第23話 聖女は女神に噛みつく
わたくしとリュウ様が帰国すると、フリードタウン冒険者ギルドの皆様が帰還祝いの熱烈な宴を開いて下さいました。
魔獣の氾濫を退けた報が、伝書鳩により知らされていたそうです。
サレッキーノ防衛戦で活躍したわたくしとリュウ様には、オーディータ様から追加報酬も出されているのだとか。
さらにはわたくしが誕生日を迎え、成人したということもミランダによって周知されておりました。
それらのお祝いも、全部ひっくるめての大宴会です。
本当にこのギルドの皆さんは、宴会が好きですこと。
でもそんなフリードタウン冒険者ギルドが、わたくしは大好きですわ。
「聖女ちゃ~ん! リュウ~! 2人とも、大活躍だったそうじゃな~い。当ギルドの誇りよぉ」
ギルドマスターのママさんが、わたくしとリュウ様を一緒に抱きしめてくださいます。
ああっ。
ママさんのモリモリな筋肉と、リュウ様のしなやかな筋肉を同時に楽しめて幸せです。
幸せなのですが――
苦しい――
なんという怪力ですの。
さすが、元ミスリル級冒険者。
わたくしも成人になったので、今回の宴席では試しにお酒を飲んでみました。
あら、なかなか美味しい。
美味しいので、ついつい飲み過ぎてしまいましたわ。
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わたくしは途中で意識がぷっつり途切れ、気がついたら長屋自室のベッドで寝ていました。
お水を持ってきてくれたミランダに、たしなめられてしまいましたわ。
「ヴェリーナお嬢様。いくら成人になったからといって、無茶なお酒の飲み方はいけないんダス」
「えっと……ミランダ。わたくし酔っ払った拍子に、何か変なことをしたりしていませんわよね?」
「聞かない方が、幸せダスよ?」
記憶がない間に、わたくし何をやらかしてしまったのでしょうか?
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やらかしの内容は、後でリュウ様から聞かされました。
リュウ様にしなだれかかったり、抱きついたり、膝の上に座ったりしたのだとか。
あわわわ。
わたくし、なんて破廉恥なことを――
「いいか、聖女様。あんなことをしたら、大抵の男は誤解して襲ってきちまう。今後は、絶対にしないこと。酒を飲み過ぎないこと」
「はい、申し訳ありません……。リュウ様にも、ご迷惑をおかけして……」
「いや、別に迷惑じゃなかったけどよ。むしろ、ツイてたぜ……」
最後の方は小声だったので、上手く聞き取れませんでした。
怒ってはいないようでしたが、お酒の危険性について懇々とお説教されてしまいましたわ。
もう、お酒はこりごりです。
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帰国から、1ケ月が経過しました。
相変わらずリュウ様は、わたくしとコンビを組んで依頼を受けて下さいます。
冒険者の新人研修期間というのは、いったいどれぐらいのものなのでしょうか?
なんだかもう、研修というよりは普通にパーティを組んでいるだけのような?
そもそもわたくし、このギルドに数人しかいないゴールド級冒険者ですし。
ゴールド級にもなって、新人気分で甘えていてよいのでしょうか?
――余計なことを言ってリュウ様とのパーティを続けられなくなったら寂しいので、何も言いませんけど。
今日もリュウ様と一緒に、依頼を完遂しました。
幽霊屋敷に巣食う、ブラッディマリメという高位ゴーストを除霊するお仕事です。
ブラッディマリメは騒霊現象を引き起こし、椅子やテーブルなどの家具を飛ばしてきました。
わたくしは身体強化魔法を発動させ、向かってくる家具を肘打ちや膝蹴りで叩き落としてやります。
そうして時間を稼いでる間に、リュウ様が神聖魔法を発動。
ブラッディマリメは、あっさり成仏しました。
依頼達成ですわ。
そんな感じで、冒険者稼業は順調。
一人前の大人になったとまでは言えないのかもしれませんが、生活基盤は整ってきたのではないでしょうか?
そろそろ実家のアナスタシアお母様や、義弟のジルに顔を見せに行っても――
わたくしはそんなことを考えながら、午前中のフリードタウン商店街を歩いていました。
手には買い物袋。
昼食の材料買い出しですわ。
わたくしの担当は、お肉とお魚。
野菜調達担当のミランダと合流を図り、長屋に帰ろうと思っていた時のことです。
「……え?」
驚きのあまり、口から声が零れてしまいましたわ。
角を曲がったところに、その人物は立っていました。
ゆったりとした漆黒の衣を、巻き付けただけのような衣服。
どう見ても、商店街には相応しくない装いですわ。
髪は、眩しいほどに輝く銀色。
あまりに長すぎて、地面に着いてしまっています。
そして、わたくしを見据える双眸は虹色。
色とりどりの光が、瞳の中で混ざり合っています。
明らかに、人ではない。
絵画で――
石像で――
護符でお姿を何度も拝見していたはずなのに、いざ目の前に存在していると自分の理解が追いつきません。
「ミラディース……様?」
疑問形で、そう絞り出すのがやっとでした。
ニッコリとした微笑みが返ってきて、人違い――いえ。
女神違いでなかったことが、証明されます。
彼女は間違いなく、わたくしや教会の信仰対象――
慈愛と安息の女神、ミラディース様。
とっさに跪いて祈ろうとしたのに、わたくしの体は全く動きませんでした。
眼球の動きだけで周りを見渡せば、通行人達も石像のように固まって微動だにしません。
わたくしとミラディース様だけが、世界から切り離されているかのよう。
ミラディース様は形の良い唇から、鈴の音のような声を紡ぎ出しました。
「……はじまるよ。もうすぐ人族に、安息の刻が訪れる」
――安息の刻。
それは、ミラディース様を信仰する者達すべての願い。
善行を積み、ミラディース様に祈りを捧げ、精一杯生き抜いた者達の魂は、死後に女神のゆりかごと呼ばれる楽園へと導かれる。
そこで過ごす時間こそ、安息の刻。
再び地上に生まれ出づるその日まで、幸せな夢を見ながら眠り続けられる。
それが、ミラディース教の掲げる教義。
「それは……人族全てに……という意味なのでしょうか?」
なんとか、声だけは出せました。
わたくしの疑問に、ミラディース様はゆっくり首肯します。
安息の刻は、死後に訪れるもの。
それが人族すべてにということは、滅亡宣言に他なりません。
「魔神ヴェントレイの子供達。彼らの悲痛な嘆きが、引き金だよ。いずれ滅びの息吹が、星を焼く。所詮、人と魔は相容れない存在なんだ。人族は、この世界から消えることになるだろうね」
相手は信仰している女神様だというのに、わたくしはカチンときてしまいました。
なんですの?
人族がこの世界からいなくなってしまうかもしれないというのに、その投げやりな言い方は?
それより何より、わたくしが腹立たしいのは――
「人と魔が相容れない存在だなんて、勝手に決めつけないで下さい!」
そうですとも!
フリードタウン冒険者ギルドでは、人族も魔族も一緒に上手くやっています!
ミラディア神聖国と魔国ヴェントランだって、もう何十年も戦争をしていません!
人族であるレオンお父様と竜人族のオーディータ様は、仲の良いご友人だったではありませんか!
わたくしと、リュウ様だって――
わたくしの反論に、ミラディース様は怒りませんでした。
それどころか顔をくしゃりと悲し気に歪め、わたくしの意見に賛同してきます。
「そうだね。キミの言う通りだよね。人と魔が、手を取り合える世界……。ボクも、そんな世界があったらいいなと思う。だからさ……キミに選ばせてあげるよ、竜滅の巫女」
――竜滅の巫女。
それは、古い古い聖女の呼び方。
何世代も前の聖女が剣聖と共に魔王竜を討った時、その呼称が使われたと聞いています。
ミラディース様は、ゆっくりこちらへと歩いてきました。
そしてすれ違い様に、優しくわたくしの肩に手を置きます。
「ボクはこれまで何度も、人族という存在に絶望させられてきた。キミは、希望を見せてくれるのかい?」
その言葉が耳元で囁かれた瞬間、わたくしの全身に自由が戻りました。
ミラディース様のお姿を追って、わたくしは振り返ります。
そこにいたのは――
「わわっ! そんなに勢いよく振り返って、どうしたんダスか? ヴェリーナお嬢様?」
瓶底眼鏡に、そばかす顔。
ほつれ気味な、こげ茶色の三つ編み。
そして買い物袋を抱えたぽっちゃり体型は、まごうことなきノートゥング家のメイドであるミランダ・ドーズギール。
「ミランダ! 今そこに、ミラディース様が……」
「お嬢様、何を言ってるんダスか? 女神がこんな商店街を、歩いているわけないダス。まあわたすは信仰心がないんで、いても見えなかっただけかもしれないダスね」
ケラケラと、笑うミランダ。
彼女の笑いが、途切れた時です。
大地が揺れました。
「これは……地震……?」
幸い、家屋が倒壊するほどではありません。
ですがかなり強く、長く揺れています。
いつの間にか石像状態から復帰していた通行人の皆様も、戸惑い立ち竦んでいました。
「なんですの……? コレは……。何かが、流れ込んでくる……」
大地の揺れと共に、わたくしの精神が――
心が――
魂が揺さぶられます。
それは、あまりに強い感情の波。
嘆き。
怒り。
悲しみ。
絶望。
自分の感情ではないのに、涙が溢れてきました。
そして――
『なぜだ!? どうして!? どうしてこんなことに!!』
脳裏に直接響いた低い声には、聞き覚えがありました。
これは、地竜公ブライアン・オーディータ様のもの。
あの落ち着いて威厳に満ちたオーディータ様が、こんなに感情を乱しているなどただごとではありません。
なによりあの方は今、国境の向こう。
魔国ヴェントラン、地竜領にいらっしゃるはず。
ここまで念話の魔法が届くなど、異常事態です。
ひょっとして、地竜領ではなく別の場所――ミラディア神聖国内のどこかから?
「ミランダ……。長屋に、戻っていて下さい」
「お嬢様は、どうなさるんダスか?」
「冒険者ギルドに行って、待機します」
きっとわたくしだけではなく、リュウ様をはじめとする主力冒険者全員が集まってくるでしょう。
みなさんにも、あれは聞こえたはず。
わたくしはミランダに買い物袋を預けると、身体強化魔法【フィジカルブースト】を発動させました。
人とぶつからないよう細心の注意を払いながらも、馬より速く商店街を駆け抜けます。
全身に纏わりつく不安を、スピードで吹き飛ばしてしまいたかったのです。
ブラッディマリメさんの書くホラーはめっちゃ怖いです。
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