第32話 聖女は魔王に恐怖する
■□ソフィア・クラウ=ソラス■□
まったくもう!
信じられませんわぁ!
アタクシとランスロット様は、決死の覚悟で「地のオーディータ」と戦いましたのよぉ?
ですが途中で、判断したのです。
魔王竜の圧倒的な戦闘力を、教会本部に報告することが何よりも重要だと。
それでやむを得ず、戦場を離脱したのですぅ。
なのに教皇猊下は生還したアタクシとランスロット様に向かって、
「それで、おめおめと逃げ帰って来たというのか!? それでも剣聖と聖女か!? この無能どもが!!」
なんて、抜かしやがったのですわぁ。
まったくもって、失礼なジジイですぅ。
教皇猊下――いえ。
教皇は、齢70近いデブで禿げた色ボケジジイですわぁ。
無能ヴェリーナみたいなあちこち見苦しく出っ張った女が好みで、アタクシのようなスマート激カワ美女に興味が無いという変態ですのぉ。
そんな変態でも、ミラディース教会の最高権力者。
このミラディア神聖国は教皇が統治する宗教国家なので、国の首長でもありますぅ。
ムカつきますけど、ここは理不尽な叱責に耐えるしかありませんわぁ。
ぐぬぬぬ――
ランスロット様も、屈辱に耐えているのでしょう。
無言のままですが、血が出そうなほどに拳を強く握り締めていますぅ。
アタクシとランスロット様、教皇ジジイがいるこの場所は、ミラディア大聖堂内にある教皇執務室。
この部屋は、「姉妹神の間」と呼ばれていますぅ。
壁には高名な画家、アイリーン・オクタウッドの壁画が描かれているのですぅ。
壁画に描かれているのは、2柱の女神。
1柱は地面まで届きそうな長い銀色の髪と、神秘的な虹色の瞳。
夜を糸にして織り上げたような、漆黒の衣。
手に持つは、世界中の魔力を自在に操るといわれる「導きの杖」。
アタクシ達ミラディース教会関係者が崇める慈愛と安息の女神、ミラディース様ですわぁ。
描かれているもう1柱の女神は、月光のような金髪に青い瞳。
神々しい白き鎧を纏いし、戦女神。
ミラディース様の妹神、リースディース様。
歴代剣聖が振るう【神剣リースディア】は、リースディース様の御髪のうち1本が、地上に現出した姿だといわれていますぅ。
教会聖騎士団ではミラディース様を主な信仰対象としつつも、戦の女神であるリースディース様にも祈ったりするのですぅ。
この部屋に置かれている調度品は、装飾が華美でアタクシ好み。
部屋の主が醜いジジイということだけで、台無しですけどぉ。
華美でアタクシ好みなソファに好みでないジジイがドカッと腰を下ろし、片手で顔を覆って溜息をつきやがりますぅ。
本当に、ムカつく態度ですのぉ。
「全然、頼りにならん剣聖と聖女だ。そんな様で、魔王竜からワシを守ることができるのか?」
「……? ブライアン・オーディータは、教皇猊下個人を狙っているのですか? 奴は、人族全体を滅ぼすようなことを言っておりましたが?」
ランスロット様の問いに、教皇はギクリとした表情を浮かべました。
――なにか、狙われる心当たりがありますのねぇ。
「違う! 違う! ワシは何も、悪くない! グーン・グニルが、勝手にやったことだ! ワシは何も知らん!」
教皇は脂汗を飛び散らせながら、首を左右にブルンブルンと振りますぅ。
きったないですわねぇ。
「ほ……本当だ! ワシが知っていたのは、グニル達が魔獣を隷属させる研究をしていたことだけだ! それを人族や魔族に転用しようとしていたり、実験体として観光客を拉致していたり、ましてやオーディータの妻を攫って実験体にしていたなど、全く知らん!」
――詳しく、把握しているではありませんのぉ。
うへぇ~。
グーン・グニルは、そこまでやっていたのですかぁ。
それは地竜公も、ブチ切れますわぁ。
これは、マズいですわねぇ。
オーディータは教会全体が、その研究に携わっていたと思い込んでいるようですわぁ。
アタクシは、関係ありませんのにぃ。
グーン・グニルと研究に関わっていた者達と、責任者として教皇ジジイの首を差し出して勘弁してもらえないものでしょうか?
あの化け物相手では、教会聖騎士団総がかりでも勝てるかどうか――
「……そうだ! グーン・グニルを処刑し、首をオーディータに引き渡すのだ! ワシがきっちり処分したとあれば、命だけは見逃して……」
アタクシの考えと似たようなことを、教皇が口にした時でした。
この執務室には、テラスへと続く窓があります。
そこから、何かがゴロゴロと転がり込んで来ました。
子供が球蹴り遊びで使う、ボールでしょうか?
一瞬、そんな考えが頭をよぎります。
丸かったですし、大きさもそれぐらいだったので。
『ひっ! ひぃいいいっ!』
アタクシと教皇は、悲鳴を完全にハモらせてしまいました。
ランスロット様だけは悲鳴を上げず、【神剣リースディア】の柄に手を掛けて警戒しますぅ。
ですがその表情は、青ざめておりました。
教皇執務室の床――
アタクシ達3人の真ん中に転がっていたのは、グーン・グニルの生首。
「妾が、手間を省いてやったぞ。感謝するがよい」
残虐でグロテスクな光景の中、妖しいほどの艶やかさを秘めた声が流れますぅ。
アタクシは声の主を探して、聞こえた方向へと視線を向けました。
開け放たれたガラス扉からは夜風が流れ込み、カーテンを揺らしておりますぅ。
その向こう側――
テラスの手すりには、1人の若い女が腰かけていました。
華やかですが露出が多く、煽情的な衣装。
魔国ヴェントラン火竜領の踊り子が、このような衣装で踊ると聞いたことがありますぅ。
女は真っ赤な髪を、腰まで伸ばしていました。
見ているだけで目が火傷しそうな、暑苦しい赤髪ですわぁ。
そして、瞳の色は金。
なんとなく、ヴェリーナと一緒にいたリュウ・ムラサメとかいう赤竜の瞳を思い出しました。
片耳に着けている丸いイヤリングが、やけに印象的ですわぁ。
「ま……魔王ルビィ!」
教皇が叫ぶとほぼ同時に、その耳に穴が開きました。
ルビィと呼ばれた女の人差し指から1条の光線が伸び、教皇の耳を貫いたのですぅ。
血は全く出ておらず、微かに煙が立ち上るだけ。
これは熱線魔法、【ヴァーミリオンレイ】。
ですがこんなに威力を収束させ、1点を焼き貫く【ヴァーミリオンレイ】など聞いたことがありません。
ああ。
グニルの首を落としたのも、この魔法ですわねぇ。
生首からは、ほとんど血が漏れていない。
「教皇。妾とそなたは、気安く名前で呼び合うような間柄だったかのう?」
数拍の間を置いて、やっと耳を焼き切られたことに気づいたようです。
教皇は、屠殺直前の豚みたいな悲鳴を上げました。
「ひぎゃぁああああっ!! 耳が!! ワシの耳がぁ~!!」
「ふん。ずいぶんと、耳障りな悲鳴を上げるのじゃな。教会のトップが、見苦しい。カーラはきっと、グーン・グニルの拷問を受けても悲鳴ひとつ上げなかったのじゃろう。あれは、誇り高き竜人族の女」
魔王ルビィ・ムラサメはテラスの手すりから下り、悠然とした足取りで教皇に近づいていきます。
立場上、アタクシとランスロット様は教皇を守らないとマズいのですぅ。
ですが魔王の放つ威圧感に、指ひとつ動きませんのぉ。
「なっ! グニル達がやっていたことを、魔王殿は知って……」
「調査は、以前から行っていた。カーラが攫われたことを知ったのは、今日になってからじゃがな」
全てを超越したような態度の魔王ルビィでしたが、表情が辛そうに歪みました。
「妾はとても、後悔しておるのじゃ。カーラがコーダホーヤに行くより前に、調査を済ませていれば……。もっと早くコーダホーヤの研究所と関係者を焼き払う決断をしていれば、このようなことには……。神聖国内のことゆえ、気を遣い過ぎたわい」
魔王ルビィは無造作に左手を伸ばし、教皇の頭をわし掴みにしました。
そのまま片手で、教皇を持ち上げてしまいますぅ。
なんという怪力ですのぉ!
「い……痛い! 教皇たるワシに向かい、このような真似をしてただで済むと思っているのか!?」
「ほう? 魔国ヴェントランとの、全面戦争でも始める気かのう? 構わぬぞ? 妾とムラサメ家は親・人族派と思われているようじゃが、それは亡き夫が人族だったゆえ不必要に害さなかっただけのこと。今は聖都を灰にすることに、少しのためらいも感じぬ」
――魔王ルビィは、本気ですわぁ。
こいつもあの化け物オーディータと同じく、魔王四竜の1匹。
いいえ。
4匹の中から魔王に選ばれたのですから、オーディータより化け物なのでしょう。
聖都を滅ぼすことなど、朝飯前といった様子ですわぁ。
「魔国ヴェントランに……魔王四竜に……竜人族にケンカを売って、ただで済むとでも思ったのか? ……さあ、償いの時じゃ。あの世でオーディータ夫妻に、詫びるがいい」
え?
あの世で、オーディータ夫妻に?
確かに奥さんは死んでおりましたが、ブライアン・オーディータも?
まさか、無能ヴェリーナとリュウ・ムラサメが倒したとか?
いえいえ、そんなはずは――
「た……頼む! 殺さないでくれぇ! ワシは、何も知らなかったのだ! グーン・グニルが、勝手にやったことなのだ!」
教皇は涙と鼻水を流しながら、必死に手足をバタつかせます。
あれが自分達のボスかと思うと、とても恥ずかしいですわぁ。
まあアタクシも、ちょっとチビっているのですが。
ローラステップで漏らしてから、せっかく着替えたのに。
教皇必死の命乞いに、魔王ルビィはふと何かを思い出したようです。
「ふむ。確かにそなたがカーラの誘拐を指示したという証拠は、何も出てきておらんのう」
教皇はそこに突破口を見出したようで、嬉しそうに唇を吊り上げました。
しかし――
「じゃが、グニルはそなたの部下。監督不行届じゃ」
教皇の頭部が、炎に包まれました。
「ぎゃああああっ!! 熱い!! 熱いいいいいっ!!」
「疑わしきは罰せず……とまではいかぬが、減刑はしてやろう。命だけは、取らずにおいてやるのじゃ」
魔王ルビィは教皇の頭部を掴んでいた手を放しましたが、炎は消えません。
床を転がりながら、教皇はのたうち回ります。
「死なないように手加減はしておいてやったが、治療が遅れれば火傷で死ぬかもしれぬぞ? そうなる前に、治してやれ。そこの失禁聖女よ」
魔王ルビィはそれだけ言い残すと、スタスタとテラスへと歩き出しました。
そして全くためらわずに、飛び降ります。
――あれを追跡なんて、絶対無理ですわぁ。
とりあえず、教皇の治療から始めませんと。
教皇の頭部を包んでいた炎は、ようやく消えていました。
「うっ!」
しかしその顔面と頭部は焼けただれ、とても直視できない有様でしたのぉ。
おまけに痛みと恐怖のためか、教皇は
「早く治せ! できそこない聖女!」
と喚き散らしますし、手足を振り回して暴れますのぉ。
これでは、落ち着いて回復魔法をかけることなど――
「私と治療を交代しなさい。ソフィア・クラウ=ソラス」
また、乱入者ですのぉ?
うんざりしながら、アタクシは振り返りますぅ。
開け放たれた執務室のドアを背に、黒髪の女が立っていました。
アタクシの嫌いな、無能ヴェリーナによく似た女ですわぁ。
「アナスタシア……様……」
ランスロット様の呟きで、女の正体が分かりました。
無能ヴェリーナの母親、先々代聖女のアナスタシア・ノートゥングですわぁ。
「久しぶりね、ランス。ずいぶん、身体が細くなっちゃったわね。ちゃんと稽古してるの? ご飯は食べているの?」
「いつまで私を、夫の弟子扱いするのですか! やめていただきたい! 不敬ですよ!」
「あら? あなたはもう、侯爵家から勘当された身でしょう? 不敬はどっち?」
そう言われて、ランスロット様は黙り込んでしまいました。
アナスタシアが来たと聞いて、反応したのが教皇ジジイですわぁ。
「あ……アナスタシアか!? 治療を! くっちゃべっていないで、早くワシの治療をせんか!」
アナスタシアはわめき散らす教皇に近づくと、いきなりハイヒールで股間を蹴り飛ばしました。
あ。
教皇は白目を剥いて、気絶してしまいましたわぁ。
これで落ち着いて治療ができるのは確かですけど、乱暴すぎませんのぉ?
アナスタシアは素早く術式を編み、回復魔法【リカバリーライト】を発動させます。
光に照らされて、焼けただれた教皇の顔はみるみる治っていきました。
あれ?
ですが前より、さらに不細工に治っていくような――
「回復魔法というのはとても難しく、危険な代物なのよ。人体構造や医学に関する知識が足りないと、不完全な治り方をしてしまうこともある。魔力や癒しの力ばかり強くて技術が未熟だと、治療対象者の細胞を癌化させ死なせてしまう場合もあるわ」
ふん!
なんですの? このオバサンは?
現役聖女であるアタクシに、講義か説教でもしているつもりですのぉ?
「私は戦時中、聖騎士や兵士から何度も懇願されたわ。……『殺してくれ』ってね」
そ――そんな――
聖女というものは傷ついた騎士達を癒し、感謝される存在では?
「戦いの中で四肢を失っても、内臓を引き裂かれても、聖女の回復魔法はそれを再生させてしまう。そして彼らは再び、地獄のような戦場に立たされる。体は癒されても、心は痛みと恐怖を刻みつけられ疲弊したまま」
想像していた聖女像とのギャップに、アタクシは冷水を浴びせられたような気分でした。
兵を何度も蘇らせ、本人の意思に関係なく戦場へと送り返す。
それでは、まるで――
「聖女って、死霊術士と何が違うのかしらね?」
アナスタシアが自嘲気味にふっと笑った時には、教皇の治療は終わっていました。
ああ、この女――
わざと、完璧には治しませんでしたわね。
教皇ジジイは、前より顔が崩れていますわぁ。
「ソフィア・クラウ=ソラス。あなたには、感謝しているわ。私は自分の娘には、聖女になんてなって欲しくなかった。ヴェリーナを、自由にしてくれてありがとう」
アタクシの肩をポンと叩いて、執務室から出て行くアナスタシア。
アタクシもランスロット様も、その姿を振り返ることができませんでした。
アイリーン・オクタウッドさんは、絵の他に小説も有名。
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