第18話 聖女は勝手に番認定される
地竜公ブライアン・オーディータ様の邸宅は、たいへん大きなお屋敷でした。
しかし内部の装飾は、華美ではありません。
落ち着いた色合いの壁や床、絨毯で統一されていて、質実剛健といった印象を受けます。
屋敷の主である、オーディータ様のイメージそのままですわ。
屋敷内に入るなり、簡素なドレス姿のご婦人が出迎えて下さいました。
わたくしやアナスタシアお母様と同じ、真っ黒な髪。
ストレートなわたくしやお母様と違い、このご婦人の黒髪はゆるく波打っています。
ですが、そこがまた素敵。
優しい緑の瞳が、とってもチャーミングなご婦人ですわ。
「いらっしゃい、リュウ君。お久しぶりね。ずいぶん男前になっちゃって」
「カーラさん。この歳で『リュウ君』は、勘弁してくれよ」
リュウ様は照れくさそうにこめかみを指で搔きながら、ご婦人にわたくしのことを紹介してくださいました。
「紹介するぜ。俺の相方、ヴェリーナ・ノートゥングだ。冒険者としての通り名は、『聖女様』。聖女様。こちらはオッサンの奥さんである、カーラさんだ」
ちょっと待ってください、リュウ様。
なかなか皆さんの「聖女様」呼びが収まらないと思ったら、冒険者としての通り名になっていましたの?
「まあ! あのゴールド級冒険者、『聖女様』なの? 活躍の噂は、この魔国ヴェントランにも届いているわよ。カーラ・オーディータです。よろしくね」
「ヴェリーナ・ノートゥングですわ。本当はもう、聖女ではないのですが……」
聖女ではないと否定したのに、カーラ様もリュウ様もサラリと受け流してしまいました。
むむむ――
そろそろ、不味いのではありませんの?
教会から、「解任されたのに聖女を名乗る不届き者」として処罰されないか不安です。
わたくしが名乗っているわけでは、ありませんのに――
「うふふふ……。『女なんか興味ねえ』ってツッパっていたあのリュウ君が、こんな美人さんを番にするなんてねえ」
「お……おいおい! なに言ってるんだよ、カーラさん! 聖女様は、そんなんじゃねえって。俺は単なる、彼女の保護者。こう見えて、10コも歳が離れているんだぜ?」
「あら? 私と主人も、10歳差。そんなの、些細な問題よ」
「聖女様はまだ未成年だから、些細じゃねえ問題なんだよ。……すまねえな、聖女様。カーラさんはしばらく会わねえうちに、オバちゃん化しちまったみてえだ」
「ひどいわ、リュウ君。目つきだけじゃなく、性格も悪くなっちゃって」
「リュウ様。若くてお綺麗なカーラ様に向かって、オバちゃんは酷いです。謝罪して下さい」
わたくしに詰め寄られて、リュウ様はウッと返答に詰まりました。
そしてウソ泣きにすらなっていない、泣くポーズだけをとるカーラ様に向かって頭を下げます。
「悪かったよ、カーラさん」
「ふっふっふっ……。許してあげましょう。さあリュウ君、ヴェリーナちゃん、主人が待っているわ」
パッと明るい笑顔に戻ったカーラ様に先導されて、わたくし達はお屋敷の奥へと進みます。
――さっきカーラ様が仰っていた、番とはどういう意味なのでしょうか?
気になります。
前後の文脈からして、夫婦とかそういう意味でしょうか?
そう考えると、恥ずかしくて耳が熱くなってしまいます。
ああ、良かった。
耳が隠れる髪型で。
たぶんわたくしの耳は、真っ赤になってしまっているでしょうから。
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「やあ。2人とも、よく来てくれたな」
「そりゃあ地竜公直々のお呼び出しとなったら、来ねえわけにはいかねえだろ? わざわざ国を越えて、指名依頼まで出してよ」
「ああ。その節は、ご苦労だった。お主達2人の活躍がなかったら、サレッキーノの被害は甚大なものになっていただろう」
「労ってくれるなら、言葉より金がいいな。特別報酬を、追加してくれよ」
あわわわ――
応接室に入るなり、領主様に向かってこの態度。
リュウ様、大丈夫なのですか?
まあ、古いお知り合いのようですし――
「まったく……。守銭奴め。ムラサメ家を出奔していなければ、金に苦労などしていなかっただろうに……。まあ、座ってくれ」
促されるままソファに腰かけると、すぐにカーラ様が紅茶を用意して下さいました。
わたくしと目が合うと、いたずらっぽく微笑みながらウインクを飛ばしてきます。
一介の冒険者を、地竜公夫人自らもてなしてくださるとは。
リュウ様とオーディータ様の関係は、いったい?
「……で? わざわざ呼び出したのは、なんの用だい? まさか前に言っていた、聖女様の親父さんの思い出話をしたいって理由だけじゃねえだろうな?」
「いや、その通りだが」
「帰ろうぜ、聖女様」
「冗談だ。これぐらいの冗談が分からないようでは、女性にモテんぞ。ヴェリーナ殿にも、愛想をつかされてしまうぞ」
「魔王竜化したオッサンぐらい、巨大なお世話だ。……そろそろ、本題に入ろうぜ」
「せっかちな男に、育ったものだ」
「悪いが、オフクロ似なんでね」
なぜかその言葉に、オーディータ様は納得されたご様子でした。
リュウ様のお母様は、どんなお方なのでしょうか?
わたくしがそんなことを考えていると、オーディータ様は重々しい口調でこう仰いました。
「……エンシェントドラゴンの骸が告げた。新たな魔王を決める戦いが、開始される」
な――なんですって!?
――サッパリ意味が分かりませんわ。
えーっと。
魔王というのは、この魔国ヴェントランを治める首長のことですわよね?
確か名前は、魔王ルビィ。
その方が退任されて、新しい魔王に代替わりすると?
そして、後任を決める戦いが始まると?
「ああ。聖女様には、なんのことやらさっぱりだよな? 実は魔境って呼ばれる魔国の奥地には、エンシェントドラゴンっていう巨竜の死体があってだな……」
わたくしの疑問を、リュウ様が丁寧に説明して下さりました。
古代竜エンシェントドラゴン――
数千年前――
魔国ヴェントランの歴史が始まるより前から、魔境の奥深くにある洞窟にその亡骸が横たわっているのだとか。
このエンシェントドラゴンの亡骸、時々蘇って魔王交代の時期を告げるそうです。
それ以外にも様々な理由で魔王交代が行われることはあるそうなのですが、エンシェントドラゴンの骸が喋った時は特別。
任期にかかわらず、問答無用で次期魔王争いが始まるんだとか。
リュウ様だけでなく、オーディータ様も補足を入れながら説明して下さりました。
「古来より魔王に求められるのは、政治力より武力。それゆえ我々魔王四竜の中から、魔王は選ばれることになっている」
なるほど。
魔王の後継者候補だから、魔王四竜と呼ばれるのですわね。
「竜人族の名家4家。それぞれの血筋で当代最強の者が、魔王竜を名乗ることが許されるのだ。地竜オーディータ。水竜クサナギ。雷竜レッセント。……そして、火竜ムラサメ」
その家名が出た瞬間、わたくしは思わずリュウ様の方を向いてしまいました。
なんとも面倒くさそうな顔をして、話を聞いていらっしゃいます。
――そういうことでしたのね。
リュウ様がオーディータ様に呼び出された理由が、なんとなく分かりました。
「リュウ様のお母様は……」
「ああ、そうだよ。オフクロの名前は、ルビィ・ムラサメ。当代の魔王様だ。……もうすぐ、先代になるがよ」
フウっと息を吐き出して、リュウ様は紅茶のカップに口を付けました。
お母様の退位に、色々と思うところがあるのでしょう。
「それで、リュウ・ムラサメよ。お主はいったい、どうするのだ? 魔王選には、参加するのか?」
「しねえよ。遠縁にあたるオッサンとは、戦いたくねえ」
「そうか……。正直、助かる。私も小さい頃遊んでやった親戚の子と、殺し合いをしたくはないからな」
なんとも物騒な会話に、わたくしは口を挟まずにはいられませんでした。
「殺し合い……? まさか、魔王選とは……」
「聖女様のご想像通り。殺し合いの決闘で、魔王後継者は決まる。自分以外の全員が息絶えるか、降参するまで戦うんだ。もちろん、魔王竜の姿に変身してからな」
なんて、恐ろしいしきたりなのでしょう。
魔獣の氾濫の晩に見た、魔王竜姿のオーディータ様が思い出されます。
あれと同じぐらいの力を持った竜人族達が、全力で殺し合う。
国が消し飛ぶどころか、大陸が無くなってしまうのではありませんの?
「あの……。部外者のわたくしが口を挟むのは差し出がましいと思うのですが、その戦いは避けられないのでしょうか?」
「ヴェリーナ殿は、心優しいな。さすが、レオンとアナスタシア殿の娘だ。……私とて、無用な争いは避けたい。だがクサナギやレッセントが次期魔王になれば、この大陸はどうなってしまうことか……」
「あ~。あの2家は、反人族派だもんな。ミラディア神聖国と、戦争を起こしかねねえ。オッサンが次期魔王になってくれた方が、嬉しいねえ」
「リュウ・ムラサメ……。先程は魔王選に出なくて助かると言ったが、お主が本気で次期魔王を目指すなら協力するのも吝かではない。私はいささか、年を取り過ぎている。お主のような若者が、これからの魔国を作っていくべきだろう」
「俺がオッサン呼ばわりするからって、こんな時ばっかり若いモンに苦労を押し付けんなよ。まだ、45だろうが。……それに俺は、魔王選の参加条件を満たしていねえだろ?」
リュウ様の言葉に、オーディータ様は顎に指を当て首を傾げました。
そして緑の瞳で、わたくしの方をチラリと見ます。
「……ヴェリーナ殿は、違うのか?」
「違ーよ。夫婦揃って、まったくよぉ……」
魔王四竜の血筋である以外に、必要な条件。
オーディータ様が満たしていて、リュウ様が満たしていない。
それは、ひょっとしたらひょっとして――
「あの……。魔王選への参加条件とは?」
わたくしの質問に、リュウ様は気まずそうに頬を掻くばかりで答えてくれません。
代わりに、オーディータ様が教えて下さいました。
「魔王選に出るには、当然魔王竜としての力を完全にコントロールする必要がある。そのためには、ある存在が必要でな」
ちょうどその時、カーラ様がクッキーを持って応接室に入ってきました。
そしていちどオーディータ様と目を合わせ、微笑みながらわたくしに続きを語ってくださいます。
「私達竜人族が竜化の力を制御するためには、番が必要なのよ。つまり魔王選に参加できるのは、既婚者だけね」




