第28話 聖女は力づく
■□ヴェリーナ・ノートゥング■□
「ヴェリーナ……だと……?」
ソフィア様から回復魔法を受けていたランスロット様が、ヨロヨロ立ち上がろうとします。
「お久しぶりです、ランスロット様」
「何をしにきた? 私を笑いにきたのか?」
「いいえ。ブライアン・オーディータ様を、お止めするために」
炎の向こう側に、巨竜の影が見えます。
天空から放たれたリュウ様の息吹を受けても、大したダメージになっていないようですわ。
これは、仕方ありません。
息吹直撃の寸前、オーディータ様は重力魔法を解除しました。
そして自分とカーラ様に、防御魔法を展開したのです。
同時にリュウ様も、耐火魔法と風の防御結界を発動しておりました。
ランスロット様とソフィア様、カーラ様を巻き込んでしまわないように。
そちらに力を割かれ、全力の息吹ではありませんでしたわ。
カーラ様は炎の中から連れてこられませんでしたが、最も安全な状態でしょう。
リュウ様とオーディータ様。
お2人の防御魔法に、守られているのですから。
「あのバケモノを、止めるですってぇ? 無能聖女が、何を言うのですかぁ!」
股間にシミを作った状態で、ソフィア様が何やら言ってきます。
ああ。
わたくしが強い浄化魔法を使えたら、乙女のピンチからお救いすることができましたのに。
もう、ダメですわね。
ランスロット様が、顔をしかめています。
漏らしたのは、バレているようですわ。
わたくしの聖女時代の実績からすれば、ソフィア様が心配してしまうのも無理はありません。
しかし今、余計な問答をしている場合ではないのです。
わたくしは身体強化魔法を発動させ、拳を大地に叩きつけました。
轟音と共に草原が揺れ、周囲に地割れが走ります。
「ひっ!」
あ――
ビックリしたソフィア様が、追加でお漏らししてしまったようです。
これは、失敗でした。
力持ちなところを見ていただいて、安心させる予定でしたのに。
「ヴェリーナ、君の出番などない。あの魔王竜を討伐するのは、剣聖である私の役目だ」
紫紺の瞳には、まだ執念の炎が燃えていました。
ランスロット様は、オーディータ様と戦うことを諦めていないようですわ。
仕方ありません。
わたくし、暴力は嫌いなのですが――
身体強化魔法を発動させ、ランスロット様の背後に素早く回り込みます。
さすがですわ。
わたくしの動きを、目で追えていました。
ですが体は、ついてこなかったようです
ランスロット様が振り向くより前に、首筋に軽く手刀を落とします。
「くそ……。剣聖は……私なんだ……」
意味深なことを呟いて、ランスロット様は昏倒しました。
「ソフィア様。負担をかけて申し訳ありませんが、ランスロット様を背負って逃げて下さい。彼は痩せているので、小柄なソフィア様でもなんとかなるはずですわ」
「な……なんという馬鹿な真似を! 最大戦力であるランスロット様を、気絶させるなんてぇ!」
慌てるソフィア様に対し、わたくしは首を横に振ります。
そして曇り空を見上げながら、事実を告げました。
「今のランスロット様では、無駄死にするだけ。この場での最大戦力は剣聖ではなく、彼です」
分厚い雲を突き抜けて、赤き巨竜が姿を現しました。
『よう、オーディータのオッサン。ちと、熱かったか?』
『リュウ・ムラサメか……。まさか、竜化を使いこなすとはな』
念話魔法による巨竜同士の会話は、わたくしとソフィア様にも聞こえます。
燃えるものが周囲に無くなったのか、炎の嵐は収まっていました。
赤く煮えたぎる大地に悠然と佇むのは、翠玉の如き鱗を持つ魔王竜。
対峙するは、鉛色の空に舞う赤竜。
紅玉のように煌めく、鱗が眩しい。
背後でソフィア様が、唾を飲み込む音が聞こえました。
魔王竜クラス2人が放つ、魔力の波動に気圧されたのでしょうか?
それともお2人があまりに美しくて、見惚れてしまっているのでしょうか?
『なあ、オッサン……。カーラさんは……』
オーディータ様は長いドラゴンの首を、カーラ様へと向けました。
土魔法で作られた台座は二重、三重の防御魔法に守られ、全く燃えていません。
そこに横たえられたカーラ様は――
もう、目を覚まさないのでしょう。
『カーラは、湯治に行っていたんだ。コーダホーヤの村へと』
ポツリ、ポツリと語り始めるオーディータ様。
巨大な魔王竜姿なのに念話の声は弱々しく、消え入りそうでした。
『突如、カーラからの手紙が途切れた。私は、コーダホーヤへと飛んださ。竜化して、全力でな。だが、間に合わなかった』
そこで、オーディータ様が知ってしまった真実。
温泉地というのは隠れ蓑。
コーダホーヤ真の姿は、元教会異端審問官達が集まる研究所。
温泉宿の地下深くに作られた施設では、おぞましい研究が行われていました。
魔獣を隷属させ、使役する技術。
それをさらに発展させ、対象を人族や魔族へと転用する研究。
実験体として、観光客を拉致までしていたそうです。
そしてカーラ様も、その標的となってしまった――
手引きをしたのは――グーン・グニル!
翼竜飼育場で会った男!
――今頃になって、思い出しましたわ。
グーン・グニルは、ミラディース教会の元異端審問官。
色々と、黒い噂が絶えなかった人物。
もっと――
もっと早く、思い出していれば――
「研究員に吐かせた。グーン・グニルは最初から、カーラに目を付けていたのだ。実験体とするだけでなく、人質として使うため……。私を脅し、影から地竜領を支配するためにな」
そんな――
そんなことのために、カーラ様は――
きっと隷属の首輪による支配に、抵抗したのでしょう。
台座に横たえられたカーラ様のお体には、無数の傷痕があります。
衰弱させ、従わせるための拷問と、薬物投与が行われたとみて間違いありません。
どれほど苦しかったことでしょう。
どれほど屈辱だったことでしょう。
どれほど怖かったことでしょう。
怒りで目の奥が、焼けつきそうですわ。
いちどお会いしただけのわたくしが、これだけの強い怒りを覚えるのです。
もっと昔からのお知り合いである、リュウ様は?
そして夫であり、長い間寄り添い合って暮らしてきたオーディータ様は、どれだけの怒りを胸に抱えているのでしょうか?
『なあオッサン、約束するよ。カーラさんをこんな目に遭わせた連中を、俺は必ず探し出して破滅させる。だから今は、地竜領に帰ってくれねえか?』
『……番を奪われた竜人族が、そう言われて大人しく帰る存在だと思うのか?』
『いや……。止まれねえだろうな……。俺もオッサンと同じ立場になったら、ミラディース教会本部を聖都の住民ごと焼き尽くしちまうかもしれねえ』
『私はすでに、コーダホーヤの住民を皆殺しにした。大半は研究所に関わりのある者達だったようだが、無関係な者もいたことだろう。もはやミラディア神聖国の……いや、人族全体の敵なのだ。地の魔王竜、ブライアン・オーディータはな!』
激しく――そして、悲しい地竜の咆哮。
ああ――
きっとこれが、ミラディース様のおっしゃっていた悲痛な嘆き。
「魔神ヴェントレイの子供達」というのは、魔神信仰者の間で魔族全体を指す言葉ですわ。
魔族であるオーディータ様の悲しみが、滅びの息吹となってこの星に生きる人族を焼き尽くす。
そういう意味なのでしょう。
「……させません」
わたくしはオーディータ様に――地の魔王竜に向かい、歩き始めます。
「し……死んだって、知りませんのよ! アタクシには、関係ありませんわぁ!」
ソフィア様はランスロット様を背負い、離脱を始めて下さったようです。
わたくしの背後で、声が遠ざかってゆきます。
「そんなこと、わたくしがさせませんわ」
赤熱する大地を、ブーツの底が踏みしめます。
しかし、全く燃えません。
フレアハウンド革と【イフリータティア】の首輪によって、わたくしの全身には強力な耐火魔法が展開されているのです。
「……【フィジカルブースト】」
呟くと、わたくしの体内で魔力の嵐が吹き荒れました。
なんなのでしょう?
今までより、ずっと強い力が湧き上がってくるのを感じる。
リュウ様と魂同士が結びつけられたような、あの感覚。
あれ以来、恐ろしく魔力の流れがスムーズです。
保有魔力量も、かなり増えている。
身体強化魔法を発動させた時は体が軽く感じるものですが、今は輪をかけて軽い。
「わたくし、暴力は嫌いですの。ですが……」
跳躍――
オーディータ様までの道程が、消し飛びます。
魔王竜の巨体は、一瞬で眼前。
わたくしは全力の飛び蹴りを、緑の鱗に向かって叩き込みました。
久々の必殺技、【聖女ちゃんキック】ですわ。
「力づくでも、あなたを止めてみせますわ」
魔王竜の巨体が、吹き飛びます。
わたくし諸共、激しく大地を抉りながらローラステップ奥地へ。
ここで戦っては、カーラ様が巻き込まれてしまいますもの。
離脱中のソフィア様や、ランスロット様も危険です。
草原の中心部へと、移動することにしましょう。




