第22話 聖女は首輪を着けられる
歩いて行くにつれて、人混みの量は増えてきました。
ですがリュウ様に手を引かれていると、誰にもぶつかることなくスルスルと歩けます。
うう――
なんだか、恥ずかしい。
こんな風に手を繋いで歩くのは、小さな子供か親子。
あるいは夫婦、恋人同士ぐらいのものでしょう。
レオンお父様以外の男性に、手を引かれた経験なんて今まで――
――いえ、ありました。
まだ幼かった頃、わたくしの手を引いてくれた5つ年上のお兄さんがいたのです。
お父様のお弟子さんだった人。
菫色の髪は今ほど綺麗ではなく、大雑把に切りそろえられていました。
紫紺の瞳は、秘めた情熱と愚直さに輝いていました。
そして彼の手の平は、固い剣ダコだらけ。
――レオンお父様と、同じ手をしていました。
ランスロット・コールブランド。
わたくしの婚約者だった男性。
あの頃の彼を、わたくしは嫌いではありませんでした。
お父様の前で何百、何千と剣の型を繰り返すその姿。
滝のように流れ飛び散る汗を、綺麗だなと思って眺めていました。
わたくしとの会話は、決して弾んでいたとは言い難かった。
当時のランスロット様は、剣の話しかできない少年でしたもの。
それでもわたくしを楽しませようと、不器用なりにあれこれ工夫しながら会話をして下さっているのは感じておりました。
そうですわ。
わたくしはランスロット様を嫌うどころか、慕っていたのです。
だからお父様もお母様も、コールブランド家から提案された婚約を受け入れた。
なのに、どうして――
どうして、あんなことになってしまったのでしょうか?
どうしてランスロット様は、変わってしまったのでしょうか?
何かわたくしに、至らない点があったのでしょうか?
だから、ソフィア様の元へと――
考えると、全身を流れる血が冷たくなっていく――
「聖女様、大丈夫か?」
わたくしは、顔色まで悪くなっていたのでしょう。
リュウ様が心配そうに、瞳を覗き込んできます。
いつも優しくわたくしを支え、守ってくださるリュウ様。
でも彼には、意中の女性がいらっしゃるご様子。
保護対象の小娘など、いつかは疎んじられてしまう。
そしたらリュウ様も、ランスロット様みたいに――
「いえ、なんでもありませんわ」
「なら、いいんだけどよ。ひょっとして手ぇ握られるのが、嫌だったのかと思ってな」
そう言ってリュウ様は、手を放そうとしました。
ですがわたくしは、その手を強く握り締めます。
ああ――
出会った時も引っ込めようとしたリュウ様の手を、わたくしの方から握ったのでしたわね。
「放さ……ないで……」
わたくし、何を言っているのでしょうか?
恋人でもないのに、図々しいお願いをして――
「ああ、わかった」
リュウ様ったら、相変わらず鋭い目つきですこと。
ですがその金色の瞳の奥には、優しい光が揺れていました。
リュウ様に握られていた、手の平の熱さを思い出します。
そこから全身の血が、温まっていくかのよう。
いつかはリュウ様と、一緒にいられなくなるかもしれない。
でも、いいのですわよね?
それまでは、甘えてしまっても。
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リュウ様に手を引かれてやってきたお店の名前は、「宝飾店アカシック・テンプレート」。
お店というより、小さなお城みたいな佇まいですわ。
大理石造りの大きなフロアには、様々なアクセサリーが所狭しと展示されています。
今わたくしがリュウ様と並んで歩いているのは、首に着けるもののコーナーです。
ネックレスやペンダント、チョーカーなどなど。
ガラスケースの中で輝く商品の数々は、どれも可愛く、美しい。
ですが――
「けっこう、値が張りますわねえ……」
このお店のアクセサリーには、サレッキーノで採れた金や銀、魔鋼がふんだんに使用されています。
品質がいいのは確かですが、その分お値段もかなりのもの。
こんな高級品ではなく、メッキ製の安物を買おうと思っていましたのに――
わたくしは教会暮らしや実家暮らしが長かったため、自分で買い物をした経験というものがほとんどありません。
なので金銭感覚に、自信が持てないのです。
冒険者になってからの1ケ月で、かなり稼ぎはしました。
しかし、そのお金を使うのが怖い。
高い買い物が、怖いのです。
「どうだ? 聖女様。気に入ったデザインのものは、見つかったか?」
リュウ様は、こういったアクセサリー類がお好きなようです。
そういえば耳の黄金カフス以外にも、細いデザインの腕輪を身に着けていらっしゃいますものね。
ノースリーブの黒いベストにも金の刺繍が入っていますし、かなりオシャレさんなのでしょう。
「どれも素敵な品ですが、わたくしのお財布ではちょっと手が出ないかと……」
「なら、俺に贈らせてくれよ。誕生プレゼントだ」
「いえいえ。そんな高価なものを、受け取るわけにはいきません」
「聖女様。プラチナ級冒険者の稼ぎを、甘く見るなよ? この店を、丸ごと買えるぐらいの総資産はあるんだぜ?」
それは凄い!
でもその割に、リュウ様はお金にがめつ――いえ、細かいところがあるようですが。
だからこそ、そこまで貯めこめたときうべきでしょうか。
「金額の問題もありますが、ピンとくるネックレスやペンダントがないのです。せっかく良いお店に連れてきていただいたのに申しわけありませんが、今日のところは出直そうかと……」
「ふ~む、そうか。なら、しょうがねえ。店を出るか。……お? あれは……?」
リュウ様は、わたくしの背後にある商品に注目したようです。
視線を追って、振り返ります。
そこにはトルソーに着けられた状態でディスプレイされている、黒い革製の首輪がありました。
「お客様。アレにご注目されるとは、お目が高いですね」
女性店員さんが現れ、澄んだ癒される声で話しかけてきました。
ほのかな赤みがかったロングヘアーに、一房青いメッシュの前髪が特徴的な方です。
「店員さん。あのチョーカー、強い魔力を感じるんだけどよ。材質はなんだい?」
「フレアハウンドの皮で、作られております」
――フレアハウンド。
全身に炎を纏った、犬型の魔獣ですわ。
その皮をなめして作った革製品には、耐火魔法を常時発動する効果があると聞いたことがあります。
身に着けた者を、熱や炎から守ってくれるのです。
「トップの部分に、石をはめ込めそうなデザインだな。……けど、何もはまってねえ」
「こちらの商品は、カスタムメイド方式となっております。様々な宝石や魔石をお客様に選んでいただいて、それをはめ込むことが可能です。……石の方も、ご覧になりますか?」
「いや。それならば、手持ちのコレを組み合わせられねえか?」
リュウ様が取り出したのは、真っ赤な宝石。
なんという存在感なのでしょう。
取り出した瞬間、周囲の気温が数度上昇したみたいですわ。
「ええ。サイズ的にもピッタリなので、可能ですが……。これは、まさか……? 火竜領のムラサメ家に伝わる秘宝、【イフリータティア】では!?」
「当たりだ。店員さん、さすがだな」
「【イフリータティア】の耐火魔法効果は、地上最強と言われていますね。フレアハウンドの革製品も、軽く超える性能です」
「実はこの【イフリータティア】は、まだ完成品じゃねえ。耐火魔法付与に適した、ただのでっかい紅玉だ。代々火の魔法に秀でているムラサメ家の者が、耐火魔法を付与してやることによって完成する。……こんな風にな」
リュウ様の手の平に置かれていた紅玉が、ふわりと空中に浮かびあがりました。
その周囲を取り囲むように、炎が渦巻きます。
やがて炎は、翼を広げた不死鳥の姿を取りました。
不死鳥は翼で紅玉を包み込み、また形なき炎の渦となって石の中へと吸い込まれていきます。
言葉を失うほどに、美しい――
わたくしも、店員さんも、周囲のお客さんも、固唾を呑んでその光景を見守っていました。
炎が収まった後には、静かに光る赤い魔石。
完成品の【イフリータティア】が、リュウ様の手の上で輝いていました。
「店員さん。お客のみんな。騒がせて、悪かったな。……というわけでよ、この【イフリータティア】をフレアハウンド革のチョーカーに取り付けて、売ってくれねえか?」
耐火魔法付与の儀式に惚けていたわたくしですが、リュウ様の発言で我に返りました。
「リュウ様! ですからそんな高価なもの、プレゼントにいただけません! いったい何万モジャ……」
わたくしが値札を確認しようとすると、リュウ様は長い指で素早く値札を隠してしまわれました。
「大した額じゃねえさ」
「チョーカー本体価格だけの問題ではありません! 【イフリータティア】だって、高価な魔石なのでしょう?」
「元になった紅玉は、オフクロからタダで貰ったもんだ。耐火魔法付与も自前でやったから、コストは掛かってねえ。何か、問題あるか?」
「えっと……その……。まだわたくし、このチョーカーのデザインが気に入ったなどとはひと言も……」
嘘ですわ。
見た瞬間、「あ、これ可愛いかも?」と思ってしまいました。
リュウ様はわたくしのそんな気持ちを見透かしたかのように、犬歯を剥きだしてニヤリと笑います。
「なあ、聖女様。俺は魔獣の氾濫の晩に聖女様がやらかしたことについて、まだちょっと怒ってるんだ」
「……へ?」
「俺が『無茶するな』って言ったのに、危険な突貫をやらかした件だ」
「あれは……そのう……」
くっ。
その件に関しては、もうデコピンというお仕置きを受けたではありませんか。
あれだけでは、済まされませんの?
「聖女様みたいな狂犬には、首輪が必要だとは思わねえか?」
「女の子に向かって、狂犬は酷くありませんか?」
「とにかくだ。大人しく、このチョーカーを身に着けとけ。これはプレゼントというより、罰だ」
「そ……そんな……」
わたくしの意見を置いてけぼりにして、リュウ様はさっさとチョーカーの購入を決めてしまいました。
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1時間後――
わたくしの首元では、黒い革製の首輪に取り付けられた赤い魔石が輝いておりました。
リュウ様は冒険者証に魔法付与されているマジッククレジット機能を使ってお支払いをされたので、何万モジャしたのか分かりません。
怖い――
ちなみにモジャというのは、ミラディア神聖国と魔国ヴェントラン、その他周辺諸国で共通の通貨単位ですわ。
お店を出ようとした時です。
わたくしにだけ聞こえるよう、赤髪に青メッシュの店員さんが囁きかけてきました。
「女性にアクセサリーを贈りたがる男性は、独占欲が強いと言われています」
「独占欲……? いえ、そんな……。リュウ様は、わたくしのことなど……」
「赤い魔石は、あの方の髪と同じ色ですね。自分と同じ色の石を身に着けさせるなど、特別な意味があるに決まっていますよ」
店員さんが最後にそんなことをおっしゃったせいで、わたくしは妙にドキドキしてしまいます。
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その後、誕生祝いとして美味しいお料理の店に連れて行っていただきました。
この街の名物は、オムライス。
それを扱うレストランの中でも、最高級のお店でお食事です。
とろふわ卵が黄金のように輝く、素晴らしいオムライスが出てきました。
ですが食事中も、わたくしの意識は料理より首元に向いたまま。
その首元を満足げに眺めてくるリュウ様の視線が気になって、オムライスに集中できませんでしたわ。
「宝飾店アカシック・テンプレート」。
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