第24話 聖女は信じます
わたくしがフリードタウン冒険者ギルドに到着した時には、すでに何名も冒険者が集まっていました。
いつもは食堂スペースで飲み食いしながら、ワイワイガヤガヤと賑やかに談笑されている皆さん。
今日の彼らは重苦しい表情で椅子に座り、武器の手入れや情報交換を行っています。
その顔ぶれの中には、リュウ様のお姿もありました。
今回の地震や念話での叫びがオーディータ様絡みのものだと気付いて、嫌な予感を隠せないご様子。
わたくしがギルド内に入ってきたことに気づくと、リュウ様は手招きしてきました。
「聖女様も、あれが聞こえたんだな?」
「ええ。オーディータ様の念話魔法ですわね」
「あんなに取り乱したオッサン、初めてだよ……」
しかし、わたくしもリュウ様も分かっていました。
オーディータ様が取り乱す事態は、充分考えられると。
それはきっと、愛する番に何かあった時。
そんな――
まさか、カーラ様の身に――
想像すると、背筋が震えました。
リュウ様はそんなわたくしの肩を抱き、不安を和らげてくださいます。
ご自分だって、オーディータ夫妻が心配でたまらないでしょうに――
ギルド到着から2時間が経過した頃、わたくしは違和感を覚えました。
リュウ様や周りの冒険者達も違和感に気づき、皆でギルドの外へと飛び出します。
――遠くから、強烈な魔力の波動を感じるのです。
つい先ほどまで晴れていたはずなのに、フリードタウン上空はどんよりと曇っていました。
そんな鉛色の空を、影が駆け抜けます。
あまりに大きく、あまりに速い影。
魔王竜姿のブライアン・オーディータ様でした。
なんてこと――
あのお姿で、他国の領空を通過するなんて――
これはさすがに、なんらかの処分は免れないでしょう。
ミラディア神聖国と魔国ヴェントランの戦争に、発展してしまうかもしれません。
ですがそれより、オーディータ様が抱えていた存在を見て呼吸が止まりそうでした。
「今、オッサンが抱えていたの……カーラさん……だったよな?」
オーディータ様が飛び去り、見えないぐらい小さくなったところでリュウ様が問いかけてきました。
それは見間違いであって欲しいという、願いが込められた言葉。
なぜなら竜化していない人型のカーラ様は、血まみれでぐったりしていて――
――とても生きているようには、見えませんでした。
「間違い……ありません。【フィジカルブースト】の魔法を使い、静止視力と動体視力を強化した状態で確認しました」
「そう……か……」
リュウ様にそう告げるのが、辛かった。
そして応えるリュウ様も、苦しそうでした。
「リュウ様、追いかけましょう。オーディータ様が飛んで行ったのは、聖都ミラディアの方角。魔王竜姿で聖都上空に現れれば、教会聖騎士団に討伐されてしまいます」
「あのオッサンが、人族相手にやられるとは思えねえ。むしろ俺が心配しているのは、その逆。聖都ミラディアの住民を、皆殺しにしちまわねえかってことだ」
「……なっ! どうしてオーディータ様が、そのようなことを……?」
「オッサンの目は、怒りに我を忘れていた。俺も同じ竜人族だからかな……。なんとなく、理解したんだ。ありゃあ十中八九、聖都の誰かがカーラさんを……」
ギリッと奥歯を噛みしめる音が、わたくしの耳まで届きました。
もちろんわたくしだって、カーラ様をあのような目に会わせた輩は許しません。
だからといって、無関係な人々を巻き込んで報復など――
「でしたらなおのこと、追いかけて止めましょう! 聖都には、アナスタシアお母様や義弟のジルもいるのです。わたくしの家族は死なせませんし、オーディータ様にも虐殺などさせません!」
街の外に向かって走り出そうとしていたわたくしを、止める人影がありました。
両手を広げて立ち塞がったのは、眼鏡を掛けたぽっちゃりメイド。
「お嬢様! 行ってどうなるんダス!? いくらお嬢様でも、あんな怪物相手に勝てるわけがないんダス!」
「どいて! ミランダ!」
「どかないダス! お嬢様を、無駄死にさせるわけにはいかないダス! メイドの眼力を、舐めないで欲しいんダス。分かっているんダスよ? 怖くてたまらないことは。今も、肩が震えているじゃないダスか」
ミランダから指摘されても、肩の震えは収まりません。
魔王四竜の一角、地竜オーディータ。
星をも割る圧倒的な力は、サレッキーノ防衛戦で目の当たりにしましたもの。
「ヴェリーナお嬢様は、ゴールド級冒険者。身体強化魔法と体術で魔獣を蹴散らし、人々を守る英雄。……でもその前に、まだ15歳の女の子なんダス! 凄惨な殺し合いから逃げ出しても、黙って他人に守られていても、誰も責めたりしないんダス!」
「ミランダ……。心配してくれて、ありがとう。それでもきっと、わたくしが行かなくてはならないのです」
かつてオーディータ様はお父様に、自分を止める役目を期待していました。
剣聖レオン・ノートゥングは、もうこの世にいない。
ならばその役目を引き継ぐのは、娘であるわたくし。
「……その震えが止まったら、大人しく通して差し上げるんダス」
「言いましたわね? 震えぐらい、簡単に……あら? そんな……どうして?」
肩の震えは、いつの間にか全身に広がっていました。
お願い!
止まって!
わたくし、行かなくてはならないのです。
お父様、力を貸して。
お母様を、守らなければ。
お父様の形見であるドラゴン革のグローブで、自分の肩をかき抱きます。
それでも、震えは止まりません。
このままでは、聖都ミラディアが――
お母様が――
焦っていたその時、肩に温もりを感じました。
同時に、震えがピタリと収まります。
「気安くお嬢様に、触るんじゃないダスよ。このカメムシ野郎」
「まだ、そのあだ名で呼ぶのかよ……。カメムシ野郎から、トカゲ野郎に格上げしてくれ」
肩に触れていたのは、リュウ様の大きな手。
不思議――
この方に触れられていると、心が温まる。
力と自信が、湧いてくる。
「ふん。竜化するつもりダスか? トカゲとは、ずいぶん卑屈ダスね」
「そりゃ本格派ドラゴンのオッサンに比べたら、俺みたいな若造はトカゲがいいところだ」
「ちょ……ちょっと待ってください、リュウ様。竜人族は番がいないと、竜化の力を制御できないのでしょう?」
「まあその辺についちゃ、後で説明する。とりあえず、街の外に出るぞ」
リュウ様に促され、わたくし達はフリードタウンの外へ向けて走り出しました。
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街の門から草原に出てすぐのところで、リュウ様は足を止めました。
「よし。これぐらい広ければ、大丈夫だな」
周りを見渡し、確認するリュウ様。
そんなリュウ様を見守るのはわたくし、ミランダ、ママさん、フリードタウン冒険者ギルドの皆様。
門の近くなので、門番さんまで見ています。
「さて……。今から俺は、竜人族としての力を解放する。竜化ってやつだ。でっかいドラゴンに、変身だ」
リュウ様はそう言って、耳のカフスを人差し指でトントンとつつきます。
「んで、さっき聖女様から言われた件だ。『番がいないと、竜化の力を制御できないはず』ってな。……原則はそうだが、例外もある。番を持たずに、竜化の力を制御できた竜人族ってのは実在する」
「そうなのですか?」
「ああ。事例は、極端に少ないけどな。歴史上、2人しか存在しねえ」
「その方達は、どうやって力を制御していたのですか?」
「ド根性」
リュウ様の説明に、全員が腰砕けになってしまいました。
なんですの? それは?
根性論なんて、今どき流行りませんのよ。
「その2人は長い修行の果てに、精神力で暴れ狂う竜化の力をねじ伏せることに成功した。だから俺も、それを真似してやるだけさ」
「危険すぎますわ。それでもし、リュウ様が正気を失ってしまったら……」
「そういう時に備えて、聖女様に見張っていてもらうんだ。もし俺が、ヤバそうだったら……竜化の力に吞まれそうになったら、ガツンと1発お見舞いしてくれ」
――以前おっしゃっていた、ぶん殴って正気に戻してくれるというアレは本気でしたのね。
本当に、人をなんだと思っているのでしょう。
わたくし、暴力は嫌いですのに。
殿方を叩いても、面白くもなんともありません。
むしろ、ぶたれる方が――
――ハッ!
わたくしこんな時に、何を考えているのでしょう!?
それもこれも、レオンお父様の血が悪いのですわ。
「危険なのは、分かっている。だけど魔王竜ブライアン・オーディータを止める方法は、これしか思いつかねえ。竜化した俺と、聖女様の2人掛かりだ」
「リュウ様と……一緒に……?」
「そうだ。女の子に対して、一緒に死地へと赴いてくれなんてな……。男としてどうかと、我ながら思う。だけどよ……」
どうしてなのでしょう?
先ほどまでは怖くてたまらなかったのに、今は恐怖を感じません。
むしろ、嬉しかった。
リュウ様から、「一緒に行こう」と言ってもらえて。
その喜びを少しでも伝えたくて、わたくしは両手でリュウ様の右手を包み込みます。
「わたくしは、リュウ様を……信じます」
「……ありがとよ」
ニヤリと唇を、吊り上げたリュウ様。
これは、出会った時と同じ表情。
自信と闘志に満ちた、戦士の笑み。
リュウ様は余った左手で、耳のカフスを外します。
次の瞬間、眩い光が草原とフリードタウンを照らしました。




