第26話 聖女は自分がざまぁ対象だと知らない
■□ソフィア・クラウ=ソラス■□
その日、アタクシは朝からイライラしていましたのぉ。
教会本部にある聖女の執務室に入り、机に着いた瞬間でしたわぁ。
お付きの眼鏡神官が、机の上にドサドサと手紙や書類の束を置いてきたのですぅ。
そして眼鏡を光らせながら、イヤミったらしい表情でこう言ってきました。
「全部教会への……というより、ソフィア様への苦情です」
目を通してみると、どうでもいいような内容ばかりでしたわぁ。
『治療してもらったが、態度が冷たかった。前の聖女様はとても優しくて、話を親身に聞いて下さったのに』
怪我人や病人の話を聞くのまで、アタクシの仕事ではございませんのぉ。
聖女は、治してナンボですのよぉ。
先代の無能聖女ヴェリーナは、その力が弱かった。
だからあの手この手で、媚びを売っていたのですわぁ。
『怪我人の治療をお願いしたのに、ソフィア様は来てくれなかった。前の聖女様は、すぐに駆けつけてくれたのに』
ふざけていますのぉ?
この治療依頼、場所が聖都南区の外れでしたわぁ。
馬車を使っても、行くのにかなり時間がかかりますのよぉ?
いつも中央区の教会本部にいるアタクシより、その地区の担当神官に依頼しなさい。
――それにしても無能ヴェリーナは、どんな方法ですぐに駆けつけていたのかしらぁ?
『荷物が重く、荷車が坂を上れなくて困っていた。通りがかったソフィア様に助けを求めたのに、「重いから無理」と断られてしまった。前の聖女様は、片手で軽々と押して手伝って下さったのに。今代の聖女様は、非力過ぎるのでは?』
――頭オカシイですわぁ。
あの時の荷車は、山ほど荷物を積んでいたではありませんのぉ。
軽く見積もっても、1tはありましたのよぉ。
割と力持ちなところがあるヴェリーナでも、あれは絶対無理ですぅ。
人族の限界を、超えた重さでしたわぁ。
「ソフィア様のご活躍により、我がミラディース教会本部の評判はうなぎのぼりですよ」
眼鏡神官からため息交じりの皮肉を言われて、アタクシの血管はブチ切れ寸前でしたわぁ。
「アタクシ、先代と違ってちゃんと聖女の義務を果たしておりますのよぉ? それなのに、非難される云われはございませんわぁ」
「聖女は教会の看板なのです。ただ、傷を癒せばよいというものではありません。心まで癒してこその聖女です。先代のヴェリーナ様は、その辺を良く分かっていらっしゃって……」
「お黙りなさい。傷を癒せぬ聖女に、存在価値などありませんわぁ」
「回復魔法は、回復薬でも代替が利きます。ヴェリーナ様も、よく併用されていました。戦時中ではないのですよ? 今の聖女に求められるのは、重傷者を瞬時に治せる強力な回復魔法ではありません。求心力や、信者の心のケア……」
「黙れ!」
ホントにもう、この眼鏡神官ときたら――
教皇猊下は、いつになったらコイツを僻地へと飛ばしてくださるのかしらぁ?
「どいつもこいつも、よく分かっていないようね。ああ~。どこかで1発、戦争でも起こらないかしらぁ? そうなったらアタクシの回復魔法の有難さが、身に沁みることでしょう」
「不謹慎な発言は、おやめください。戦争となれば、どれだけ民の血が流れることになるか……」
「そんなの、アタクシには関係ありませんわぁ」
戦争が起こる。
それは、素晴らしいことかもしれませんわぁ。
戦場で傷を負い、倒れる聖騎士達。
そこへアタクシが颯爽と登場し、広範囲回復魔法で皆を癒すのですぅ。
きっと聖騎士達は、涙を流しながらアタクシに感謝することでしょう。
戦争となれば、アタクシの婚約者である剣聖ランスロット様も戦場に出ますぅ。
頭の固いご実家からは勘当されてしまいましたが、戦場で活躍すれば勘当が解かれるかもしれませんわぁ。
いえ。
そもそも、勘当を解く必要すらありません。
新たに、聖伯の爵位を賜れば良いのですわぁ。
聖伯となる条件は、
1.聖女または剣聖であること
2.成人であること
3.聖女や剣聖として、そこそこの実績を挙げること
アタクシとランスロット様は、1と2の条件を満たしていますぅ。
あとは、3だけ。
3の前例としましては、剣聖はエルダードラゴン級の魔獣を討伐。
または戦争で、多くの武勲を挙げた。
聖女は、戦場で傷付いた多くの味方を癒した。
要人の大病を治した、といったものが多いようですぅ。
戦争が起これば、すぐに達成できそうではありませんかぁ。
あ~。
ホント、戦争起こらないかしらぁ?
それかエルダードラゴン級の、強力な魔獣が出現したりとか――
そんなことを、考えていた時でした。
聖女執務室のドアが、慌ただしくノックされたのですぅ。
入ってきたのは、男性神官。
ギョロリとした目に、鷲鼻。
そのツラを見て、アタクシは不快な気持ちになりましたのぉ。
隣にいた眼鏡神官も、冷たい表情でそいつを見ますぅ。
ふん。
いつも反りが合わない眼鏡神官ですが、部屋に入ってきたコイツが嫌いということでは同意見なようですわぁ。
「聖女ソフィア様! 緊急事態ですぞ!」
「なんですのぉ? グーン・グニル様。騒々しい」
――グーン・グニル。
コイツが嫌われているのは、元異端審問官だからですわぁ。
十数年前――
教会内には異端な考えを持つ者を調査し、裁くという役職――異端審問官が存在していました。
その異端審問官制度を自ら立案し、立ち上げた男がグーン・グニル。
何人もの神官や教会事務員、信者が異端者扱いされ、教会を追放されたり、極刑に処された者もいたとか。
その調査方法は、密告の奨励と拷問。
おかげで当時のミラディース教会には、悪意の密告や疑心暗鬼が満ち溢れていたそうですわぁ。
そもそもアタクシ達の信仰するミラディース様は、慈愛と安息の女神。
教義だって、かなり大らかなところがあります。
ちょっとばかし考え方の違う者を厳しく裁くなど、教義の根本的な部分に反していると言えますわぁ。
どっちが異端なんですのぉ?
当然のことながら、異端審問官制度は数年で廃止。
その後、審問官達は僻地や国外に飛ばされたのだとか。
実は教皇猊下の密命を受け、国外や僻地で何かの研究を続けていたという噂もございますけどぉ。
国外勤務していたはずのグーン・グニルですが、教会本部内で何度か姿を見かけたことがありました。
なので噂は結構、信憑性があるのかもしれませんわぁ。
なんにせよ、グーン・グニルが2週間前に国外から帰ってきてしまったのは変えようのない事実なのですぅ。
はぁ。
めんどくさいことを言い出してアタクシのバラ色聖女ライフを邪魔しないよう、祈るばかりですわぁ。
というか、さっそく厄介ごとを持ってきたようですわねぇ。
「ソフィア様。コーダホーヤの村が、壊滅しましたぞ」
「はぁ? あの、有名な温泉地の? 凶悪な魔獣でも出ましたのぉ?」
我がミラディース教会には、「遠見の聖鏡」というものがあります。
鏡越しに、遠く離れた場所の風景を映し出すことができる映像通信魔道具なのですわぁ。
その「遠見の聖鏡」を通じて、コーダホーヤの村が壊滅する瞬間の映像が教会本部に届いたのだとか。
村中の建物や住民が、一瞬で何かに押し潰されたそうですわぁ。
「コーダホーヤに駐在していた私の部下からの報告によれば、魔国ヴェントランの魔王竜……地竜公ブライアン・オーディータの仕業らしいですぞ」
「他国の領主が、なぜ我がミラディア神聖国の温泉地などを襲ったんですのぉ?」
「さ……さあ? 私に、そこまでは」
慌てて汗を拭い、視線を逸らすグニル。
この男、何か心当たりがありますわねぇ?
そもそもコーダホーヤは、教会にとって重要な土地ではないはず。
「遠見の聖鏡」が設置されているのは、不自然ですわぁ。
でもまあそんな細かいこと、アタクシには関係ありませんけどぉ。
「それで? グニル様は、アタクシにどうしろと?」
「私は教皇猊下からの指令を、お伝えに参りましたのです。『聖女ソフィア・クラウ=ソラスは剣聖ランスロット・コールブランド並びに教会聖騎士団に同行し、協力して魔王竜を討て』とのことです」
隣で聞いていた眼鏡神官は、顔を青くしていました。
「そんな……。聖女と剣聖が、隣国の領主と戦うなど……。両国間の戦争に、発展してしまう!」
「お付きの神官殿。そんなことを、心配している場合ではありませんぞ。現にオーディータはコーダホーヤの住民を虐殺し、この聖都ミラディアに向かってきているのです。降りかかる火の粉は、払わねばなりますまい」
ふむ。
グーン・グニルは気に食わない男ですが、「降りかかる火の粉は、払わなければならない」という点に関しては同意できますわぁ。
それにこれは、絶好のチャンス。
魔王竜と呼ばれるぐらいですから、オーディータはエルダードラゴンよりも格上のはず。
アタクシとランスロット様が武勲を挙げるための、獲物になって頂こうかしらぁ?
「うふふ……。面白くなってきましたのよぉ」
アタクシは燃えてきたのに、お付きの眼鏡神官は浮かない顔のまま。
なんという臆病者なのでしょう。
そうですわぁ、コイツは置いていきましょう。
戦場に連れていっても、屁の役にも立ちそうにありませんわぁ。
アタクシは眼鏡神官に残りの雑務を押し付けて、出発の準備を始めました。
聖女ソフィア・クラウ=ソラスと、剣聖ランスロット・コールブランド。
アタクシ達の伝説が、いま始まるのですわぁ。




