第27話 聖女は色々垂れ流す
アタクシとランスロット様、そして教会聖騎士団の精鋭達は素早く準備を整えて出撃しましたのぉ。
昼過ぎにはもう、死の草原地帯であるローラステップの入口へと到着しましたわぁ。
速さの秘訣は、馬ですわぁ。
最近の聖騎士団では、スレイプニルと呼ばれる8本足の馬型魔獣を使役しているのですぅ。
今まで主流だった普通の馬や、巨大鳥ルドランナーよりずっと速度が出ますのぉ。
アタクシ達はステップ入口で陣を敷き、オーディータを待ち構えました。
そして空の彼方に黒い影が見えた瞬間、ランスロット様が【神剣リースディア】を振るったのですぅ。
光の刃が曇天を切り裂いて、巨竜の影に直撃しました。
すると眩しい閃光が走り、気が付くとアタクシ達の前に人影が立っていたのですわぁ。
ダークブラウンの髪と、緑色の瞳。
なかなか精悍な顔立ちの中年ですわねぇ。
これが魔王四竜の一角、地竜公ブライアン・オーディータなのでしょう。
竜人族と呼ばれる魔族は、人の姿にもドラゴンの姿にもなることができると言われていますのぉ。
「レオンの弟子か。……どけ」
オーディータが冷たい口調で、ランスロット様に迫りました。
「その呼び方は、やめてもらおうか? 私はもう先代剣聖の弟子ではなく、当代剣聖なのだ」
あっ。
ランスロット様、かなりイラっとしましたわねぇ。
ランスロット様は、先代の話が嫌いなのですわぁ。
「分かった。当代剣聖よ、今は非常事態なのだ。道を開けてくれ。聖女アナスタシアに、妻を診せなければならぬ」
今度はアタクシが、イラっとしましたわぁ。
アナスタシアは、先々代聖女ではありませんのぉ。
今の聖女は、アタクシなのですぅ。
オーディータは、女性を横抱きに抱えていました。
それが、奥さんなのでしょう。
額から流れる血の跡。
体中に刻まれた裂傷、打撲痕。
血の気が失せた肌。
これは――
「【ディテクトマジック】」
オーディータの奥さんに向かって、アタクシは探知魔法を発動させました。
これは人体に使用すると、体調などを診断することができる魔法なのですぅ。
――ああ、やっぱり。
「残念ですが、亡くなっていますわぁ。お2人とも」
教えてやると、オーディータは目を見開き唇を震わせました。
あら?
この男ひょっとして、気付いていなかったのかしらぁ?
「まだ……まだ間に合うはずだ……。アナスタシア殿なら伝説の死者蘇生魔法、【リザレクション】だって……」
「領主ともあろうお方が、そんなおとぎ話を信じていますのぉ? 死者蘇生魔法【リザレクション】は、実在しませんわぁ。人族でも魔族でも、死んだらそこで終わりですのよぉ」
少し考えれば、分かりそうなものですわぁ。
アナスタシア・ノートゥングがそんな魔法を使えるのなら、その夫レオンは今も生きていたはずですぅ。
親切心で教えてやったのに、オーディータは怒りのためか全身をワナワナと震わせていました。
口の間から、血が流れ出していますぅ。
馬鹿な男ですわぁ。
唇を、噛んでしまったのでしょう。
そんなことをしても、奥さん達は生き返りませんのよぉ?
「地竜公オーディータよ。なんにせよ、コーダホーヤを滅ぼした貴公をこのままにはしておけぬ。大人しく、降伏するがいい」
【神剣リースディア】の切先を、オーディータに突き付けるランスロット様。
きゃあーっ!
カッコイイですわぁ!
ですがそんなランスロット様を無視して、オーディータは土の魔法を発動させました。
草原の土が盛り上がり、台座が生まれますぅ。
オーディータはそこに、そっと奥さんを寝かせました。
「……無理だ。もう、抑えられない。許せ、レオン。アナスタシア殿も、そちらに送ってしまうことになりそうだ」
はあ?
この男、何をブツブツと――
「ミラディース教会関係者だけではない。人族という種族そのものが、この星に巣食う害悪……いや違う、レオンやアナスタシア殿は……。滅ぼせ! 欲望にまみれし、醜い種族を。滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ……やめろ!」
オーディータの目は、正気を失っていましたわぁ。
頭を押さえながら、フラフラとアタクシ達の方に近寄ってきますのぉ。
やがてオーディータは妙にスッキリした表情になって、こう宣言しました。
「私はこの星から、人族を排除する」
――ハッ!
戯言を!
そんな真似、聖女であるアタクシと剣聖ランスロット様がさせませんわぁ。
圧倒的な軍事力を誇る、教会聖騎士団だってあるのですぅ。
たかが竜人族1匹で人族を滅ぼすなど、大言壮語も甚だしいですわぁ。
アタクシは、オーディータを笑い飛ばそうとして――
できませんでした。
な――なんですのぉ?
奴の全身から放たれる、この重圧は?
オーディータは、左手の薬指に嵌めていた指輪を外しました。
その瞬間、またしても閃光が走ります。
「ちっ! 竜化させてなるものか!」
叫ぶと同時に、ランスロット様は再び【神剣リースディア】を振るいました。
空中にいたオーディータを撃ち落とした時と同じように、光の刃が草原を走ります。
地竜公に、直撃ですわぁ。
「……馬鹿な。さっきは撃ち落とせたのに」
あわわわ。
ランスロット様も、呆然としておられます。
閃光が収まった後には、巨大な緑竜へと変化したオーディータの姿がありました。
【神剣リースディア】による光の刃を受けたはずなのに、全くの無傷で。
『未熟な剣聖よ。自力で、私を撃ち落とせたとでも思ったのか? 先ほどは、自ら竜化を解除したに過ぎん』
「黙れ! 私は! 未熟な! 剣聖などでは! ないっ!」
ランスロット様は叫びながら、何度も光の刃を放ちますぅ。
ですが全てオーディータの鱗に弾かれて、全く効いていません。
そんな――
剣聖の振るう【神剣リースディア】は、エルダードラゴンでさえ倒せると言われておりますのよぉ?
『やはりお主は、レオンの足元にも及ばんな』
あっ――
それは、禁句ですのよぉ。
案の定ランスロット様は激昂して、直接オーディータに斬りかかりました。
ですがその途中で、地面に叩きつけられてしまいますぅ。
これは――
重力魔法!?
アタクシは反射的に、短縮詠唱で魔法防御の結界を張りますぅ。
一瞬遅れてアタクシにも、超重力場が襲い掛かってきました。
――なっ!
なんなんですのぉ!? この重さは!?
聖女の魔法防御結界ですのよぉ!?
かなり強力な魔法でも、完全に無効化してしまう代物ですのよぉ!?
なのにアタクシは押し負けて、大地に膝を突いてしまいましたわぁ。
「ひっ!」
アタクシは思わず、悲鳴を上げてしまいました。
周囲にいた聖騎士達が超重力場に押し潰されて、ひき肉になってしまったからですわぁ。
魔法防御結界を発動するのが遅かったら、アタクシもこんな風に――
いえ。
まだ、危機は去っていませんわぁ。
魔力がゴリゴリと、削られていきますぅ。
魔力切れで結界を維持できなくなったら、結局は押し潰されてしまいますわぁ。
なんということでしょう。
もっと真面目に、魔力量向上の修行をしておけばよかった。
それもこれも、ちゃんと指導しなかったヴェリーナが悪いのですわぁ。
ランスロット様はさすが剣聖と言うべきか、まだお亡くなりにはなっていませんでした。
ですが超重力場に押し潰され、血を吐きながら苦しんでおられますぅ。
凄まじい形相ですぅ。
普段の美しいお顔が、見る影もございません。
アタクシも魔力が切れたら、あんな苦しい目に――
いえ。
それどころか、周囲にいた聖騎士達みたいに一瞬でグチャグチャに――
すぐそこに迫った死の恐怖に顎が震え、奥歯がカタカタと鳴ります。
太股を、温かいものが伝っていきました。
ああ――
また、漏らしてしまいましたわぁ。
「ひぃいいい~! み……ミラディース様! お助けください~!」
涙と鼻水も垂れ流しながら、アタクシは重力に逆らって空を見上げますぅ。
――?
ちゃんと顔が、持ち上がった?
重力魔法が、解除されている?
刹那、上空を覆っていた分厚い雲に穴が開きました。
円形にポッカリと、青い空が顔を覗かせます。
「へ?」
巨大な光の柱が、空と大地を結びました。
地上にいた、オーディータを貫くように。
魔王竜の巨体を中心に、凄まじい爆炎が巻き起こりました。
あまりの高温に草原の草が焼け、大地は溶けてゆきます。
圧死は免れましたが、焼死してしまいそうですわぁ。
絶望していたら、アタクシとランスロット様の周囲に耐火魔法と風の結界が展開されました。
全てを焼き尽くし吹き飛ばしそうな爆炎を、完全に遮断ですわぁ。
なんて強力な、2種類の防御魔法。
命拾いしましたわぁ。
いったい、誰が?
疑問に思っていると、何者かに抱きかかえられました。
アタクシだけではありません。
そいつはランスロット様も脇に抱きかかえると、炎の嵐渦巻くローラステップをとてつもない速度で駆け抜けますぅ。
やがて炎の範囲外に出ると、草原の上にアタクシとランスロット様を下ろしました。
「さすがは、フレアハウンド革と【イフリータティア】の首輪。全然熱くありませんわ」
そんな――
お前はアタクシが、教会から追い出してやったはずなのに――
このローラステップで、魔獣に食われて死んだはずではありませんのぉ?
「ソフィア様。まだ、ランスロット様を治療できるくらいの魔力は残っていますわよね? ランスロット様の怪我を治し、この草原から離脱して下さい」
聖女時代とは色が変わった、青い法衣。
腰まで届くストレートの黒髪が、熱風に煽られ揺れています。
「……ヴェリーナ・ノートゥング!」
口にするだけで忌々しい名を、アタクシはやっとの思いで喉から絞り出しました。




