第29話 聖女は大地に翻弄される
わたくしとオーディータ様は、軽く3kmは吹き飛びました。
さすがわたくしの必殺技、【聖女ちゃんキック】ですわ。
エルダードラゴンを屠った頃より、更に威力は増しています。
わたくし達はもつれ合い、大地に深い爪痕を刻みながらローラステップ奥地へと突き進んでゆきます。
まだ、終わりではございませんのよ?
体勢を入れ替え、魔王竜の巨体を下に。
その状態から、わたくしは拳の雨を降らせました。
秒間50発。
さらに回転を上げて、秒間100発。
ドラゴンの鱗を叩く轟音と衝撃波が、草原の草を激しく波打たせます。
拳を浴びるごとに魔王竜の巨体は押し付けられ、地面へとめり込んでゆきました。
『ぐっ! さすがはレオンの娘! ……だが!』
367発殴ったところで、わたくしの体はフワリと浮き上がってしまいました。
見えない力に突き飛ばされ、空へと舞い上がります。
これはおそらく、重力魔法と同じ星の力に干渉する魔法。
反発させる方向の力――斥力場を発生させたのでしょう。
身体強化魔法発動中は、人間離れした速度で動けるわたくし。
しかしリュウ様やオーディータ様と違い、翼がありません。
空中では、自由が利かない。
そのタイミングを狙い、緑の鞭が襲い掛かってきました。
鞭というには、太すぎますけれど。
オーディータ様の尻尾ですわ。
「ぐうっ!」
圧倒的な、質量と速度。
それらによって生み出される衝撃に、わたくしの脳と視界は揺れました。
全身の骨と、内臓が軋みます。
エルダードラゴンの尾撃とは、次元が違い過ぎますわ。
オーディータ様の尻尾に弾かれ、わたくしは砲弾のような勢いで空を水平に飛びます。
『聖女様!』
わたくしが飛んでいく方向へ、リュウ様が回り込んで下さったのが見えました。
受け止めてくれるおつもりなのでしょう。
ですが――
「リュウ様! 投げ返してください!」
即座に意図を理解したリュウ様は、尻尾でわたくしの全身を絡めとります。
そのままクルリと、1回転。
たっぷりと遠心力をつけ、わたくしを投擲。
オーディータ様へと、投げ返します。
『させるか!』
オーディータ様は重力魔法を発動させ、わたくしを迎撃しようとしたのでしょう。
高速で術式が編まれ、魔力が草原を駆け抜けます。
浴びるだけで押し潰されそうな、魔力の強さ。
無尽蔵にも思える、魔力保有量。
魔王竜が単騎で国家を滅ぼせるという表現は、誇張などではないのでしょう。
しかしそれは、竜化したリュウ様とて同じこと。
『「させるか」は、こっちの台詞だぜ! 【エクスプロード】!』
高速で組み上げられるオーディータ様の重力魔法より、さらに速く完成したリュウ様の魔法。
相変わらず、非常識な魔法発動の速さですこと。
プラチナ級冒険者リュウ・ムラサメは、世界最高の魔道士なのですわ。
瞬く閃光。
顔面近くに爆炎を発生させられて、オーディータ様は仰け反ります。
わたくしに向けて放たれようとしていた重力魔法【グラビトンマッシャー】は、当然キャンセルです。
魔力の流れが乱れ、編まれていた術式が霧散します。
今のタイミングなら、防御魔法を展開することは不可能。
リュウ様に投擲されたわたくしは、流れ星のような勢いでオーディータ様のお腹にめり込みました。
全力の右拳を、突き立てながら。
『……かはっ!』
ダメージが通った。
そう喜んだのも束の間、足元で魔法が発動するのを感知しました。
わたくしは素早くバックステップして、50mほど飛び退きます。
オーディータ様の正面。
さっきまでわたくしが立っていた空間を、土で作られた槍が貫きました。
危ないところでしたわ。
「……確かにダメージは通りますが、わたくしでは決定打に欠けますわね」
【聖女ちゃんキック】に拳打のラッシュ、リュウ様に勢いをつけてもらっての1撃。
どれも効いてはいますが、倒すまでには気が遠くなるほど打ち込まなくてはならないようです。
わたくしも人族にしては魔力保有量が多い方ですが、魔王竜には敵いません。
やがては身体強化魔法も、打ち止めになってしまいます。
持久戦になれば、負ける。
『聖女様、1人で戦おうとするなよ? 2対1なんだぜ?』
リュウ様から念話でかけられた言葉に、焦りが和らいでいきます。
そうですわ。
リュウ様とのコンビなのです。
わたくしが決定打に欠けるとしても、リュウ様には切り札がある。
まだ全力では放っていない、吐息。
あれを直撃させれば、いかにオーディータ様といえどもタダでは済まないはず。
小回りの利くわたくしが引っ掻き回し、吐息を当てる隙を作り出す。
この戦法が、1番でしょう。
わたくしは振り返り、地表近くまで降りてきていたリュウ様を見つめます。
金色の瞳には、いつもと変わらない光が灯っていました。
――信頼の光が。
「リュウ様。わたくしには、【イフリータティア】の首輪がありますから……」
常に耐火魔法を展開し、装着者を守る魔道具。
これさえあれば、まず焼け死ぬことはありません。
わたくしは、こう伝えたいのです。
いざとなったら巻き込んででも、吐息を撃って欲しいと。
『俺が聖女様の背中に、魔法を当てたことがあったか?』
あらあら。
リュウ様は、ちょっと不機嫌そう。
だんだんドラゴンのお顔でも、感情が分かるようになってきましたわ。
「そうでしたわね。では、いつも通りに」
『そうだよ。やることは、いつもと変わんねーさ』
冒険者として依頼に挑む時と、同じようにやればいいのですわ。
そう考えると、心が落ち着きます。
集中力も、高まっていく――
わたくしはオーディータ様へと向き直り、大きく息を吸い込みます。
そして唯一の取り柄である、身体強化魔法を発動させました。
「【フィジカルブースト】、全開」
広大な草原を、縦横無尽に駆け回るわたくし。
拳闘のフットワークや極東の島国から伝わった古武術の足捌きも取り入れ、オーディータ様を幻惑します。
オーディータ様の動きは、決して遅くはありません。
魔王竜の巨体にしては、とてつもないスピードだと言えるでしょう。
しかし小さな人族サイズでちょこまかと動き回るわたくしを、捉えるのは困難なはず。
完全にオーディータ様の視界から消え、背後から飛び掛かろうとした瞬間でした。
『捉えられぬなら、相手の動きを封じればいいだけだ』
突如眼前で、大地が隆起しました。
巨大な岩盤が突き出てきて、わたくしは足を止めてしまいます。
――なんのこれしき!
ドラゴン革のグローブで放ったわたくしの拳打は、易々と岩盤を粉砕しました。
『まだまだいくぞ』
オーディータ様の言葉に呼応するかのように、大地が激しく荒れ狂います。
まるで、生き物のようにうねる地面。
緑豊かな草原は大地震を受けて、岩と土で構成される殺伐とした空間へと豹変しました。
先ほどのような岩盤が次から次へと突き出してきて、わたくしの進路を塞ぎます。
思わず跳躍し、空中に逃れてしまいたくなりました。
ですが、これは罠。
大地から足を離してしまっては、わたくしの機動力はガタ落ちですわ。
そう、警戒していた時です。
「えっ?」
足裏の感覚が、いきなり消失します。
視線を下に向ければ、ポッカリと地面に空いた大穴。
これは土魔法、【ギガントピット】。
なんということでしょう。
地震や岩盤は、目くらまし。
本命は、地面に大穴を開けるこの魔法。
こうやって、大地からわたくしの足を離すことが狙いだったのですわ。
穴底へと、落下が始まります。
空中に放り出され、身動きが取れなくなったわたくし。
そんなわたくしを狙い、穴の底から土の槍が生みだされました。
――これは回避できない!
矛先に身を貫かれる未来を想像し、身を強ばらせた瞬間でした。
赤い光が、視界の端で煌めきます。
「リュウ様!」
『間一髪だったぜ!』
わたくしは、高速飛行するリュウ様に攫われましたの。
一瞬前までわたくしがいた空間には、複数の土の槍が殺到していました。
リュウ様に助けていただかなかったら、串刺しになっていたところですわ。
『聖女様、相手は「地のオーディータ」だ。地上戦は、分が悪い』
リュウ様の仰る通りですわ。
土魔法を得意とするオーディータ様にとっては、地面全体が武器庫。
地上では、勝ち目が薄い。
かと言って、わたくしには翼がありません。
空中戦など、不可能ですわ。
――わたくし1人だったらの話ですけど。
『飛ばすぜ! 振り落とされないでくれよ!』
今は、リュウ様と一緒なのです。
2人ならきっと、なんだってできる。
急加速と急旋回に、全身の血液が偏りました。
身体強化魔法を発動しているわたくしでなければ、あっという間に振り落とされていたことでしょう。
一応はローラステップまで飛んできた時と同じように、慣性力低減や風よけの魔法が展開されています。
しかしその効果を上回るほどに、リュウ様が速く飛んでいるのです。
『ほう? 私に、空中戦を挑むのか? いいだろう。受けて立つぞ』
遥か眼下で地の魔王竜が、翠玉を散りばめたような翼を広げたのが見えました。




