第3話 聖女はチョロイン気味
「しかし、聖女様よ。その恰好は、ちと問題があるな」
リュウ様の仰る通りですわね。
わたくしの服装は、聖女の制服。
修道服をベースに、華やかさを演出するための装飾が少し施された法衣。
色は、白を基調としておりますわ。
何が問題かというと、この聖女服は下がロングスカートなのです。
動きやすさを重視したズボンへの変更を、何度も教会に提案したのですが――
なぜか、ずっと跳ね除けられていました。
おまけに聖女として活動する際は、必ずこの聖女服を着用するようにと教会規則で定められているのです。
これでは、馬やルドランナーに乗れませんわ。
今までの魔獣討伐任務では、馬車を使えることが多かったのですが――
「手を握っても平気なら、もうちょっと先まで許してくれよ。……乗りな」
「え? ちょっと……リュウ様?」
巨鳥ルドランナーに跨ったリュウ様は再びわたくしの手を取り、鞍上へと引っ張り上げてしまいました。
そして――
なんとわたくしを、横抱きにしたのです。
恋愛小説の挿絵などによく出てくる、お姫様抱っこというものですわ。
「しっかり掴まってろよ」
リュウ様は抗議する間など与えてくれず、巨鳥を発進させてしまいました。
ルドランナーは足が速く、平均時速80kmもの速度で走り続けることができます。
それも人を乗せた状態で、かなりの長距離を。
走行風に、わたくしの長い髪がブワリと揺れました。
ですがそれは、最初だけ。
「これは……? 魔法なのですか?」
「そうさ。せっかくの綺麗な黒髪が、風でバサバサになったら大変だろ?」
どうやらリュウ様が、風よけの魔法を使って下さったようです。
凄い――
いつ魔法を発動したのか、全く分かりませんでした。
今まで色んな神官や魔道士を見てきましたが、その中でも1番の使い手かもしれません。
少し気持ちに余裕が生まれたので、周囲に視線を巡らせてみました。
平原の大地が、ビュンビュン後方へと流れていきます。
気持ちいい――
あ。
監視役の神官さんも、別の冒険者さんのルドランナーに同乗していますわ。
今回の討伐隊は、わたくしと監視役神官さんを入れて6人。
数が少ない気もしますが、なんとかなりそうな気がします。
リュウ様のような、凄腕魔道士が一緒なのですから。
「聖女様。走りながら、仕事の打ち合わせだ。戦力を確認したい。聖女ってことは、回復魔法のエキスパート。回復役として、アテにしていいんだな?」
「いえ。わたくし回復魔法は、あまり得意ではありませんの」
返答が意外だったようで、リュウ様は黄金の瞳を大きく見開きました。
あら、可愛らしい表情。
「は? マジか? 聖女って、回復魔法が苦手でもなれるもんなのか?」
「はぁ……。適性試験だけは、文句なしの結果だったので……」
聖女の適性試験は、【ミラディースの宝玉】という魔道具を使って行われます。
強い癒しの力を秘めた者が触れると、光り輝く水晶です。
わたくしは10歳の時それに触れ、ものすごい光を出してしまいました。
教会大聖堂の外にまで、溢れるほどの光を。
おかげで聖都中が、「何事か!?」とパニックになったそうです。
史上最高の資質を持つ聖女として、最初は期待されていました。
ですが――
「俺も、そこそこは回復魔法が使えるんだ。ちょっと、聖女様の回復魔法を見せてくれ。……よっと」
リュウ様は手綱から左手を放し、右手でローブの袖をまくります。
右手はわたくしを支えていたので、まくる瞬間はバランスを崩さぬよう胸元へと抱き寄せられました。
鍛え上げられた胸板の感触に、一瞬ドキリとしてしまいます。
「聖女様。俺の左手首に、擦り傷の痕があるだろ? 昨日の魔獣討伐で負ったんだが、面倒臭くて治療を後回しにしてたやつだ。これに、回復魔法をかけてみてくれ」
「分かりました。今度からは、軽い怪我でも治療を後回しにしてはいけませんよ? 感染症にでもなったら、大変なのですから」
ちょっとお説教してから、わたくしは回復魔法の【リカバリーライト】を発動させました。
淡い白光が、リュウ様の手首を包み込みます。
ですが傷痕は、一向に治りません。
「おおっ! 呪文無詠唱に加えて、発動時間は一瞬。おまけに魔力操作が、恐ろしくスムーズだ。なんだよ、聖女様。とんでもない達人じゃねーか」
「恐れ入ります。……しかし、肝心な癒しの力が弱いのです」
魔法につきましては、10歳からずっと修行を積んで参りました。
毎晩寝る間を惜しんで魔法書を読み漁り、魔力枯渇で倒れる寸前まで訓練する日々。
いつか、先代聖女であるアナスタシアお母様のように――
癒しの力で人々を救えるようにと、技を磨き続けてきました。
その成果が、見習い神官以下の弱々しい回復魔法とは――
「ふーむ。原因は、なんだろうな? 聖女様、魔力保有量は多そうなのによ。体内に魔力という大量の水を貯めこんでいるのに、体外に出て行く水路が針のように細い印象だな」
「申し訳ありません。回復魔法はこんな有様ですし、防御結界の魔法なども脆弱です。なので戦闘では、足を引っ張ってしまうかもしれません」
「大変だな。戦いに向いていないのに、戦場に派遣されるとはよ。教会の看板背負うってのは、辛えよな」
リュウ様はわたくしの無能を責めるどころか、大変そうだと気遣ってくださいます。
彼の言う通り、聖女が魔獣討伐に協力するのは教会のイメージアップ戦略という側面もあるのです。
「よっしゃ! 分かった! 聖女様の役割は、応援係だ。あんたみたいな美人に応援されりゃ、他の野郎共も張り切るだろうぜ。……そうだろ!? みんな!」
リュウ様が声を張り上げると、並走していた冒険者の皆様が雄叫びで応えました。
よく見れば、獣の耳と尻尾が生えている方がいたり、耳が長く、尖っている方がいたり――
魔族と呼ばれる方々ですわ。
ひょっとしてリュウ様も、魔族なのでしょうか?
人族にしては、少し犬歯が長いような?
金のカフスが嵌められた耳の形は、人族と変わりないように見えますが――
リュウ様ったら、わたくしを美人だなんて――
お世辞でも、少し嬉しいですわね。
日頃から、可愛くないと言われてばかりだったので。
「応援係は、すげえ重要だからな。しっかり頼むぜ、聖女様」
ああ。
この方はわたくしが負い目を感じないように、役割を与えて下さったのですね。
優しい方――
「分かりました。力の限り、応援させていただきます」
「その意気だ。……おっと。回復魔法は、もう止めてもいいぜ」
リュウ様の指示に従い、わたくしは【リカバリーライト】の魔法を中断しました。
傷痕は――
うーん。
気持ち、かさぶたが小さくなったような?
自分の回復魔法の弱さにガッカリしていると、背後でリュウ様の魔力が高まるのを感じました。
わたくしが治しきれなかった傷痕を、ご自分の回復魔法で癒してしまうおつもりのようです。
ところが次の瞬間、高まったリュウ様の魔力は霧散してしまいました。
回復魔法を中断?
――なぜ?
そのままリュウ様は、左手首をローブの下に隠してしまいます。
ははあ、なるほど。
目の前で治療してしまっては、回復魔法に劣等感のあるわたくしが落ち込んでしまうと。
そういうことですのね。
まったくもう。
感染症になるかもしれないから、治療を後回しにしてはいけないと言ったのに――
わたくしは、リュウ様のお顔を見上げました。
美しいのですが、研ぎ澄まされた刀剣のように鋭いお顔。
でも、わたくしは知ってしまいました。
鋭い顔立ちの裏にある、優しさと気遣いを。
「ん? どうした聖女様? じっと見つめて……。俺の顔に、何か付いてるか?」
いえ――その――
リュウ様のお顔から、目を離せなくて――
どうしましょう?
金色の瞳に、吸い込まれてしまいそうです。
胸もドキドキしていますし、耳も頬も熱い。
ちょっと優しくされただけで、こんなに意識してしまうなんて――
「聖女様は男と密着していても、平然としているんだな。まあ恥ずかしがられると、こっちとしてもやりにくいが……」
――ホッ。
こんな時でも、「聖女ちゃんスマイル」が発動してくれているようです。
わたくしの動揺を悟られずに済んで、ひと安心。
男性として意識しているなどと知られたら、恥ずかしさの熱で焼死してしまいますわ。
「この体勢は嫌だろうが、もうちょっとだけ我慢してくれよ。ルドランナーの足なら、目的地のローラステップまであっという間だからな」
そう――
あっという間なのですね――
ちょっと残念。
いえいえ。
何を考えていますの?
これから、魔獣討伐なのですわよ?
聖女として、最後の任務なのですわよ?
しっかりなさい、わたくし。
でも、ローラステップに着くまでの短い間――
それくらいなら、この状況を楽しんでも構いませんわよね?
ルドランナーが走る振動に、リュウ様の髪が揺れます。
まるで紅玉を塗したかのように、煌めきながら。




