてしまいました。
ううっ。
引き伸ばされた顔をリュウ様に見られて、恥ずかしい。
おまけにしばらく、頬がヒリヒリしていましたわ。
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その日の夜、わたくしは夢を見ていました。
この夢を見るのは、何度目でしょう?
何度見ても、慣れることのない悪夢。
――お願いよヴェリーナ!
あの人を助けて!
私にはもう、魔力が残っていないの!
――なんで!?
どうして回復魔法を使えないの!?
あなたは、私の娘でしょう!?
――そんな!
嘘よ! そんなの嘘!
あなたは【ミラディースの宝玉】を、あんなに強く光らせたじゃない!
私の何倍も――いえ!
何十倍も強く――
――出し惜しみしないでよ!
もったいぶらないでよ!
できるはずでしょう!?
――できると言って!
治せると言って!
――なんでもする!
あの人が助かるなら、私はなんでもするから!
――だから、あの人を――レオンを死なせないでーーーー!!
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「あああああっ!!」
自分の悲鳴に驚いて、わたくしは飛び起きました。
汗と涙がポタポタと、布団の上に滴り落ちます。
また、あの日の夢です。
レオンお父様が、亡くなった日の――
「ごめんなさい、お父様。ごめんなさい、お母様……」
当時のわたくしは、聖女見習いとして教会に入って1年ちょっと。
アナスタシアお母様指導の下、修行に励んでおりました。
今と同じく、癒しの力は脆弱。
今とは違い、魔法の技術や知識も未熟。
ですので回復魔法は、まるでお話になりませんでしたわ。
それでも研修として、わたくしは戦地の野戦病院に配属されておりました。
剣聖であるお父様を、すぐ近くでサポートするのが聖女の――お母様の役目。
しかしその日お母様は、野戦病院に残っておられました。
まだ幼いわたくしを守ってくれと、お父様から頼まれて。
お母様並みとはいかなくても、わたくしが一般的な聖女見習いレベルの回復魔法を使えていればお父様は死ななかった。
腹を貫かれたお父様が野戦病院に運び込まれてきた時、お母様の魔力は枯渇していました。
1人で大勢の怪我人を、治療し続けていたせいで。
わたくしが、手伝えていれば――
そもそもわたくしが野戦病院に来ていなければ、お母様は戦場でお父様のすぐそばについていたはず。
刺されてもすぐ回復魔法をかけられたはずですし、防御結界魔法で凶刃から守ることもできたはず。
わたくしさえいなければ、レオンお父様は死ななかった。
口にしませんでしたが、お母様もきっとそう思っているはず。
だってわたくしが、あの日以来ずっとそう考えているんですもの。
いつも冷静なお母様が顔を真っ青にして叫び、半狂乱になりながらわたくしに縋りつく。
あの光景は、一生脳裏から消えることはないでしょう。
後で冷静さを取り戻したお母様は謝罪して下さいましたが、あれ以来わたくし達の関係はギクシャクしたまま。
わたくしが他人を癒したいと思うのは、お父様を癒せなかった過去の自分を消し去りたいから。
本当に癒されたいのは、自分自身。
あさましい女ですわね。
聖女をクビになって、当然です。
「お嬢様、大丈夫ダスか? また、あの夢を見たんダスね?」
わたくしの悲鳴に心配したミランダが、様子を見にきてくれました。
おしぼりも、持ってきてくれています。
本当に、ありがたい。
ミランダ・ドーズギールは、すでにメイド服へと着替えていました。
カーテンの隙間から漏れる光は、もう日が昇っていることを教えてくれます。
「ありがとう、ミランダ。そろそろ、起きなくてはいけませんわね」
「そうダスね。今、朝食の用意を……」
ミランダの言葉が、途切れました。
彼女はフルフルと震えながら、わたくしを指差します。
「お……お……お嬢様……。そのお腹は、いったい……」
ミランダに言われてお腹を見下ろすと、わたくしのお腹はポッコリ膨らんでいます。
まるで、妊婦さんのように。
え? え? え?
わたくし、赤ちゃんができちゃいましたの!?
「あの、カメムシトカゲ野郎の仕業ダスな!? 今すぐ隣の部屋に乗り込んで、ブッ殺して……」
いえいえ!
全然記憶にございません!
――ハッ!
ひょっとして、アレでしょうか?
オーディータ様との戦いから帰還する際、リュウ様の背中にベッタリと張り付いてしまいましたわ。
その時に、赤ちゃんができたのかも?
きっとそうですわ!
「み、み、み、み、ミランダ、落ち着きなさい!」
「お、お、お、お、お嬢様こそ、どもっているんダス! 落ち着くんダス」
「そ……そうですわね。こういう時こそ、落ち着いて深呼吸。ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、ヒッ、フー」
「それは、深呼吸じゃないんダス! この場面に、合っている気もするダスが……」
呼吸を整えていると、わたくしは違和感に気づきました。
お腹の中に赤ちゃんがいる感覚とは、何か違う気がするのです。
お腹の中というより、お腹の表面がモワッとしてくすぐったい。
違和感の正体を確かめるべく、わたくしは寝間着の裾をめくってみます。
「あらあら」
「可愛いんダス」
わたくしのお腹にすり寄るように、1匹の子猫が丸まって寝ていました。
色は茶トラ。
もっふもふの毛並みが、「撫でてみるかい?」と誘惑してきます。
誘惑に抗えなかったわたくしは、両手で子猫を撫でまわしモフモフを堪能しました。
ああ~。
癒されるぅ~。
撫ですぎたのか、猫ちゃんは目を覚ましてしまいました。
クリクリと大きい瞳の色は、わたくしの瞳や法衣と同じ鮮やかなブルー。
足が短めなところが、愛らしさを加速しています。
はぁ~ん。
可愛すぎます。
ミランダの方を見て、この子を飼っていいかどうか尋ねようとした時です。
「ふわぁ~。おはよ~、ご主人さま~」
――?
ミランダが「お嬢様」と「ご主人さま」を言い間違えたのかと思い、彼女の方を向きます。
しかし、ミランダもキョトンとしていました。
聞き慣れない声でしたわね。
小さな子供っぽい。
「喋ったのはオイラだよ、オイラ」
え?
嘘――
わたくしは半信半疑で、膝の上の猫ちゃんと顔を見合わせます。
「そこいらの猫と、一緒にしてもらっちゃ困るよ~。これでもオイラ、精霊なんだからね」
証拠とばかりに猫ちゃんは長い尻尾をニョロニョロ動かし、見せつけてきます。
1、2……3本!?
尻尾が3本!?
確かに、普通の猫ではあり得ませんわ。
「オイラの名前はフク。ご主人さまの願いを叶えるために生まれた、精霊さ。よろしくね」
与えられた情報が突拍子もなさ過ぎて、わたくしもミランダも頭が回りません。
思考停止したわたくしは、とりあえずフクのモフモフした体に顔をくっつけます。
そのまま息を吸う、「猫吸い」を堪能しましたの。
高速飛行鳥型ゴーレム「シミズバード」の元ネタは、こちらの作品から↓
https://book1.adouzi.eu.org/n6698gy/
「アヴィーナ」を1文字ずつ後ろにずらすと……↓
https://mypage.syosetu.com/1563470/
ウ・ミムラー海洋国家連合は、多数の軍艦を所有している国家連合でもあります。
元ネタになっていただいた海村さんとはバー〇ャロン仲間ですが、バーチャロ〇ドは配属されていません↓
https://mypage.syosetu.com/1384641/
「第1章 地竜オーディータ」はこれにて完結です。
次話より「第2章 水竜クサナギ」がスタートします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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