第17話 聖女はいい夢が見られるよう、おまじないをする
魔獣の氾濫の翌朝――
宿屋の窓から差し込む朝日の眩しさで、わたくしは目を覚ましました。
そして、ベッドから起き上がろうとして――
「あいたたた……。なんですの? これ?」
全身が強張って、痛みます。
どこも、打撲などの怪我はしていないはずなのに。
困惑していたら、ドアをノックする音が聞こえました。
「お~い、聖女様。起きてるか~?」
リュウ様の声です。
わたくしは痛む体をむりやり動かし、鍵を開けて部屋に招き入れました。
「おいおい。まだ、寝間着じゃねえか。出直すぜ」
「こんな格好で、申し訳ありません。ですがその……。今日はもう少しだけ、休みたくて……」
寝間着姿を殿方に見られるのが恥ずかしいという女性も多いですが、わたくしは特に何も感じません。
この寝間着は生地も厚く、普段着に近いデザインですし。
普段フリードタウンの長屋では、お母様が着てらっしゃるようなカッコいいベビードールを愛用しているのですが、
「お嬢様。そういう過激なものを旅先で着るのは、ちょっと不味いダス」
と、メイドのミランダにこの寝間着を渡されてしまったのです。
「ん? 聖女様。どっか具合悪いのか?」
「実は……。全身が痛くて。横になったままお話しても、よろしいでしょうか?」
「もちろん、構わねえ。おっと、無理して歩くんじゃねえよ」
ドアからベッドまでの短い距離なのに、リュウ様はわたくしをヒョイっと抱え上げてしまいました。
魔道士なのに、力持ち。
さすきん(さすがの筋肉の略)ですわ。
リュウ様はわたくしをベッドに寝かせると、椅子を持ってきて隣に座りました。
顔を覗き込まれ、問診が開始されます。
「全身痛いってのは、どういう症状なんだ?」
「それが……」
わたくしは痛みの質や強張りを、リュウ様に説明していきます。
フムフムと頷きながら聞いていたリュウ様でしたが、最後にこう結論づけました。
「そりゃ、筋肉痛だな」
「えっ? 筋肉痛? これが、筋肉痛なんですの?」
生まれてこの方、いちどもなったことがなかったのに――
そういえば魔力が空になるまで身体強化魔法を使い続けたのは、人生初でしたわね。
そこまでやると、さすがに筋肉痛になるようです。
筋肉痛にならない特異体質とかでは、なかったのですわ。
「筋肉痛は、筋繊維の損傷からくるもんだ。回復魔法で治せる。じっとしてな」
そう言ってリュウ様は、【リカバリーライト】の魔法を発動させました。
額に当てられた大きな手が、淡く発光します。
ああ。
おでこがひんやりして、気持ちがいい。
昨夜デコピンという虐待をされたことは、忘れてあげましょう。
額から流れ込んだ癒しの力は、わたくしの全身まで行き届きます。
なんだか痛みも、少し引いたような気がしました。
わたくしの治療をしながら、リュウ様は魔獣の氾濫の事後処理や今後の予定について語ってくださいます。
明日オーディータ様のお宅に訪問することについても、特に問題なさそうです。
迎えは騎竜ラプタラスが引く竜車が来るらしく、それに乗れば2時間ほどで到着するのだとか。
話を聞きながら目を閉じていると、いつの間にかリュウ様の言葉が途切れていました。
「……リュウ様?」
わたくしは怪訝に思い、目を開けてみました。
見上げると、そこにはリュウ様の安らかな寝顔が。
いつもの美しくも鋭い顔立ちは、少年のようにあどけないものに変わっていました。
椅子に座ったままなのに、器用にバランスを取って眠っていらっしゃいます。
ああ。
昨夜から、徹夜だったのですわね。
わたくしだけ休んで、申し訳ない。
わたくしは、ベッドから身を起こしました。
あら。
痛みが、かなり引いていますわ。
これはきっと、リュウ様による回復魔法のおかげ。
「お疲れ様でした、リュウ様」
わたくしはリュウ様の頭を、両腕で抱きかかえてしまいます。
そしてリュウ様と同じ回復魔法、【リカバリーライト】を発動させました。
――分かっていますとも。
わたくしの貧弱な回復魔法に、誰かの傷や病を治す力がほとんどないことは。
だからこれは、単なるおまじない。
せめてリュウ様が、いい夢を見られますように。
回復魔法の光に照らされて、リュウ様の赤い髪は優しく輝きます。
まるで寒い夜に心を暖めてくれる、暖炉の火みたいでした。
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わたくしもリュウ様も、魔獣の氾濫の翌日は休むことに専念しました。
それから一夜明けて、オーディータ様のお屋敷を訪ねる日――
「おいおい。なんだ、こりゃ? ラプタラスじゃねえのかよ?」
宿屋の前に到着した竜車を見て、リュウ様は驚いておられました。
わたくしも、ビックリですわ。
竜車と言われ、ラプタラスが引くものだとばかり思っていました。
二足歩行する騎竜ラプタラスは、以前ローラステップでオーディータ様達が乗っているのを見たことがあります。
ところが目の前にいる騎竜は、四足歩行のトカゲ。
サイズもラプタラスよりずっと大きく、足も太い。
とてつもなく、力がありそうですわ。
「ギガントリザード……。こいつも飼育が禁止されている、危険な魔獣だったはず」
リュウ様が、仰る通りですわ。
――というか、ほとんどの魔獣はどこの国でも飼育が禁止されています。
エルダードラゴンや、ギガントリザードに限った話ではありません。
魔獣はどんなに愛情を込めて飼育したり、なんらかの方法で調教しようとしても、決して人に懐くことはない。
人類への強い敵意が、魂レベルで刻み込まれているといわれています。
「プラチナ級冒険者、リュウ・ムラサメ様のお耳にも入っておりませんか。無理もありませぬな。この魔国ヴェントランにおいてギガントリザードの飼育が解禁されたのは、わずか2週間前です」
きゅるんとカールしたおヒゲの初老執事さんが、片眼鏡をクイクイいじりながら仰いました。
オーディータ様の指示で、わたくしとリュウ様を迎えに来て下さった使いの方です。
竜車を操る、御者も兼ねているそうですわ。
「飼育が解禁……とは言っても、特定の条件下に限りの話です。薬で大人しくさせた上で隷属魔法の組み込まれた首輪を着用させるなど、厳しい条件がございます」
「うーん。魔獣を従わせ、使役するための研究が秘密裏に行われているって噂は耳にしたことがあったが……。眉唾もんだと思っていたぜ」
わたくしは執事さんとリュウ様の会話を、後ろで大人しく聞いていました。
薬と魔法の首輪で、隷属させる――
なんだか、非人道的な行為に聞こえます。
ですがなんらかの手段で大人しくさせないと、人類と魔獣が共存できないのもまた事実。
難しい問題ですわね。
「ラプタラスは1人、2人乗せるだけなら速いが、竜車を引くには少々力不足だったからな。どれ、ギガントリザードの走りを堪能させてもらおうか?」
リュウ様は金色の瞳をキラキラさせて、楽しそうに言います。
そういえばこの方は、馬や巨大鳥ルドランナー、ラプタラスといった、騎乗する動物が大好きなようです。
竜車を引くギガントリザードにも、興味津々なのでしょう。
なんだか男の子らしくて、微笑ましいですわ。
リュウ様に手助けされて、わたくしは竜車へと乗り込みました。
あら、完璧なエスコート。
その自然で優雅な仕草は、まるで貴族のよう。
そういえばリュウ様の生まれについて、この魔国ヴェントラン出身だということ以外は存じませんわ。
案外、名家の出身だったりとか?
むしろなんちゃって貴族令嬢であるわたくしの方が、こういうのには慣れていないのです。
ぎこちなくエスコートされながら、竜車に乗り込んだわたくし。
これから会うブライアン・オーディータ様が身分の高い方というのもあって、少々緊張してしまいます。
「聖女様、ちょっと緊張してるみたいだな?」
あらら。
いつもの「聖女ちゃんスマイル」を発動していたのに、緊張をリュウ様に見透かされてしまいましたわ。
「心配すんな。魔国では領主っつっても、そこまでかしこまった奴は少ねえ。ミラディア神聖国の貴族連中とは、同じに考えなくていいぜ」
「ですが……。何か、粗相があったらと思うと……」
「天下の地竜公をオッサン呼ばわりしている俺の方が、よっぽど粗相しまくってるぜ。今の俺達は、荒くれ者の冒険者。美味い茶と菓子でもご馳走になりながら、冒険者らしい話をしてやるだけよ」
ニカッと笑うリュウ様の笑顔を見ていると、なんだかとても心が軽くなりました。
そうでしたわ。
オーディータ様は領主であると同時に、わたくしの父レオンの古い友人でもあるのでした。
きっと、父の思い出話をするだけ。
そう思うと緊張は少し解け、竜車の窓から外を眺める余裕すらできました。
かなりのスピードで、景色は流れています。
ラプタラスが引く竜車より、ずっと速い。
わたくしとリュウ様は、予想していたよりかなり早く目的地に到着しました。
鉱山の街サレッキーノを出てから、1時間。
ここは地竜領の中心都市、テラモーリ。
地竜公ブライアン・オーディータ様のお屋敷がある街です。
テラモーリのどこかには、三郎君という人が住んでいるに違いない。
この街の名物はオムライスです。
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