第20話 聖女は空を飛びたい
テラモーリの郊外――
わたくしとリュウ様は竜車の窓から身を乗り出して、進行方向を眺めていました。
視線の先には、崖がそびえ立っています。
急斜面の至るところから、空中に向かい桟橋が作られていました。
その桟橋からは、大きな翼を持つドラゴン達が飛び立っているのです。
「わぁ……。凄いですわね」
「マジか? あんなものまで、騎竜にしちまうとは……」
あれは、翼竜と呼ばれる竜型の魔獣。
高い飛行能力と戦闘力を有し、狂暴な気性ゆえに危険極まりない存在。
そのため高ランク冒険者でないと、討伐依頼が受けられない。
当然、最近まで飼育が禁止されていた生き物です。
しかしここにいる翼竜達には、隷属魔法が付与された首輪と騎乗用の鞍が取り付けられています。
緑色の鎧を着た騎士達を乗せて、青空を自在に飛び回っている。
翼竜達は、緑竜騎士団の騎竜となっていたのです。
わたくしとリュウ様を乗せた竜車は、崖の麓にある建物へと横付けされました。
どうやらここが、翼竜飼育場のようです。
竜車を降りてみると、白衣を着た責任者らしい男性が走り寄ってきました。
ギョロリとした瞳と、鷲鼻が特徴的な中年男性。
――はて?
わたくしこの方と、どこかでお会いしたことがあるような――
「ようこそ、翼竜飼育場へ。オーディータ様から、見学の連絡は受けておりますぞ。私はここの責任者、グーン・グニルと申します」
「リュウ・ムラサメだ。よろしくな」
「ヴェリーナ・ノートゥングと申します。あの……グニル様。わたくし、前にどこかでお会いしたことが……」
「ははは……。実は以前、聖都のミラディース教会で働いておりましてな。先代聖女ヴェリーナ様のお姿は、教会内で何度かお見かけしたことがありますぞ」
「まあ、そうでしたの」
疑問が解けて、なんだか安心しました。
――あら?
安心したということは、わたくし無意識のうちにこの方を警戒していましたの?
いったい、なぜ?
「なあ、グニルさんよ。狂暴な犯罪者を少し大人しくさせる隷属の首輪ってヤツは、昔から存在した。だが翼竜やギガントリザードを屈服させるほど、強い力は持っていなかったはずだ。そこんとこ、どういうカラクリになってるんだ?」
リュウ様の質問に、グニル様はニタリとした笑みを浮かべ得意げに語り始めました。
「単純に、隷属魔法の技術が発達して首輪の作用が強くなったのですよ。最新の首輪は、ミラディア神聖国と魔国ヴェントラン両国の技術を結集して作った共同開発品なのです」
「そいつはすげえ。でも、エルダードラゴンには効かなかったんだよな? 飼育は無理そうって、オーディータのオッサンが言ってたぜ」
「あ~。効果がないわけではないのですが、かなり衰弱させないと言うことを聞かないのです。薬を大量に投与したり、死ぬ直前まで痛めつけたりしてね。地竜公や魔王様は、そこまで非人道的なことはできないと仰いましてな」
残念そうに語るグニル様に、わたくしは薄ら寒いものを感じました。
これだったのでしょうか?
この残忍さを無意識のうちに感じ取り、わたくしは警戒していたのでしょうか?
「私達の作り出した隷属の首輪は、万能です。対象をじっくり弱らせてからなら、竜化した竜人族ですら従わせることも可能でしょう」
――やはりこの方は、好きになれそうにありませんわ。
リュウ様も同じ印象のようで、眉間にシワを寄せておられます。
ここまで御者を務めて下さったオーディータ邸の執事さんまで、グニル様からは微妙に距離を置いていました。
「そうだ。リュウ・ムラサメ殿は、魔道士でしたな。ルドランナーの騎乗経験も、おありだとか。それならすぐに、翼竜にも乗れますぞ? 試してみますか?」
「いいのか?」
リュウ様の眉間に刻まれていたシワが、一瞬で消えました。
ああ。
あんなにお顔を、キラキラさせて。
乗ってみたくて、仕方ないのですわね。
実はわたくしも、乗ってみたい。
空を自由に、飛んでみたい。
ですが翼竜は2人乗りができそうにありませんし、わたくしは馬やルドランナーを操った経験がありませんもの。
今回は、無理ですわね。
残念ですわ。
グニル様から翼竜を借り受けたリュウ様は、慣れた手つきで手綱を握ります。
次の瞬間には、軽々と空に舞い上がりました。
どうやらただの手綱ではなく、魔力を伝導させて翼竜を操る仕組みのようです。
リュウ様は、凄くお上手。
翼竜に乗るなんて、初めてのはずなのに。
ゆっくり空を旋回する、リュウ様と翼竜。
その様子をわたくしが地上から眺めていると、何かが視界の端で煌めきました。
「あれは……? オーディータ様?」
太陽の光を反射して輝く、翠玉の鱗。
魔王竜の姿となったブライアン・オーディータ様が、こちらに飛行してきます。
今日のお姿は美しいばかりで、怖くはありません。
溢れ出す魔力で周囲を威圧しないよう、抑え込んでいるのでしょう。
体のサイズも、魔獣の氾濫の晩より少し小さい。
なるほど。
竜人族の竜化というものは、大きさをある程度調整できるのですわね。
オーディータ様の背中には、小さな人影が。
奥方のカーラ様でしょうか?
わたくしが目を凝らして、確認しようとした瞬間でした。
人影が、オーディータ様の背から落ちたのです。
なんということでしょう!
あんな高度から落下したら、まず助からない!
わたくしは反射的に、身体強化魔法を発動させます。
人影の落下地点に滑り込んで、受け止めようと走り出した時です。
青い空に、まばゆい閃光が走りました。
そして光が収まった空には、暗緑色の鱗を纏った巨竜の姿。
魔王竜オーディータ様とは、別のドラゴンです。
「カーラ……様?」
ああ、すっかり失念していました。
カーラ様も、竜人族だったですわね。
ドラゴンカーラ様は翼と重力魔法、風の魔法を併用し、充分な減速をしてから大地に降り立ちました。
再び閃光が瞬き、ドレス姿のご婦人へと戻ります。
「どう? ヴェリーナちゃん。私、カッコ良かった?」
「ええ、カーラ様。とっても素敵です」
オーディータ様の竜化やエルダードラゴンと比べると、カーラ様の竜化は全体的に細くてスマートなお姿です。
本当に、カッコいいですわ。
カーラ様は柔らかく微笑んだ後、空を見上げました。
わたくしも釣られて、上空を見上げます。
そこにはヒラヒラと飛び回りながら追いかけっこをしている、リュウ様の翼竜とオーディータ様の姿がありました。
「あらあら。あの人ったら、年甲斐もなくはしゃいじゃって」
「リュウ様とオーディータ様は、仲がよろしいのですね」
「ブライアンは年の離れた親戚であるリュウ君を、息子のように思っているところがあるのよ。私達夫婦の間には、なかなか子供ができないから……」
カーラ様の明るい笑顔に、少しだけ陰りが見えました。
「それならカーラ様、よい情報がございますぞ」
背後から、わたくし達にいきなり話しかけてきたのはグニル様です。
「ミラディア神聖国に、コーダホーヤという温泉地があります。ここの温泉が万病に効き、不妊治療にも有効だという話です」
――コーダホーヤ。
名前は聞いたことがあります。
山奥にある、静かな温泉地。
あまり人が多くはなく、落ち着いて湯治をするには絶好のスポットです。
しかし――
「温泉が万病に効く」は、言い過ぎではないでしょうか?
不妊治療に温泉という話も、聞いたことがありませんし。
「温泉! いいわね! 今度ぜひ、行ってみましょう。う~ん、ブライアンは領主の仕事があるから、一緒に行くのは難しいかしら?」
「もし訪れるのでしたら、案内人を手配いたしますぞ」
「そうね、お願いするわ。……私はもう、35。どうしても、あの人の子が産みたいの」
空を見上げるカーラ様の表情は、少し焦っておられるようにも見えます。
きっとこれまでも、ありとあらゆる手段を試してきたのでしょう。
どうしても、オーディータ様の子供を授かりたくて。
「ねえ、ヴェリーナちゃん。私達竜人族は、とても愛情が深い魔族だと言われているわ。いちど番を定めたら、二度と変わることはない。たとえ……」
続いた言葉は、わたくしの脳裏に強く焼き付きました。
そうですか――
竜人族とは、そういう種族なのですわね。
その愛はあまりに深く――
そして、重い。
リュウ様が番を定めることに、慎重なわけです。
「……たとえ、死が2人を分かつとも」
コーダホーヤの村では、ノルウェー語が公用語。(大嘘です)
名産品はマンゴスチンです。(こっちは本当)
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