第19話 聖女は発破をかける
「ほら見ろ。番がどうとか言われて、聖女様も反応に困っているだろうが。俺は未成年に手を出すような、変態じゃねえ。魔王選の話は、もう終わりだ。終わり」
リュウ様はブンブンと手の平を振って、話を遮ります。
あの――
わたくし今日から、成人なのですよ?
先ほどもカーラ様に、わたくしのことを未成年と仰ってましたわね?
酷いですわ!
リュウ様ったらわたくしの誕生日を、すっかり忘れていますわね!?
抗議しようと思っていたら、オーディータ様が話題を切り替えたので機会を逃してしまいました。
「ヴェリーナ殿。母君は……アナスタシア殿は、お元気か?」
「はい。わたくしもあまり実家に帰れていないのですが、メイドのミランダが言うにはとても元気だと」
「それは何よりだ。レオンが死んでからのアナスタシア殿は、ずいぶん沈んでおられたからな。もう、4年前か……。魔王竜でも討伐できそうだったレオンが、人族同士の戦争で命を落とすとは……」
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わたくしが、11歳の時でした。
ミラディア神聖国内で、リスコル公爵が反乱を起こしたのは。
当時の剣聖だった父レオン・ノートゥングは、最前線へと駆り出されました。
とある小さな街を戦場とした、攻防戦。
反乱軍をほとんど追い払ったお父様は、廃墟となった街中を歩き回っていました。
住民や、味方の生存者を探していたそうです。
そこへ飛び出してきた、小さな女の子。
戦火に巻き込まれ両親を失った彼女を、お父様は抱きかかえ保護しようとしました。
その瞬間、反乱軍の生き残りの剣がお父様の体を貫いたのです。
抱きかかえていた、戦災孤児の女の子もろとも。
お父様はハイポーションと呼ばれる、高度な回復薬を携帯していました。
母アナスタシアの回復魔法が付与されていて、死人でも蘇るとまで言われていた代物です。
お父様はその薬を、自分に使いませんでした。
一緒に貫かれた女の子を助けるために、使ってしまった。
救助に来た味方騎士に、お父様はこう言ったそうです。
「ヴェリーナに、似ていたんだ」と――
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ポロポロと涙が溢れて、止まりませんでした。
いやですわ。
当時、充分過ぎるほど泣いたではありませんか。
今さらお父様のことを思い出して、泣くなんて――
今日からもう、15歳だというのに――
成人だというのに――
隣に座っていたリュウ様が、ハンカチで涙を拭ってくださいます。
背中にポンポンと当てられる、手の平が温かい。
「すまなかった、ヴェリーナ殿。辛いことを、思い出させてしまったようだ」
地竜公ともあろうお方が、わたくしのような小娘に頭を下げてくださっています。
「頭を上げてください、オーディータ様。父を失ってしまったことは悲しいけれど、ご友人であったあなたと父の話をできることは嬉しいのです。……そうですわ。楽しい思い出を、聞かせて下さいませ。父との楽しい思い出を」
「レオンとの楽しい思い出……か……。う~む? 楽しいと言えるのかどうか、怪しい思い出ばかりだな。アイツときたらやることなすこと無茶苦茶で、本当に教会聖騎士団の一員かと疑いたくなるような奇行ばかり……」
お父様とオーディータ様が親交を深めたのは、国境沿いの魔獣討伐任務で何度か共闘するうちにだそうです。
ここ数十年、ミラディア神聖国と魔国ヴェントランは仲がいい。
従って神聖国の教会聖騎士団と、地竜領の兵である緑竜騎士団は合同任務も多いのだとか。
オーディータ様の語るお父様の武勇伝は、想像を絶するものばかりでした。
度胸試しと称して、全裸に無手で小鬼の大集落を襲撃、殲滅。
教会からの貸与品であるはずの神剣リースディアを、お金に困って質に入れた。
度重なる規則違反で営倉入りになっていたはずなのに、どうやってか抜け出して飲みに誘いに来る。
我が父ながら、無茶苦茶ですわ。
やらかす度にアナスタシアお母様がやってきて、厳しく調教していたのだとか。
「思うにあれは、アナスタシア殿に構ってもらいたくてわざと悪さしていたな」
オーディータ様の推測を、わたくしは全く否定できませんでした。
うん。
お父様ですものね。
「楽しい思い出と言えるか、怪しい」と仰っていたオーディータ様でしたが、思い出を語るお姿はとても楽しそうです。
この方から、お父様の話を聞けて良かった。
できればこの場に、アナスタシアお母様もいれば良かったのに。
「レオンが側にいると、妙にホッとできてな。リュウ・ムラサメ。お主ならこの気持ち、分かるのではないか?」
「ああ、なんとなく分かるぜ。何かあった時、止めてくれそうな気がするんだろ?」
魔国ヴェントランに来る道中、リュウ様が言っていたことを思い出しました。
『強ければ「力」が暴走しても、簡単にやられたりはしない』
『殴って、正気に戻してくれる』
あの時言っていた「力」とは、魔王竜の姿に変身することでしょう。
リュウ様やオーディータ様は、自身の強大すぎる力を恐れている。
暴走した時に止めてくれる役目を、わたくしやお父様に期待していたのですわ。
「剣聖と聖女は、竜を殺すのが使命だったな」
「それはエルダードラゴンなど、竜型の魔獣の話ですわ。竜人族や、魔王竜のことを指しているわけではありません」
わたくしは元教会神官として、オーディータ様の解釈をキッパリ否定します。
剣聖と聖女が魔王竜を討ったという記録も、確かにあります。
しかしそれは神聖国と魔国が争っていた、遥か昔のお話なのです。
剣聖や聖女は、自分達を殺してでも止めてくれる存在などと誤解されては困ります。
きっとお父様も、そんな風には思われたくないはず。
「あっ、オッサン。エルダードラゴンっていえばよ、前にローラステップで聖女様が倒したヤツ。ありゃ、飼育実験に使ってたヤツだな?」
「もう、話してしまってもいい時期だろう。その通りだ。残念ながらエルダードラゴンは、飼育が無理そうだという結論に至ったがな。薬と、隷属魔法の首輪を使ってでもだ」
「大人しくさせられないのは、ちょっと残念だよな。ほら、俺達竜人族からすると、エルダードラゴンって遠い親戚みたいな気がするし」
「うむ。なるべく、殺したくはないのだ」
あの時オーディータ様が、悲しそうな顔をしていた理由が分かりました。
ううっ、罪悪感が湧きますわ。
あのエルダードラゴンを、木っ端みじんにしてしまったのはわたくしなのですから。
そんなわたくしの気持ちを察したのか、オーディータ様は話題を切り替えて下さいました。
「おお、そうだ。そなた達に、見せたいものがある。リュウ・ムラサメが、好きそうなものだ。ヴェリーナ殿も、気に入ってくれればよいが」
そう言ってオーディータ様は執事さんを呼び、竜車の手配をさせます。
どうやらお屋敷から、外に出るようです。
「あら、あなた。アレを見に行くのね。私も一緒に、行っていいかしら?」
「もちろんだ、カーラ。君は私の背に乗るといい。リュウ・ムラサメとヴェリーナ殿は、竜車で先に行っておいてくれ」
「背に乗るって……おい。待てこら、オッサン。まさか竜化して、飛んで行くつもりじゃねえだろうな?」
あっ。
そういえば、リュウ様おっしゃっていましたわね。
魔王四竜は、むやみに竜化した姿を見せてはならないと。
「遊覧飛行で妻を楽しませるためには、竜化もやむを得ないだろう?」
「『やむを得ない』って言葉の意味、知ってるか?」
「固いこと言うな。このテラモーリの住民たちは、皆が共犯者だ。領主がこっそり竜化しても、見て見ぬふりをしてくれる」
「魔王ルビィに怒られても、知らねえからな」
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わたくしとリュウ様は、竜車でオーディータ邸を後にします。
ガタゴトと揺れる車内で、わたくしは不安に思ったことをリュウ様に相談しました。
「リュウ様。オーディータ様は竜化して飛んでくるおつもりのようですが、大丈夫なのでしょうか? 魔王様から処罰されたりしないか、心配です」
「さあな。決まりっつっても暗黙のルールみてえなもんだから、実質的な拘束力はねえよ。バレても、魔王様の説教ぐらいで済むだろうさ」
「そういえばなぜ、魔王竜姿をむやみに晒してはいけませんの?」
「おっかねえ魔王竜姿を晒し過ぎると、他国が怯えて軍事的緊張が高まるんだよ。だからまあ、他国に見られないのなら割と平気ではあるんだけどな」
なるほどなるほど。
確かに他国からすれば、魔王竜の戦闘力は脅威でしょう。
山ひとつ、一瞬で更地にしてしまうような存在なのですから。
「気になっていたのですが……。リュウ様も、魔王竜のお姿になれるのですわよね?」
「ムラサメ家の魔王竜は、オフクロだ。俺やカーラさんの場合は、魔王竜じゃねえ。……巨竜の姿になれることはなれるが、前にも言ったように制御が効かねえ。暴走して、正気を失っちまう」
またリュウ様は、耳に嵌めたカフスを触っておられます。
どうやらそれが、竜化するキーアイテムみたいですわね。
「制御が利かないのは、番を持たないからですの?」
「ああ。仕組みはまだよく分かってねえが、竜人族は結婚して伴侶を得ればピタリと暴走が止まるんだ」
「……今までに、誰かと結婚しようと思ったことはありませんの?」
リュウ様は、ひっじょ~におモテになります。
フリードタウンギルドの女性冒険者達からは言うに及ばず、サレッキーノでも熱い視線を浴びまくっていました。
結婚相手など、よりどりみどりでしょう。
あら?
なんだか腹が立ってきましたわね。
「ん~。気になる相手はいるんだが、ちょっと決心がつかなくてよ」
あ――
やはり、意中のお相手がいらっしゃるのですね。
チクリと、胸が痛みます。
これはきっと、恋なんかじゃない。
憧れのお兄さんが知らない女性に取られるのを想像して、寂しくなっているだけですわ。
そう思わないと――辛い。
「リュウ様も、もうすぐ25でしょう? そんなことを言っていると、婚期を逃しますわよ?」
「俺にも色々、事情があるんだよ」
むう。
意外と、ヘタレなのですわね。
リュウ様が婚期を逃さぬよう、わたくしが発破をかけなければ。
「女が何年も待っているなどと、思わないことです。モタモタしていると、他の男にかっ攫われますわよ?」
「ははっ、ずいぶん手厳しいな。……でも確かに、聖女様の言う通りだ。覚悟を決めねえとな」
そう言って竜車の窓枠に頬杖をつき、景色を眺めるリュウ様。
その横顔は、どこか愁いを帯びていました。
反乱を起こしたのはこの人です↓
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